聖餐
「それでは……頂くとしようか。最後の食事をこのメンバーと共にできることを神に感謝し、乾杯」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「うおおおおー!」
「乾杯」
「ういぃぃぃ!」
「はぁ……」
「乾杯!」
「栄光あれ!」
「いただきー!」
「乾杯」
「はーい」
「乾杯……」
食卓を囲む十三人は、乾杯の合図とともに、それぞれ手に持つ杯を掲げた。掲げたその杯の高さは、その人物の今の気分を如実に表していた。
「ふふふ、楽しいなぁ」
「ええ、リーダー。まったくですね」
「ケッ、媚売りが……」
「いやー! うめぇなおい!」
「腹が減っていれば、なんでもそうさ」
「はははは! はははははは!」
「はぁ……」
「ふふふふっ」
「おい、そっちの缶詰取ってくれ」
「ははははは!」
「あぁ……」
「うるせえなぁ……」
「うぅ……」
うつむきながらモソモソと食べる者。頬杖をつきスプーンを弄る者。大声で笑いながら口の中の食べ物を撒き散らす者など、乾杯後の様子は各々異なっており、その場は、まるで躁鬱病患者の集まりのような雰囲気が漂っていた。
「残さず食べよう、と言いたいところだが、喉を通らないなら無理しなくていいからな」
「ご安心を。私が食べちゃいますよ」
「はぁぁ……」
「うめぇ、うめぇ……これで女でもいればなぁ……」
「それを言って何になる……」
「はははははははは!」
「はぁ、うぅあ……」
「ふふふふふ、ゲホッゴホッ」
「なんだよ。もう、これなくなったのかよ。好きな味だったのに」
「はははは……はーぁ」
「ああぁ……」
「くそくそくそくそくそ」
「うぅぅ……」
宴は進んでいった。食事が喉に通らなくとも。
「しかし、ここまでこれといった大きな争いが起きなくて本当に良かった。全員のおかげだな」
「いえいえ! リーダーの指揮のおかげですよぉ」
「もう戦争など、こりごりだからだろうが……」
「うめぇ、うめえなぁ……あぁ……」
「死ぬ……こんな地下で……せめて地上に……」
「はははははは!」
「もういらん……」
「ふー……」
「酒でも残ってりゃなぁ……」
「はぁ……」
「ああぁ……」
「くそがくそが死ね死ね」
「うぅぅぅ……」
宴がさらに進み、その顔触れのうち、虚空を見つめる者の数が大半を占めるようになった時、リーダーがスプーンで缶詰を叩き、皆の視線を集めた。
「えー……知っての通り、この地下シェルターに備蓄されていた食料はこれでお終いだ。ここまでこの十三人で耐えて来られたのも、食事が楽しみだったからと言っても過言ではないだろう。だが、核兵器により地上が汚染され、ここから出ることすらままならない現状では、新たに食料を手にすることはない。ゆえにこの先にあるのは想像するのも悍ましいが……言おう。共食いだ。だが、我々は文明人だ。理性がある。戦争を引き起こした愚かな連中のように争い合うことはしない! そうだろう!」
「おっしゃるとおぉぉぉりいぃぃ!」
「もう、どうでもいい……」
「あぁ……」
「死ぬ、死ぬ、死ぬ……でも、ひとりじゃないならいいかぁ……」
「ははははは!」
「終わらせよう……」
「ふー……ふふっ」
「はいはい……」
「異議なし」
「あああぁ……」
「死ぬ死ぬ死ぬ……ああ、嫌だ……」
「うぅぅぅぅ……」
そして、リーダーは一人一人の手のひらに錠剤を一つ、そっと乗せていった。「いやだ……いやだ……」と固く拳を握ったまま開こうとしない者には、リーダーは優しく両手でその手を包み、黙って待った。すると、まるで蕾が開くかのようにその者はゆっくりと手を広げるのだった。
「……今、配り終えた毒は苦しみもなく、眠るように我々を神のもとへ導いてくれる。そう、神も我々のこの行いをお許しになるだろう。ああ、私はそう仰る神の声を聞いた! だから大丈夫だ。案ずることは何もない。さあ、祈ろう。そして神の国へ行った暁には、人類の愚行も許していただけるよう皆で神に必死に祈ろう。そうすれば地獄へ堕ちた我らの父、母、友、先祖も皆、救われる。……じゃあ、向こうでまた会おう。乾杯!」
「かんぱぁぁぁぁい! リーダーばんざい! 神様ばんざぁぁぁい!」
「乾杯……」
「あぁかんぱい……」
「ああぁうぅごめんあさいごめんなさい……」
「はははは!」
「ああ、これで終われる……」
「かんぱいふふふあはははっひひひ」
「はい、乾杯……」
「あぁ、乾杯。向こうで」
「ああああぁ……」
「いいいい、いぐ」
「うぅぅぅぅ……」
こうして最後の晩餐は終わりを迎えたのだった。
一人、また一人と眠るように。その全員の死によって。
……たった一人を除いた。
「…………ふぅー……全員死んだ……な。よしよしよし」
と、長々と念入りに死んだふりを続けていたその者は椅子から立ち上がり、全員の脈を取った。そして、死んでいることを確認すると大きく欠伸をした。
「眠りそうだったぜ……クソ、イカれた宗教狂いが。だが、そのおかげで文字通り全員を天へと導けたわけだ。おだてておいてよかったぁ。……いや、天じゃなく、さらに地下かな。どうせ人間なんてみんな地獄行きだよ。ま、おれもだが」
彼はそう吐き捨てると冷凍庫へ向かった。発電機があるとはいえ、シェルター内の電力がいつまで持つかはわからない。しかし、もう望みはこれしかなかった。彼は医療庫から持ち出した睡眠薬を口に含むと、水なしで呑み込んだ。
食料がないのは事実。冷凍庫も空っぽだ。ではなぜ彼はここに来たのか。
「コールドスリープ装置でもあればなぁ……こんな賭けに出ることもないのに」
彼は眠りにつくことを選んだのだ。この地球上のどこかに人類の生き残りが他にもいることを信じ、あるいは冷凍庫の電源が切れ、温度が上がって、これまた奇跡的に目覚めることができて、そして地上の核汚染が収まっている、そんな未来に行けると願って。
彼は眠った。そして……
「あ……う……うぅぅ……」
「あう、らあう」
「ぬあ? ああぬいあ」
「お、お前たちは……言葉は……」
「らか、とらた」
「くまくあ」
長い時間を経て、ついに彼は目覚めた。その彼を起こした者たち。それはどうにか地上で生き残り、種を繋いできたのか。それとも他のシェルターの生き残りの子孫なのか。目覚めたばかりの彼にはわからなかったが、彼は指を差した。
「それ、腕。怪我しているのか……? 医療庫に薬があったはずだ。すぐによくなるぞ」
「ぬあ、なたなう」
「ぬあ、ここいぴ」
「名前、自分たちの名前を言っているのか? ああ、おれの名は……そうだな……キリストだ」