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「ねぇ、死にに来たの?」銀髪のアンデッドが駆る霊柩車で、僕は最期の星を見に行く  作者: silver fox
第4章:君を自由に手放すための、一番残酷で優しい愛

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22/22

エピローグ ──終わりの翌日に始まる、二人だけの永遠の旅

 国道沿いの夜は、相変わらず落ち着きなく光っていた。


 コンビニのネオン。

 トラックのヘッドライト。

 安いラーメン屋の看板。

 どれもこれもが、眠らない街の断片だ。


 その国道の端で、一台の小さな車がハザードを焚いて止まっていた。


 ボンネットを開けて、途方に暮れた顔で中を覗き込んでいるのは、二十代前半くらいの女性だった。

 仕事帰りらしいスーツのジャケット。

 足元は、少し履き慣れていないパンプス。


「……なんでこんなときに」


 彼女は、冷たい夜風に負けないくらい冷えた声で呟いた。


 スマホを取り出し、ロードサービスに電話をかけようとする。

 けれど、画面には嫌な表示が出ていた。


『圏外』


「うそでしょ……」


 街灯はあるが、周囲に店はない。

 歩いて戻るには、少し距離がある。


 心細さと、苛立ちと、少しの恐怖が混ざり合う。


 そのとき──


 後方から、ゆっくりと近づいてくるヘッドライトがあった。


 スピードを落とし、彼女の止まっている車の十数メートル手前で停まる。


 黒い車だった。


 セダンよりも少し大きく、バンよりも少し低い。

 どこか古めかしいフォルムの、黒塗りの車。


 運転席のドアが開く。


 そこから降りてきたのは、銀髪の女性だった。


 肩までの髪が、街灯の下で淡く光る。

 瞳は、ほんのりと赤みを帯びているように見えた。


 黒いロングコート。

 白い肌。

 夜の闇よりも静かな足取り。


 彼女は、困惑している女性の前で足を止め、ふわりと微笑んだ。


「困ってる?」


「あ、はい……その、車が急に止まっちゃって」


 なぜか、初対面の人間にしては、異様に落ち着いて答えられた。

 彼女の纏う空気が、警戒心よりも安心感を先に呼び起こしたのかもしれない。


「ロードサービスは?」


「繋がらなくて……圏外で」


「そう」


 銀髪の女性は、国道の向こう側をちらりと見る。


 山に遮られて、電波が届きにくい場所らしかった。


「乗る?」


「え?」


「目的地まで、送ってあげる」


 黒い車の方へと顎をしゃくる。


「どこへ行きたい?」


 その問いかけは、不思議な響きを持っていた。


 ただの「送迎」ではない、何かを含んでいるような。


「……家に、帰りたいんです」


 思わず、本音が口をついて出た。


 今日、上司に理不尽に怒られたこと。

 仕事で失敗したこと。

 帰っても誰も待っていない部屋。


 それでも、「帰りたい」と願っている自分に、今気がついた。


 銀髪の女性は、少しだけ目を細めて笑った。


「いいわ」


 その笑みには、どこか安堵の色が混じっていた。


「家まで送りましょう」


 ◆


 黒い車の後部ドアが開く。


 中は、意外なほど広かった。

 白い内装。

 どこか古い教会のような、乾いた香り。


 彼女は、少しだけ躊躇した。


「これって……もしかして、霊柩車?」


「そうよ」


 運転席に回り込もうとする銀髪の女性が、あっさりと言う。


「死体は乗ってないから、安心して」


「あ、いえ、その……」


 変な安心のさせ方だったけれど、なぜか妙に説得力があった。


 後部座席に腰を下ろすと、柔らかなクッションが背中を受け止めてくれる。


 ドアが閉まり、エンジンがかかる。


「シートベルト、忘れずに」


 前方から、落ち着いた声が飛んでくる。


「は、はい」


 言われるままにベルトを締めると、車は滑るように国道へ戻った。


 しばらく、静かな時間が流れる。


 ラジオも音楽もかかっていない。

 聞こえるのは、エンジンの低い唸りと、タイヤがアスファルトを擦る音だけ。


 やがて、彼女は意を決したように口を開いた。


「あの……さっきは、ありがとうございました」


「いいのよ」


 運転席の女性は、フロントガラスの向こうだけを見つめている。


「こう見えて、夜のドライブは慣れてるから」


「お仕事、なんですか? 送迎とか」


「昔はね」


 少しだけ、含みのある言い方だった。


「今は、ただ旅をしているだけ」


「旅、ですか」


「うん」


 赤いテールランプを追いながら、彼女は続ける。


「私はシズク。この車で、いろんな場所を回ってるの」


「シズクさん」


 不思議な名前だ。

 でも、彼女にはよく似合っていた。


「何のための旅なんですか?」


 それは、ごく自然な質問だった。


 銀髪の女性──シズクは、しばらく黙っていた。


 国道の外灯が、一定の間隔で車内を照らし、また暗くする。

 そのリズムがいくつか繰り返されたあと、彼女は左手をそっと自分の胸に当てた。


「大切な人の心臓が見たがっている景色を、見せてあげるための旅」


 その答えは、どこか物語の一節みたいに聞こえた。


「……心臓?」


「うん」


 シズクは、指先で軽く胸元を叩く。


「ここにいるの。

 少しうるさいけど、悪くない同居人よ」


 そう言って、ほんの少し照れくさそうに笑う。


 彼女のその仕草に、なぜか胸がきゅっとした。


「その人は……どこに行きたがってるんですか?」


「たくさん」


 シズクは、少し遠くを見る目をした。


「昔、病院の屋上から見た街の夜景。

 子どもの頃に一度だけ行った海。

 友達と行きたかった遊園地。

