第二十四章 灰かぶり姫・取引
「それでは、会談に際し、両国の教授家の入室を認める」
響いたのは、初老を半ば過ぎたセリフィアの宰相の声。それに応え、真横に、ロワナ付きの教授家が控え、そして、一拍置いて、レスト王子の横にも、ほっそりした立ち姿が静かに並んだ。
頭から鼻筋までを覆う、厚めの灰色の生地のベールをすっぽりとかぶり、同じ生地の、レースもリボンも一切つけず、ふくらみも作らない簡素極まるドレスには、ただ、袖口に、ソルフィア王国の国花である、オールドローズが刺繍してある。
それは、教授家の正式な装束。身長もアナマリア姫と大きな違いは感じられず、髪もきっちりと結い上げているのか、一房も垣間見えないその姿からは、彼女がアナマリア姫とは別人であるとは見分けられない。だが、それでいい。こちらに都合の良い駒となりうるのなら、一見して別人と判じることが可能では困るのだから。
静かに頭を垂れて礼をする娘の姿に、私は心からの満足で小さく笑った。
「では、午前の会談を終了する」
冷静で淀みない声と共に、張り詰めていた室の空気がふっと緩む。ロワナの教授家の方が、無言で礼をして、その姿勢のまま、すべるように部屋を出て行くのにあわせて、私もなるべく静かな動作を心がけて、部屋を退室する。
控えの間に入った途端、情けないことに気が抜けて、大きく息を吐きだす。同時に、背に鋭い痛みが走った。
「っつぅ……っ!」
半ば声にならないうめきを漏らしてよろめきかけ、真横にあったチェストにすがり、痛みをごまかすために、ぎり、と強く爪を立てる。
(け、けっこう、本気でいたい…)
肩から背中にかけてが、心臓の鼓動にあわせてずくん、ずくん、と抉るように痛む。痛み止めが切れたのだ。本来4時間に一度うたなければならないという痛み止めは、けれど、午前中休みなく続く会談の中では、そんなものをうちに出られるわけもなく、自然と省くことになってしまった。 特に痛みを感じていなかったので油断していたのだけれど、どうやら緊張しすぎて、痛覚が麻痺していただけらしい。
とはいえ、いつまでもカタツムリよろしくずるずるしている訳にもいかないので、もう一度息を吐いて、体勢を立て直した途端に涼やかな声が響いた。
「大丈夫な訳かな?それは?」
「……ええと、……右耳叩かれたら、左耳から詰め込んだ知識が出そうです」
「へえ?興味深いね。でも今僕が聞いたのは記憶じゃなくて体調についてな訳だけど?解ってい誤魔化しているよね君?」
……わぁ、怖い。
煌煌しい笑顔で言われた言葉に、思い切り顔を引きつらせて目線を逸らす。質問している形でも実質断言だ。問答無用でごめんなさいと謝りたくなる。
「まったく、だから途中で抜けても構わないと言ったんだ」
「…でも、原則会談中は出入り禁止ですし、下手な動きをしては…」
「向こうも君が偽者だってことは知っている。多少の変わった行動なら受け入れるさ」
「ですが…」
「ああもういい。解ったからいい加減に座りなよ。ちなみに、僕の前では座れない、とか言うと…解っているよね?」
「…………はい……」
にっこりと、整った顔立ちが甘やかな笑みを結ぶ。反論を一から百まで漏れなく弾き飛ばすそれに、私はこくこくと頷いて、控えの間に置かれたソファに腰を下ろした。……ああああ、目上の方の前で自分だけ座るなんて心臓に悪い…と言うより単純に申し訳ない。
「いきなり医師呼び寄せると流石に不審だから少ししたら呼ぶけれど、大丈夫かな?」
「あ、はい。座っていれば何ともありません。……会談についてですが、特に不正、あるいは不審とされるような言動はしておられませんでした。今日決定したことについては、問題はないと思います。一応後で文章におこしますから、確認していただけると助かります」
「了解したよ。まぁ、奴らが不正をしたいのは最も大きな案件だ。最終日前日に持ち込んできて、最終日に調印させるのが目的だろうから、明後日の午前までは気を抜いていても構わないよ。どうせ君は口を開く必要はまだないのだし」
確かに、未だツェトラウス古語を学びはじめたばかりのアナマリア様は、今回の会談で、ほとんど全くというほど発言をしていなかった。相手がアナマリア様を知っている以上、偽者である私が、ぺらぺらと喋るわけにはいかないので、会談では無言を通すようにと教えられていた。けれど。
「そういうわけにはいきません。お引き受けしたのですから、精一杯努力をしなくては…」
「―――」
「……あ、あの…?」
「全く、君のそれは天性な訳だよね?よくもまぁ、あのレイ・カークランドと住んでいて思考を侵食されなかったものだ」
侵食って…兄様何かの病原菌のようなのですが…。まあ、そういいながらも、レスト様も兄様のことは認めてくださっているのだと思うけれど。
「何か今嫌なことを考えなかったかな?」
