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前編 少年との出会い

またまた突発的に始めた短編です。

一万字を超えたので分割しました。

『……F1059……ザザ……これより……葬儀を行います……第四区画の……に……お集まりください……』


 ノイズ混じりの艦内放送が流れる。けれど、弔問客が訪れることはない。みんな目を背けたいのだ。逃れられない死から。来ることのない明日から。


「お疲れ様でした、佐藤さん。新天地でも元気でね」


 宇宙船を模した棺の中にはしわくちゃのおじいちゃんが眠っている。佐藤さん――F1059。全てを数字で管理されるこの世界において、前時代の名前を守り続ける稀有な人だった。


 今日を限りに、その伝統も終わりを迎えるだろう。


 ジャズの調べに乗って、ゆっくりと白い花を手向ける。佐藤さんは赤い花が好きだと言っていたけれど、残念ながらこの船では栽培されていない。もしも本当に天国があるのなら、どうか咲き乱れていますように。


『ゲートを開きます。危険ですので白線の内側にお下がりください』


 ガコン、と鈍い音がして、重厚な扉が開く。目の前に広がるのは胡乱な闇ばかりだ。


 佐藤さんを覆い隠すように、棺の蓋が閉まる。そろそろお別れの時間だ。低いエンジン音を響かせる柩から一歩下がる。一瞬着いて行こうと思ったが――やめた。私にはまだやるべきことが残っているから。


「さよなら、いい旅を」


 言い終わると同時に、棺が射出される。佐藤さんを乗せた宇宙船は、微かな光の軌跡を描き、少しずつ闇の中に溶けていった。






 宇宙船ノア。度重なる戦争や疫病で崩壊した地球から飛び出した人類の第二の故郷。ここの最下層でひっそりと死者を見送るのが私の仕事だ。最初は大勢いた人間たちも、時の流れと共に減り、今では百を切るほどになってしまった。


 先の見えない未来に絶望して死んでいくもの。己の人生に満足して寿命を全うするもの。事故、病気、殺人。中には異星に根を下ろしたものもいるが、少数派だった。どの星も地球と同じ生態系を持ち得なかったからだ。


 今残っているものは、在りし日の地球を夢見て旅を続けるものばかり。もはや子供は生まれず、この小さな世界はゆっくりと死に向かっている。


 たまに思う。この船に生まれなかったら、広い世界で伸び伸びと生きる未来もあったのだろうか。でも、それは見果てぬ夢。私には彼らを見捨てる選択肢は与えられていない。


 私の存在理由は、死者を弔うことだけだから。


「G592194さん。おかげんはいかがですか?」


 白い扉をノックする。返事はない。上部の丸窓から中を覗くと、住人は頭を覆い隠すヘッドギアをつけたままベッドに横たわっていた。微かに見える腕から栄養補給の管が伸びている。


 仮想世界を旅するVR装置――これは辛い現実に疲弊した人間たちが生み出した技術だった。膨大な電子データで構成された世界の中では、在りし日の地球が再現されているという。彼らは夢を見ることで失った過去を取り戻しているのだ。繰り返し、繰り返し、体が老いて朽ちるまで。


 他の部屋も順番にノックしていったが、扉を開けてくれる人は誰もいなかった。


 今まで何も感じなかったのに、佐藤さんがいなくなってから、胸にぽっかりと穴が空いた気がする。送り人としてはあるまじきことだ。欠陥品という言葉が頭をよぎる。だけどもう、なおしてくれる人はいない。


 静まり返った廊下をコツコツと歩く。壊れかけのスピーカーから星の周回軌道に乗ったと連絡が入った。この広い宇宙には地球人以外の知的生命体もいる。一ヶ月に一度、場合により数ヶ月に一度、物資を補給するために星に降りるのだ。


 自室に戻って、出かける準備を済ます。鏡に映った私は無表情だ。宇宙に漂う闇みたいな黒い髪に黒い目。白磁のような肌。服は……悩んだけど紺色のツーピースにした。少しでも大人びて見える方が交渉事には有利だから。


 地面に着地する微かな振動のあとに、外に繋がるドアが開く。今までいろんな星に降りた。空が赤い星、水が黒い星、夜が来ると嘶く星。今回の星は二足歩行の獣たちが、オアシスに集うキャラバンの如く砂岩の都市を形成していた。


 街路を行き交う異星人たちの頭には猫耳、犬耳、兎耳が得意げに揺れている。まるで前時代の漫画に登場する獣人みたいだ。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。肌がつるんとして、変わった姿をしてるねえ。外星人かい?」

