間章・とある王子様の出会い
はい、更新でございますよー。
某王子様登場です。そしてはじめて主人公の容姿表現が出てきます。よろしくお願いします。
正直に言えば、一瞬、見惚れた。こちらを見上げていっぱいに見開かれた、光を透かした若葉のような、印象的な瞳に。
物凄い偶然によって、植え込みに作らせた通り抜けようの隙間から倒れこんできたらしい少女は、上半身だけを地面から起こしたまま、まっすぐにこちらを見上げてきた。
そのいかにも「驚きました」な表情に、警戒を続ける馬鹿らしさを感じて、懐の護身銃を掴んでいた手を離す。まぁ、倒れこんできて「もう消えたい…っ」とか突っ伏していた時点で、疑う意思はほぼ消えていたのだけれど。
そして、はぁ、わざとらしくない程度にため息をついてみせた。
「で、冗談はともかく、さっきの“消えたい”が自殺希望じゃなきゃ、立ちなよ?」
「あ、す、すみませんっ」
敬語と社交辞令と手を差し伸べるお約束をを省いてしまったことに、少女の少し慌てた返事を聞いてから気が付いた。…が、一度出してしまった声は戻らないので割り切る。まぁ、今の自分は世評に流している「体が弱くて人前にはめったに出れないが、心優しく聡明で慈悲深い皇太子殿下」、ではないので構わないだろう。
一般的に、こうした態度は褒められたものではないのだけれど…少女はまるで気にしていないらしく、ふらつきながらも自分の力で立ち上がり、スカートについた芝をはたく。
そうして目の前に立った少女は、僕とほぼ同じような背丈だった。成長期中とはいえ、自分の身長があまり高くないことは自覚しているから、彼女の身長は女性の平均レベルといったところだろう。
明るい、銀に近い灰色の髪に、ライトグリーンの目。年齢は…16、7歳といったところだろうか、恐らく僕よりも一つ二つ年上。
飾り気の無い白のブラウスに、プリーツの入った茶色のスカートは、多少質素だが品が良く、中流階級――いわゆる商家――の普段着兼仕事着といった雰囲気だ。肩にかけた大きめの鞄も、見た目は地味だがしっかりしたつくりだ。
「ええと、ここは…」
「客間に併設された、小庭。入り口がわかりにくいのは、まぁ、遊び心と思ってくれたらいいかな」
正確には、客間の人間の会話を聞くためにつくられた盗み聞き庭、兼、僕のプライベートガーデンと言ったところだ。息抜きをかねてここに出ると、脳味噌腐敗貴族の王家への不満やスケールの小さい悪だくみが聞こえてきて大変愉しい。
「で、君はどうしてここに?――ああ、植え込みから倒れてきた説明はいいよ。すべって転んでつっぷしたのは良くわかるから」
「―――本当に、申し訳ありません。お庭の見事さに誘われたのですが、粗忽なところをお見せしてしまいました」
からかいを交えた言葉だったのだけど、少女は背筋を伸ばして瞳をふせ、両方の手の指先を重ねて謝罪を口にした。そして、言葉を口にし終えてから、内側からすくい上げるようにスカートの裾をあげて礼をする。
「こちらの隣室にて、隊長と呼ばれていらっしゃるかたへの取次ぎを、待たせていただいておりました」
一つの動作を同時に行わない。中流階級の人間が、高位のものに対してする正式な例。口調までもが、息を吐くような自然さで切り替わる。
(やっぱり中流階級…それも、作法を叩き込まれた上位の商家の出、だな。しかも、こちらの身分の高さを察して態度を改めた。それなりに頭が良い)
そんな目算をおくびにも出さず、人好きのする笑顔で何気なく返す。
「ああ、じゃあオーベールのお客って君のことか。…急ぎの用事?」
少女の服装は決して見苦しいものではないが、誰かを訪なう格好でもない。ブラウスにもスカートもほぼ飾りがないし、身に着けた装飾といえば、髪をうなじで束ねた、瞳と同色のリボンだけなのだ。
となれば、服装をつくろう暇もないほど火急の用事かと、そう思って聞いた質問に、しかし少女は軽く首をふって否定した。
「あ、いいえ。急ぎではあるのですが…、オーベール、様を訪ねてきたというのは、誤解なのです」
「誤解?」
「はい。兵士の方に取次ぎをお願いする際に、オーベール様のお名前をうっかりだしてしまいまして…。そうしたら、兵士の方が客間で待つように言ってくださって。…申し訳ありません」
―――丁寧、かつ相手を最大限に庇う言い方をしているが、要約すると取次ぎの兵士が早とちりをして、この少女の言い分も聞かずにここまで引っ張ってきた、というところだろう。馬鹿にも程がある某近衛隊のお調子者が浮かび、知らずにこめかみの辺りが引きつった。
