【連載版始めました】そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
ちょっとした空き時間に読めるくらいのものです。
いつも以上に頭を空っぽにして読んでください。
7/7追記
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どうぞお読みくださいませ!
「セルマ! やっと見つけた……!!」
「あら……、ウィルフレッド様ではないですか。お久しぶりです」
私は髪を乱しながらやってきた、金髪碧眼の男性に向かって淡々と呟いた。
彼はウィルフレッド・ブレイアム様。世界的にも有名な種族である竜人族の、公爵令息です。
ウィルフレッド様はベッドに横になっている私の手を握り、悲痛な表情で話し始めた。
「こんな所に居たなんて知らなかった……。どうしたんだ、この格好は?! 具合でも悪いのか?!」
「……ウィルフレッド様、あなたはここへ何をしに来たのです?」
尋ねると、彼は「君を探しに来たに決まっているだろう!」と叫ぶ。
私はその言葉に首を傾げた。探しに来た? どうして?
「どうして私をお探しに?」
「何故って、そんなもの! 突然僕の前から姿を消したからじゃ……っ」
「あなたの大好きな、ヴィオラ様はどうなされたのですか?」
「あ……」とウィルフレッド様が小さく呟いた。
知らないとでも思っていたのかしら、この人は。
「ヴィ、ヴィオラの話はいいだろう?! 今はそんな話をしているんじゃ」
「いいえ、大事なことですわ。だってあなたがヴィオラ様ばかりを構って、私をないがしろにしていたから、今こうしてここに居るんですもの」
「……っ!」
ウィルフレッド様が気まずそうな顔をする。一応、罪悪感はあったらしい。
そんなのされても、意味なんかないけれどね。
少し前の話をしましょうか。
──私は人族の令嬢で、この人、ウィルフレッド様の番でした。
最初は意味がわからなかった。強い能力を持ち、世界的にも有名な種族である竜人族の番になれることは、人間の世界の中では名誉なこと。だけど、それに私がなっただって?
到底信じられなかったけど、竜人族の人が迎えに来て「あなたはブレイアム公爵令息様の大事な番です。我が国においでください」なんて言うものだから、大喜びした家族の勢いに負けてそのまま竜人の住む国へ行くことになってしまった。
けれど。
大事な番です、なんて言われて行った先で、私はとてもじゃないけれど、大切に扱われたなんて言えなかった。
『僕に番なんて必要ない』
ウィルフレッド様がそう仰っていたこと、私は知っています。
聞きましたよ。あなたは子供の頃からずっと一緒だった義妹が好きなんですってね。だって、私とのデートも、お茶会も、「ヴィオラが居るから」と言って断り続けていた。
それでも、竜人族にとって番は必要なものだから、と。お国の人たちは、私をウィルフレッド様の所へ行かせようとする。
それを頑なに拒否するウィルフレッド様。
そんな環境に、私が疲れないとお思いで?
ウィルフレッド様との仲を強要してくる周りの方々。
いつもいつも、「ヴィオラが」と言うウィルフレッド様。
ついでに、「ウィルフレッドは私のものなのよ」とちょくちょく釘を刺しに来るヴィオラ様。お顔が可愛らしくても性格はそうではないようね。
私は考えました。この人達から逃げるにはどうすればいいのかって。
疲れ切った頭で考えて、考えて、考え抜いて──そしてわかったの。
「番を解消すればいい」んだって。
早速私は周りの人に聞いてみた。「番が解消されることはあるんですか」って。
そうして、返ってきた答えにショックを受けた。「番を解消できるのは竜人族からだけ」だそうで。
またしても心が闇の中に沈んでいった、そんな時。
救いの手が、思いもよらない所から現れたの。
──そうして、私は今ここに居る。
「き……君をないがしろにしてしまっていたことは謝る。ごめん」
「あら。あなた様からそんなお言葉を聞けるとは思っていませんでしたわ。夢でも見ているのかしら」
「セルマ!」
怒った様子のウィルフレッド様。そんな態度を取れるような立場でしたっけ、あなた。
「……ぼ、僕はずっとヴィオラが好きで……、だから、突然現れた番である君を受け入れられなかった。竜人族の本能になんか負けない。僕にはヴィオラだけだって……」
「まぁ、そうでしたの」
だから何だという話ですけどね。
「だけど……心のどこかでは君を望んでいたんだと思う。だから、僕からの番解消はしなかった。なのに……、君から番を解消するだなんて!!」
そう。私はとある方法で、人間からも番を解消できることを知った。
ある程度の代償は必要だったけれど、私はそれでも構わなかった。だからすぐその方法に飛びついたの。
「君との繋がりが確かに切れたことを悟った時、僕は血の気が引いたよ……。まさか、と思って確かめたら、君との番契約は解消されたといわれて……。それで、君の部屋に慌てて向かったら、そこはもぬけの殻だった……」
