第4話 路地裏の警備隊と、ツナマヨおにぎり
【前書き】
商売には「信用」と「安全」が不可欠です。
特に、警察機構が機能していない異世界では、自力で縄張りを守らなければなりません。
そこで私は、現地の警備員を雇うことにしました。報酬は、コンビニのおにぎりです。
三人のゴロツキを(タマが勝手に)撃退してから数日。 路地裏の空気が変わった気がする。 俺が台車を押して歩いていると、すれ違う人々がサッと道を空けるようになったのだ。 以前のような「変な格好の爺さん」を見る目ではない。「触らぬ神に祟りなし」という、畏怖を含んだ視線だ。 居心地が悪い。 だが、絡まれるよりはマシだ。俺は帽子を目深に被り、黙々と足を動かす。
今日の商売も上々だった。
ドワーフのガラムに卸した醤油と砂糖は、彼曰く「錬金術の秘薬」として高値で取引されたらしい。
懐には、追加の金貨が五枚。
日本円にして五百万円相当。
感覚が麻痺しそうになるが、俺は努めて冷静さを保っていた。これは老後の資金だ。無駄遣いは許されない。
帰路につこうとした時だった。
いつもの納屋へ繋がる扉の近く。ゴミ捨て場の陰から、ゴソゴソという音が聞こえた。
またネズミか?
衛生環境の悪いここなら、猫くらいの大きさのドブネズミがいてもおかしくない。
俺は警戒して、タマを少し前へ出した。
だが、そこにいたのはネズミではなかった。
子供だ。
ボロボロの布切れを体に巻き付け、泥と煤で肌の色もわからないほど汚れた少年。
年齢は十歳くらいだろうか。痩せこけて、あばら骨が浮いている。
彼は、俺がさっき休憩がてらに捨てた、コンビニ弁当の空き容器を必死に指でさらっていた。容器の縁についた、わずかなタレや米粒を舐めているのだ。
「……ッ」
俺は思わず息を飲んだ。
目が合った。
少年はビクリと肩を震わせ、脱兎のごとく逃げ出そうとする。
その目は、怯えと、飢えと、そして鋭い警戒心に満ちていた。
まるで、追い詰められた野良犬だ。
俺の脳裏に、ふと記憶がよぎる。
リストラを宣告されたあの日。
公園のベンチで、行くあてもなく座り込んでいた俺。
通り過ぎるサラリーマンや学生たちが眩しくて、誰とも目を合わせられなかった。
世界から切り離されたような孤独感。
この少年の目には、あの時の俺と同じ色があった。
「……待て」
俺は無意識に声をかけていた。
少年が硬直する。逃げれば背中から斬られるとでも思ったのかもしれない。
俺はショルダーバッグを探った。
自分用の昼飯として買っておいた、予備のおにぎりが一つある。
ツナマヨネーズ味だ。
「ほらよ」
俺はそれを少年の足元に放り投げた。
少年は反射的にそれを受け止めるが、すぐに俺を睨みつけた。
「……恵んでもらうつもりはねえ!」
掠れた声だが、強い意志がこもっていた。
プライドか。
俺は内心で苦笑した。金持ちの道楽だと思われたらしい。まあ、今の俺は金貨を持っているのだから金持ちには違いないが。
「勘違いするな」
俺はできるだけ低い声で、冷淡に言った。
「恵んでねえよ。それは『前金』だ」
「……まえきん?」
聞き慣れない言葉に、少年が首を傾げる。
「俺はこの場所で商売をしている。だが、俺がいない間に変な虫……さっきみたいなゴロツキとかが湧くと困るんだ」
俺はもっともらしい嘘を並べた。
実際、納屋の扉が見つかるのはリスクだ。誰かが見張っていてくれれば、それに越したことはない。
「お前、暇ならここを見張ってろ。変な奴が来たり、兵士が巡回してきたりしたら、俺が来た時に教えろ。それが仕事だ」
「……仕事?」
少年の目から、警戒の色が少しだけ薄れ、困惑が混じる。
「ああ。そいつは契約金だ。ちゃんと働けば、また『報酬』をやる」
少年はおにぎりを見つめた。
日本のプラスチック包装。開け方がわからないらしい。
俺はため息をついて近づき、三角の頂点を摘んでフィルムを引き抜いてやった。
パリパリという音と共に、海苔の香ばしい匂いが漂う。
ゴクリ、と少年の喉が鳴った音が、路地裏に響いた。
「食え。働き手が餓死したら、俺が損をする」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、少年はかぶりついた。
咀嚼もそこそこに飲み込む。
ツナとマヨネーズの濃厚な味が、彼の空っぽの胃袋を刺激したのだろう。
一瞬で平らげ、彼は包装フィルムについた米粒まで舐め取った。
「……うめえ」
ポツリと、少年が漏らした。
そして、袖で乱暴に口元を拭うと、俺を睨むように見上げた。
今度の目は、さっきとは違っていた。
契約を交わした相手を見る、真剣な眼差しだ。
「わかった。見張ってやる。俺はジグだ」
「俺はリョウだ」
「リョウ……旦那、だな」
旦那呼ばわりか。
まあ、悪い気はしない。
俺は踵を返した。これ以上長居をして、情が移ると面倒だ。これはあくまでビジネスライクな雇用関係。そう自分に言い聞かせる。
扉を開け、納屋へ入る。
閉まる直前、隙間から外が見えた。
少年――ジグが、仲間らしき他の小さな影たちに向かって、何かを指示しているのが見えた。
どうやら、彼には部下がいるらしい。
俺は扉に鍵をかけ、ふうと息を吐いた。
タマが俺の顔を覗き込み、ポワンと温かい光を放った。
「なんだよ。……余計なことしたって言いたいのか?」
タマはフルフルと横に揺れた。
その夜、俺はまた一人でコンビニ弁当を食べた。
いつもと同じ味気ない弁当だったが、今日は少しだけ、味がするような気がした。
たった百数十円のおにぎりで、誰かの命を繋いだという事実は、無職の俺にとって少しだけ誇らしいことのように思えたからだ。
【後書き】
リョウさんは「ただ雇用関係」と言い張っていますが、どう見ても餌付けです。
しかし、この「路地裏の警備隊」が、後にリョウにとってかけがえのない情報網となっていきます。
ツナマヨは異世界でも最強でした。
次回、承認欲求に負けたリョウが、ついに「なろう」に小説を投稿します。
ネットと異世界の二重生活、本格始動です。
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