脳内でオーベールの某部下(吹けば飛ぶ脳味噌の20歳)を穴掘って埋め、上から墓石を置きながら、穏やかな苦笑の表情を作る。ついでに、身元がただしそうなので、さり気なく口調も穏やかなものに変える。
「……その誤解をした人間が誰だかすぐわかるよ。彼は早とちりが多くてね。…むしろこちらがすまないね。―――良ければ聞かせて欲しいんだけど、急ぎの用って?」
「家の者が忘れ物をしましたので、届けに来たのです。図々しいお願いとは思いますが、もし宜しければ、お取り次ぎを願えませんでしょうか?」
家の者の忘れ物。そして、このタイミング。微妙に金と紫とショッキングピンクな影が頭をよぎった。消えろ気色悪い。
「家の…?―――君は、どこの、誰?」
「商家組合総会の一家。カークランド家の…」
言いさして、少女は少し迷ったように瞳をふせた。そして僕は、自分の(当たってもまるで嬉しくない)勘の的中に気づいて瞳を眇めた。
「……スィリス・カークランドと申します」
「……ふーん?スィリス・カークランド、ね」
口中で転がした名前に確信する。…そういえば、レイ・カークランドは城に来るたび耳が腐るほど妹の自慢を口にしていくけど、末妹の名前を口にしたことは無かった。スィリス・カークランド、か。
「もしかしなくても君、レイ・カークランドの妹だよね?」
「はいっ、そうです…っ。…兄をご存知なのですか?」
「ああ。それが本当なら、その荷物の受け取り人は僕になるだろうしね。彼に調べものを頼んだのは僕だから」
「……あなたが?」
すっと少女、スィリス・カークランドの瞳に警戒が宿った。偶然城の植え込みに倒れ、偶然そこにいた相手が届け物の相手と言われても、確かに信用できないだろう。むしろここでほいほい渡したらただの阿呆だ。
ということで身分証明だけれど、さて。
「そうだね…君の事はカークランドから聞いているよ」
「――――はい?」
「家でのあだ名は“灰かぶり”。…まぁ、僕からすればこのあだ名もどうかとは思うけどね。可愛く優しく穏やかで、料理上手で少し照れ屋だけれどそこも可愛い。服装はレースとかよりもシンプルなものが好みで年齢は確か…17歳だったかな?夜中レイ・カークランドにベッドにもぐりこまれて彼をを怒鳴りつけ…」
「いいですわかりましたもう結構です」
超速の返事と共に、鞄から取り出した書類がずいっとに突きつけられた。それを受けとって、そしらぬ顔で笑う。
「そう?まだまだネタはあるんだけど?」
「平気ですもう解りました不必要です」
早口の否定と共にふるふるふる、と首が横に振られる。あまり表情に変化はないのに、全力で焦っているのが丸わかりだ。…一見冷静そうだけど、意外と素直で面白い。
「…本当に申し訳ありません。失礼なことを致しました」
すっと、スィリス・カークランドの顔が曇った。不可抗力だと僕は思うけれど、疑うよな態度をとったことを恥じ、また言葉通り申し訳なく感じているらしい。
(このまともそうな娘と、あのレイ・カークランドが兄妹、ね)
さぞかし苦労が多いだろう。他人の不幸に無闇に同情する趣味はないし、そもそも他人事にさしたる興味は無いけれど…スィリス・カークランドには素直に同情する。
あんなものが四六時中、しかも同じ家の中にいるなど耐えられないし耐える気もない。僕なら間違いなく2日で毒殺する。
「いいよ。むしろ、証拠も無いのに他人の預かり物を差し出す馬鹿のほうが問題だ。軽々しいことをしないのは美徳だろうから。…流石は、レイ・カークランドの自慢の末妹だ」
本当に珍しくフォローをする気になった僕の言葉に、スィリス・カークランドはぱっと目を見開いた。そうして、そのライトグリーンの双眸が明るく染まる。
どうやらスィリス・カークランドにとって、レイ・カークランドの妹であるということは、嬉しいことらしい。
…とても真似できない感覚だな、と思っていた僕の前で、僅かにスィリス・カークランドの肩から力が抜けた。もしかしなくても、緊張をしていたのだろう。
「あなたが、“紅の人”だったんですね…」
「――――――どこでそれを?」
「え?いえ、あの、表紙に“紅の人から依頼された資料”、と、ありましたので」
「……ふーん」
表紙に、ね。
一瞬、不思議そうに目をまたたいたスィリス・カークランドは、それでも静かに姿勢を正した。
「本当に、ありがとうございました」
心からの感謝をこめて、深く頭を下げられる。先ほどの美しい、けれど儀礼的な礼とは少し違った声音。そして、一つに結わえたライトグレイの髪と一緒に、さらりとリボンが肩をすべる。それを見て、ほんの少し、気まぐれを覚えた。
