3話 報告
「―第参班遊人、遊彼です。報告に参りました。」
桃花屋から本部へ向かって移動すること十分弱。あの後、私は報告の為本部に来ていた。正式名称"対妖怪討伐組織遊妖骸本部"は目を引く鮮やかな朱色と黒柿色の二色の外壁が特徴的だ。三階以上の外壁に設置されている廻り縁には他の遊人や、非戦闘員である骸人が歩いている姿が見える。紺色の瓦屋根のいたるところに吊り下がっている提灯は陽の光が差さない常夜で妖しげに灯っており、本部から街中に張り巡らされた紐に吊り下がっている提灯は、遠くから見るとまるで空中に浮いているようだ。そして、最も目を引くのはその高さだ。本部は地下であるこの空間の天井を貫通しており、天井までの高さはおよそ一町三十九間、地上に五階、地下に四十階の計四十五階建てで、地上と地下を繋ぐ唯一の建物のでもあるのだ。人々の目を引くのも仕方がないだろう。
「では、遊妖骸組合員の証明をできるものはありますか?」
中に入ると遊妖骸に属する非戦闘員、"骸人"が手慣れた様子で受付をしていた。骸人とは、現場修復や怪我人の手当、本部の運営などと、戦闘分野以外で遊妖骸を支えてくれる存在だ。
「遊妖骸配給の簪があります。」
「拝見してもよろしいですか?」
「はい。」
頭から抜き取った一本の簪。それは漆塗りの黄楊の木でできた玉簪で、軸には遊彼の文字が彫られ、飾り玉の部分には一寸弱の藍色、白色、藍鼠を使用した手毬が付いている。軸の末端からは銀木犀と白色の彼岸花、藍色の房飾りの揺れものが垂れ下がっていて、揺れると鳴る音が心地よい。遊妖骸に属する組合員たちは皆、特注の簪、羽織、武器を支給される。様々な見本の中から色や形、飾りや模様などを選び、自分好みにできるのだ。
「―間違いなく、遊妖骸配給のものですね。もう一度名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「遊彼です。」
「はい。有難うございます。第参班隊長様なら三十二階にいらっしゃると思いますよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
受付の女性に一つ礼をし、受付の奥へと進む。入口の広間の上は最上階まで吹き抜けになっており、天井からは幾つもの提灯が吊り下がっている。そして、奥に設置されている七台の昇降機の内の一つへと向かうと、なにやら人だかりができていた。何事かと少し覗いてみると、その中心に厄介そうな奴を一人見つけてしまった。
(ここはバレないように…。)
「―あら?遊彼?」
なるだけ気配を消していたつもりだが、案の定見つかってしまったようだ。
「やぁ、姐さん。久しぶりだね。」
目の前で微笑む、"姐さん"と呼ばれた人は紫と金を基調とした紫雲木の刺繍が施された打掛を着ており、横兵庫髷には豪華絢爛という言葉が似合う簪を何本も刺している。とても派手な装いだが、その綺麗な整った顔立ちと気品あふれる所作のおかげか、よく似合っている。何故、姐さんとこんなにも親しげなのかと言うと、道端に落ちていた私を拾って育ててくれた、いわゆる母親のような存在だからだ。
「久しぶりだねぇ。元気でやってるの?」
「うん。元気にやってるよ。ところで、姐さん、今日はこんなところまでどうしたの?」
「あぁ。それはね、主様がここの八階を貸し切って宴会をするそうなの。それで、私に是非にとお声がかかったから、ありがたくお呼ばれされたのよ。」
「あぁ、なるほどね。」
納得するのも当たり前だ。何故なら遊妖骸本部の二階から十五階は婚礼や宴会などの会場として、法外な値段で一般人への貸し出しをしている。しかも、貸し出し料は上の階に上がるほど高くなる。そして、姐さんこと陽華は、いわゆる"花魁"と呼ばれる、陽鷹屋の最上級遊女だ。姐さんを呼び出せるくらいの太客ならここをまるまる一階貸し切れてもおかしくない。
「で?なんでこんなに混んでるの?」
「それが、どこの昇降機もだいぶ上の階に行ってしまってるようで、なかなか一階まで降りてきてくれないのよ。」
「あぁ、なるほどね。でも、あそこの昇降機、そろそろ降りてきそうだよ?」
七台の昇降機のうち一番右に設置された昇降機が段々と下の階へと降りてきている。
「あら、本当ね。じゃあ、あれに乗ろうかしら。」
「そうしたほうがいいと思うよ。それと、お客さんからお金を搾り取るのも程々にしなね。」
「なんのことでありんす?わっちは主様のお相手をするだけでありんす。そのようなことをするはずないでありんしょう?」
ホホホ、と微笑む姿はどこか妖しげで美しい。陽鷹屋の一番上まで上り詰め、その後も人気が陰ることがない理由にはこの微笑みも大きく関係しているだろう。
「まぁ、そういうことにしておくよ。それじゃあ、また。」
