第六章 灰かぶり姫・帰り道
更新です。すみません昨日の内にしたかったのですが間に合わずっ、見捨てないで下さいー!!!
主人公、帰り道です。
日のさす大通りを、風に吹かれながら歩く。
結局、兄様の書類を渡しおえた後、兵士の人に呼ばれて来てくれたオーベールさん…オーベール・ブランさんは、少し驚いた顔をした後、穏やかに笑って、突然の訪問を歓迎してくれた。
どうしたんですかー、と笑う人に嘘をつくことはとても出来ず、オーベールさんを訪ねてきたことが誤解であること、そして、ここには兄の忘れ物を届けに来たことを説明して謝ると、あっさりと笑っていいんですよー、と言ってくれた。むしろ、先ほどの兵士の人のほうが、げっと青ざめて、必死な勢いで勘違いを謝ってくれた。すんませんゆるしてくださいやばいでんかに殺られるーとかなんとか叫びながら。
「会えて良かったですー。あなたが選んでくれた花を、渡した人がとても喜んでくれたんですよー」
そして、オーベールさんはほわほわと嬉しそうな笑顔で、そう言ってくれた。ああ、この人の恋人は、とても幸せだろう。そう思ったら、綺麗な方なんでしょうね、と口に出していた。そしてオーベールさんは、とても嬉しそうな顔のまま、頷いた。
「ルビーみたいな目をした、とても綺麗なひとですよぉ」
オーベールさんは、心底からその人が大切なんだろう。本当に、こちらまで思わず微笑みたくなるような優しい笑顔だったから。…ああそうだ、兵士の人が横で、「絶対誤解されてますって隊長…」とかぶつぶついっていたのは何だったのだろうか。
「ルビーみたいな目、か」
ふっと、頭の中を、紅茶色の綺麗な目をした人がよぎり、そういえば、あの人もフリージアの花を胸もとに挿していたな、と気づいた。彼はどうみても男性だったので、オーベールさんの花を届ける相手とは別人だろうけれど、不思議な偶然だ。
紅茶色の目に、赤銅色の髪をした、酷く綺麗な人。年齢は…多分私よりも少し下。14,5歳くらいだっただろうか。聡明そうで穏やかで少し皮肉っぽくて、けれどどこか硬質に澄んだ雰囲気の人。兄様の仕事仲間であるらしい人。
疲れていると言っていたけれど、大丈夫だろうか。多分貴族の人だろうから、もう会うことはないだろうけれど。
…ああそう言えば、名前も聞かないままだったと、そう思った瞬間、背後からぎゅむっと、誰かに力強く抱きつかれた。ついで耳元に響く、ハスキーな美声。
「追っいついたわー!シンデレラちゃん!」
「…っ!?兄さ…お姉さま?」
テンションの高い口調と否応なく視界を占領するショッキングピンクで判断して、呼びかけの言葉を変える。そうして肩越しに振り返った間近で、秀麗な美貌が嬉しそうに笑った。
…と言うか金髪縦ロールにしてるんですね何ですかその無駄に時間と手間が掛かりそうな髪型は。
「そーよ、見つけたわっ!忘れ物届けてくれたのよねっ!?ありがとぉ!サスガはアタシのシンデレラちゃんだわぁっ!」
「い、いえ。それより、お城にいたのに、良く追いつきましたね」
「あらやだっ、この美しく可憐で最高なアタシに不可能はなくってよっ!」
「―――どうでもいいから離して下さい。歩けません」
がっちり首に食い込んだ腕の所為で、歩行が難しくなっていた。
あと正直周りからの視線が痛い。ショッキングピンクな(見た目は)美女が、地味な娘に抱きついているのだから、それは不可解に思われるだろう。
えーいやーんとか言ってる「お姉さま」に付き合っていられないので、半ば引きずるように歩行を再開する。…うん、一言で言うと、
「重いです邪魔です退いてください」
あれ、三言か。
「んもぅ。シンデレラちゃん冷たいわぁっ!でもアタシは知ってるの。シンデレラちゃんの心の中には、海より深く山より高いアタシへの愛が隠されていることをっ!だってシンデレラちゃんはアタシのためにっ、わざわざっ、アタシの忘れ物を届けてくれたんですものーっ!!」
間違いなく錯覚ですお姉さま。忘れ物を届けるだけでその領域に達するのなら、物凄く軽い愛ですそれは。
