1話 餓鬼
『こちら、本部。地下遊郭街八丁目付近巡回中の遊人に通達、および要請。遊郭街八丁目桃花屋前にて妖怪が出現。直ちに急行せよ。』
横を飛ぶ伝達用鴉から人間の声が聞こえる。
「こちら第参班遊彼。要請を受理する。妖怪の詳しい情報は?」
私はその声に応え、問いかける。
『推定階級は"参"。数はおよそ一。大きさは推定四尺。小型の餓鬼と推定される。友好的ならば保護、敵対的ならば討伐、又は捕獲せよ。』
「了解。」
現在、人間の生存圏は以前の10分の1ほどまで激減した。何故か?それは、36年前、世界に突如人知を超えた怪異である"妖怪"が出現したからだ。出現当初こそ報告例は少なく、被害はなかったものの、そこから5年と少しの間に激増し、現在も年々増え続けている。そして、異例の早さでに人類を脅かす存在になったのだ。
「外の世界はどうなっとるんだかねぇ。」
「んにゃ、妖怪がたくさんいるに決まっておろうが。」
「今安全に暮らせるのは駿河、伊豆、甲斐、相模、武蔵、下総、上総、安房、春狩ぐれぇか?」
「いや、肥後や石狩、あとは琉球の方はまだわかんねぇよ?」
「でも、あっちに行った奴らみんなどうしてっかわかんねぇし、安全とは限らんよ。」
「だなぁ。異国でも出てるみてぇだし、安全な場所なんてねぇな。」
「はぁ。遊妖骸が早く解決してくれんかねぇ。」
人々の会話の中に出てきた"遊妖骸"。それは対妖怪のため作られた組織で、私は遊妖骸に属する妖怪討伐専用員、"遊人"の一人だ。
「こちら遊彼。発生場所付近を通過。推定五分で到着可能。」
そして、ここは日本で唯一の人類生存圏である駿河、伊豆、甲斐、相模、武蔵、下総、上総、安房、春狩の内の一つ、武蔵の江戸を中心にして造られた巨大地下都市、"常夜"。日の当たらぬ地下、提灯が妖しげに灯り、多くの人が行き交う"常夜"には、歌舞伎に寄席、相撲や見世物小屋、遊郭に賭博とありとあらゆる娯楽を揃えている。そう、巨大地下都市"常夜"とは、人々の娯楽ために造られた、欲望と金が渦巻く娯楽施設集合都市なのである。
「こちら遊彼。現場に到着。妖怪は?」
『桃花館付近を徘徊しているようだ。暫し待機せよ。』
「了解。」
遊妖骸が対処をしている"妖怪"について、詳しい情報はあまりない。どうやって生まれたのか。何故、個体によっては人間を襲うのか。どのような生態なのか。何種類いるのか。判明しているのは"階級"があること、夜に出現しやすいこと、そして、妖怪固有の不思議な術、"妖術"が使えることの2つだけだ。情報を集めようにも友好的な個体は少なく、その中でも意思疎通が図れるものなど一握りだ。故に、集めるのはなかなかに難しい。
「こちら遊彼。目的の餓鬼を確認。交渉を試みる。」
『了解。』
周囲の非難が済み、人っ子一人いない通りに現れた餓鬼は、見たところ、まだ十にも満たない小さな男の子だった。穴だらけの服を着ており、穴から見える体は肋骨が浮き出ている。生気のない、青白い顔は頬が痩けていて、全体的に骨と皮だけといった状態だ。
「…ォナカ……スィ、タ……。…ゴ、ハン…。…オナ、 ヵ…スイタ……。」
半開きの口からは涎とともに、食べ物を求める、蚊が鳴くように微かな声が漏れていた。
「結。」
そう一言唱えると、自身と餓鬼を包み込むように、半透明の繭のようなものが張られた。その正体は結界。人間が妖怪に対抗するために編み出した術、"呪術"の内の一つだ。
「お前、私の言っていることがわかるか?」
「…ゥン…。…ネェ、…ゴㇵ、ン…チョ、ォダィ……。…ゴㇵン…チョォダ、ィ…。……ゴハン……チョォダイ…!」
その虚ろな目は、正面に居る私を捉えているように見えるが、捉えていないようにも見えて、どこを見ているのかいまいちわからない。
「腹が減っているのか?」
「…ゥン…。…ゴㇵン…ツカㇺ…ゼ、ンブ…モェル…。」
「だから食べれないのか?」
「ゥン…。…ォナカ…ス、イタ…。」
「口、開けてみな。」
「……?」
不思議そうにしながらも開けた口は年齢相応に小さく、口を開けると一層肉が薄くなる頬がとても痛々しい。そんな小さな口に入れたのは、緋色と飴色に輝く一つの飴玉だ。
「…?…ナァニ…?…コレ……?」
「私特製の鬼福飴だよ。おいしいか?」
「……ゥン。…ウン…!…オイㇱイヨ…。…トッテモ、トッテモ……オイㇱイヨ…!」
鬼福飴。それは私が妖怪のためだけに開発した、空腹を満たす飴だ。妖怪は生者を食べる。人間、猪、鹿、牛、兎、鳥、と命持つものを"そのまま"食べるのだ。何故か?それは、まだ死んでいない生者でなければ空腹が満たされないからだ。だが、妖怪は生者に恨みを持つ者ばかりではなく、そのグロテスクさも相まって食べるのに抵抗がある者が多い。むしろ、生者を好んで食べる者の方が少ないぐらいだ。しかし、空腹は食べることでしか満たされない。だからといって生者を食うことはできない。そうして空腹に耐え、苦しむ妖怪のために作ったのが鬼福飴だ。製法は簡単。飴を作る際、水の代わりに血を入れるだけだ。
「どう?お腹、いっぱいになったか?」
コロコロ、カロカロと音を立てながら飴をなめていると、痩けた頬が子供らしいふっくらとした血色感のある頬になり、浮き出ていた肋骨や、少し力を入れれば折れそうなほど細かった腕や足には肉が付き、次第に子供らしい体型になっていった。
「うん!おなかいっぱい!あめちゃんね、とっても、とっても、おいしかった!ありがとう、おにのおねぇちゃん!」
「ありゃ?お前、私の正体がわかるのか?」
「…?わかんないけど、おねぇちゃん、おにさんでしょ!?とっても、とっても、つよいおにさん!」
「正解だよ。なぁ、お前、私についてこないか?」
「ぼく、おねぇちゃんについていくの?」
「そう。ついてきてくれれば、あの飴をいつでも食べさせてあげられる。でも、このままお空に行くこともできる。どうする?」
男の子はう〜んと考えて、何かを決めたようにパッとこちらに振り向いた。
「きめた!ぼく、おねぇちゃんについてく!そしたら、あめちゃん、またたべれるんでしょ?」
「うん。また食べれるよ。でも、本当にそれでいいのか?もしかしたら、お空にでも食べれるかもしれないぞ?」
「でも、ぼく、まだおねぇちゃんにありがとうっていえてないの!ぼくにごはんをくれたおねぇちゃん!だから、おねえちゃんについていけば、ありがとうっていえる?」
「うん。もしかしたら、言えるかもしれない。」
「じゃあ、やっぱり、おねぇちゃんについていく!いーい?」
「いいよ。じゃあ、これからよろしく。」
「よろしくね、おねぇちゃん!」
どうも、古瑠璃です。この度は遊妖骸記を読んでくださり、誠にありがとうございます。3つ目の連載作品ですが、今回は私の癖という癖、好きなものなどをありったけ詰め込んでいこうと思っていますので、これからも読んでいただけたら幸いです。
これから、よろしくお願い致します。




