4話 帰宅
扉を閉め、室内へ上がると中からドタバタとたくさんの足音が聞こえてきた。
「おかえりー!」
「おかえりなさい!」
「お帰りなさいませ。」
奥から出てきたのは座敷童子に一目小僧、ろくろ首に小豆とぎ、二口女、唐傘小僧、のっぺらぼう、天狗、河童、鎌鼬、猫又、妖狐など、様々な妖怪達が私を出迎えた。
「ただいま。皆仲良くやってたかい?」
「うん!仲良くしてたよ!」
「お仕事ちゃんとしたよ!」
「皆、仲良く過ごしておりました。」
四方八方から問いかけに対しての答えが聞こえる。我が家に帰ってきたという実感が湧き、とても安心する。
「そうか、そうか。それじゃ、私が着替えたら血を入れられるように夕飯の支度をお願いするよ。」
「それなら、もう夕飯の支度は大体終わっておるわ。御館様が着替えたらすぐにできるわい。」
「そうか。いつもおいしいご飯をありがとう、豊婆。」
「なんじゃいきなり。ったく、褒めたって何も出やしないよ。」
照れくささを隠すようにそっぽを向いたのはこの屋敷の厨房の主であり、小豆とぎやろくろ首、二口女など女人型の妖怪統括責任者を任せている、小豆とぎの豊子だ。四百七十年と少しを存在する古株の妖怪で、お婆さんのような見た目に背中ほどまである白髪までは想像通りだが、服装は少し違い、古びた小袖ではなく白い割烹着を身に着けている。厨房のおばちゃんといった格好だ。
「はは。それじゃ、私は着替えてくるよ。遊那。老竹色の地に白色の竹の小袖と若葉色の帯を私の部屋までお願い。」
「承知いたしました。」
長い廊下を歩き、だいぶ奥まで来るとようやく自室に到着した。襖を開けると中には書机、鏡台、桐箪笥が置いてあり、床は畳になっている。障子を開け、縁側へ出ると、庭には立派な紅椿と白椿の木が季節外れの花を咲かせていた。
「紅椿、白椿、居るかい?」
「「はい。ここに。」」
目の前に現れた二人はまるで双子のように見た目が瓜二つだった。椿が描かれた振り袖に帯、口以外を覆う顔掛け、腰ほどまである切り揃えられた髪に刺さっている一輪の椿など、全てが全く同じ大きさ、長さ、形をしている。唯一違うのはその色だ。片方は真紅の地に深蘇芳の椿が描かれた振り袖、黒地に金の帯と顔掛け、赤銅色の髪には深蘇芳の椿が刺さっている。もう片方は生成り色の地に白色の椿が描かれた振り袖に藍色の地に銀の帯と顔掛け、白色の髪には同じく白色の椿が刺さっている。
「姿を見せてくれてありがとう。ところで、二人を呼んだ理由なのだけど、今日、新入りの歓迎会があってね。よければ、二人も来ないかい?」
「「謹んで、お受け致します。」」
何を隠そう、二人の正体はこの庭に植わる古椿の霊である。千数百年程前に記念に植えたものが三百年程前に妖怪化し、意思を持つようになったのだ。故に、この二人の本体である椿の木は枯れることのない、年中咲き誇る万年椿だ。他の椿の育成も兼ねて、この屋敷の庭師として活躍してもらっている。
「それじゃあ、私が着替えたら一緒に向かおうか。」
「「はい。」」
─コンコン
「遊那です。お召し物をお持ち致しました。」
「ありがとう、遊那。そこに置いておいてくれ。」
「承知致しました。」
コトン、と籠を置いた音がした後、パタパタという足音が段々と遠ざかっていった。襖を開けると傍らに一つの葛籠が置いてあり、中には頼んでおいた着替えが入っていた。
「着替えるから、ちょっと待っててね。」
「「はい。」」
「お待たせ─」
着替えが終わり、障子を開けて庭を見ると二人が手毬唄を歌って鞠つきをしていた。
『トントンお寺の 道成寺
釣鐘下ろいて 身を隠し
安珍清姫 蛇に化けて
七重に巻かれて ひとまわり ひとまわり』
静かな庭に凛と響く風鈴のような声に呼応するように草木がさざめき、風が吹く。二番目に入る頃には人魂が集まり始め、二人を囲むように輪になった。
『トントンお寺の 道成寺
六十二段の階を
上がり詰めたら仁王さん
左は唐銅手水鉢 手水鉢』
二番目では鞠を放り投げ、どこからか取り出した扇で二人息を揃えて舞っている。動くたびに袖と髪が左右に揺れ、まるで蝶の羽のようだ。
『闇夜に灯る 人魂よ
舞いて満足したならば
天へ天へと 昇りなされ
地へ地へと 堕ちなされ』
舞いながら人魂を扇へと乗せ、また一つ、また一つと空中へ送り出していく。数秒宙を舞ったあと、さらさらと光の粒になって宙へ溶けていった。
「「お待たせしました。」」
「ううん。久しぶりに二人の魂送りを見れてよかったよ。すごく綺麗だった。見送り、ご苦労さま。」
「「勿体ないお言葉です。」」
「ふふ。それじゃあ、行こうか。」
