第5話 商業ギルドと、至高の黒い粉(カフェイン)
【前書き】
商売を長く続けるには、その土地のルールに従う必要があります。
いわゆる「許可証」や「コネ」というやつです。
私は元営業職。手土産一つで懐に入るのは得意分野……のはずでした。
スラムの少年ジグと「雇用契約(という名の餌付け)」を結んでから、数日が経過した。
路地裏の警備は順調だ。
俺が納屋の扉を開けると、必ずどこからともなくジグか、その部下の子供が現れ、ハンドサインを送ってくる。「異常なし」の合図だ。
俺は報酬として、大袋入りのチョコレートや、スナック菓子を置いていく。
彼らの顔色は日に日に良くなっている。現金は渡していないが、カロリーは十分に渡しているつもりだ。
さて、今日の課題は「身分」の確立だ。
ドワーフのガラムから聞いた話では、この街でまともに商売をするには『商業ギルド』の許可証が必要らしい。
無許可のモグリは、衛兵に捕まるか、他の商会に潰される。
俺は「静かに」稼ぎたいのだ。お尋ね者になるのは御免だ。
「行くぞ、タマ」
俺はスーツを着込んだ。
といっても、ヨレヨレの就活スーツではない。現役時代、勝負商談のために買った、少し良いオーダーメイドのスーツだ。
異世界でスーツ? と思うかもしれないが、舐められないためには「異質感」と「清潔感」が武器になる。
手土産も用意した。
準備万端だ。
商業ギルドは、街の大通りに面した石造りの立派な建物だった。
活気がある。多くの商人が行き交い、怒号と笑い声が飛び交っている。
俺は深呼吸をして、重い扉を押し開けた。
カランカラン、とベルが鳴る。
瞬間、ギルド内の喧騒がピタリと止んだ。
視線が突き刺さる。
異国の奇妙な服を着た初老の男。
そして、その肩に浮かぶ謎の発光体。
ざわめきが波のように広がる。
『おい、あれ……噂の……』
『路地裏の処刑人か?』
『指一本でゴロツキをミンチにしたっていう……』
……ミンチにはしていない。壁に埋め込んだだけだ。
噂に尾ひれがついていることに戦慄しながら、俺はカウンターへ向かった。
受付嬢の若い女性が、顔面蒼白で震えている。
「あ、あの……ごごご、御用でしょうか……?」
「商業ギルドへの登録をお願いしたい」
俺は努めて紳士的に、落ち着いた声を心がけた。
「は、はい! ただちに! ギ、ギルドマスターをお呼びします!」
「え?」
ただの登録にトップが出てくるのか?
止める間もなく、受付嬢は奥へ駆け込んでいった。
数分後。
奥の扉から、巨漢が現れた。
身長二メートルはあるだろうか。丸太のような腕。顔には古傷。
どう見ても元冒険者、それも武闘派だ。
ギルドマスター、ゴズル。
彼は俺の前に立つと、値踏みするように睨みつけてきた。
怖い。
俺の足はガクガク震えているが、スラックスのおかげで見えないことを祈る。
「あんたか。最近、路地裏で妙なもんを売り捌いてるって噂の商人は」
声が腹に響く。
「……リョウと申します。以後、お見知り置きを」
俺は営業スマイルを貼り付け、名刺(前の会社の残りを裏返して手書きしたもの)を差し出した。
ゴズルはそれを指先で摘み、鼻で笑った。
「紙切れ一枚で挨拶とはな。……で? 俺のシマで商売したけりゃ、それなりの『誠意』は見せてもらえるんだろうな?」
来た。
賄賂の要求か、あるいは実力の提示か。
周囲の商人たちが息を飲んで見守っている。
ここで怯めば、一生カモにされる。
俺は震える手を押さえ込み、バッグから「瓶」を取り出した。
「もちろんです。私の故郷の、特別な『薬』をお持ちしました」
黒い粒が入った瓶。
日本のスーパーで売っている、インスタントコーヒー(ゴールドブレンド)だ。
俺は近くにあったカップに湯をもらい、その粉を溶かした。
立ち上る、芳醇な香り。
焦げたような、それでいて甘く、深い香り。
ゴズルの鼻がピクリと動いた。
「毒見は必要ですか?」
「……よこせ」
ゴズルはカップをひったくり、警戒しつつも一口啜った。
沈黙。
ゴズルの目がカッ! と見開かれる。
「――なんだこれは!!」
怒号のような大声に、俺はビクリと肩を跳ねさせた。
まずかったか? 苦すぎたか?
「苦い! 泥のように黒く、苦い! だが……なんだこの、頭が冴え渡る感覚は! 全身に活力がみなぎるようだ!」
ゴズルは一気に飲み干し、荒い息を吐いた。
「これが『薬』だと……? 馬鹿野郎、これは『奇跡』だ!」
カフェイン中毒予備軍の反応だ。
この世界にはお茶やエールはあるが、コーヒーのような嗜好品はないらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「気に入っていただけて何よりです。登録を許可していただければ、定期的に納入いたしますが」
「許可だ! 特級許可証を持ってこい!」
ゴズルは受付嬢に怒鳴り、俺の手を両手で握りしめた。
「リョウ殿! いやリョウ先生! こいつをあと十瓶……いや、百瓶くれ! 言い値で買う!」
こうして。
俺は「路地裏の処刑人」から、「黒い秘薬を操る錬金術師」へとジョブチェンジしたらしい。
手渡された許可証は、金色に輝く『特級』のプレートだった。
これがあれば、どの街でもフリーパスで商売ができるという。
帰り道。
俺はタマに話しかけた。
「……ちょろかったな」
タマは呆れたように、ポワンと一度だけ光った。
しかし、俺はまだ気づいていない。
この『特級許可証』が、王族や大貴族しか持てないような代物であり、これを持っていること自体が、新たなトラブル……もとい、伝説の始まりになることを。
【後書き】
コーヒーは偉大です。
カフェインという合法のドーピングアイテムは、異世界の荒くれ者たちを一瞬で虜にしました。
これで公的に商売ができるようになりましたが、リョウの二つ名がどんどん物騒になっていきます。
次回、商売も順調、金もある。
でも、ふと訪れる静寂に耐えきれず、リョウは禁断の扉(なろう投稿)を開きます。
筆名はもちろん『リョウ』ではありません。
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