とりあえず腕を離す気になってくれたらしいお姉さまは、それでもやっぱり暇らしく、横を歩きながら明るく絡んでくる。明るく絡むというとニュアンスが変だけれど、正にそんな感じで。
流石に無視することも出来ないので、適当に(具体的には7割聞き流しつつ)返事をする。
「お返事がないと寂しいわっ、シンデレラちゃん」
「あーはい。そーですねー」
「んーもうクールなんだから。あ、そーだ、誰に渡したの?…男の子かしら?」
「はい。赤銅色の髪をした、綺麗な人でした。“紅の人”って、あの方でよかったんですね」
「ふーん…」
軽く、雑談のための声が一瞬沈んだのは、自宅が50mほど先まで迫ったとき。不思議に思って見上げた先にあるのは、いつも通りの…けれど少し小さな笑顔。
「お姉さま?」
「…んーん。なんでもないわ。…ねぇシンデレラちゃん、その“紅の人”、って呼び方。あの人に言った?」
「―――言いましたけど…何か、まずかったでしょうか…」
「いーえっ。ノープロブレムよっ!――――――――――やっぱり、殿下にはばれたか」
後半の言葉は小さすぎて、うまく聞き取れない内に、ぱっと兄様の表情が明るく入れ替わる。
何かあったのかな、とは思ったけれど、無理矢理聞き出すこともない、と前を向き、カークランドの自宅の前を見て、私は思いっきり凝固した。
(げ…っ)
「あら?あれってテッド君よね?毎度毎度、あの子もこりないわねー。お友達も一緒で。あの子達も付き合い良いわよねー、ってあらシンデレラちゃん?」
「え?」
「女の子がそんな顔しちゃダメよっシンデレラちゃん!何かあったのかしらっ?」
家の前にいた青年…ベアール―――そうだ、彼の名前はテッドだった―――を見つけたらしいお姉さまが、呑気に彼の寸評をしかけ、びっくりしたとでも言いたげにこちらの顔を覗き込んでくる。そんな顔、と繰り返しながら、なんとなく眉間に触れてみると…見事に縦皺が寄っていた。
あとが残るのはいやなので、ぐいぐいとそれを揉むほぐしながら、白状する。
「……少し、言い争いをしてしまって」
実際は少しどころではないため、なんとも顔が合わせずらい。――それは向こうも同じのはずなのに、何でいるんだろう。そんな空気全開の私を見て、お姉さまはあっさりと打開策を口にした。
「ふーん。じゃあ、裏口まわりましょうっ。あの子はアタシが適当に追い返してあげるわよ」
「…いいんですか?…でも、」
それは流石に申し訳ない気がする。
「勿論よっ。愛しいシンデレラちゃんのためですもの。さーそーと決まったら着替えてくるわ。あの子アタシがこの格好だと見惚れて話もきけないものっ」
いやそれは嫌過ぎて口もきけないの間違いでは、とベアールの引きつった顔を思い浮かべつつ思いながらも、私はがっくりと肩を落とした。
ああ、また迷惑をかけている…。
「―――すみません。迷惑かけて…。…今度、ちゃんと謝ります。彼、に」
言ったことは間違ってはいなかったけれど、言い過ぎたとは、思うから。今は無理でも、ちゃんと。
「偉いわ、シンデレラちゃん。アタシのことは気にしなくて…って、そーだっ」
「え?」
嬉しそうに笑って、気にしなくていい、と言おうとしてくれたらしいお姉さまが、その瞬間、悪戯っぽく目を輝かせた。気がした。
「…ねぇじゃあ、シンデレラちゃん!ご褒美に今度の日曜にでも、アタシとデートしてくれないかしらっ」
「――――……でーと?」
我ながら間抜けな抑揚で聞き返した私に、「お姉さま」はこの上ない程楽しそうに笑って頷いた。
女の家の前を、1人で立っているのは気まずい。なので、付いてきてくれたこの二人には感謝している。ロアールもエディも、初等学校に通っている時からの親友だ。のんびりもののロアールは良くおおぼけをかましてるし、エディは時々冷静でぐっさぐっさ刺さる発言をしてくるけれど、いい友人だと思っている。けど、けどなぁお前ら、
「なーなー諦めようって、テッドぉ」
「そうだよ。お前かんっぺきにカークランドに嫌われてんじゃん。てゆーか、カークランド、クールだけど割と面倒見いいのに、何したらあんなに嫌われんだよ?」
「うるっせぇよ!!」
何で人の傷をぐりぐり抉るんだよ!しかもものすごい呆れた目ぇして!
