@ウソの吐けないわたくしは婚約破棄されます
わたくしはジャスパー兄様のエスコートで貴族学校のパーティーに臨みます。
わたくしには一応婚約者がいるはずなのですが。
何故一応なのか?
あんなのを婚約者と認めると負けのような気がするからです。
婚約解消すればいいじゃないか、ですって?
言うのは簡単ですけれど、高位貴族の婚約なんて思惑アリアリの契約ですからね。
相手がろくでなしだからなんて理由では、少なくとも嫁に行く側としては婚約の解消はできないと思った方がいいです。
多額の違約金か慰謝料かを支払う覚悟でなければ。
さて、会場ですか。
憂鬱ですこと。
◇
「アビゲイル・ハッシュメイン侯爵令嬢。君との婚約は破棄だ」
わたくしの婚約者でありながらエスコートの義務も果たさず、どこぞの可愛らしい令嬢を左腕で抱き寄せながらこう言い放ったのは、デクスター・エンフィールド公爵令息です。
非公式には『ロクデナシ』というミドルネームがあります。
まあエンフィールド公爵家の跡取りとして甘やかされた人ですからね。
いいのは顔だけ。
結局はろくでなしの方から婚約破棄してきましたか。
兄様が気遣わしげにわたくしを見てきますが、特に問題はないです。
むしろ向こうから婚約破棄してきてラッキー。
あんなんでも王位継承権持ち公爵令息ですから、兄様文句は言わないでくださいね。
「どうしたアビゲイル。何か言うことはないのか?」
「特にはございません」
こういう場合、何と答えるのが作法なのでしょうね?
予習しておくべきでした。
皆の注目を浴びているのが恥ずかしいです。
「ああ、わかっている。君は僕のことを愛していたのだろう?」
「は?」
ろくでなしに愛?
ちょっと意識から遠過ぎてくらっとしますね。
どうしてそういう解釈になったのでしょう?
『ロクデナシ』のミドルネームを知っているわたくしの友人方が、ないないって顔をしていらっしゃいます。
デクスター様は天下泰平ですねえ。
「だから僕の真実の愛、マリー・フレック男爵令嬢に嫌がらせしたのだろう?」
「は?」
「ああ、デクスター様!」
あの可愛らしい令嬢は、マリー・フレック男爵令嬢というのですか。
見たことがあるようなないような。
わたくしもろくでなしをなるべく視界に入れないようにしていましたから、ほとんど記憶がないです。
多分学年が下の令嬢なのだろうと思われます。
「マリーの教科書を破き」
「破いておりません」
「泥水を浴びせ」
「浴びせておりません」
わたくしがウソを吐けないことを、婚約者であったデクスター様には家族の方から伝えてあったのですが。
ウソを吐けないというのは、わたくしが神様に制約を科されたからなのです。
神様に愛されている人間は稀にそういうことがあるんですって。
面倒なことではありますけれどね。
「挙句の果てにマリーを階段から突き落としたろう!」
「突き落としていません」
「首の骨を折る重傷だったのだぞ! たまたま僕が階下にいて回復魔法をかけたから大事には至らなかったものを!」
「ああ、デクスター様!」
……デクスター様が回復魔法を使えることはよく知られていますけど、ちっちゃな傷を薄くするくらいじゃなかったでしたっけ?
首の骨が折れたなんてのを治せるのですか?
過大な申告だと思いますよ。
いや、それにしてもわたくしの方を疑惑の目で見る人が多くなってきましたね。
ジャスパー兄様どうどう、抑えてください。
「わたくしは嫌がらせなんてしておりませんし、そもそもマリー様をよく知りません。証拠でもあるのですか?」
「それこそが悪人の言い草ではないか! 人のいないところでやられれば証人なんかいない。マリーが君にやられたと言っているのだ!」
悪人ときましたよ。
マリー様が可愛い顔を醜悪に歪めてること、気付いていらっしゃいますか?
デクスター様はバカだなあと思います。
ウソの吐けないわたくしを信用しないのはどうしてなのでしょうね?
きっと忘れてるか軽く見ているか、そんなところでしょう。
……まずいです。
神様が怒ってるように思われます。
不穏な気配を感じますね。
わたくしを蔑ろにすることは、神様を軽視することに繋がるのです。
デクスター様はわかっていらっしゃらないみたい。
「アビゲイル! 申し開きがあるか!」
申し開きって。
神様もだけど、兄様も憤懣やるかたない様子です。
困りましたね。
いや、どうしてわたくしがロクデナシのために困らなければいけないのでしょう?
納得いかないです。
またわたくしが会場の皆さんに疑われる状況というのも大変面白くない。
面白くない上に、神様と兄様が爆発寸前です。
しかしわたくしがやってないということを証明するのは、意外と難しいものだと知りました。
わたくしがウソを吐けないことを周知させればいいのですけれど、ある理由があってそれはよろしくないのです。
またわたくし自身も言わないと誓っていますし。
となると……神様とジャスパー兄様の怒りを鎮めるには仕方ないですね。
わたくしは左手の手袋を外し、デクスター様に投げつけます。
「……何のマネだ? これは決闘の作法だぞ?」
「ええ。やったやらないの水掛け論ですので。決闘で決着をつけようではありませんか」
「何を小癪な!」
おお、考えていたよりも盛り上がりますね!
