表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ねぇ、死にに来たの?」銀髪のアンデッドが駆る霊柩車で、僕は最期の星を見に行く  作者: silver fox
第1章:死にゆく少年に差し伸べられた、不死の慈悲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第2話:霊柩車の少女との邂逅

 誰かが、車から降りる気配がした。

 足音。コツ、コツ、と一定のリズムで近づいてくる。


「──死にに来たの?」


 耳元で、少女の声がした。


 透明なガラス玉を転がしたような、冷たい声。

 感情の温度が、限りなくゼロに近い。


 体は動かないのに、意識だけが少し浮上する。

 まぶたをほんの少しだけ持ち上げると、そこには夜空よりも深い黒が広がっていた。


 黒塗りの車。

 長方形の、異様に背の高いシルエット。


 霊柩車──。


 僕の喉が、かすかに震えた。

 声にならない息が、白く漏れる。


 車体の側面には、見慣れないエンブレムが刻まれていた。どこかの葬儀社のロゴだろうか。けれど、その意匠は妙に古めかしくて、現代の企業ロゴというより、古代の紋章のように見えた。


 運転席のドアが静かに閉まり、足音が近づいてくる。

 視線だけを、ゆっくりと動かす。


 街灯もない闇の中、彼女は不自然なほどはっきりと見えた。


 肩までの銀髪。

 それは白ではなく、確かに銀だった。夜の闇に溶けることなく、月光もないのに淡く光っている。

 瞳は、赤。ワインレッドよりも濃く、血よりも深く。暗闇の中で、熾火のように瞬いている。


 肌は、陶器みたいに白かった。

 病的な白さではない。死を思わせる青もない。むしろ、生という概念から一歩引いたところにあるような、無機質な白さ。


 黒いワンピース。膝丈のスカート。

 その上に羽織ったコートの裾が、夜風に揺れている。

 足元は、まるで葬儀スタッフみたいな黒い革靴。ただ、彼女がその靴で歩くたび、アスファルトに落ちる足音は奇妙なほど軽かった。


 彼女は僕を見下ろし、首を少しだけ傾げた。


「ねぇ。死にに来たんでしょう?」


 問いかけというより、確認。

 目の前で車に轢かれそうになっている人間にかける言葉としては、あまりにも異様だった。


 僕は、かろうじて喉を震わせる。


「……うん」


 かすれる声だった。

 彼女は瞬きもせず、僕の顔をじっと見つめる。


「誰かに殺されたかったの? それとも、自分で死にたかったの?」


 その言い方が、ひどく残酷で、ひどく正確だった。


 誰かに迷惑をかけたくはなかった。

 でも、自分で確実に死ぬ勇気もなかった。

 だから、曖昧な「事故」に期待した。通りがかった車が、運悪く、僕を認識し損ねることを。


 それはつまり、「誰かの手で死にたかった」ということだ。


 彼女は、僕の沈黙を答えと受け取ったのか、ほんのわずかに口元を歪めた。

 笑っている、のかもしれない。でも、その笑みには喜びや愉悦の色はなかった。ただ、感情という液体をすっかり抜き取られたような、形だけの微笑み。


「なら、乗せてあげる」


 そう言って、彼女は霊柩車の方へと視線を向けた。


「ここで野垂れ死にするより、少しはマシな場所まで」


 僕は、目を瞬いた。

 その言葉の意味がすぐには飲み込めない。


「……どこ、に?」


 自分の声が、やけに遠い。


 少女は、ゆっくりとしゃがみこみ、僕の顔と同じ高さまで目線を下ろした。

 近くで見ると、その瞳の赤はますます濃く見えた。そこに僕自身の姿が、小さく逆さまに映り込んでいる。


「死ぬ場所」


 彼女は、何でもないことのように言った。


「誰にも見つからずに、誰の足も止めさせないで、ひっそりと死ねる場所」


 心臓が、一拍だけ、強く鳴った。

 彼女の言葉は、僕の中のどす黒い願望を、そのまま口に出したみたいだった。


 誰にも迷惑をかけずに死にたい。

 誰にも見つからずに消えたい。

 忘れられて、いなかったことにされたい。


 それがどれほど身勝手で、どれほど残酷な願いかなんて、分かっているはずなのに。


 彼女は立ち上がり、僕の腕を掴んだ。

 その手は、驚くほど冷たかった。

 けれど、冷たさの奥に、かすかな「硬さ」がある。人間の皮膚の柔らかさとは違う、何か異質な感触。


 支えられて立ち上がると、視界がぐらりと揺れた。

 膝が笑う。彼女は何も言わず、僕の体重をほとんど全部引き受ける形で、霊柩車の後部ドアまで連れて行った。


 黒い塗装は、夜の闇をさらに圧縮したように光を吸い込んでいる。

 そこに映る自分の顔は、骸骨みたいにやつれていて、笑えるくらい「死にかけの人間」そのものだった。


 後部ドアが、重い音を立てて開く。

 中は、白い。


 思わず息を呑んだ。

 そこには、祭壇のような小さな台と、その奥に棺を置くための空間があった。左右の壁には古い蝋燭立てが埋め込まれていて、今も細い炎が揺らめいている。


 ──おかしい。

 こんなもの、普通の霊柩車にあるはずがない。

 第一、蝋燭の火なんて、走行中に危ないに決まっている。


 違和感は、そこだけじゃなかった。

 車内の匂いが、妙だ。防腐剤や消毒液の匂いではなく、乾いた香草と、遠い土の香り。古い教会の一角を切り取ってきたみたいな、時代のズレた空気。


 少女は、棺のようなスペースの手前にある長椅子を指差した。


「そこに座って。立ってると、倒れるでしょう?」


 言われるまでもなく、足はすでに限界だった。

 僕はよろよろと中に入り、長椅子に腰を下ろした。クッションは薄く、板の冷たさが背中に伝わる。


 彼女は黙ってドアを閉め、運転席へと回っていった。

 エンジンがかかる音。車体がわずかに震える。


 僕は、まだ信じられなかった。

 なぜ僕は、見知らぬ少女の運転する霊柩車に、こんなにもすんなりと乗り込んでしまったのか。


 けれど、ひとつだけ、はっきりしていることがあった。


 *病院には、もう戻れない。*


 それは、僕がいま初めて、何かを「選んだ」瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