おまけ 俺の可愛いおくりびと
ルーク視点のお話です。
彼に少年のままでいて欲しい方はそっとページを閉じていただけると……。
世間馴れしてないチョロそうな女。最初はそんな印象だった。
一瞬目が合っただけで300万ルークなんて大金を払う馬鹿さ加減。少し泣きそうな顔をしただけで騙されるお人好しさ。あの星では異質だったこの姿も、女の同情を買うには十分だった。
サザンカ――俺を買った年齢不詳な女。老成しているようにも、何も知らない子供のようにも見える振る舞いは俺をひどく混乱させた。
だから、初手からあんなことを言っちまったんだよな。一緒のベッドに入ればいいのか、なんて。てっきり欲を満たすために買ったのかと思いきや、そうではないと知り、拍子抜けしたのも今は昔だ。
サザンカはとにかく笑わない女だった。俺が話しかけても、笑いかけても、ぴくりとも表情が動かない。最初は嫌われているのかと邪推したが、言葉の端々から親愛の情らしきものが確かに感じられて、ただの不器用な女なのかと考えを改めた。
実際にはアンドロイドだったわけだが。
俺は見た目は小さな子供。けれど、おつむはそれなりに育っている。ビスト星人と地球人では、成長度合いに差があるからな。
地球人に換算すると十代後半ってところだろう。でも、サザンカはどうしても俺が無垢な少年に見えるようで、蝶よ花よといった具合に甘やかしてくれた。
まあ、こっちもそれが嬉しくてあえて子供らしく振る舞ってたんだけどな。まさか、一緒のベッドにまで寝かせてくれるとは思わなかったぜ。おかげで夜な夜な頬や額にキスする羽目になっちまった。
ああ、そうだ。俺はすっかりサザンカに惚れちまってた。単純だって笑えよ。仕方ないだろ。実の親にだって、あそこまで優しくされた覚えがないんだから。
サザンカには話さなかったが、俺は狐野郎に捕まったんじゃない。母親に売られたんだよ。地球人との混血は金になるからな。
そのために母親は細々と生き抜いていた父親に種をもらって、事が済んだあとに殺したんだとさ。なんで知ってるかって? 酒に酔ったはずみでペラペラ喋ったからだよ。
あの狐野郎のせいで、俺は性については早熟だったから、サザンカとお遊戯みたいな触れ合いをするのは正直もどかしかった。
でも、せっかく手に入れた安寧な生活を手放したくなくて、ずっと我慢してたんだ。アクセスした船のデータベースでサザンカの秘密を知っちまうまでは。
サザンカが惜しみなく与えてくれた本や、船内で得た知識のおかげでパスワードを突破するのは簡単だった。だって、3103――佐藤さんなんだぜ。
この船に佐藤さんって奴がいて、サザンカと親しかったってことは佐藤さんが残した日記を読んで知っていた。佐藤さんがいた部屋は綺麗に掃除されていたけど、アンドロイドには日記をつける習慣がないから、サザンカは佐藤さんが日記を残しているとは思わなかったのかもしれないな。
もし知っていたとしても、あれを見つけ出すのは困難だっただろう。佐藤さんって奴は随分と用心深かったみたいで、本棚の奥の隠し扉の中にひっそりとしまってあったよ。
日記にはたわいの無い日常が綺麗な筆跡で綴られていた。今日は何を食べただの、今日はサザンカと何を話しただの、本当に日記に書く必要なんてあるのかと思うぐらい実のない内容だ。
ただ……船内の暗い雰囲気なんて微塵も感じさせない日々の記録は、未来の前に分厚いカーテンが引かれた生活の中でも確かな救いがあったって証明している気がして、ほんの少しだけ涙腺が緩んだ。
データベースへのアクセス方法も簡易ながら書かれていた。だから、サザンカに教えられずともアクセスできたんだ。俺が知りたかったのは船の運行に関わる情報。機密に触れる情報には、3103の他にパスワードがもう二つかけられていた。
一つ目はEarth。
二つ目はサザンカ。
俺に名前を聞かれた時に咄嗟にサザンカと名乗ったのはこれが理由だろうな。日記にも書かれていた、佐藤さんの好きな赤い花だ。
パスワードを突破した先には船の歴史が……いや、地球の歴史が全て詰まっていた。地球人たちが選んだ愚かな選択も、佐藤さんがサザンカの生みの親の子孫だってことも、サザンカが死者を送る役目を負わされたアンドロイドだってこともそれで知った。
サザンカは笑わなかったんじゃない。笑えなかったんだ。送り人は感情を表に出してはいけない。最初からプログラムされていなかったんだから。
サザンカがアンドロイドだと知っても、俺の気持ちは変わらなかった。むしろ今まで以上に恋情に身を焦がすようになった。だから、船で過ごす日々が半分を過ぎた頃、ここ一番の大勝負に出たんだ。
――結果は惨敗。馬鹿なことをしたと思うぜ。それでも昂る気持ちが抑えられなかったんだ。
表面上は当たり障りのない日常が戻ったものの……俺が望んでいた未来ではなかった。だから俺はサザンカの秘密を暴くことにした。