「えぇ。また顔を見せてちょうだいね。」
昇降機が到着し、陽華が数人の禿と振袖新造、番頭新造に囲まれて中へと乗り込んだ。扉が閉まる直前、今度は花魁としてではなく姐さんとして私に微笑んできた。先ほどとは違い、妖しげのない、優しい微笑みだが、やはりどこか人を惹きつける魅力がある。さすが花魁と言わざるを得ないだろう。
(―あ、降りてきた。)
次の昇降機が降りてくるのを待つこと数分。ようやく一階まで降りてきた。
「何階ですか?」
「三十二階でお願いします。」
先に乗り込んだ人に階を伝え、釦を押してもらった。全員が乗り込み終えると扉が閉まり、昇降機が上階へと上がっていく。何回か止まり、そのたびに人が降りていくと、最終的に私一人が残った。そして、一人で乗ること数分。昇降機が三十二階に到着し、上階へ上がるときの下から押されているあの独特な感覚が消えると扉がゆっくりと開いた。
(─相変わらず、静かだな。)
それもそのはず、この階にはほとんどの時間一人しかいないからだ。何故なら四十階から三十階は第壱斑から第拾壱班にそれぞれ一階ずつ割り振られており、地下を担当する第壱斑から第参班は各班所属遊人が六人、地上を担当する第肆班から第拾壱班は各班所属遊人が十五人のため、広い空間に対して人が少ないのだ。
─コンコン
「失礼します。」
扉を開けると、一人用にしてはだいぶ広い部屋の中央に、書斎机に向き合い、書類仕事をしている女性が椅子に腰掛けていた。
「報告に参りました。」
「ん?ああ、遊彼か。扉をノックしてから入るように言っているじゃないか。」
「ちゃんとノックしましたよ、隊長。」
「そうか?」
「そうですよ。」
「はは。すまんすまん。」
頭をポリポリとかいて笑っている"隊長"と呼ばれたこの人は、お察しの通り、第参班隊長である。本名、柳川由貴は肩まで伸びた黒髪に菜花に蝶の揺れ物がついた簪を刺しており、制服の上に羽織っている羽織の胸元には一匹の蝶があしらわれている他、白地の布は裾の方に行くにつれ段々と山吹色になっているのが特徴的だ。
「では、改めて報告いたします。」
「うむ。」
「今日、地下遊郭街、桃花屋前にて出現した妖怪について報告いたします。階級は"参"、数は一、大きさは四尺の小型の餓鬼です。妖術の使用はなく、意思疎通は不可能、これと言った特異な点はなく、通常種と判断しました。襲ってきたため攻撃の意思ありとみなし、また、餓鬼の試料は上限まで確保できていたので討伐に移行し、無事完了しました。討伐後は通常通り灰になり消えました。建物や一般人への被害はなく、自分の怪我等もありません。以上で報告を終わります。」
「うむ。ご苦労さん。他に報告はあるかね?」
「いえ。特には。」
「じゃあ、今日は報告書をまとめたら帰宅していいよ。明日もよろしく。」
「はい。失礼しました。」
退室し、扉を閉めて自分の書斎へと向かう。遊人にはそれぞれ自分の所属する班に対応する階に書斎が一つ与えられる。といっても、流石に一隊員用。隊長用の書斎よりは小さい。
(だけど、機能性はいいんだよな。)
部屋の壁の一面には備え付けの本棚があり、中には図鑑や資料、小説や漫画など、さまざまな本がぎっしりと入っている。その反対側には大容量の桐箪笥が一つ。中には予備の制服や手拭い、将棋や囲碁、花札など、必需品や娯楽品などが入っている。その横に衣桁屏風が一つ、中央には書斎机、部屋の隅にある小上がりには座卓と座布団、折りたたまれた寝具一式が置いてある。外には廻り縁があり、気分転換に出てみるのにも丁度いい。ところで、何故、布団や娯楽品まであるのかと言うと、班の中に最低二人は夜勤の者がいるため、なるべく快適に過ごせるようにと様々なものが揃えてあるのだ。
「─よし。報告書完成。後は提出して帰るだけだ。」
一時間ほどかけて細かく書いた報告書を再度由貴の書斎へ行って渡し、昇降機に乗ってようやく一階まで戻ってきた。
「第参班遊人遊彼です。勤務時間終了したので退勤します。」
「はい。今日も一日お勤めご苦労さまでした。遊彼さんは明日は出勤日ではないので、ごゆっくりお休みください。」
「はい。ありがとうございます。では、お先に失礼致します。」
ペコリと一つ礼をし、遊妖骸本部を後にする。
─そして歩くこと数十分。遊妖骸本部を中心とした繁華街を抜け、道を歩く人が少し減った頃、ようやく自宅に到着した。
「ただいま〜。」
どうも、古瑠璃です。遊妖骸記、第3話ですね。いつもならここらへんまで来るといつも詰め込みすぎてネタ切れになる所、今回は想像が膨らみまくってしまい当分ネタが切れなさそうです。なるべく早く投稿したいとは思いますが、やはり本業を蔑ろにするわけには行きませんので少し遅くなるのもご容赦願います。
それでは、次回もよろしくお願い致します。