「うん。物資の補給に来たの。水と液体食料を百人分くれる? 支払いは星間(せいかん)通貨で」


 スマホ型の端末を見せると、猫の店主は嬉しそうに頷いた。イヤリング型の翻訳機は問題なく作動しているようだ。星間通貨は文化体系が異なる星でも、自動で両替可能な電子通貨である。


 荷物は船に転送してくれると言うので、ぶらぶらと市場を見て回る。薄紫の煙が燻る水煙草。黄金で出来た用途不明の小箱。女性用のアクセサリーもある。とはいえ、特に欲しいものはない。


 空には青い円球が二つ浮かんでいる。地球でいう太陽だろう。濃紺色の影を踏みながら、そろそろ船に戻ろうかと考えていると、ふと前方にあるテントに気づいた。


 さっきまではなかったはずだから、おそらく移動式のテントなのだろう。そばに立つ狐の店主からチケットらしき紙片を購入した客が、一人ずつ小さな穴に吸い込まれていく。いつもなら正体不明のものには近寄らないのだが、その時ばかりは何故か興味を惹かれて足を向けた。


「これは何のお店ですか?」


 店主は私の顔を見て少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべると「宝物に出会えるお店です」と言った。


 とても胡散臭い。けれど、いつの間にかチケットを購入して中に吸い込まれていた。まるで、魔法に……いや、狐に化かされたみたいに。


 入り口の小ささとは正反対に、中は広かった。昔、船のデータベースで見たサーカスのテントに似ているかもしれない。中央には演壇とマイクが設置されていて、その周囲には座り心地が悪そうな椅子が隙間なく並んでいた。


「紳士淑女の皆様、ようこそいらっしゃいました! これより当『宝石箱』の宝物たちをご紹介いたします!』


 椅子に腰を下ろしたタイミングで、さっきの店主が演壇に現れた。大仰な仕草で礼をし、演壇の上に豪奢な箱を置く。宝石箱を模しているのだろう。ライトの光を反射するそれは、目が眩むほどの輝きだった。


「では、エントリーナンバーワン! 青い涙星産のブルークリスタル!」 


 狐の店主が手品みたいに取り出したステッキで箱を叩く。すると、自動的に蓋が開いて、中から拳大の青い宝石が飛び出してきた。そのまま観客に見せつけるように、くるくると演壇の上を移動する。その美しさに、女性を中心とした観客たちからため息が漏れた。


「10万ルーク!」「15万ルーク!」


 威勢のいい声が飛び交う。なるほど。オークションなのか。30万ルークで宝石が落札されたのを皮切りに、様々な星の商品が姿を見せる。中にはとうに失われた星の外部記憶などもあった。どこで手に入れたのかは知らないが、狐の店主はなかなかやり手のようだ。


 商品が売れていく度に、会場の熱気も上がっていく。やがてそれが最高潮に達した瞬間、本日のメイン商品が現れた。


「ニンゲン! ニンゲン! 今は亡き地球人の血を引いた混血児です!」


 周囲からどよめきが起こる。箱から飛び出したのは、黒い髪と目を持つ子供だった。顔つきが佐藤さんに似ているので、おそらく日本人だろう。唯一違うのは、側頭部に羊みたいな巻き角があることだ。


 紐には繋がれていないものの、華奢な首には逃亡防止の首輪を嵌められ、薄汚れたチュニックを着ている。そこから覗く手足は折れそうに細い。どう考えても良い扱いは受けていない。


 子供は男の子らしい。店主に無理やり演壇を歩かされている最中でも、少年は声一つ上げず、ただ無表情に前を見据えていた。


「おい、地球人の血を引いた子供なんてレア中のレアだぞ……」

「肉はついていないが、観賞用としても申し分ない。死んだら剥製にしても映えるだろう」


 目をギラギラさせた観客たちが値を吊り上げていく。100万ルーク、110万ルーク……。さっきまでとは比べものにならないスピードだ。この星では奴隷売買は禁止されていない。たとえ星間警察に訴えたとしても、逆に諭されるだけだろう。


 残酷だが、星を失ったものにはよくある末路だった。私にできることは何もない。ため息をつきつつ、椅子から腰を浮かせかけた時――演壇の上の少年と目が合った。その瞬間、さっきまで無表情だった少年が、泣き笑いのような笑みを浮かべた。


 それに応える術を私は持っていない。何故なら、私は今まで一度も表情を変えたことがないから。


『笑ってごらんよ。絶対に可愛いのに』


 不意に、佐藤さんの声が耳を掠めた。全身に血が巡る感覚がして、カッと頬が熱くなる。気づけば、私は右手の親指から中指までを立てて、その場に立ち上がっていた。


「300万ルーク!」


 我ながら大きな声が会場に響いた。これを予期していたのだろう。狐の店主は目を細めて笑った。

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