悪辣? そうだよ、最初から俺は無垢な少年なんかじゃない。番を求める男なんだから。
服を一枚ずつ剥ぎ取るように、全ての秘密を暴かれたサザンカは、俺と仕事のどっちを選ぶかって顔をした。その頃には無表情の中の感情の揺らぎにも気づけるようになっていたから、サザンカの決断を固唾を飲んで見守っていた。
まさか、その前に船が寿命を迎えるとは思わなかったけどな。
抵抗する俺を無理やり脱出ポッドに乗せたサザンカは、それはそれは綺麗な顔で微笑んだ。そうだ、笑ったんだ。もう自分の仕事は終わったって感じで。満足げに。
そんなの、許せるかよ。無事に星に着陸した俺は、サザンカが渡してくれた翻訳機と端末を駆使して星の住人たちに救助を請うた。さすが文明レベルも倫理レベルもダントツの星だよな。詳しい事情も聞かず、あいつらは目を見張るような素早さでサザンカを救出してくれた。
黒い髪も、白磁のような肌も無惨に焼け焦げちまったけど……最後の微笑みだけは変わらず残っていた。
そして、永遠にも思えるような三日間が過ぎ、サザンカは目を覚ました。船にいた時より若干見た目が幼くなっていたが、俺の名を呼ぶ優しい響きも、背中を撫でる優しい手つきも、俺が知っているサザンカと何も変わらなかった。
ああ、俺は勝負に勝ったんだ。腕の中で笑うサザンカは、確かに生命の熱を宿していた。
「ルーク」
優しく俺を呼ぶ声がする。作業の手を止めて振り返ると、そこには笑みを浮かべたサザンカがいた。長い黒髪を後ろで一つに結び、鮮やかな赤いワンピースの裾を風に遊ばせている。
俺の番。俺の全て。駆け寄ってくる柔らかい体を抱き止めて、目が眩むような幸せにほうっと息をつく。
サザンカの腕の中には赤い花が咲き乱れたバスケットがある。回収した船のブラックボックスに残されていた遺伝子情報から再現したものだ。
サザンカ――佐藤さんが好きだった赤い花。たとえ複製だとしても、これを偽物だと笑う奴はこの星にはいない。
「ちょっと早かったかな?」
部品が散乱した作業台の上を見て、サザンカが可愛らしく小首を傾げる。
それに応えるように、背後から朗らかな笑い声がした。
「大丈夫さあ。ルークは働き者だから、今日の分はとっくに終わってるからねえ。たまには奥さん孝行してやりなあ。ビスト星人は直情的な割に愛情表現が下手だからねえ」
ひらひらと手を振るのはサザンカを治してくれたU38星人――サトーさんだ。初めて名前を聞いたときはその運命の巡り合わせに驚いたもんだ。ひょっとしたら佐藤さんが引き合わせてくれたのかもな、なんて思うのはこの星の安寧さに慣れ切った証拠だろうか。
サトーさんに礼を言い、サザンカの手を取って作業場を出る。年中温暖な空気が俺たちの髪を撫で、頭上のピンク色の雲を押し流していく。
街路には楽しそうに笑う異星人たち。隣にはサザンカ。とてもいい気分だった。歩くテンポに合わせて鼻歌を歌う俺の顔を、嬉しそうに目を細めたサザンカが見上げる。
「それ、初めて会った時も歌ってた」
そうだったか? でも、素直に言うと怒られるから黙って微笑み返した。
船が墜落してから五年。俺が予告した通り、俺の体はすくすくと成長し、あっという間にサザンカの背を追い抜かした。
今では声も顔つきも一端の男のものだ。そのギャップをまだ埋められていないのか、夜の営みをするたびに「背徳感がすごい……」と呟くのはやめてほしい。まあ、いずれ慣れてくれるだろう。
作業場から二十分ほど歩いた先に、船が墜落した現場がある。
残骸はとうになく、今はささやかな慰霊碑を残すだけのそこは、穏やかな静けさに包まれていた。周囲に咲き誇るのはサザンカの花だ。サザンカが身にまとうワンピースの色と溶け合って、一瞬、境界線が曖昧になる。
でも、俺はサザンカを見失ったりはしない。
繋いだ手に力を込めて、バスケットから赤い花を一輪取り出す。風に舞う花びらは、安らかに眠る死者の頬を優しく撫でているようだった。
「久しぶり、佐藤さん。みなさん。今日はね……」
たわいのない日常を語りながら、サザンカが花のような笑みを浮かべる。
この命が続く限り、これからも花を手向けよう。それが送り人としての俺たちの役目だから。
おまけもお読み頂き、本当にありがとうございました! サザンカの無表情はプログラムによるものでした。佐藤さんはサザンカの枷を外したかったのでしょうね。もはや開発当時の技術は失われていましたから。
後日談ですが、外見の若さに引っ張られて、サザンカは少し幼い口調になっています。ルークは技師としてサトーさんの弟子になりました。後編では術着を着ていましたが、作業場のサトーさんはオーバーオールを着た一つ目の巨大兎です。単体で繁殖が可能なので性別はありません。サトーさんはサトーさんなのです。