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「ねぇ、死にに来たの?」銀髪のアンデッドが駆る霊柩車で、僕は最期の星を見に行く  作者: silver fox
第3章:千年前の星空と、解かれる輪廻の糸

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第2話:誰かを安心させようとする笑みを、初めて見せた夜の洞窟

 樹海の奥で、風が強くなった。

 雨粒が、葉を叩く音が増す。


「どうして?」


 シズクの声は、静かだった。


「どうして、そんなに私と一緒にいたいの?」


 質問の意味くらい、分かっているはずなのに。

 改めて言葉にしようとすると、喉の奥がひどく乾いた。


「……シズクと過ごす時間が、僕の人生で一番輝いているから」


 冗談でも、比喩でもなく。

 ただ、そのままの事実として。


「病院のベッドの上で、ただ天井を見てた時間よりも。

 医者の顔色をうかがってた時間よりも。

 母さんの目を見られなくて、俯いてた時間よりも」


 楠の幹が、低くうなったような気がした。


「君とバカみたいな話をしたり、星を見たり、心霊スポットを歩いてる時間の方が、ずっと『生きてる』って感じがするんだ」


 雨が、頬を打つ。

 それが涙かどうか、自分でもよく分からなかった。


 しばらくの沈黙が、樹海を満たした。


 やがて、シズクは小さく息を吐いた。


「そう」


 彼女の声は、少しだけ柔らかかった。


「なら、今はそれでいい」


「今は?」


「人間の気持ちは、すぐ変わるから」


 シズクは、楠の幹に手を当てる。


「でも、その言葉はこの木が覚えてくれる。

 あなたがここで、そう言ったこと」


 楠の葉が、ざわりと揺れた。

 無数の石塔の上に、細かな水滴が跳ねる。


「……夜になったら、雨宿りできる場所に案内する。

 ここで眠ると、誰かの夢を見過ぎて、頭が壊れるかもしれないから」


「そんな笑えない冗談やめろ」


「冗談じゃないわ」


 彼女はあっさりと否定した。


 ◆


 樹海の中ほどに、小さな洞窟があった。


 岩肌がぽっかりと口を開け、内部は人が二人横になればいっぱいになる程度の空間だ。中は意外なほど乾いていて、外の雨音だけが遠くから聞こえてくる。


「この洞窟も、木霊がよく使ってた」


 シズクは、バックから取り出した薄いブランケットを敷きながら言う。


「迷った人間を、ここで一晩休ませてから、下界まで送り届けたりしてた」


「送還サービス付きの樹海か」


「ビジネスにしたら儲かりそうね」


 そんな軽口を交わしながらも、彼女の表情はどこか遠くを見ていた。


 ブランケットの上に腰を下ろすと、全身の疲労がどっと押し寄せてきた。

 さっきまで張り詰めていた何かが、一気に緩んでいく。


 洞窟の中は暗いが、シズクが持ってきたランタンの淡い光が、岩肌をぼんやりと照らしていた。


「シズク」


「なに?」


「アンデッドが食べた魂って、どうなるんだ?」


 ずっと聞きたかった質問を、ようやく口にする。


 シズクは、一瞬だけ目を伏せた。


「私たちの中で、その人の記憶は生き続ける」


 ランタンの光が、彼女の横顔に影を落とす。


「死ぬ瞬間の景色も。

 その人が最後に考えたことも。

 子どもの頃の思い出も。

 全部、断片的に、私の中に溜まっていく」


「全部……覚えてるのか?」


「全部を、はっきりとは無理。

 でも、きっかけがあれば、すぐに蘇る」


 彼女は、岩壁にもたれかかる。


「例えば、雨の匂いを嗅ぐと、昔溺れた子の記憶が浮かぶ。

 どこかの街角を歩いていると、そこで事故に遭った誰かの視界が重なる。

 夕焼けを見ると、戦場で死んだ兵士の最後の空が混ざる」


 それは、想像しただけで目眩がしそうな感覚だった。


「……それって、孤独じゃないのか?」


 僕は、思わず口をついて出た言葉を止められなかった。


「自分一人でいるはずなのに、頭の中には何百人もの『声』があるって。

 誰の記憶が自分のものなのか、分からなくなったりしないのか」


「とても、孤独よ」


 シズクは、ためらいなく言った。


「だから、私たちは旅を続ける」


「旅?」


「新しい風景を、その魂たちに見せるために」


 彼女は、ランタンの光を見つめる。


「私の中で眠っている人たちにね。

 『こんな海があった』とか、『こんな森がある』とか。

 『あなたが見られなかった星は、こうして昇る』って、教えてあげる」


 その言葉には、静かな情熱のようなものがあった。


「それに──」


 シズクは、少し間を置いて続けた。


「そうしていないと、私自身が壊れてしまうから」


「壊れる?」


「誰の記憶が誰のものか、分からなくなるの。

 『これは私の感情か』『誰かの感情の残り香か』、境界が曖昧になっていく」


 ランタンの炎が、ひときわ強く揺れた。


「だから、私はいつも確認している。

 『これは火鳥の記憶』

 『これは潮女の記憶』

 『これは鉄姫の』

 『これは笑姫の』」


 彼女は、赤い瞳をこちらに向ける。


「そして──『これは、陽斗の』って」


 胸の奥が、じんと熱くなった。


 僕の中途半端な人生の記憶が、彼女の中でどんな色をしているんだろう。

 病室の天井。夜の病院の廊下。屋上から見た星。

 そこに、今の旅の光景も少しずつ塗り重ねられている。


「……シズク」


「なに?」


「僕の記憶も、大切に運んでほしい」


 ランタンの光の中で、彼女の表情が少しだけ揺れた。


「僕が死んだあと。

 君が僕の魂を食べたとき。

 僕が見たものを、ちゃんと誰かに見せてやってほしい」


「誰かに?」


「君の中にいる、誰かにさ」


 僕は、ゆっくりと横になった。

 洞窟の天井に、うっすらと苔が光っている。


「僕が見た星空を、誰かの目にも重ねてやってほしい。

 『この星は、陽斗っていう馬鹿が見上げてた星だ』って」


 自嘲気味に笑うと、シズクも小さく笑った。


「馬鹿っていう自己紹介、便利ね」


「事実だろ」


「そうね。

 でも──」


 ふいに、彼女の手が僕の肩にそっと触れた。

 冷たいはずのその手が、今日はほんの少しだけあたたかく感じる。


「約束する」


 シズクは、確かな声で言った。


「あなたの記憶は、ちゃんと私が運ぶ。

 どこかの誰かが見る景色に、少しずつ混ぜていく」


 雨音が、洞窟の外で優しく鳴っている。

 そのリズムが、心臓の鼓動と重なっていく。


「だから──安心して、眠って」


 彼女の囁きに従うように、瞼が重くなった。


 闇に落ちる直前、ふと気づいた。


 シズクが、微笑んでいた。

 心の底から、誰かを安心させようとするような笑みを。


 それを見たのは、はじめてだった。




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