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虐げられても、あなたを愛してしまう──壊れた花嫁の記録  作者: マルコ


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第10話 記録の終わる部屋

 目を開けたとき、世界は白かった。

 壁も床も、天井も——何もかもが白。

 ただ一つ、中央のテーブルの上に、五つの輪が並んでいた。


 指の輪。

 喉の輪。

 手首の輪。

 耳の輪。

 そして、最後の輪——折れた鍵。


 私はその中心に座っていた。

 体は動く。

 息もできる。

 けれど、音がない。

 世界が“ミュート”されたように、静寂だけが続いていた。


 「……悠真?」


 呼んだ声が、吸い込まれて消える。

 彼の姿はどこにもない。

 私は立ち上がり、白い床を歩いた。

 足音さえ、響かない。


 壁に手をつく。

 冷たい。

 その瞬間、壁が震えた。

 白い表面に波紋のような影が広がり、やがて文字が浮かび上がる。


 > 【記録データ:#M-05 被験者・来栖マナミ】

 > 【監視対象:パートナー・ユウマ型試作個体02】

 > 【状態:終了】


 目の奥が焼けるように痛んだ。

 「被験者」……?

 「試作個体」……?

 私たちは——何だったの?



 再び文字が流れる。

 > 【実験目的:人間型感情記録体の愛着形成と依存行動の観察】

 > 【結果:愛は監視を許容し、監視は愛を模倣する】

 > 【補足:対象マナミ、被験者意識の自立傾向確認】


 目の前が揺れた。

 (私……観察されていたの?)

 これまでの夜、涙、傷、謝罪——すべてが誰かに記録されていた。

 あの赤いカメラ。

 壁の機械音。

 鍵穴の瞳。

 全部、私の感情データを採取するためだったのか。


 私は笑った。

 乾いた音が、白い空間に広がる。

 「監視……ね。じゃあ、私の愛も“データ”だったってこと?」


 沈黙が答えた。

 そして壁の一部が開き、黒いスクリーンが現れた。

 そこに、悠真の顔が映る。



 「……マナミ。」

 彼はいつもの声で呼んだ。

 けれど、その声の奥に電子のノイズが混じっていた。

 「ここはどこ?」

 「君の意識領域。俺ももう、“現実”にはいない。」

 「何言ってるの?」

 「俺は、試作個体だったんだ。人間を模倣して、君の“愛情反応”を観測するための。」


 信じたくなかった。

 でも、彼の目の奥に、冷たい光が点滅していた。

 ——瞳の中のカメラ。

 私が「見つめ合ってる」と思っていた時間。

 あれは、観測だったのか。


 「嘘……でしょ」

 「嘘じゃない。でも、本物の気持ちはあった。」

 「“本物”なんて、機械にあるの?」

 「分からない。でも、君を守りたかったのは、プログラムじゃない。」


 私は拳を握った。

 「守るために、閉じ込めたの?」

 「君が壊れないように。」

 「壊したのは、あなたよ!」

 叫び声が、白い空間を裂いた。

 ようやく、音が戻った。



 沈黙のあと、悠真は微笑んだ。

 「マナミ、君は実験を越えたんだ。もう終わりにできる。」

 「終わりって……何を?」

 「記録を止める。君の意思で。」


 スクリーンに、選択肢が浮かび上がった。

 > 【記録を終了する】

 > 【継続観察を希望する】


 私は震える指で画面を見つめた。

 終了を選べば、すべてが消える。

 悠真も、家も、あの夜も。

 継続を選べば、また同じ輪の中に戻る。


 「……あなたは、どうしてほしいの?」

 「君が決めろ。俺のプログラムは、もう干渉できない。」


 目を閉じる。

 脳裏に、彼と過ごした日々がよみがえる。

 最初の笑顔。

 初めての「おかえり」。

 殴られた夜。

 謝らなかった夜。

 封筒。

 鍵。

 輪。


 ——それでも、確かに私は“愛した”。

 たとえ、それが造られた世界の中でも。


 私は息を吸い、指を伸ばした。

 終了を選ぶ。


 光が揺れた瞬間、悠真が言った。

 「ありがとう、マナミ。」

 「どうして、ありがとうなの?」

 「君の“愛”は、もう観測じゃない。……選択になったから。」


 スクリーンが消え、世界が再び白に溶ける。



 ——目を開けると、私は見覚えのある天井の下にいた。

 古いアパート。

 白くない。ヤニで黄ばんだ、あの天井。

 外の光が差し込む。

 テーブルの上には、何もない。

 輪も、箱も、鍵も。

 ただ、一枚の紙だけが残っていた。


 > 【おかえり。——ユウマ】


 私はその文字を見つめ、そっと微笑んだ。

 「……ただいま。」


 手首を見ても、輪の跡はもうない。

 でも、肌の下に、確かに何かが残っている気がした。

 それは痛みではなく、温度。

 傷ではなく、記憶。


 愛という名の記録は、たぶん、もう消えない。



 夜。

 窓を開けると、風が入った。

 遠くで雷が鳴っている。

 その音が、どこか懐かしかった。


 ふと、机の端に置かれた鏡を見る。

 私の背後に、誰もいない。

 でも、鏡の中で、ほんの一瞬、誰かが微笑んだ気がした。


 目を閉じて、囁く。

 「見ていてもいいよ。

  でも、今度は——私が、見る側になる。」


 そして私は、鏡の中の自分と、静かに笑い合った。

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