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二つの家族

 掘った穴を戻すように、不規則な音をたてながら土が被せられていく。

 その様子を見つめるシューエンは、なぜ、どうしてと、胸の辺りを掴みながら苦しくなる。

 なぜ自分の娘は小さな棺に納められ、暗く冷たい穴の中に棺ごと入り、その棺が土に覆われていくのだろう。

 答えは明確であり、実に単純。だからこそ認めたくなかった。夢であってほしかった。だが、これは現実である。


 娘は亡くなったから埋葬される。この現実を、シューエンは認めたくなかった。


 土をかける面々の中には、夫、ライデンの姿もある。親が子を弔うとは、なんと歪んだ世界に見えることか。こんなこと、慣れたくない。他人事だと思っていた。まさか自分が娘を見送ることになるなんて。

 止まったはずの涙がまた溢れ、土をかけるな、あの子を埋めるなと叫びたいができないでいた。嗚咽を漏らすシューエンのスカートの裾を、もう一人の娘、シュールはずっと握っているが、彼女はそれに気がつかない。


◇◇◇◇◇


 なぜ娘を亡くす悲劇は起きたのか。それは、ただ不運の一つとしか言えない。

 四季のあるこの国で、この年、各地が不運に見舞われた。


 春から夏は雨がほとんど降らなかったので作物は育たず、川や湖などは干上がったり水利用が減ったりし、まともな量の収穫は適わなかった。秋は普段は姿を見せない獣たちが餌を求めて山を下り、人と遭遇すると襲ってくるので怪我人が続出した。冬は冷え、例年に比べて雪が降り積もり、飢えに喘ぐだけでは足りず、栄養不足により流行り病が走った。

 あらゆる面で流通は滞り、金のない苦しい生活の中での流行り病。本来この病は適切な薬を服用すれば治るものだったが、不作のため、薬の材料が不足。薬は高騰し、例年なら難なく買えた薬を入手できず、シューエンとライデンは次女を亡くしたのだ。


 しかしこのような悲劇は、この一家に限った話ではない。


 シューエンは葬儀を見かけると皆、苦しいから仕方のない光景だと眺めていた。しかし、いざ自分の娘を亡くしたらどうだ。シューエンは激しく泣き、苦しみ、悲しみを制御できず、吠えるように嘆いた。


 なぜ、なぜ自分の娘は幼くして神に誘われてしまったのか。なぜ神は自分の娘を選んだのか。深い悲しみに沈んだシューエンは、周りが見えなくなった。


◇◇◇◇◇


 不運の年から数年後、ある館で夫婦が話し合っていた。


「治療法がないとは……」


 椅子に腰かけ、両手で顔を覆う夫へ、妻であるヴィネンは諦めないと告げる。


「まだ時間は残されているわ。幸運なことに、今は引退された名医が我が家の領で隠居されているそうなの。その方に診てもらうため、訪ねてみようと思うの」

「まさか、リーレンを連れて行くのか?」


 手を離し、顔を上げた夫の顔には怯えの色が混じっていた。

 夫の気持ちは分かる。病人を馬車で移動させれば体力を消耗し、悪化させ、死が早まる可能性が高い。だが居ても立っても居られないし、返事を待つ時間も惜しい。ましてや迎えるだけに往復する無駄な時間など、ヴィネンには考えられなかった。


「もし、その医師にも見放されたら、リーレンを連れて戻ってくるのか?」


 城で文官として働いている伯爵は、急に長く城を離れられないと考え、今生の別れになるのではないかという不安を捨てられなかった。

 治せないのなら、死に目に立ち会いたい。しかし弱っていく娘の姿を、最期まで気丈に見ていられるのか、自信はなかった。突然の愛する娘への余命宣告に、ただ頭を抱えるしかできない己の無力さにも、打ちのめされていた。

 元気だと思っていたのに。このまま成長し、大人になって花嫁姿を見ることができると疑っていなかったのに、現実はなんと無情なのか。

 乾いた笑いが出る。


「ははは、メジス伯爵の気持ちが理解できるよ。悪魔の書があれば、それに頼るような状況だ」

「あなた、なんてことを……っ」

「冗談さ。しかし君もレックス領の話は知っているだろう? 領土の問題は解決した、借金も消えた。悪魔の書の力は、本物だと」


 だが、と、レックス家当主、メジスを思い浮かべながら続ける。


「悪魔の書で願いが叶っても、幸せになれるとは限らない。メジス伯爵がその証拠だ。追いつめられ、日に日に様子がおかしくなっている」


 孫娘を助けてやりたいと走り回っている姿は余裕がなく、以前までの彼とは別人だと噂になっている。


「神の教えに反するモノを使用してはならない。だが、今ではレックス領の件があり、なにか問題があれば冗談とはいえ、すぐに悪魔の書へ頼れば良いと言う者が増えた。愚かなことだ」

