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第二十六章 灰かぶり姫・反撃

『黒牡丹の輸入関税全てを、ロワナが決めることはない。これは、宜しいですね?』

 その言葉を聞き取った瞬間、私は被ったベールの下で、大きく目を見開き、そして、頭の中によみがえったのは、アナマリア様の救出のため、早朝に出発した兄様とのやり取りだった。




「兄様、キーツ様、行ってらっしゃいませ。アナマリア様を、よろしくお願い致します」

「うん、いってくるね」

「大丈夫ですよ。こういうことは、意外に何とかなるものですからね!」

「はい。お気をつけて」

 いつも通り、明るく笑う兄様と、こちらを気遣ってくださる近衛隊長である方……キーツ、さんに、私はにこりと笑い返した。私に今出来る、精一杯で。

 もし、兄様と近衛の方がアナマリア様を助けられていなかったら。そんな考えが、頭の中をよぎる。兄様も、キーツさんも優秀な方々だ。けれど、オーベールさんは当代一・二を争う剣の使い手だという。もしアナマリア様が盾とされてしまったら。そうして、その報せを受けたこの王子が、アナマリア様に危害を加えようとしたなのら。そして万一、兄様が怪我を負ってしまったら?命を…。

 そうした不安が、ないわけじゃない。けれど、それを見せてしまったら、兄様も、キーツさんも困らせてしまう。それより何より、今ごろたった一人で囚われていて、それでも一生懸命考えて、レスト様に居場所を伝えようとしてくださったアナマリア様のほうが、ずっとずっと不安なはずなんだから。

 私は、兄様を、レスト様を、そしてアナマリア様を信じている。だから絶対、大丈夫。

 浮かべた笑顔に、キーツさんはほっとしたように笑ってくださったけれど、兄様は逆に、小さく眉をひそめた。そうして伸びた両手がぎゅっと私の頬をはさんで、間近から顔を覗きこまれて思わず固まる。

「兄様……?」

「なんて顔してるの」

「……いつもこの顔ですが」

「顔色悪すぎるよ。眠ってっていったのに、寝ないで頭に知識叩き込んだでしょう。あと、さっきから微妙に眉間に皺よってて表情も硬い。……肩の傷、全治いくらなの?」

「……い、一週間…、とか…」

「殿下ー、この子怪我がものすごく痛むらしいので強制療養…」

「嘘です絶対安静でベッドから起き上がるなって言われました嘘つきましたごめんなさい!」

(ばれた……っ)

 確かに肩は痛み止めをしてもずきずきと鈍痛を絶え間なく送ってくるし、寝不足も相成って視界がぐらぐらする。それでも死ぬほど痛いわけではないので、誤魔化せると思ったのだけれど、甘かったらしい。

 兄様の目が呆れたように細められ、思わず顔を逸らしたくなる。けれど、実質両頬をホールドされていて無理なので、目だけを思いっきり横に逸らした。

 だってほんとのこと言ったら絶対出させてくれないと…っ!

 けれど、兄様は小さく溜息をついた後、

「しょーがないね、きみは」

「え……」

「なるべく早く、終わらせて帰ってくるよ」

 全部終わったら絶対安静ね、と言って、それから兄様は、笑った。

「きみがそこで俺の背中を守ってくれるというのなら、俺もきみの背中を守るよ。――――任せて。それで笑って?」

「…はいっ」

あなたが私を信じてくれているということが、弱くてちっぽけな私を支える、何より気高い力になる。



 

『黒牡丹の輸入関税全てを、ロワナが決めることはない、これは、宜しいですね?』

 当たり前の言葉。当然の言葉。けれどそこには、嘘があった。今のこの国では……教授家を実質的に持たないソルフィアでは、知りえるはずのない嘘が。だけど、私にはそれがわかった。……否、むしろ、わからなければならなかった。このことを予測したからこそ、レスト様は私をここに置いてくださったのだから。

 すっと息を吸い、言葉を紡ごうとして、一瞬、ためらった。

 一国を担う人間の矜持を、私はこれから潰す。もし、一歩でもタイミングを誤れば…この場で、私がアナマリア様ではないと、相手に告発する隙を与えてしまったら、それが招く災いは私だけのものではない。アナマリア様の奪還に支障をきたし、兄様たちの身を危険にさらす。それどころか、レスト様……ひいてはこの国そのものの権威と名誉を危うくすることにもなりかえねない。けれど。