「諦めるも何も、俺は別にあんな女に興味なんかねーんだよ!ただっ、調子こいてるから一言いってやろうと…」
「えー?」
「うっそくせぇ」
そりゃ、言い過ぎた気がしなくもないから、一応顔を見に来て出来ればデートに誘ってやらないことも…って。いや、そんな訳ない。あんな根暗な性格ひねくじれ曲がった女なんかを、オレが気にする理由がない。
「う…うるせぇよ!あいつみたいな根暗のブス女をこのオレが好きなわけが…!」
「はいストップ」
軽やかに響いたのは、俺が世界で一番嫌いな奴の声。
ぎぎっと、音が出そうなくらいぎこちなく振り返った先にいた、予想通りの男の顔に、オレは思いっきり引きつった。
「…っ!!レイ・カークランド!?」
「正解。久しぶりだね、テッド・ベアール君。早速だけど、人の大事な妹の悪口を言わないでくれるかな」
にこにこ、と爽やかに笑う金髪紫眼の男。オレが待っていた女、スィリス・カークランドの義理の兄であるレイ・カークランドがそこに立っていた。
「て、めぇなんでここにいんだよ!どこからわいて出やがった!」
「どこからも何も…ここはうちの家の前だし?」
「…うっ…」
ドアからドアから、と、こんこんと扉を叩かれ、言葉に詰まるオレの横で、ロアールとエディが軽く会釈した。
「あーお久しぶりです、カークランド先輩」
「こんちはっす」
……おい、お前らなんでそんなにこいつと仲良さげなんだよ。
「うん。久しぶりだねロアール君、エディ君。ちょっとテッド君と話があるんだ。悪いんだけど外してもらえるかな?」
は!?
「あー、いいっすよ」
「なっ!?勝手に良いって言うなエディ!」
「テッドをよろしくお願いしまぁっす」
「おいロアール!」
「了解。それじゃあまたね」
一言も確認取らずにあっさり帰るな。オレこいつ苦手なんだよ!という気持ちをこめた視線に対し、二人はひーらひーら手を振ってさっさと去ってしまう。
それを見送って、レイ・カークランドはにこっと笑ってこちらを振り返った。
…相変わらず、嫌になるくらい見映えの良い笑顔。長く伸ばした金髪はくくっているだけ。白のスタンドシャツに黒のスラックスという単純な格好なのに、立ってるだけで絵になる美形。…よく女装してる変態野郎のくせに、それだけで全く女には見えない。
初等学校に通っている頃から大嫌いだった。あの頃から、そして今も、へらへら笑ってこちらを見下す嫌味な野郎は、首をすくめるように笑う。
「良い友人だね。うちの妹に会いに来るのに、付き合ってくれたの?」
「う…なんでお前知って…」
「秘密」
「なっ…!」
「まぁそれはともかく、まーた振られたの、テッド・ベアール君?君も懲りないね。初等学校の頃からうちの妹にかまっては振られ、寄って行っては振られ、暴言吐いては振られ…何かもう、どうしようもない感じになってない?」
「振られてねぇ!勝手なこと言うなっ、レイ・カークランド!」
「別にそれでもいいけどね。と言うか、初等学校卒業して会えなくなったからって、仕事のふりしてうちに来るのは、あんまり格好良くないよ?」
不意の言葉に体が強張る。用事もないのに他家を訪れることは出来なくて、親父の仕事関係のふりをしてここに来ていたのは本当だ。だけど、
「なんで知って!…あ…」
「やばい言っちまった。って顔してるけど、普通わかるよ。だって、俺は組合会で君に会ったこと一度もないもの。本当に仕事をしてるなら、そんな訳はないよね。…お父上の仕事、手伝ってあげてないんだよね?」
「うっ…うるせぇ!俺はっ…俺はあんなちみちみした仕事なんざやりたくねぇんだよ!」
「やめな」
びり、と、空気が震えた。手すりに半ば体を預けていたレイ・カークランドが、その声を合図としたように姿勢を整える。