「ええ……。けれど私だって娘の命が助かるのなら、悪魔の書に頼りたくなる気持ちが少しもないと言えば、嘘になるわ。だけど、あなたと同じ。不健全な行いに手を出さない」


 ヴィネンの気質が、二人が夫婦となった由来となっている。


 伯爵家の本家にあたるホウネル侯爵家は、適度に人付き合いをするが、道を外すことを良しとしない一族として有名だった。よく言えば真面目。悪く言えば頭の固い頑固者。己たちこそ正しい、正義だと信じている勘違い一族とも、陰で悪く言われている。

 この一族は、子どもの内での言動は甘く見られても、その過程で性格の改善がされないと判断されれば、ある年齢で切り捨てる。一族だけではなく、貴族社会からの追放である。


 信心深い家で育った真面目なヴィネンは、姉妹でホウネル一族に迎えられた。ヴィネンの姉はホウネル侯爵家に嫁ぎ、今は侯爵夫人として日々の生活を送っている。

 ホウネル一族は、レックス家を非難していない。むしろ追いつめられたと同情している。特にヴィネンが嫁いだ伯爵家が管理する地はレックス領の隣にあり、被害は似たようなもの。だからこそ悪魔の書に頼った気持ちが、誰より理解できるからだ。それほどあの不運の年は、各方面に痛手を与えた。影響は今も続いており、伯爵夫婦は領民に申し訳なさを覚えている。


 別室で両親が話していることを知らない余命僅かと診断されたリーレンは、ベッドに横たわったまま、自分の体調について考えていた。

 急に倒れ、皆に心配をかけさせてしまった。今までこんなこと、起きたことはなかったのに。


(最近、妙に体が疲れやすいし、私の体になにか起きているのかしら)


 目を覚ましてから、医師に幾つもの質問をされた。

 真面目に全て答え、質問が一段落したのを見計らって尋ねた。


「先生、私はなぜ倒れたのでしょうか」

「……余計なことは考えず、安静にしていなさい」


 医師が答えてくれなかったので、母であるヴィネンに同じ質問をしたが、医師と同じく、安静にするようにとしか言わなかった。


(二人ともなにか変だった気がする。たいしたことがないのか、それとも……)


 寝返りを打つと、まだ言葉を上手く話せない幼い従姉妹、マリーと遊んだぬいぐるみが目に入った。なぜか急に彼女を思い出し、不安になる。なにか良くないことが、あの子の身に起きるのではないかと。


(倒れたから気弱になっているのかしら。マリーの心配より、自分のことを考えないと。きっと明日には元通りよね。ご飯を食べて、勉強して、家族と話しをして……)


 しかし告げられたのは、ある町へ向かうという両親からの話だった。


「なぜ? 静養させるほど、私の体は悪いのですか?」


 伯爵は娘の手を握り、心して聞くようにと告げる。


「……余命宣告を受けた。完治させる薬がない病に罹り、お前は長くないそうだ」


 一瞬、なにを言われているのか分からなかった。理解することを拒んだ。自分が病気? それも治らない? 余命僅か? 冷静になる方が無理だった。

 言葉の意味をようやく理解すると恐ろしくなり、体は震え、青ざめて怯える。そんな娘をヴィネンは抱きしめる。伯爵は握った手を離さず、むしろ力をこめる。自分はここにいるのだと、娘に伝えるように。だがまだ子どもの彼女がすぐに落ちつくことは無理だった。


「わ、私……っ。だったら……っ。この家から……っ。離れたくありません! 家族の近くにいたいです!」


 普段は我がままを言わないのに、泣きながら訴えるリーレンへ、両親は名医を頼るためだと言う。


「お前を救う手段があるかもしれないのだ。それに、直接診てもらった方が都合よい」

「嫌です! 先生を呼んでもらっては駄目なのですか?」

「時間を考えると、医師を呼ぶより向かう方が良いの」


 それでもリーレンは長い時間、抵抗した。

 死ぬのなら、家を出たくない。家族と離れたくない。ただそれだけを繰り返し訴えたが、両親は考えを変えることはなく、やがて泣き腫らした顔で諦め、リーレンは頷いた。


 こうしてリーレンはシューエン一家の住む町へ、向かうことになった。


 階級が異なり、普段であれば交わることのない二つの家。それが今、交わろうとしていた。

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