パーティーのイベントとしては十分じゃないでしょうか。
わたくしも誇らしいです。
「勝負の内容はデクスター様が選んでいいですよ」
「生意気な! 剣術でもいいのか?」
「結構ですとも」
「代理を立てるのではなく、アビゲイル自身が戦うのか?」
「はい」
もちろん女のわたくしは剣術の心得なんかありません。
見物人の皆さんは心配そうだけど、大丈夫ですよ。
わたくしは神様に愛されているのですから。
先生方が慌てていますけど、決闘は貴族同士の正式な作法ですから止めるのはムダです。
回復魔法の使い手を用意してくださいな。
「剣を寄越せ!」
「やはり剣で勝負ですか。危ないですよ?」
「今更怖気ついたか! ほら、剣を選べ!」
「……思ったより重いものですのね。このようなものを振り回す殿方は大したものですこと」
「誰か開始の合図を!」
「わたくしは傷つかず、デクスター様は血だらけで倒れ伏す」
「な、何を?」
「ただの宣言ですよ」
わたくしはウソを吐けない。
その真の意味を存分に噛みしめるといいです。
決闘が開始され、宣言通りデクスター様が倒れ伏します。
血がどくどくと流れています。
いや、わたくしもここまでする気はないのですけれども、神様と兄様が納得しそうになかったですから。
見物の方々が唖然としていますけれども、これが神様に愛されたわたくしの実力なのです。
「し、勝負あり! アビゲイル嬢の勝利!」
「術師は応急処置を! デクスター様を医務室へ!」
さて、まだ右手の手袋が残っていますね。
真っ青になっている令嬢に投げつけます。
「さて、マリー様。わたくしを陥れようとした理由を伺いましょうか。さもなくば決闘です!」
「ご、ごめんなさい。私が悪うございました……」
数々の嫌がらせをされたことなどは偽りだと白状し、謝罪を聞けたからいいでしょう。
会場の皆様にも納得かつ満足していただけました。
神様も兄様も、マリー様にはあまり興味がないようですし。
「マリー様。一つよろしいですか?」
「は、はい。何なりと」
「婚約破棄は了承いたしましたと、デクスター様にお伝えください」
◇
うちハッシュメイン侯爵家に子はわたくし一人です。
それで遠縁の家から養子としてジャスパー兄様を迎えました。
わたくしより一つ年齢が上の兄様は、勇気も男気もある、素敵な方なのです。
本来はジャスパー兄様にわたくしをめあわせて家を継がせる、という構想があったのだと思います。
ところがエンフィールド公爵家から横槍が入りました。
横槍というのもおかしいかもしれないですけれど、要するにジャスパー兄様という跡取りがいるなら、わたくしをデクスター様の婚約者にどうかということでした。
言ってはよろしくないことながら、当時もうデクスター様の辛抱の利かない甘え症は知られつつありました。
不敬なことなのに広まってしまうのはよっぽどなことですよ。
我が国一の大貴族であるエンフィールド公爵家としては、大いに危機感を感じたのだと思います。
せめて婚約者にはしっかりした者をと考えて、わたくしに白羽の矢が立ったのではないでしょうか?
うちハッシュメイン侯爵家としても、大きな勢力を持つエンフィールド公爵家と結ぶことはプラスになります。
格上から来た話は断りづらいということもあり、わたくしはデクスター様の婚約者になったという経緯がありました。
兄様が言います。
「アビゲイルは腹が立たないのか?」
「えっ? 特には」
だってもうデクスター様なんて終わった話ですし。
切り刻んでしまいデクスター様には恐怖の視線を向けられましたけど、エンフィールド公爵家には文句も言われませんでしたし。
難癖をつけた上、剣術経験もない女のわたくしに決闘で負かされたデクスター様の醜態は、社交界でかなり話題になりました。
デクスター様は元々ろくでなしとして知られていたこともありますから、多分いいところから婚約者は得られないと思います。
結局マリー様が婚約者になるんじゃないかなと。
真実の愛を貫けて、却って良かったのではないですかね。
「傷物令嬢なんて言われてるじゃないか」
らしいですね。
スプラッタ令嬢とも言われているらしいですけれども。
その後のパーティーではよく話しかけられて楽しいですよ。
「わたくしには自分の評判などどうでもいいのです」
「どうして!」
「小さい頃わたくしが言ったことを覚えていませんか?」
「小さい頃? 何だったかな?」
「わたくしは兄様のお嫁さんになる、と」
兄様の目が丸くなりました。
そう、わたくしはウソを吐けません。
途中の経過はどうあれ、わたくしが兄様のお嫁さんになることは決まっていたのですから。
近頃では、わたくしは未来のことを言うのはなるべく控えています。
結構何でも可能になるひどい力ですからね。
自らに制約を科しているのです。
デクスター様に対して予言を使ったのは、そうしないと神様と兄様が収まりそうになかったので、仕方なかったのです。
もし神様に介入されたらメチャクチャになっちゃいますよ。
主にわたくしの人生が。
女王みたいな面倒なことはごめんです。
「ふむ、デクスター殿の失礼な婚約破棄など、ものの数には入らぬと?」
「はい。わたくしは兄様のお嫁さんになるのですから」
「了解だ」
優しく頬に口付けされました。
そう、これが本来あるべき姿なのです。
素直に思えます。
神様ありがとうございます、と。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
発表日が四月一日ですので、ウソというテーマを盛り込んだお話にしてみました。
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よろしくお願いいたします。