「君の年齢なら、家の仕事を手伝っていないのはぎりぎり良しとしてもいい。けどね、君が身に着けているアクセサリーの一つ、服の一枚をとっても、お父上がその“ちみちみした仕事”をした財によって購われたものだ。…そして俺の知る限り、君のお父上は、この都で数少ない立派な商人で、立派な紳士だよ」
す、と眇められた紫色の目が、揺らぎもしないでこちらを映す。
「覚えておいたほうがいいよ、テッド君。自分自身の義務も果たさず、ただ権利ばかり求めて、他人を批判する人間は最低だ」
ついでに、女の子を“ブス”呼ばわりする人間もね。と、レイ・カークランドは冷たい揶揄を言い足した。
…ああ、この目だ、と思った。普段は物静かで、そして自分に向けては何の興味もなさそうな冷めた目しかしてこない少女が見せた、激情の色。血のつながりなど一滴もないくせに、この兄妹はどうしようもなく、似ているのだ。
先ほど自分に向けられた嫌悪と怒りの眼を思い出し、顔が下を向き、きつく唇を噛み締める。
いつだって、いつだって、スィリス・カークランドが駆け寄るのは目の前のこいつとクローディア・カークランドで、オレのことは睨みつけるだけだった。思わず言ってしまうスィリス・カークランド自身への悪口はあっさり流すくせに、こいつらに関わることとなると、きっと眉を逆立てて。それが悔しくて余計にこいつらの悪口を言えば、ますますあいつは怒った顔をして。
嫌いだ。こいつもスィリス・カークランドも、それに…オレも。
じゃあ俺は用事あるから入るよ。とっとと帰りなね、と、そのまま立ち去りかけたレイ・カークランドが、うつむいたオレの顔を一瞥して、…困ったように苦笑した。
「―――ちなみに今の君が出来る“最も格好いいこと”は、今すぐお父上のところに駆け戻って、みっともなく泣きながら、仕事を手伝わせて下さいって頼むことだよ」
仕事しにきているって言って、好きな女の子にまとわり付くんじゃなくてね。
相変わらず、珍しいほど辛辣な言葉を、けれどどこか穏やかな声で降らせて、そうして今度こそ、レイ・カークランドはオレに背中を向け、扉を開けてカークランドの館に入っていった。
(…っくしょう…)
年上ヅラしやがって、大人ぶりやがって、だからお前なんか嫌いなんだレイ・カークランド!
―――でも、本当は知っている。年齢のことを差し引いても、レイ・カークランドがオレよりずっと大人だってことを。先ほどの言葉に言い返せなかったのも、それが「大人の」言葉だったからだと言うことも。
カークランドを…スィリス・カークランドを支えられるのも笑わせられるのも、あいつに大事に思われて尊敬されてるのもオレじゃなくてレイ・カークランドで。それが今のオレにはどうしようもないから、気に入らないんだってことを。
「やってやる…!敵に塩送ったって、後で吼え面かくんじゃねぇぞ、レイ・カークランド!」
家の中の人間には多分聞こえない。でもオレは、力一杯叫んでから踵を返して駆け出した。
親父は口うるさくて腹が立つ。仕事なんかつまんねぇ。でも、オレはスィリス・カークランドが見惚れるような、そして、レイ・カークランドに認められるような男になる。
スィリス・カークランドに会うのも出かけようと誘うのも、…それから、謝るのも、全部、全部、それからだ。
はい、終了です。一応ベアール君救済のつもり、です。え、出来てませんか?出来てませんね、はい。すみません。
彼は基本的には良い子なのだと思います。おばかなだけで。そして兄様も決して彼を嫌ってはいないと思います。手の掛かる子ほど可愛い感じです。でも主人公のほうが百億倍可愛いと思ってますが。
次回、デート、ですかね…?多分、デートです!激しく甘酸っぱさが足りない予感がしますが!
読んでくださると嬉しいです…。