第3話 襲撃されましたが、気づいたら敵が全滅していました。
【前書き】
お金を持つと、どうしても悪い虫がつきます。
異世界も現実もそれは変わりません。
ただ、私には最強のボディガード(無料、餌代不要)がついていました。
三百万の現金を手にしてから数日。
俺の生活は劇的に……変わらなかった。
スーパーで買う刺身が「半額」から「二割引」になり、発泡酒が本物のビール(第三のビールではない)になった程度だ。
根が貧乏性なのだ。急に贅沢をするとバチが当たる気がしてならない。
ただ、商売の準備は整えた。
ホームセンターで台車を買い、近所のディスカウントストアで大量の仕入れを行った。
今回の主力商品は「調味料」だ。
あの異世界の路地裏で嗅いだ匂い。あれは香辛料の香りだったが、同時に料理の腐敗臭も混じっていた。つまり、保存技術や味付けが未発達である可能性が高い。
俺が選んだのは、醤油(一リットルボトル)、塩胡椒、そして砂糖だ。特に砂糖は、中世レベルの世界では宝石並みの価値があると、なろう小説で読んだことがある。
「よし、行くかタマ」
俺は台車に段ボールを積み、ゴムバンドで固定した。
タマは「待ってました」と言わんばかりに、俺の頭の周りをくるくると回った。最近、こいつの光が少し強くなった気がする。いいものを食わせているわけでもないのに不思議だ。
納屋の扉を開ける。
三度目の異世界。
相変わらずの喧騒と、鼻をつく臭気。だが、懐には護身用の催涙スプレー(通販で購入)がある。少しは気が楽だ。
俺は帽子を目深に被り、台車を押して路地裏を進んだ。
目指すは、前回ライターを買ってくれたドワーフ、ガラムの露店だ。彼なら、この世界の相場を教えてくれるかもしれない。
ガタガタと、石畳に台車の車輪が跳ねる。
日本の台車は優秀だ。静音設計のキャスターが、異世界の悪路でもスムーズに回る。
すれ違う人々が、奇妙なものを見る目で俺を見る。
服装のせいか、それとも台車のせいか。
俺は極力視線を下に向け、気配を消して歩いた。
しかし。
カモがネギを、いや、砂糖を背負って歩いているようなものだったのだろう。
路地裏の十字路に差し掛かった時、前方の影が濃くなった。
「おい、そこの爺さん」
ドスの効いた声。
顔を上げると、男が三人、道を塞いでいた。
汚れた皮鎧に、腰には剣や斧。髪はボサボサで、歯が何本か抜けている。
絵に描いたような「ゴロツキ」だ。
俺の心臓が早鐘を打つ。
足がすくむ。営業先で怒鳴られた時の比ではない。これは、命のやり取りをする目だ。
「……なんだ」
声が震えないようにするのが精一杯だった。
「見ねえ顔だな。通行料を払ってもらおうか」
真ん中の、リーダー格らしい男がニタニタと笑いながら近づいてくる。
「その荷物、面白そうなもんが入ってそうじゃねえか。置いていけば、命だけは助けてやるぜ?」
典型的なカツアゲだ。
俺は計算した。
荷物を渡して逃げる? いや、台車を置いて走れるか? そもそも五十八歳の俺が、現役の荒くれ者から逃げ切れるわけがない。
催涙スプレー? ポケットの中にあるが、手が震えて取り出せる気がしない。
「へっ、ビビって声も出ねえか」
男の一人が、斧を肩に担ぎ直した。
「爺さん、悪いことは言わねえ。痛い目にあいたくなけりゃ……」
男が手を伸ばしてきた。
俺の胸ぐらを掴もうとする。
俺は反射的に目を瞑り、両手で顔を庇った。
「ひぃっ! や、やめてくれ!」
情けない悲鳴が出た。
ああ、終わった。
異世界で商売なんて色気を出すんじゃなかった。
やっぱり俺は、大人しく家でカップ麺を啜っているべき人間だったんだ。
痛みが来るのを覚悟して、俺は身を縮こまらせた。
――ブォンッ!!
空気を切り裂くような、重低音が響いた。
続いて、ドォォォン!! という、何かが激突する轟音。
「……え?」
痛みが来ない。
罵声も聞こえない。
ただ、パラパラと、砂埃が落ちてくる音だけがした。
恐る恐る、指の隙間から目を開ける。
目の前にいたはずの三人の男たちが、いない。
「……どこへ行った?」
俺はキョロキョロと周囲を見回した。
そして、見てしまった。
路地の左右の壁。
煉瓦造りの頑丈そうな壁に、三つの「人型のヒビ」が入っているのを。
男たちは、そこにめり込んでいた。
まるで、漫画のギャグシーンのように、壁にピタリと張り付き、白目を剥いて気絶している。
「は……?」
何が起きた?
俺は何もしていない。ただ悲鳴を上げてしゃがみ込んだだけだ。
ふと、視界の端で何かが光った。
タマだ。
俺の肩の横に浮いているタマが、普段の柔らかい光ではなく、赤黒い、禍々しいほどの光を放って明滅している。
ヴン、ヴン、と低い唸り声のような音を発しながら。
「……お前が、やったのか?」
俺が問いかけると、タマは瞬時にいつもの優しい暖色系の光に戻り、ポワンと揺れた。
まるで「何もしてませんよ?」とでも言うように。
その時、建物の陰から見ていた野次馬たちの囁き声が聞こえてきた。
『おい、見たか……?』
『ああ……あの爺さん、指一本動かさなかったぞ』
『無詠唱の衝撃魔法か? いや、重力操作だ』
『瞬きする間に三人同時に……化け物かよ』
違う。
俺は心の中で否定した。
俺じゃない。俺はただの無職だ。
だが、今の状況で「ペットがやりました」と言って誰が信じるだろうか。
俺は震える膝を必死に抑え、努めて冷静を装って立ち上がった。
ここで弱みを見せれば、また別の奴が襲ってくるかもしれない。
俺は深く帽子を被り直し、倒れている(というか壁に埋まっている)男たちを一瞥もしないようにして――本当は怖くて直視できないだけだが――台車を押した。
「……行くぞ」
俺の声は、恐怖で低く掠れていた。
それが周囲には「雑魚には興味がない強者の低音」として響いたらしい。
野次馬たちが、さーっと音を立てて道を開けた。
俺は逃げるように、けれど早歩きにならないよう必死に足を制御して、その場を離れた。
背中に冷や汗が滝のように流れている。
タマが、ご機嫌そうに俺の頬にすり寄ってきた。
こいつ、可愛い顔してとんでもない殺戮兵器なんじゃないか?
俺は初めて、相棒に対して少しだけ恐怖を……いや、頼もしさを覚えた。
これなら、いけるかもしれない。
この無法地帯で、俺の「静かな生活」を守るための力が、ここにある。
その後、ドワーフのガラムに醤油を売った際、彼が俺を見る目がやけに畏怖に満ちていたのは、すでに噂が広まっていたからだと知るのは、もう少し後の話だ。
【後書き】
主人公は何もしていません。本当に、悲鳴を上げただけです。
しかし異世界フィルターを通すと「不動の魔導師」に見えてしまう不思議。
精霊タマは、リョウに害をなすものを自動で排除する「オート・ガーディアン」機能付きでした。
次回、この力を背景に、スラムの子供たちとの「不器用な契約」が結ばれます。
例の孤児たちが登場します。
面白かったら、ブクマと評価でリョウの胃痛を慰めてあげてください。




