暗闇の迷宮と柔らかな温度
町での騒動から数日。柊平とメイジは、魔力の供給源となっているクリスタルを回収するため、中層階級のダンジョンへと足を踏み入れていました。
「最近、シュウ兄……私のこと避けてる?」
「は? 避けてねーよ。お前が最近、妙に突っかかってくるから距離感を測り直してるだけだ」
柊平はぶっきらぼうに答えましたが、心臓は落ち着きませんでした。あの日、自分を守ったメイジの背中を見て以来、彼女の些細な仕草が気になって仕方ないのです。
その時、ダンジョンの壁が激しく震動しました。予期せぬ地震による崩落。
「メイジ、こっちだ!」
柊平は咄嗟にメイジの腰を引き寄せ、崩れ落ちる岩盤を避けて狭い横穴へと飛び込みました。
轟音が止んだ後、二人は狭く、光の届かない袋小路に閉じ込められていました。
「……ったく、なんて不運だ。メイジ、怪我はないか?」
「……うん。大丈夫。でも、動けないよ」
柊平は、自分の胸の中にメイジがすっぽりと収まっていることに気づきました。普段の賑やかな喧嘩の時には感じることのなかった、メイジの体の柔らかさと、少女特有の甘い香り。
「あ……すまん。ちょっと離れる」
柊平が身を引こうとしましたが、メイジがその服の裾を強く握りしめました。
「……だめ。暗いし、怖い。……このまま、少しだけこうしてて」
暗闇の中で、二人の距離は物理的にも心理的にも極限まで縮まりました。柊平の腕の中に触れるメイジの肩は驚くほど華奢で、押し当てられた胸の鼓動は自分と同じくらい速く脈打っています。
(……こいつ、いつの間にこんなに……)
かつて、ガルドス師匠から預かった時の、痩せっぽちで折れそうだった小さな女の子。それが今、自分の腕の中で一人の「女性」として体温を伝えてきている。柊平は、その重みと温かさに、脳が痺れるような感覚を覚えました。
「シュウ兄の心臓、すごくドキドキしてる。……これ、私のせい?」
暗闇の中、メイジが上目遣いで、囁くように問いかけます。
「……うるせえ。狭くて息苦しいだけだ」
柊平の声は、自分でも驚くほど低く、掠れていました。
彼は、メイジの銀髪にそっと触れようとして、やはり指先が震えて止まってしまいます。これを「愛」と呼ぶにはあまりに身近すぎ、「家族」と呼ぶにはあまりに熱を帯びすぎている。
「……メイジ」
「なあに?」
「お前……もう、子供じゃないんだな」
柊平の吐息がメイジの耳元を掠めます。メイジは満足げに、さらに深く柊平の胸に顔を埋めました。
「やっと気づいたの? バカシュウ兄」
崩落の隙間から差し込んだ僅かな光が、メイジの潤んだ水色の瞳を照らし出しました。
柊平は、自分が守るべき「対象」だった少女が、いつの間にか自分を「迷わせる」存在になっていたことを、この暗闇の中でついに、逃れようのない事実として突きつけられたのでした。
間もなく、外から岩を砕くロアンたちの声が聞こえてきました。二人の間の特別な時間は終わりましたが、地上に戻る柊平の足取りは、どこか今までとは違う、新しい「覚悟」を帯びているようでした。