『いかがなさいましたか、ソルフィアが教授の御方。この条文に間違いがなきこと、そして同意を、宜しいですか?』

 たたみ掛けるように、ロワナの教授家の方が答えを促すのに、けれど目を向けずに、私は幾枚もの生地に閉ざされた視界の向こう。褐色の肌を持つロワナの王子を、きつく睨み据えた。

(あなたなんかに、私は……私の大切な人たちは負けない)

 アナマリア様、レスト様、キーツさんの助けになるために、そして、私を信じて、背中を任せてくれた兄様の期待に応えるために。

自然と、口の端がゆるく持ち上がる。そうして私の口から、私のものではないような、屹然とした声が零れた。

『いいえ。そのお言葉には、同意いたしかねます』










 凛然と響いた流暢なツェトラウス古語に、びくりと自分の眉が引き攣ったのがわかった。

『今、なんと……?』

『黒牡丹の輸入値を、ロワナ側が全て決めるという決定には同意いたしかねます、と申し上げました』

『……っ』

 思わず、声を失った。それは、目の前の娘が、話せるはずのないツェトラウス古語を流暢に話したことと、そして、「理解できるはずのない」言葉を、正確に理解して言葉を話したことからのものだった。

 動揺を漏らした彼を前に、それまで『はい』以外の言葉を一言も発しなかったソルフィアの教授家の……否、教授家の身代わりに過ぎないはずの娘はゆるやかに、唯一つ露わにされた紅唇を吊り上げた。ゆるやかで、たおやかな、それは微笑。だが、彼の背を、その瞬間、ぞっと悪寒に似たものが走った。けれどそれを押し殺し、平静な声音を反射的につくる。

『な……何を、言っておられるのかわかりませんね。私が申し上げたのは、今仰られたことの反対で……』

『まぁ、では、どうしても引いてはいただけませんの?』

『引くも何も、私は……』

『それでは一つ、わたくしから質問をさせてくださいませ。ツェトラウス古語のロワナ訛り……というと、失礼でしょうか?元々の形に極めて近いツェトラウス古語を、何故あなたはいきなり話されたのでしょうね?わたくし達には……ツェトラウス古語があまり堪能ではないものには、理解できないとお思いになりまして?そうですね、知っているとはお思いになりませんよね?公式ツェトラウス古語においては、音を伸ばすか縮めるかによって、否定形・肯定形が変化するだなんて、ソルフィアの教授家が?』

『……あっ……』

 声を、なくす。

 何故。気付けるのだ。何故、知っている。それ以前に、何故それほど堪能に、ツェトラウス古語を操れるのだ。ソルフィアには、ほとんどツェトラウス古語を操れるものはいなく、教授家の当主であるアナマリア姫ですら、自分達の手の内にあるのに。昨日……いや、つい先ほどまで、「はい」以外の言葉を発さなかった娘が。

 ソルフィアの皇太子殿下も、唐突に流れるように話し出した娘に小さく目を見張る。ふっと眉をひそめたあと、口を開こうとしたマルス殿下を、しかし、娘の声が穏やかに遮った。

『あら?そんなに怖そうになさらないでくださりませ?わたくしはただ、事実の確認と……そう、そしてほんの少しの世間話をしたいだけですのよ。そうですね……、例えば、3ヶ月前に欧海で起きた、海賊が我が国の領海内に侵入していた件について?幸い巡回中の我が国の軍船が見つけて、事なきをえたのですけれど、海賊を捕らえるには至らず、見失ってしまった。ええ、本当に残念なことに』

『……あ、それ、は、確かに、残念です、ね……。いいえ、お気の毒に…』

 不意の話題の転換に、頭がついていかない。それでも、とりあえず話をあわせようと打った相槌に、娘が我が意を得た、とばかりに頷いた。

『ねぇ?本当に困ってしまいましたのよ。でも、ね?ご安心くださいませね。我が国の近衛は、本当に優秀なのです。本当は、見失ってなどいなかった、と申し上げましたら、いかがお思いになります?』

