第8話 書籍化オファーと国税局、そして認識阻害の指輪
【前書き】
異世界の軍隊は魔法で吹き飛ばせますが、現実の法律はそうはいきません。
社会的に死にたくなければ、頭を使うか、あるいは「反則」を使うしかありません。
『破壊神』の騒動から数日。
俺は現実世界のリビングで、頭を抱えていた。
PCの画面には二つのメールが表示されている。
一つは、出版社からのメール。
『件名:【書籍化のご相談】「小説家になろう」掲載作品につきまして』
俺がAIに書かせた厨二病全開の小説が、なんと書籍化のオファーを受けたのだ。「圧倒的なリアリティと、神話的表現の融合」と絶賛されている。AIすごい。
だが、問題はもう一つのメール……というか、郵便受けに入っていた封書だ。
『税務署からのお尋ね』
心臓が止まるかと思った。
内容は丁寧だが、要約すれば「お前の口座、急に金が増えすぎだろ。説明しに来い」というものだ。
ライター、コーヒー、調味料。
これらで得た数千万円の利益。
もちろん申告するつもりはあったが、どう説明すればいい?
「異世界で転売しました」? 即座に病院送りか、詐欺を疑われるのがオチだ。
「……詰んだか」
俺は天井を仰いだ。
異世界の軍隊より、日本の税務署の方が百倍怖い。
逃げれば脱税で逮捕。説明すれば精神鑑定。
進退窮まった俺の視界に、タマが入ってきた。
タマは心配そうに俺を見つめ、そしてふわふわと納屋の方へ誘導し始めた。
「……何かあるのか?」
俺は藁にもすがる思いで、異世界へ向かった。
タマが案内したのは、いつもの路地裏ではなく、さらに奥まった場所にある怪しげな骨董品屋だった。
店主はフードを被った老婆。通称「魔女婆さん」。
「ヒヒヒ……悩める顔をしておるね、異邦人」
婆さんは俺を見るなり笑った。
「お主の悩み、この『指輪』なら解決できるかもしれんよ」
差し出されたのは、鈍い銀色の指輪。
中央に曇ったガラス玉のような石が嵌められている。
「『認識阻害の指輪』じゃ。これを着けていれば、相手はお主の都合の悪いものを認識できなくなる。金塊を見ても石ころに見え、怪しい扉を見てもただの壁に見える。ついでに、お主の顔も曖昧にしか覚えられん」
これだ。
俺は値段も聞かずに金貨袋を叩きつけた。
「毎度あり」という婆さんの声を背に、俺は現実へ取って返した。
数日後。
税務署の調査員が二人、実家にやってきた。
俺は指輪を左手の中指にはめて応対した。
「失礼します……いやあ、立派な日本家屋ですね」
調査員は鋭い目つきで室内を見回す。
リビングのテーブルの上には、換金したままの帯付きの札束が三つ、無造作に置かれている。
俺は冷や汗をかきながら、お茶を出した。
「それで、リョウさん。この口座の入金についてですが……」
調査員は書類を広げる。
しかし、目の前の札束には全く触れない。
見えていないのだ。
いや、視界には入っているはずだが、脳がそれを「重要ではない情報(ティッシュ箱など)」として処理しているらしい。
「ああ、それは……株です」
俺は適当な嘘をついた。
「海外の……ドワーフ鉱山株という銘柄が当たりまして」
「ドワーフ……ですか? はて、聞いたことのない銘柄ですが……」
調査員は首を傾げるが、深く追求してこない。
指輪の効果で、俺の言葉に対する違和感が中和されているようだ。
「まあ、リョウさんがそう仰るなら……資料の方だけ後で送ってください」
「わかりました。……ところで、あそこの納屋は見なくていいんですか?」
俺は試してみた。
調査員は納屋の方を見た。扉は半開きで、奥から異世界の光が漏れている。
「納屋? ああ、ただの古い壁ですね。特に資産価値はなさそうです」
勝った。
俺は心の中でガッツポーズをした。
調査員たちは「お邪魔しました」と帰っていった。
後で彼らの記憶には、「なんとなく訪問したが、特に問題ない普通のおじさんだった」という印象しか残らないだろう。
俺はソファに倒れ込んだ。
どっと疲れが出た。
タマが「やったね」と頬にすり寄ってくる。
「……これで、税金からも逃げられたわけか」
いや、納税はちゃんとするつもりだ。国民の義務だからな。ただ、出処については永遠に「ドワーフ株」で通させてもらう。
俺は左手の指輪を見つめた。
異世界の力が、現実の理をねじ曲げてしまった。
安堵と共に、少しの寒気を感じた。
俺は、どんどん「普通」から遠ざかっているんじゃないか?
その時、PCがメールの着信を告げた。
出版社からだ。
『書籍化決定です! 担当編集がつきますので、近々打ち合わせをお願いします!』
一難去ってまた一難。
今度は、俺の顔を隠したまま、どうやって出版契約を結ぶかだ。
俺は指輪を撫でた。
これがあれば、覆面作家として生きることも可能かもしれない。
【後書き】
ギリギリの攻防(?)でした。
認識阻害の指輪というチートアイテムのおかげで、リョウさんは社会的抹殺を免れました。
しかし、この指輪のせいで、彼の存在感は現実世界でますます希薄になっていきます。
次回、書籍化作業と、担当編集者との奇妙な会合。
そして、ついに第1章のラストへ向けて物語が加速します。
「なろう」発のラノベ作家として、リョウさんはどこへ向かうのか。
引き続き、応援よろしくお願いします!