「ところでね、最近疲れることが多いんだけど」
「へ?…はい…?…疲れ、ですか?」
我ながら唐突な話題転換に、スィリス・カークランドの眉根が寄る。
「そう。朝起きるときとか辛いかな。で、疲れてるときって、君は何がいいと思う?」
「…ええ、と。そう、ですね。お茶を飲むとか、深呼吸をするとか、…あ、あと」
何故突然その話題なのかというフォローは一切せずの、不親切極まる問いかけに、それでもスィリス・カークランドは真面目に考えはじめて視線をさまよわせ、そして、僕の胸もとに差し込まれた――正確にはオーベールが差し込んだ―――フリージアを見て、ふっ、と目を和ませた。
「あの、その花」
「これ?」
「はい。その花は、とてもいいと思います」
「何故?」
「フリージアは、朝の目覚めを良くしてくれるそうです。それに、気分を落ち着かせるのだと。だから、ぴったりだと思います」
とつとつと説明をして、そうして、ふわりとほころばせた唇から捧げられたのは、言祝ぐような願いの言葉。
「その花があなたに、安らぎと元気を与えられますように」
「――――そう。ありがとう」
その後、また丁寧に頭を下げ、ほんの一瞬の笑顔を残して、スィリス・カークランドは、植え込みの向こうに消えていった。
入室してきたレイ・カークランドに手に持った書類を振ってやると、うーわー、と明るく嘆いて見せた。ちなみに口調は男だが服装は先ほどのドレスのままだ。相乗効果で2倍気色悪い。
「やっだなー。中身見ちゃいました?」
「勿論。ロワル国執務官が、王都組合会幹部に送った裏切り勧誘書。興味深い内容だったよ?」
つまりは今回件での圧力をかけてきた相手が、南の島国ロワルであるという証拠、という訳だ。そして、先ほどの会話のときに、この書類をすでに手にしていながら、レイ・カークランドは一度もそれを口にしなかった。要するにこの男は、それを知りながら隠蔽しようとしていた訳だ。勿論、“忘れてきた”は大嘘である。
悪びれた様子もなく微笑んでいたレイ・カークランドは、僕の言葉に、少し困ったように首をかしげて見せた。
「別に、殿下や国を裏切ろうとした訳じゃないんですよ?」
「知ってる。残念ながら、こんなちっぽけなことで国を敵にするほど君は馬鹿じゃない」
「いやん信頼っ?」
「嘆息だ。それよりその口調止めないと首がなくなるよ?」
「えーやだー殿下こわーい。…嘘ですから微笑まないで下さいコワイですよ?…だって、あの国が来てるって知ったら、殿下間違いなく、そこに書いてある組合会幹部まとめてクビにするでしょう?」
「まぁね」
裏切り者を放置しておくほど僕は寛容じゃない。泳がせておくという手もあるけれど、最終的な結果は同じだ。
「同じ場所で育ったものとして、放っておけなくて」
「先日言ってたことと随分違うね?潰れろとか言ってなかった?」
一見すると誠実そうな、その実この上なくわざとらしく嘘くさい表情でレイ・カークランドは哀しげに首を振る。
「俺が潰したいのは組合であって人じゃありません。…そんな非情なまねとてもとても」
「へーえ?で、ついでに僕が気づいて幹部首にするために情報集めだす前に、取引に有利なロワルに関する情報収集しておこうと?」
だから、あらイヤダとかやるな。本能に任せて絞め殺したくなる。むしろ率先して消したい。
「あーあ、ばればれですか?殿下」
「当たり前だよ。と言うか、随分隠しかたがズサンなんだけど、本気で隠す気あったの?」
「ひっどいな殿下。俺だってドジ踏むことくらいありますよ。ほら、ユールスゲートにも駄作ありって言うでしょう?」
「ああ、サルも木から落ちるとも言うしね」
「あはは、その言い方だと俺がサルみたいに聞こえますよ?」
推測するに、半分ってところかな。
けらけら笑うレイ・カークランドを前に、大方の辺りをつける。
今回のことを隠したがっていたのは嘘じゃないだろう。完璧に押し隠すことは無理でも、自分に対して時間を稼ぎ、その間に、ロワルに対して情報を集め、ロワルだけでなくこちらに対しても、有利にことを進めたかった。それは、事実。
けれど、もっと何か…、レイ・カークランド自身の手でなしたい工作があったのだ。それも、恐らく僕が知れば、阻止しに動く類のことが。
勘に限りなく近い確信。けれど、これ以上踏み込めないのも事実だ。
なにせ証拠は何もない。仮に踏み込もうとしたところで、この陰険狡猾女装男が何かを吐くとは到底思えない。本当に腹が立つ。消えろ陰険狡猾変態女装男。