「「はい。」」
─厨房へ向かうと中にはたくさんの妖怪達が慌ただしく夕飯の支度をしていた。その数およそ20名程。女人型の妖怪達が皿や調理器具を持ち、厨房のあちこちをパタパタと行き交っていた。
「やぁ、皆。豊婆は居るかい?」
「─ここにおるよ。」
声の下方向を振り返ると、奥からのっそりと後ろで手を組んだ豊婆が出てきた。
「遅くなってしまって済まないね。もう準備はできているかい?」
「あぁ。とっくにできておるわい。」
案内された先には完成した夕飯たちが入った鍋や米を炊く準備が整った飯釜、空の桶が置いてあった。
「量はいつもの通りかい?」
「ああ。すまんね。」
「なに、謝ることはないさ。これも私の仕事だよ。」
ポンポンと背中を叩いて豊婆を励まし、歯で親指を切ると指先に血がぷくりと出てきた。
「壱式・小柄小刀」
妖力を込めて唱えると血が段々と形になっていき、最終的には一本の赤黒い小柄小刀になった。これは私にのみ使える特殊な術で、血で武器を作ることから血創武器、略して"血器"と呼んでいる。現在作れる血器は拾弐式まであり、実際はもっとあるのだが細分化するとキリがないので敢えて分けていない。何故そんなに種類が増えたのかというと、私の妖力と血を二対一の割合で混ぜると丁度良い耐久性、硬さの"基本の武器"が作れるが、妖力を減らし血を増やすことで融解させたり、逆に妖力を増やして血を減らすことで凝固させたりと見た目は同じだが性質が変わるため血器は一つの見た目でかなり応用が利くのだ。つまり、血器は性質で分けるとキリがないので、見た目で分けているということだ。
「いつ見ても綺麗に作るもんだね。」
「そうかい?」
ははは、と笑いながら空の桶の上へ手をかざして小柄小刀を左手首に当てると、手首を通る橈骨動脈を驚くほどの切れ味でスパっと切った。切り口からは柘榴色の血が流れ、桶の中に溜まっていった。
「今日はどれぐらい必要なんだい?」
「そうさね。今日は歓迎会で馳走だし満杯に入れもらおうかね。」
「了解。」
小柄小刀をもう一度手首に当てると、刃先を勢いよく引いて今度は尺骨動脈を切った。
「─うん。このぐらいかな。」
流れる血を眺めて待つこと数分。空の桶には柘榴色の血が少し揺らすだけでもこぼれてしまいそうなぐらいになみなみと入っていて、水面に映る自分の顔も柘榴色に染まっていた。
「これ、何かに包んでおいてくれるかい?」
「あいよ。」
小柄小刀を豊婆に渡し、一つの綺麗な布に包んでもらった。空いた右手で髪を耳に掛けて左手首を人舐めすると、口の中に血の味が広がるのと同時に傷口が塞がった。この驚異的な回復力は妖怪の特性の一つだ。種族や個体によって差があるものの、人間に比べればその回復力は圧倒的だ。腕を切られてもつなげれば再生し、首を切られようが心の臓を貫かれようが死ぬことはない。だが、妖怪も万能ではない。では、妖怪が損傷を受ける攻撃とは何か?それは"浄化"だ。人間の、それも限られたもののみが使える呪術の一種であり、妖怪にとって唯一の損傷を受ける攻撃だ。
「それじゃあ、先に大座敷に向かっているよ。すまないね。」
「上のモンが簡単に謝罪するんじゃないよ。それにこれはあたしらの仕事じゃ。感謝されても謝られる覚えはないよ。」
「ふふ。そうだね。いつもありがとう、豊婆。」
「フン。早くお行き。皆が待っているだろうさ。」
「ああ。待たせたね、白椿、紅椿。行こうか。」
「「はい。」」
「─あ、遊鬼様だ!」
「来たよ、来たよ!」
「御館様だ!」
「御当主さまだ!」
「やあ、皆。お待たせ。」
大座敷には漆塗りの蝶足膳と座椅子が多低数列、ずらりと並べており、上座には一席、他より豪華なものが置いてあった。部屋の中には仕事を終えて早めに集まった妖怪達が各々が歓迎会を始まるのを待っていた。談笑に花を咲かせる者もいれば、部屋の隅で娯楽品で遊ぶ者もいる。真面目なものは部屋の最終確認や備品の確認をしているようだ。
「そろそろ歓迎会を始めるから、皆席についておいてね。」
「はーい!」
「わかったよー!」
「わかりました。」
今宵、楽しい愉しい宴会が始まる。
どうも、古瑠璃です。遊妖骸記第4話ですね。なにせ納得いく文章にするのはなかなかに難しいもので、時間がかかってしまいました。設定やらアイデアやら格好良いセリフやらは幾らでも思いつくのに文章として成立させるのは難しいものですね。他の方を見習って日々精進していこうと思います。
次回、"第5話 宴の始まり"
・遊鬼とは一体何者なのか?どのような立場にいるのか?そして、その過去が明かされます!
次回もよろしくお願い致します。