「ええ。解消できたことを知った後、誰にもバレないようこっそりと抜け出してきましたもの。あの時の爽快感といったらもう、ありませんでしたわ」
「……っどうやって番を解消したんだ! どうして、僕の前から消えて……!」
「その質問には俺が答えようか」
すると、背後から落ち着いた男性の声が聞こえてきた。
私は振り返って笑顔で答える。
「エリック様!」
「セルマ。具合はどうだ、問題ないか?」
「はい。今日は調子がよいみたいで……」
「そうか。……招かれざる客が居るようだがな」
エリック様と仲良くお話をしている所に、ウィルフレッド様が「エリック……?」と呟く。
エリック様は魔法の使えるお医者様だった。竜人族の空気に慣れない私を診に、よく部屋を訪れてくれたものだった。
そんな彼と、あの日私は屋敷を逃げ出したのだった。
「何故ここに……?!」
「そんなことはどうでもいいではありませんか、公爵令息様。それより、人間側から番を解消した方法が知りたいのでしよう?」
「あ、ああ……それは、知りたいが……」
「簡単なことです。魔法ですよ、俺の編み出した」
「な、魔法……?!」
ウィルフレッド様の驚愕する声が聞こえる。
そんな反応にもなるだろう。なにせこの術、まだ発明されて間もないのだから。
知らなくても無理はない。
「セルマが言ったんだ。「こんな番関係なんて意味はない。解消できる術があるなら教えてくれないか」と。……俺はセルマが好きだった。だから、セルマを苦しめるあんたにはほとほと嫌気がさしてたんだよ」
「なっ……せ、セルマは僕の番だ! 誰にも渡さない!!」
「何を仰ってるんですか、ウィルフレッド様。私たちの番関係はもう解消されたのですよ?」
私が冷静に呟く。ウィルフレッド様はその言葉にギリリ、と歯を食いしばっていた。
「番解消は至難の技でした。運命を捻じ曲げるんですもの。代償はそれなりにありましたが……」
私は自分の身体を見る。こうしてベッドに横になっているのも、魔法を使った弊害によるものだ。
けれど、私は後悔していない。あの日々から抜け出せたことを。
「私、今がとても幸せです。あなたに拒絶され続ける、辛かった時から今に至れて……、真摯に愛してくれるエリック様と共に過ごせているんですもの」
「そんな、セルマ! そんなことを言わないでくれ、また僕と番になろう! 今度こそ、幸せにしてみせるよ!!」
「どうして今更そんなことを仰るの? あなたの好きな人はヴィオラ嬢ですわよね?」
「僕だってそう思っていたさ。けど、番としての繋がりが消えたことによって、気付いたんだ! 僕は君を愛してる、僕にはセルマ、君が必要だって!」
訴えかけてくるウィルフレッド様はまるで舞台の役者のよう。涙を浮かべながら私に懇願する様は、人の心をさぞかし動かしそうだ。
だが、今更そんなことをされても、私の心は1ミリたりとも動かない。
「一度解消された番関係はもう二度と元には戻せないこと、知っていますよね? ウィルフレッド様」
「っ!」
静かにそう返せば、ウィルフレッド様が眉をひそめた。
そうなのだ。
番というものは、一度解消するともう二度と同じ相手とは番えなくなるらしい。私はそれを聞いて大喜びした。
よかった。これでもう、ウィルフレッド様に悩まされる時間は無くなるのだと!
「あなたはセルマが番でいてくれた時に、彼女を大切にするべきだった。……もう遅いのですよ」
エリック様が言い放つ。
「そんな……、セルマは僕の番で、僕の……」
「もうあなたの番ではありません。赤の他人です」
「セルマ……!!」
「さぁ。お帰りください、ウィルフレッド様。未練たらしい男は嫌われますよ」
それ以上何も言えなくなったウィルフレッド様の身体を、エリック様はぐいぐいと押していく。完全に力が抜けているようで、大した抵抗もない彼の身体。
そうして消えていく背中を、私は無感情に見つめるのだった。
「セルマ、大丈夫か? 嫌な客だったな。体調に影響は?」
ウィルフレッド様を追い出し、帰ってきたエリック様は私の頬に手を当てながら言った。
その手に頬ずりをしながら言葉を返す。
「エリック様、大丈夫ですよ。私は元気です」
「そうか……。それならいいんだが。全く、今更何をしに来たんだか」
嫌そうな表情でブツブツと呟きながらも、エリック様が私に布団を優しくかけてくれた。
彼のこういう小さな気遣い、優しさに、私はいつの間にか惚れ込んでしまったのだ。
「さ、愛しいセルマ。今日は長く話して疲れただろう。少しお休み」
「……お休みのキスは、してくださらないのですか?」
こんな要望にだって、彼は笑顔で答えてくれる。
「ええ? ふふ、全くもう、甘えただなあセルマは」
エリック様が私の唇にキスを落としてくれた。
その優しさと愛しさに、私は嬉しさを覚えながら瞼を閉じるのだった。
──竜人族の番になんかならなくても。
たとえ健康な身体でなくとも。
尊重し、愛してくれる人が居る。
それだけで、私は幸せです。