第11話 隠居商人の優雅な朝と、絶対不可侵の置き配システム
【前書き】
お待たせいたしました。第2章の開幕です。
リョウさんは「働き方改革」を断行しました。
顔を合わせず、言葉も交わさず、ただモノとカネだけが循環する。
現代社会が生んだ「置き配」システムは、異世界では「神の儀式」と呼ばれるようです。
隠居生活の朝は早い。
……嘘だ。特にやることもないので、俺が起きるのは陽が高くなってからだ。
午前十時。
俺はゆっくりとベッドから這い出し、リビングへ向かう。
足元のセンサーが反応し、自動でカーテンが開く。冬の柔らかな日差しが、リフォームしたばかりのフローリングを照らす。
最高の目覚めだ。満員電車に揺られていた頃の俺に見せてやりたい。
「おはよう、タマ」
宙に浮いている光の玉に挨拶をする。
タマはポワンと明滅し、俺の頭の周りを一周した。最近、タマの横に小さな光の粒が二つほど増えている気がする。「ミニタマ」だろうか。深く考えるのはやめよう。
朝食代わりのコーヒーを淹れる。
豆はネット通販で取り寄せたブルーマウンテン。
香りを楽しみながら、俺は「出勤」の準備を始めた。
といっても、パジャマから部屋着に着替えるだけだ。
俺は台車に段ボールを積んだ。
今日の商品ラインナップは、『業務スーパーの徳用パスタ(5kg)』と『レトルトのミートソース』、そしてスラムの子供たちへの報酬である『大袋入りのチョコレート』だ。
これらを納屋へと運ぶ。
納屋の中は、以前のような埃っぽさは微塵もない。
俺がDIYで棚を作り、床には断熱材を敷いた。もはや立派な倉庫兼書庫だ。
その最奥にある「扉」。
俺は鍵を開け、少しだけ扉を開いた。
眩しい光と、異世界の喧騒が……聞こえてこない。
静かだ。
俺は扉の隙間から、商品を詰めた木箱(向こうの世界で用意させたもの)を押し出した。
ズズズ、と箱が向こう側へ滑り込む。
「……よし」
俺はすぐに扉を閉め、鍵をかけた。
所要時間、わずか十秒。
誰とも顔を合わせていない。言葉も発していない。
これが俺の考案した新システム、『次元置き配』だ。
俺が商品を出し、扉を施錠すると、それを合図に「向こう側」で待機しているジグたちが回収に来る手はずになっている。
そして夕方、俺が再び扉を開けると、空になった木箱の中に売上金と注文書が入っているという寸法だ。
「完璧だ……」
俺は自画自賛した。
これなら、異世界の面倒な貴族に頭を下げる必要もなければ、隣国のスパイに顔を見られるリスクもない。
俺はただ、倉庫番のように荷物を出し入れするだけ。
まさに理想の隠居ライフ。
俺は鼻歌交じりに母屋へ戻り、録画しておいた深夜アニメを見始めた。
――一方、その頃。
扉の向こう側、異世界では。
「……来たぞ!!」
見張りの少年が叫ぶと同時に、路地裏に緊張が走った。
そこにいるのは、ジグ率いる自警団『リョウの目』の精鋭たち、そして噂を聞きつけて集まった商人たちだ。
彼らは一様に、固唾を飲んで「扉」を見つめていた。
その扉は、普段はただの古ぼけた木の扉だ。押しても引いても、びくともしない。
しかし、一日に一度、不定期な時間に「それ」は起こる。
カチャリ。
静寂を破る解錠の音。
次の瞬間、扉がわずかに開き、神々しい光(ただの納屋のLED照明)が漏れ出す。
そして、何もない虚空から、重厚な木箱が「自ら」滑り出てくるのだ。
姿は見えない。
気配もない。
ただ、圧倒的な物資だけが、忽然と現れる。
「おお……!!」
「今日の恵みだ!」
「至高の麺と、赤き肉のソースだ!」
人々は平伏し、祈りを捧げた。
ジグが厳かに進み出る。
「皆、静まれ! 主様は静寂を好まれる。騒げば、二度と扉は開かないぞ!」
ジグの言葉に、全員が口を閉ざす。
ジグは恭しく木箱を受け取り、深く一礼して扉に向かって呟いた。
「……感謝します、旦那。この売上は、必ずや」
そして扉は、再び音もなく閉ざされた。
ガチャリ、という施錠音は、彼らにとって「儀式の終了」を告げる聖なる鐘の音のように響いた。
……そんなことになっているとは露知らず。
夕方。
俺は再び納屋へ行き、回収された木箱を確認した。
中には、ずっしりと重い皮袋(金貨)と、一冊の古びた本が入っていた。
ジグからの手紙も添えられている。
『旦那へ。
パスタは即完売でした。貴族たちが「黄金の麺」と呼んで争奪戦になっています。
今回の売上の一部で、旦那が欲しがっていた「インテリア用の古い本」を手に入れました。
なんでも、滅びた古代王国の宮廷魔術師が書いた日記だそうです。
解読できる人間がいないので、ただの紙屑同然で売られていました』
「へえ、魔術師の日記か」
俺は古本を手に取った。
革の表紙はボロボロだが、アンティークな雰囲気があって良い。
書斎の棚に飾れば、それっぽくなるだろう。
俺は満足して、母屋へ戻った。
もちろん、俺は読めない。
だが、俺の横でタマがその本を見て、激しく明滅し、興奮したようにくるくると回っていることには気づかなかった。
その本が、異世界の魔術体系を根底から覆す『禁忌のグリモワール』であることを、俺が知る日はまだ遠い。
【後書き】
第2章、滑り出しは順調です。
リョウさんの「置き配」は、向こう側では「神託」として処理されています。
そして、何気なく手に入れた古本。
これがまた、リョウさんを「大賢者」へと押し上げる勘違いアイテムになります。
次回、現実世界でも動きが。
ついに担当編集者が挨拶に来ます。
しかし、リョウさんは絶対に顔を見せたくありません。
そこで彼が取った策とは……?
ブクマ・評価、そしてリョウさんの安眠のために、応援よろしくお願いします!