「……は?」

『そしてそのまま、見失ったふりをして後をつけ、彼らがどこに戻るのか、後をつけたと申し上げましたら?』

「……っ!」

『ねぇ、人は様々なものを隠しておりますもの。暴いてはいけないものというものも、ございますわよね?1852、1860、1868、1872、1185、1186、1189、1190、1194とか。……ああ、それぞれ1、12、4、2、2、5、12、12、11ですね』

 詩を吟ずるように、流れるように紡がれる数字に一瞬戸惑い、今度こそ彼の顔から、血の気が音もなく引いていく。隣で、マルス殿下が声も無く息を呑み、正面に座すソルフィアの皇太子殿下が、強ばった場の空気に、不思議そうに小さく首をかしげた。

 それは、ロワナの闇の歴史の年表、ロワナの違法行為の年代を示す数字だった。

 1852年アルカタ海戦、1860年1月、当時のロワナ国主により奉ぜられた間諜の入国、1868年12月、海賊に模したロワナ軍により、西の大国ベルザの商船襲撃……。それは、ロワナが今までに起こし、そして葬り去ってきたはずのロワナという「国」による犯罪の年表。ロワナの闇の歴史の年表に、娘は滑らかに紡ぎ出す。

(脅迫……っ)

 ロワナが3月前に行った違法行為と共に指摘されたそれは、紛れもなく脅迫だった。

ロワナがこれ以上偽りをつき通そうとすれば。捕らえたアナマリア姫に危害を及ぼそうとすれば。……あるいは、目の前の「娘」が偽者であることを指摘しようとすれば、ソルフィアにはこちらの闇を暴く準備は既に出来ていると。ここでわざわざ年号と月までもを指摘してきたことから察するに、恐らくソルフィアはロワナの犯した事全ての証拠すらもそろえている。それを他国全てにばらまくことすら辞さないのだと。

(こちらの罪の証拠を握りながらも見逃し、交渉に対しての切り札とするとは……っ!)

 恐ろしかった。心の底から、彼には目の前の年若い娘が恐ろしかった。

 無論、マルス殿下も自分も、このまま「ロワナの黒牡丹の輸入値を全て決める」ことが出来るとは思っていなかった。こんな詐欺同然の行いを押し通せば、ロワナこそが、国家間での他国からの信頼を失う。重要なのは、こちら側が提示した間違いを、ソルフィア側が指摘できなかったという事実をつくることだった。

 そうして改めて、ソルフィアが公式ツェトラウス古語を理解できなかった事実を、ロワナ側から指摘する。それはそのまま、ソルフィアの教授家の力の脆弱さを……国力自体の低さを示すものとなる。その弱みを握りさえすれば、こんな小細工をせずとも、ロワナは合法的にソルフィアの優位に立てる、――はずだった。

 けれど、

『あら?いかがなさいました?』

 目の前の年若い娘が、それを許さない。

 この娘は何者なのだ。教授家のいないソルフィアにおいて、自分と比べても何の遜色の無いツェトラウス古語を駆使し、鮮やかな弁舌でこちらを追い詰める娘。戸惑ったように瞳を揺らせるソルフィアの皇太子殿下を見るに、この論の全ては、この娘が独自に行っているものに違いない。その胆力、知識、全てにおいて、ここに居るはずのない娘が。

 真横で、マルス殿下からすさまじいまでの怒気が発せられた。過ぎるほどに明晰な頭脳を持つ彼の策が、こうも簡単に凌駕されるのは、マルス殿下にとってはじめての屈辱だろう。けれど、それを受けても娘の笑みは、何一つ揺らがない。ただ、鮮やかな紅唇が、愉しげにつり上がるだけ。

『……あの、どうかなさいましたか?何か、我が国の教授家のものが失礼を……?』

『――――いいえ。我がロワナの者の言葉に、少々曖昧な点があったようだ。お詫び申し上げる。改めて、会談を再開させていただこう』

 戸惑ったようにソルフィアの皇太子殿下がかけたぎこちないツェトラウス古語に、マルス殿下が返した会談の再開の言葉。押し殺したような怒りと恥辱の滲む声で告げられたそれは、自分たちの企みが阻まれ、一国の王子殿下が、どこのものとも知れない小娘に、事実上敗北した証だった。

