第9話 アニメ化決定、異世界では英雄。それでも俺は、一人でカップ酒を飲む
【前書き】
山の頂上は、空気が薄くて寒いです。
異世界でも現実でも、私はいつの間にか高いところに持ち上げられてしまいました。
降りたいのに、梯子を外された気分です。
そのメールが届いたのは、深夜二時のことだった。
『件名:【重大発表】アニメ化企画の始動につきまして』
出版社からのメールだ。
俺がAIに書かせた、あの厨二病全開の勘違い日記が、まさかのアニメ化。
添付された企画書には、聞いたことのある有名スタジオの名前が並んでいる。
契約金、印税率。
そこに書かれている数字は、俺のサラリーマン時代の生涯年収を軽く超えていた。
「……マジかよ」
俺は眼鏡を外し、目頭を揉んだ。
嬉しい、という感情よりも先に、恐怖が来た。
事が大きくなりすぎている。
俺はただ、定年後の暇つぶしと、少しの小遣い稼ぎがしたかっただけなのに。
ネット掲示板を見れば、『原作者は本物の魔術師』『いや、異世界からの帰還者だ』という考察スレが乱立している。
当たらずとも遠からずだが、俺はただの腰痛持ちの無職だ。
その時、タマが窓の外を向いて激しく明滅した。
異世界側からの呼び出しだ。
俺は重い腰を上げ、納屋へ向かった。
扉を開けると、そこには少年ジグが待っていた。
以前のようなボロ布ではなく、少し小綺麗な服を着ている。俺が渡した報酬(食料)を元手に、彼らも少しずつ生活水準を上げているのだ。
だが、今日のジグは興奮していた。
「旦那! 大変だ! 広場に来てくれ!」
「……どうした、また隣国の軍隊か?」
「違う! 『銅像』だよ!」
銅像?
俺はジグに手を引かれ(もちろん、認識阻害の指輪とマスクで完全武装して)、街の中央広場へ向かった。
そこには、人だかりができていた。
その中心に、真新しいブロンズ像が建っている。
高さ三メートル。
筋骨隆々の肉体。
右手にコーヒーの瓶を掲げ、左手で雷を操り、足元にはひれ伏す敵兵たち。
台座にはこう刻まれていた。
『救国の破壊神、兼、至高の錬金術師リョウ。ここにその偉業を称える』
「…………」
俺は絶句した。
誰だ、これ。
俺は身長一六五センチ、猫背、中肉中背のおっさんだ。こんなギリシャ彫刻みたいなマッチョではない。
しかし、広場の人々は銅像に向かって祈りを捧げている。
ドワーフのガラムが、涙ながらに演説していた。
「あの方こそが! 我らに神の粉と、炎の種をもたらした救世主である!」
ワァァァァ! と歓声が上がる。
俺は帽子をさらに深く被り、その場から逃げ出した。
居たたまれない。
恥ずかしいとかいうレベルを超えて、申し訳なさで胃が千切れそうだ。
その夜。
街のギルド主催で、リョウを称える祝賀会が開かれた。
俺はジグを通じて「影武者(という設定の俺本人)」を送り込み、遠くから様子を見ることにした。
豪華な食事。美酒。着飾った貴族たち。
俺の銅像の周りで、人々が笑い合っている。
その輪の外れに、ジグたち孤児の姿があった。
俺がギルドにねじ込んで、余った料理を彼らに配るように手配させたのだ。
ジグが、仲間たちと一緒に大きな肉を頬張っている。
あばら骨が浮いていた体は、少しだけふっくらとしていた。
彼らが笑っている。
それを見た瞬間、俺の胸の中にあった鉛のような重みが、少しだけ軽くなった。
「……まあ、いいか」
俺は呟いた。
銅像は恥ずかしいし、破壊神という二つ名も不本意だ。
でも、俺が撒いた種のおかげで、少なくともあの子供たちは腹一杯飯が食えている。
それだけで、俺がここに来た意味はあったのかもしれない。
俺は宴の喧騒に背を向け、納屋へと戻った。
日本の実家。
シーンと静まり返ったリビング。
俺は冷蔵庫からカップ酒を取り出し、電子レンジで熱燗にした。
つまみは、コンビニのチキン。
異世界の豪華な料理に比べれば、あまりに貧相だ。
でも、俺にはこれが合っている。
「乾杯」
誰もいない虚空に向かって、杯を掲げる。
タマがポワンと光り、俺のグラスに体をぶつけてきた。
カチン、と小さな音がした。
アニメ化決定の億万長者で、異世界の英雄。
その正体は、古びた日本家屋で一人酒を飲む、寂しい初老の男。
そのギャップがおかしくて、俺は久しぶりに声を出して笑った。
涙が少しだけ出たのは、わさびの効きすぎた鳥焼きのせいだということにしておこう。
【後書き】
栄光と孤独。
リョウさんは全てを手に入れましたが、その手は相変わらずカップ酒のグラスを握りしめています。
でも、ジグたちの笑顔が、彼にとっての本当の「報酬」だったのかもしれません。




