無能と呼ばれた錬金術師
──才能値【E-】・異能ランク【無】・戦闘適性【ゼロ】
告げられた診断結果に、誰もが鼻で笑った。
「……やっぱりお前、ゴミじゃん」
肩をすくめたのは、かつての友人──カイ・ヴェルハルト。鋭い目をこちらに向け、あざけるように言い放つ。
「悪いな、アル。お前みたいな使えない奴をチームに置いておくほど、俺たちも甘くねぇんだよ」
「……わかってるよ。慣れてる」
返す言葉に力はなかった。だが、その目は──微かに何かを諦めてなどいなかった。
僕の名前は、アル=グレンベルク。異能者国家に生まれ、十六歳で異能適性を計測された結果……最低評価を叩きつけられた、錬金術の異能者だ。
異能《再構成》
それは物質を分解・分析し、別の形に再構築するという、地味で時間のかかる能力。
華やかな火炎異能や、破壊をもたらす雷撃のように、派手さも瞬発力もない。応用性だけは高いとされるが、実用に至る者はほぼいない。
僕も例外じゃなかった。
何年も試行錯誤しても、錬成できたのは、せいぜいスプーンやら鍋やら、生活雑貨レベル。戦場では、何の役にも立たない。
「お前にはチャンスをやろう。……せいぜい、死なないように祈ってるぜ」
カイが手を振った。周囲の連中が笑う。
そして僕の足元に、転送魔法陣が浮かび上がった。
──異世界追放処分。
それが、国家の判断だった。
役立たずは、実験対象として、別の世界に放り込まれる。
帰還の保証はない。いや──帰還など、最初から想定されていない。
そのとき、僕の全身を淡い光が包み──世界が、真っ白に弾けた。
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目が覚めたとき、僕は──腐臭と煙の入り混じる、大地に転がっていた。
「……どこ、だ……?」
視界に広がっていたのは、鉄くず。骨組み。崩れかけたコンクリートの山。
都市の廃墟だった。かつて文明が存在していた痕跡。そのなれの果て。
だが、そこに命の気配はない。音もない。ただ、風だけがうなり、黒煙を巻き上げていた。
「これが……異世界、か」
空を仰げば、太陽は三つ。空気には妙な粒子が漂い、機械とも生物ともつかない残骸が転がっている。
まるで、何かの大戦が終わったあとの死の世界だ。
「ゴミみたいな世界だな……いや、俺にとっちゃ、それが都合がいいか」
ポケットから取り出したのは、金属片ひとつ。古びたナットのようなものだ。
僕はゆっくりと手をかざす。空中に、青白い回路のような光が浮かぶ。
──異能発動。《再構成》起動。
目の前のナットが分解され、幾何学模様のデータに変わる。材質、強度、加工痕。
それらをイメージの中で、理想形に組み直し──再錬成。
光が弾け、手の中に現れたのは──小さな、スパナだった。
「……こんなもんか」
はっきり言って、実戦では使えない。だが、ここで重要なのは一つ。
僕の異能は、この世界でも──発動する。
ならば、やれることは一つしかない。
「この世界のゴミ、全部使ってやるよ。俺の力で」
呟いたそのとき、近くの瓦礫の山から、微かな呻き声が聞こえた。
「……誰かいるのか?」
慎重に足を進め、瓦礫をどけていくと──そこには、血まみれで倒れた少女がいた。
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「おい、しっかりしろ!」
薄汚れたローブ。銀髪に、尖った耳──エルフ? いや、耳の形からして、ハーフエルフか。
体中に傷。熱もある。息も浅い。
このままでは、危ない。
「くそ……こんなときに……」
応急処置できるものは──ない。
いや、ある。あるかもしれない。
僕は周囲のガラクタをかき集める。壊れたポーション容器。乾いた薬草らしきもの。金属の破片。すべて分析。
「《再構成》……発動!」
混ざり合う構造。微粒子を補完し、失われた有効成分を推測。
そして、失敗すれば──彼女は死ぬ。
構築イメージ、完成──!
──錬成成功。
掌の中に、ほのかに緑光を帯びた薬瓶が現れた。
「頼む……効いてくれ!」
彼女の口元に、薬液を注ぐ。
数秒。数十秒。
──呼吸が、落ち着いた。
そして──
「……あなた、は……?」
少女が、うっすらと目を開いた。
その瞳は、夜空のような青紫。朦朧としながらも、僕の顔を見て──笑った。
「助けて……くれて……ありが……とう……」
──ありがとう。
誰かに、初めて言われた。
僕の力で、誰かを救えた。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
「気にするな。……でも、少し休め」
少女の体をそっと抱え、ガラクタの中にあったシートのような布をかける。
再構成だけでは、まだ足りない。僕には、守る力も必要だ。
そう──この異世界で、僕はもう一度始める。
無能と呼ばれた、錬金術師として。