 そして、会談が終了し、憤怒に身を震わせたマルス殿下のもとに、アナマリア姫が奪還されたとの報せが入ってくることとなる。





 会談が終了し、皇太子の後に続いて控えの間へと下がった灰色の簡素なドレス姿の娘は、力が抜けたように壁によりかかった。

「よくやってくれたね」

 穏やかな皇太子の声に、小さく首が左右に振られる。そして、頭をすっぽりと包むベールを取り払い、娘はほっとしたように微笑み、声を返そうとした。けれど、

「……お兄様。……スィリス……っ」

 泣きそうな色を含んだ、高く響く少女の声に、ぱっと娘は振り返る。そして、自身が寄りかかる扉とは反対側のドアの前に立つ、鮮やかな金茶色の髪を2つに結い、焦げ茶の瞳を泣きそうにゆがませた少女の姿を目にして、声もなく駆け寄り、少女の手を握り締めた。

 少女の目がぱっと見開かれ、そうして、その瞳から、こらえきれない大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。

「……っわ、わたくしのせいで、ケガ、させてごめんなさいっ。今も、ほんとはわたくしがしなくちゃいけないこと、させちゃってごめんなさい……っ」

「――――そんなこと、なんでもないんです。……ご無事でよかった、アナマリア様」

穏やかに微笑んで告げられた言葉に、少女は大きな泣き声をあげて、灰色の髪の娘に抱きついた。優しく、優しく、その背を撫でて、そうして娘は、扉から入ってきたもう一人の青年に目を向ける。

「……お帰りなさい、兄様。約束を守ってくれて、ありがとうございます」

「ただいま。信じていてくれてありがとう」

 鮮やかな菫色の目をした青年に言葉に、娘は淡緑色の目をほころばせ、泣き出しそうな顔で、笑った。







 真紅の絨毯が敷き詰められ、四方の壁を硝子囲った謁見の間の最奥、天鵞絨張りの椅子に座る赤銅色の髪の少年は、ふ、と小さく顔を上げた。

「失礼致します、レスト様。罪人を捕らえて参りました」

「入室を許可する」

 屹然と響いた声に声に応えて扉が開き、両腕を縛され、二人の近衛騎士に両脇を固められて入室してきた大柄な男に、少年は紅茶色の瞳を細め、穏やかに声をかけた。

「やあ、……久しぶりだね、オーベール」






 ………………はい、お久しぶりすぎてもはや「アンタ誰?」の世界の支倉です!ほんとに、もうっ……阿呆すぎて眩暈がします。申し訳なさすぎて埋まり果てそうです。謝罪すらも申し訳なくてできないこの体たらく。でも一言だけ。


 すッみませんでしたぁああああああああああああああ!!!!すみません資格の勉強とかも色々あったのですがそれよりもほとんど8割単なるスランプです書けなかっただけです申し訳ありませんでしたぁぁあああああああ!!!埋まりたいバンジーしたい穴がなければ掘ってでもぉおおおおおおお!!!(ちっとも一言じゃない)


 正直、お気に入りユーザーが0人になっていてもしかたのないレベルなのに、登録し続けてくださった天使で女神で神な皆様にはお礼のしようもございません!!見捨てないで下さってありがとうございました!!コメントくださった方、更新してないためチキンで身に来ることもできず、返信もできずに申し訳ありません!これよりいたしますのでよろしければ、もしよろしければ覗いてやってくださいませ!


 内容ですが……反☆撃、です。性格の悪い人の恨みを買ったらいけませんの典型例です。しかもまだまだ追い討ちかける気満々です性格悪いです。他……他は、……あ、アナマリア帰還!です。何故かヒーローとヒロインではなく、女の子同士で感動の再会をしております。……なぜだ。


 次回はオーベールの処遇というか処罰と言うかの話です。王子の決断の話だったりもします。もしものすごくお暇なときなどありましたら、読んでくださると幸いです!


 鈍足の作者につきあってくださった皆様のおかげで、何とか戻ってくることが出来ました。よろしければ、もう少しの間だけ、お付き合いくださいませ!


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