表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第4話 路地裏の警備隊と、ツナマヨおにぎり

【前書き】

商売には「信用」と「安全」が不可欠です。

特に、警察機構が機能していない異世界では、自力で縄張りを守らなければなりません。

そこで私は、現地の警備員を雇うことにしました。報酬は、コンビニのおにぎりです。

三人のゴロツキを(タマが勝手に)撃退してから数日。  路地裏の空気が変わった気がする。  俺が台車を押して歩いていると、すれ違う人々がサッと道を空けるようになったのだ。  以前のような「変な格好の爺さん」を見る目ではない。「触らぬ神に祟りなし」という、畏怖を含んだ視線だ。  居心地が悪い。  だが、絡まれるよりはマシだ。俺は帽子を目深に被り、黙々と足を動かす。


 今日の商売も上々だった。

 ドワーフのガラムに卸した醤油と砂糖は、彼曰く「錬金術の秘薬」として高値で取引されたらしい。

 懐には、追加の金貨が五枚。

 日本円にして五百万円相当。

 感覚が麻痺しそうになるが、俺は努めて冷静さを保っていた。これは老後の資金だ。無駄遣いは許されない。


 帰路につこうとした時だった。

 いつもの納屋へ繋がる扉の近く。ゴミ捨て場の陰から、ゴソゴソという音が聞こえた。

 またネズミか?

 衛生環境の悪いここなら、猫くらいの大きさのドブネズミがいてもおかしくない。

 俺は警戒して、タマを少し前へ出した。


 だが、そこにいたのはネズミではなかった。

 子供だ。

 ボロボロの布切れを体に巻き付け、泥とすすで肌の色もわからないほど汚れた少年。

 年齢は十歳くらいだろうか。痩せこけて、あばら骨が浮いている。

 彼は、俺がさっき休憩がてらに捨てた、コンビニ弁当の空き容器を必死に指でさらっていた。容器の縁についた、わずかなタレや米粒を舐めているのだ。


「……ッ」


 俺は思わず息を飲んだ。

 目が合った。

 少年はビクリと肩を震わせ、脱兎のごとく逃げ出そうとする。

 その目は、怯えと、飢えと、そして鋭い警戒心に満ちていた。

 まるで、追い詰められた野良犬だ。


 俺の脳裏に、ふと記憶がよぎる。

 リストラを宣告されたあの日。

 公園のベンチで、行くあてもなく座り込んでいた俺。

 通り過ぎるサラリーマンや学生たちが眩しくて、誰とも目を合わせられなかった。

 世界から切り離されたような孤独感。

 この少年の目には、あの時の俺と同じ色があった。


「……待て」


 俺は無意識に声をかけていた。

 少年が硬直する。逃げれば背中から斬られるとでも思ったのかもしれない。

 俺はショルダーバッグを探った。

 自分用の昼飯として買っておいた、予備のおにぎりが一つある。

 ツナマヨネーズ味だ。


「ほらよ」


 俺はそれを少年の足元に放り投げた。

 少年は反射的にそれを受け止めるが、すぐに俺を睨みつけた。


「……恵んでもらうつもりはねえ!」


 掠れた声だが、強い意志がこもっていた。

 プライドか。

 俺は内心で苦笑した。金持ちの道楽だと思われたらしい。まあ、今の俺は金貨を持っているのだから金持ちには違いないが。


「勘違いするな」

 俺はできるだけ低い声で、冷淡に言った。

「恵んでねえよ。それは『前金』だ」


「……まえきん?」

 聞き慣れない言葉に、少年が首を傾げる。


「俺はこの場所で商売をしている。だが、俺がいない間に変な虫……さっきみたいなゴロツキとかが湧くと困るんだ」

 俺はもっともらしい嘘を並べた。

 実際、納屋の扉が見つかるのはリスクだ。誰かが見張っていてくれれば、それに越したことはない。


「お前、暇ならここを見張ってろ。変な奴が来たり、兵士が巡回してきたりしたら、俺が来た時に教えろ。それが仕事だ」


「……仕事?」

 少年の目から、警戒の色が少しだけ薄れ、困惑が混じる。

「ああ。そいつは契約金だ。ちゃんと働けば、また『報酬』をやる」


 少年はおにぎりを見つめた。

 日本のプラスチック包装。開け方がわからないらしい。

 俺はため息をついて近づき、三角の頂点を摘んでフィルムを引き抜いてやった。

 パリパリという音と共に、海苔の香ばしい匂いが漂う。

 ゴクリ、と少年の喉が鳴った音が、路地裏に響いた。


「食え。働き手が餓死したら、俺が損をする」


 俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、少年はかぶりついた。

 咀嚼もそこそこに飲み込む。

 ツナとマヨネーズの濃厚な味が、彼の空っぽの胃袋を刺激したのだろう。

 一瞬で平らげ、彼は包装フィルムについた米粒まで舐め取った。


「……うめえ」

 ポツリと、少年が漏らした。

 そして、袖で乱暴に口元を拭うと、俺を睨むように見上げた。

 今度の目は、さっきとは違っていた。

 契約を交わした相手を見る、真剣な眼差しだ。


「わかった。見張ってやる。俺はジグだ」

「俺はリョウだ」

「リョウ……旦那、だな」


 旦那呼ばわりか。

 まあ、悪い気はしない。

 俺は踵を返した。これ以上長居をして、情が移ると面倒だ。これはあくまでビジネスライクな雇用関係。そう自分に言い聞かせる。


 扉を開け、納屋へ入る。

 閉まる直前、隙間から外が見えた。

 少年――ジグが、仲間らしき他の小さな影たちに向かって、何かを指示しているのが見えた。

 どうやら、彼には部下がいるらしい。

 

 俺は扉に鍵をかけ、ふうと息を吐いた。

 タマが俺の顔を覗き込み、ポワンと温かい光を放った。

「なんだよ。……余計なことしたって言いたいのか?」

 タマはフルフルと横に揺れた。

 

 その夜、俺はまた一人でコンビニ弁当を食べた。

 いつもと同じ味気ない弁当だったが、今日は少しだけ、味がするような気がした。

 たった百数十円のおにぎりで、誰かの命を繋いだという事実は、無職の俺にとって少しだけ誇らしいことのように思えたからだ。

【後書き】

リョウさんは「ただ雇用関係」と言い張っていますが、どう見ても餌付けです。

しかし、この「路地裏の警備隊」が、後にリョウにとってかけがえのない情報網となっていきます。

ツナマヨは異世界でも最強でした。


次回、承認欲求に負けたリョウが、ついに「なろう」に小説を投稿します。

ネットと異世界の二重生活、本格始動です。


面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークと評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