 行けなかった修学旅行先の古い町並み」


 それらをひとつずつ、確かめるように辿っているのだと、彼女は淡々と話した。


「全部を巡るには、私の時間でも足りないかもしれないけどね」


「でも、行くんですね」


「行くわよ」


 シズクは、あっさりと肯定する。


「約束だから」


 その言葉の重さが、車内に静かに沈んだ。


 ◆


 夜明けが近づいていた。


 東の空が、少しずつ白んでいく。

 国道沿いの建物の輪郭が、灰色から色を取り戻し始める。


 彼女の家は、郊外の小さなアパートだった。


「ここで、いいです」


 シズクに伝えると、車はゆっくりとスピードを落とし、アパートの前に停まった。


「ありがとうございました。本当に助かりました」


 頭を下げると、シズクは「いいのよ」と短く返した。


 ドアを開け、外に出る。

 冷たい空気が、夜の残り香を運んでくる。


 ふと振り返ると、窓越しにシズクと目が合った。


「ねぇ」


 思わず、声をかける。


「はい?」


「あなた、家に帰りたいって言ったわね」


「ええ……」


 シズクは、少しだけ目を細めた。


「ちゃんと、帰れた?」


 その問いに、彼女は自分の胸に手を当てた。


 上司の顔。

 仕事のストレス。

 誰もいない部屋。


 それでも。


「……はい。今は、帰りたいです」


 そう答えると、シズクは、満足そうに微笑んだ。


「それなら、よかった」


 エンジンが、低く唸る。


 別れの挨拶を言うべきだと分かっていた。

 でも、「さようなら」と言ったら、二度と会えない気がして、喉がすくんだ。


「また、会えたり……しますか?」


 気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。


 自分でも驚いた。


 シズクは、少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、首を横に振った。


「どうかしら」


 はっきりとした否定でも、肯定でもない。


「でも」


 彼女は、空を見上げた。


 そこには、夜と朝のあいだの、薄青いキャンバスが広がっている。

 まだ消えきっていない星が、いくつか点々と残っていた。


「時々、空を見て」


 シズクは、静かに言った。


「星がきれいな夜に。

 あるいは、どうしようもなく苦しい夜に。

 それだけで、じゅうぶん」


 それは、「さようなら」の代わりのように聞こえた。


「……はい」


 彼女は、小さく頷いた。


 黒い車のウインカーが、短く光る。

 霊柩車は、静かに国道へと戻っていった。


 アパートの前にひとり残され、彼女は空を見上げる。


 東の地平線が、金色に縁取られていた。

 その上の薄青い空に、ひとつだけ残った星が、かすかに瞬いている。


 胸の奥で、なにかが小さく動いた気がした。


 生きる意味を、見失いかけていた何かが、ほんの少しだけ形を取り戻すような感覚。


「……行ってきます」


 誰にともなくそう言って、彼女はアパートの階段を上った。


 ◆


 一方その頃。


 国道を離れた霊柩車は、郊外の細い道を走っていた。


 空はすっかり明るくなり、雲の隙間から陽の光が差し込んでいる。


 運転席のシズクは、ちらりとバックミラーを見た。


「見えたでしょう、陽斗」


 胸元にそっと手を当てる。


 鼓動が、変わらずそこにある。


「今夜も、星がきれいになりそうよ」


 遠くの山並みの上に、まだ薄く月が残っている。


 あの女性を降ろす前、シズクは一瞬だけ夜空を見上げていた。


 そこには、満天の星が広がっていた。

 彼女の赤い瞳には、それがくっきりと映り込んでいる。


「あなたが見損ねた海。

 あなたが行けなかった町。

 あなたが夢見た、どうでもいい夜景」


 ひとつずつ、指折り数えるように呟く。


「全部じゃなくても、いくつかは、ちゃんと見せてあげる」


 エンジン音が、静かに高まる。


 黒い霊柩車は、また新しい夜へと走り出す。


 それは、死を運ぶ車ではなくなっていた。

 記憶と心臓を乗せて、世界中の星空をめぐる「旅の車」だった。


 シズクは、フロントガラス越しの空を見上げながら、ほんの少しだけ唇を動かした。


「これが、私たちの永遠の形ね」


 胸の中で、陽斗の心臓が、ゆっくりと、しかし確かに鼓動している。


 ドクン。

 ドクン。


 そのリズムに合わせるように、世界は回り、夜は更け、また新しい朝がやってくる。


「夜葬紀行」は、今日も続いている。


 終わりと始まりのあいだで。

 記憶と忘却のあいだで。

 生と死の境界線を、静かに、確かに走り続けていた。




***「Fin」***


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


陽斗とシズクの旅は、一見すると「死に向かう物語」ですが、

書いているあいだ、私の中ではずっと「生の密度」の話でした。


たった数週間でも、

十八年や、千年さえ塗り替えてしまうほど濃い時間はある。

そんな想いを、この旅に込めています。


もし、


どこか一場面でも心に残った


陽斗やシズクの言葉が、少しでも引っかかった


読後、ふと夜空を見上げたくなった


そんな瞬間があったなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。


ブックマークや評価、感想などをいただけると、とても励みになります。

次の物語へ踏み出す力になりますので、ひと言だけでも残していただけたら嬉しいです。


それでは、

またどこか別の夜と物語でお会いできましたら。


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