心を眼差しに直結させると、レイ・カークランドはあれー?とわざとらしく肩をすくめてみせる。
本当にわざとらしい。首をかっ飛ばしてやりたいなこのバカ。
「おっかしーなぁ、敵意を感じる」
「心が疚しいことだらけだと、有りもしないものまで痛いよね?」
「酷いな殿下。俺の心はダイヤモンドのように澄み切ってますよ?」
清々しいほど嘘臭いねそれは。鉄壁の硬度を持つところにだけは同意するけど。
「もー、まだ怒ってるんですか?」
「そうだね、曲がりなりにも雇い主に、未だ隠し事を続行しているからじゃないかな?」
「へーえ?」
探りとも言えない軽い揶揄に、語尾を上げた声が返る。
笑顔一つで煙に巻くことは、きっとこいつには簡単だっただろう。けれど、レイ・カークランドはそれを否定せず、愉しげに笑って聞いてきた。
「どうして解っちゃったんですか?」
決まっている。
「勘」
国際問題というただそれだけなら、君が僕に―――国の実質的政務責任者に―――「わざわざ」隠す必要はないからだよ。
カークランド商家次期当主、レイ・カークランドは、卓越した頭脳とずば抜けた情報操作能力。更には人を惹きつける話術を持ち、どれほど妨害されようと、他人を操り道を切り拓き、望みをとげることのたやすい人間だ。
そうした人間を人々はこう語る。すなわち、鬼才、と。
レイ・カークランドが出て行き、従者達も下がらせた室内に沈黙が落ちる。その沈黙の中に身を浸し、椅子に背を預けて、高く組まれた天井を見上げる。
レイ・カークランドは、僕が末妹と、…スィリス・カークランドと話したことを知りながら、一言もそれについては言及しなかった。そして自分も、彼女のことは口には出さないまま。
その少女が持ってきた書類に書き込まれているであろう文章を呟いて、小さく笑う。
「Le document qui a été demandé la personne du rouge. 紅き人に依頼された資料…ね」
レイ・カークランドの義理の、そして大切な末妹、スィリス・カークランド。ライトグレイの髪に透きとおるようなライトグリーンの目をした、ほっそりとした立ち姿の美しい少女。大人しやかで聡明で、騙されやすいほど、真摯な少女。自分でそれと自覚していないのに、非凡な才を持ち合わせている少女。間違いなく、魅力的な少女だと思った。
間違えようがない程魅力的な―――――“利用する対象”だと。
思考の端で、ふっと、胸もとにつけたフリージアが香る。ついで無意識に揺らした視線の先には、印象的な若葉のようなライトグリーン…スィリス・カークランドの瞳と同じ色をしたリボンを添えたまま、目立たない室の脇に生けられた花束が在る。
『フリージアは、朝の目覚めを良くしてくれるそうです。それに、気分を落ち着かせるのだと。だから、ぴったりです』
ぎこちなく顔をほころばせて、控え目に、けれど確かに微笑ってそう言われた時、ばかだな、と思った。赤の他人が疲れているだけのことに、気なんて使うなんて余程暇なのか、と。けれど、
「君が…。…君を、つかうことがなければいい」
(彼女を利用することが有効な場面に出くわしたら、僕はきっと一瞬の躊躇なく、彼女を“つかう”だろう。…でももし、)
「君を利用しないで済むとするのなら、それも…」
(それも、悪くない)
何の打算もなくこの身を案じた少女を利用せずに済むのならそのほうがいいと、ほんの僅かにでも感じた理由は。
『その花があなたに、安らぎと元気を与えられますように』
「まぁ、どちらでもいいことか」
無意味な思考を断ち切り、執務机上の書類の山に目線を戻す。脳内花畑な父王のおかげで、やるべき仕事は常に溢れているのだから。
「レスト様。新しい案件をお持ちしたのですが…」
「ああ、構わない。入室してくれ」
利用するための布石が9割5分。けれど、ほんの少しの純粋な楽しさと共に会話した少女を頭から追いやり、皇太子の顔を作って、僕は扉へと顔を戻した。
はい、王子様終了です。…黒い、ですね。兄様もですが王子も。
いえ、違うんですよっ?最初は純粋に、王子が主人公のことを「可愛いな」とか思うハートフルな感じのお話にしようと思ったのですよ!?なのに何故か王子が純黒に染まりました。あれー?
言うこと聞かないです男性陣。っていうか王子にしろ兄にしろ、どっちにしても嫌ですよねこんなヒーロー。ちなみに作者は嫌です。
次回はまた主人公目線に戻ります。でもなんか横道にそれそうな予感がしますが。…よろしくお願いします!