第6話 承認欲求の行方と、AIゴーストライター
【前書き】
金はあります。
地位(異世界限定)も手に入りそうです。
でも、心の穴は埋まりません。
そんな夜、人は禁断のツール(生成AI)に手を出すのです。
異世界での商売は順調そのものだった。
商業ギルドに『黒い粉』を卸し、ドワーフのガラムには『調味料』を卸す。
スラムの子供たちには『駄菓子』と『弁当』を配給し、安全を確保する。
完璧なシステムだ。
俺の預金残高は、定年後の不安を完全に払拭できる桁に達していた。
実家のリフォームも終わった。
隙間風の入る窓は二重サッシになり、トイレは全自動洗浄になり、キッチンには最新の食洗機が入った。
ボロ屋敷は、快適な隠居要塞へと生まれ変わったのだ。
ある日の夕食。
俺は、通販で取り寄せたA5ランクのステーキを焼いた。
最高の肉。最高のワイン。広くて暖かいリビング。
目の前には、相棒のタマがふわふわと浮いている。
「……いただきます」
一口食べる。美味い。とろけるようだ。
ワインを飲む。芳醇だ。
……静かだ。
箸を置く音が、カタンと響く。
美味い。確かに美味いのだが、味がしない気がする。
俺はふと、会社の飲み会を思い出した。
安居酒屋の、薄められたビールと、冷めた唐揚げ。
上司の愚痴を聞き、部下を慰め、騒がしく笑い合ったあの日々。
あの頃は「早く一人になりたい」と思っていたはずなのに。
「……贅沢な悩みだな」
俺は自嘲した。
金も時間もある。でも、話し相手がいない。
タマは可愛いが、言葉は通じない(意思疎通はできるが)。
異世界の人々は、俺を「謎の大商人」として崇めているか、恐れているかで、対等な友人はいない。
現実世界? もっといない。
誰かに、話したい。
俺の身に起きている、この摩訶不思議な体験を。
異世界の夕暮れの美しさを。
ドワーフのガラムの豪快な笑い声を。
スラムの少年ジグの、おにぎりを食べた時の輝く瞳を。
でも、誰に?
友人に電話して「俺、異世界に行ってるんだ」なんて言ったら、認知症を疑われて介護施設行きだ。
俺はステーキを残したまま、書斎(元納戸)へ向かった。
新調したハイスペックPCを起動する。
モニターの青白い光が、俺の皺の増えた顔を照らす。
ブラウザを開き、以前から読み専として使っていたサイト『小説家になろう』にアクセスした。
俺のアカウント名は『行商人R』。
【新規投稿】のボタンが、俺を誘っているように見えた。
「……フィクションとしてなら、いいよな」
俺はキーボードに指を置いた。
これは日記だ。あるいは、妄想という体裁をとった実録だ。
しかし、いざ書こうとすると指が止まる。
俺の文章は、業務報告書のように堅苦しいのだ。これでは誰も読んでくれないだろう。
「そういえば、最近流行りのアレを使うか」
俺は別のタブを開いた。
生成AIチャットツールだ。
最近のニュースで、AIが小説を書くと聞いたことがある。
俺はプロンプト(指示文)を入力した。
『以下の出来事を、人気ライトノベル風にかっこよく書き直してください』
『内容:リストラされた日に、実家の納屋の掃除をしていたら、不思議な扉を見つけた。開けると外国みたいな場所だった。怖くて閉めた。』
エンターキーを押す。
数秒後、AIが回答を吐き出した。
『出力結果:
その日、俺の運命は音を立てて崩れ去った――リストラという名の断罪によって。
絶望に染まる夕暮れ、俺を呼んでいたのは実家の古びた納屋だった。
埃舞う暗闇の奥、そこに鎮座していたのは、理を超越した「境界の扉」。
震える手でそれを開いた瞬間、世界は反転する。
眼前に広がるは、神話に謳われるごとき異界の光景。
俺の本能が警鐘を鳴らす。「まだ早い」と。俺は戦慄と共に、その禁忌の扉を閉ざした……。』
「……なんだこれ」
俺は呆気にとられた。
大袈裟すぎる。俺はただ「怖くて閉めた」だけなのに、「本能が警鐘」とか「禁忌」とかになっている。
だが、読み返してみると、確かにラノベっぽい気がする。
若者はこういうのが好きなのか?
「まあ、フィクションなんだから、これくらいの演出はありか」
俺は妙に納得し、AIが出力した文章をコピペした。
タイトルもAIに考えてもらった。
『定年目前の俺、納屋を開けたら異世界への接続を確認。とりあえず閉じたが、運命は動き出したようだ』
俺はそのまま【投稿】ボタンを押した。
「……ふぅ」
妙な達成感があった。
俺の体験が、AIの手によって立派な物語に生まれ変わった。
これなら、身バレもしないだろう。文体が違いすぎる。
俺はPCをスリープにし、リビングに戻った。
冷めたステーキを食べながら、少しだけ高揚感を感じていた。
しかし、俺はまだ知らない。
このAIによって過剰演出された文章が、読者の間で**「この作者、魔術的な知識が深すぎる」「描写が厨二病っぽいが、妙にリアリティがある」**と、とんでもない誤解を生み始めていることを。
俺はただの日記を書いたつもりなのに、世界はそれを「予言書」として読み解こうとしていたのだ。
【後書き】
ついに禁断の果実、AI執筆に手を出しました。
リョウさんの淡々とした事実が、AIフィルターを通して「神話級の叙事詩」に変換されていきます。
本人は「今時の若者向けに直してくれた」と感謝していますが、これが騒動の火種になります。
次回、この小説がネットでバズり、異世界の王様も動き出します。
リョウの平穏は、自分で蒔いた種(とAI)によって崩壊していきます。
評価とブクマ、AIも喜びますのでよろしくお願いします!




