表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕は僕が、わからない

作者: アマヤドリ

悪口、陰口、鬱憤とやら。

今日も職場に蔓延っている。

それを見ている僕はといえば、きこえぬふりで仕事しながら、心のなか、顔をしかめてつばを吐く。


同僚との帰り道。

「陰口なんて、卑怯だよな。」

「悪口なんて、最低だよね。」

「あんな人ってほんと嫌だよ。」


溜めた鬱屈や不満の類を、互いに発散し合って帰る。


家について、我に返る。

これはまさか、ああ、まさか。 


底が抜ける心地がした。

どこに立っているんだろう。

途端、吐き気を催した。


僕は僕が、わからない。



目を合わせたってどこも痛まない。

会話だって普通に出来る。


もう忘れたさ。

忘れた、、さ。


この身体、纏わりつくような未練も、

まるで表情をほどくように笑うあの顔も、

触れた掌の冷たさも、

それらの残したかすかな温みに、

傷んで軋むこの胸も、


今はもうない。

もうないはずだ。


飯を食っていて、ふと顔が歪んだり、

シャワーを浴びていて、心臓をきゅうと握られたり、

そういうことは、今はもうない。


しかしなぜだか、ペンは走った。

毎晩飽きもせず、右手を汚した。

書かなければ、眠れなかった。

書かなければ、居られなかった。


書き続けるのは、同じこと。

書き連ねるのは、あの娘のこと。


はたと気づいたその瞬間、

汚らしくて醜い皮が、

剥がし難い厚い皮が、

僕の胸の奥深く、かたく覆っている感覚がした。


僕は僕が、わからない。



消え入りそうに、沈んだあの娘の声。

忘れられない、五文字の響き。

嗚咽混じりに、ひたすらに、「ごめんなさい」しか言えなかった。

耳の奥の方に、こびりついて未だ離れない。

やまびこみたいにこだましている。


どこまでも、ついてまわるその声を、振りほどきたくて、スマホを見ている。

脳死でショート動画を観ている。

いや、流し込んでいるのかもしれない。


溶けた時間は、さながら逃避だ。


ふと暗転したスマホの画面に、歪んだ顔が映っていた。


見なかったふり。スクロール。


ふと目に留まる、人気芸人のコント動画。

放った言葉に、瞬間の間と湧く画面。

機械的に動いた指と、時が留まり、固まる画面。


また暗転したスマホの画面には、口角を上げた顔があった。


この身体に刻まれた、感傷に苦しんでいた、

顔を歪ませていた、

さっきまでの僕はどこへ消えたか。


僕は僕が、わからない。



眠れなくてスマホに逃げたり、

逃げたスマホに驚かされたり、

穴が空くほど天井を見詰めたり。

気づけば窓のカーテンは、朝日に薄く淡く白んでいた。嘲笑うような太陽を、睨み付けながら体を起こした。


いつもの道の、いつもの陸橋。

橋の中ほどで立ち止まる足。

夢遊病のように虚ろに、柵の際まで足が動いた。

手を掛ける。

見下ろしたアスファルトの先に、救いが待っているかのように思えた。


魂を吸われたように、そこで固まる。


冷や汗で、手がじっとりと滲んで来た頃、


ぴろん ぴろん

スマホが鳴った。


ぷつんとなにか、音がした。


さっきからずっと張っていた、

心臓にぴんと張っていた、その形を変えていた、

かたくてくるしい糸が切れた気がした。


見れば、ツイッターの新着通知。

一気読みしてハマった漫画、

来春アニメ化するらしい。


思わず、いいねを押した。

スクリーンをタップしたその指に、見過ごし難い、大きな違和感。


僕は僕がわからない。


僕は僕がわからない。


あっちの僕と、こっちの僕。

さっきの僕と、今の僕。

辻褄が、どうにも合わない。

矛盾ばかりが、目を刺した。



お前は一体、どこの誰だ―



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