―――何故わかったのだろうか…?って、違う。
「別に嫌なことは考えていません」
「そうかな?“そうは言っても兄様のことは認めてくれてる”とか思っていなかった?」
「…………」
思っていました。と言うか、嫌なことなんですかそれは…。
「嫌なことだよ?僕にとっての彼は、鬱陶しいこと山の如しだから。―――そんなどうでもいいことはともかく。そう言えば、髪を結い上げているのをはじめてみたよ」
ふと思い出したとでも言うように、レスト様がこちらを見るのにあわせて、無意識に頭に手をやる。うっかりほつれて、髪の色で違いを識別されては意味がないので、編みこんで一つに結い上げた髪型。どうも慣れないのだけれど…変だったのだろうか。
「あ…はい。髪がうっかり見えてしまうと、アナマリア様ではないのが一目でわかってしまうので。…どこか、おかしなところがありましたか?」
不安に負けて聞いた言葉に、当然と言うように、何気なく返された言葉にぽかんと口を開く。
「いや?似合っているよ。ベールで隠しているのが勿体ないくらいには美しい。……何を動揺している訳?」
「い、言っていただいたことのない言葉なので、動揺します」
「…レイ・カークランドは?」
「兄様ですか?言いませんよ、美しいなんて」
「へぇ?」
まじまじとこちらを見た後の、嬉しそうな笑顔。何となく気恥ずかしくて、つられるように笑う。
「本当は、ただひっつめようかとも思ったのですけど、お母様が…」
「母親…?話せたの?」
「はい。事情は、話すわけにはいきませんでしたけど」
朝から扉を叩いた私を、お母様は寝起きで爆発した頭のまま、それでも話を聞いてくれたのだった。
『お母様、お話しを、よろしいですか?』
『あー?………何よ?』
『あの、私、その…お、お母様に、ご相談したいことがあって…』
『何ですってっ!?』
『え…っ、あ、あのごめんなさい。お忙しいなら無理には…』
『お待ちなさいバカ娘!このあたくしに相談する以上に、最高の解決法があって!?いえ、ないわっ!』
『は…はい。あの…私が、これからやろうと思っていることなのですが。…………もしかしたら、この家に迷惑がかかってしまうかもしれないことで…』
『迷惑?』
『は、はい…』
『お前、あたくしをバカにしているのっ?』
『は…?』
『この、あたくしが、お前の多少のずっこけで、どーにかこーにかなるとおもっているのかしらっ!?美しさは力!あたくしはキレイ!娘が多少ぽかをしたくらいで、どうにかこうにかなるあたくしではなくってよっ!大体ねぇ、レイはあたくしと違って頭がいいけれど、何と言っても今現在当主はアベルなのよっ?あのうすらぼんやり男が当主では、この商会もいつつぶれてもおかしくないではないのっ!』
『は…はぁ…』
『この家を守ることくらい、常に考えているに決まっているでしょうっ!あたくしは知り合いだって沢山いるわ。夜会で会った人が全員いい人間だとは言わないし、あたくしの味方だとも言わないけれど、少なくとも、この家を守れるぐらいの付き合いはしてきているつもりよっ!』
『あ…』
『お前はこのあたくしの娘なのよっ?このあたくしの娘である以上、前にあるのは常に“美”と“勝利”の道でしかないわっ!だから、その気があるのなら、力いっぱい走っていらっしゃいっ!女は度胸!立ち止まらず走り続ける姿こそ、女の美しさの源なのよぉおおおおお!!』
『は、はいっ』
『そうっ、だからこそあたくしも、こんなところで立ち止まっているワケにはいかなくってよっ!早速皇太子殿下との新たな恋に一歩を踏み出すときが来たようだわっ!』
『はい!……はい?』
『おーっほっほっほっほっほっほ!美しさは力!あたくしはキレイ!つまるところこのあたくしの道を遮るものなど、ソリ1つたりとてなくってよぉおおおおお!!』
『塵ですお母様』
『ウルサイわね大体女が戦いに打って出ようというのにその地味な格好はなにっ!?せめて髪ぐらい結い上げなさいこのバカ娘!』
『……はい。ありがとうございます、お母様』
「と、言うわけで…」
「……ちょっと待ちなよ、今聞き捨てならない言葉が聞こえた訳なんだけど?」
「え?」
ききずてならないことば、と繰り返して、思い当たる。「皇太子殿下との新たな恋」のことだ。
「……ああー、大丈夫、だと思います。お母様、多分、父様がお好きなので」
「それは何よりだけど、それならまず、恐ろしいこと言い出さないで欲しいな……ああ、入室を許可するよ」
雑談めいた会話が途切れて、叩かれた扉にレスト様が答える。医師の方が入ってきて、痛み止めを打つと言ってくださったので、襟元に手をかけて、肩を肌蹴る。すい、とレスト様が、何気ない仕草で目線をそらしてくれた。小さな鋭い痛み。肌に異質なものが入り込む異物感。そして、それが押し込まれる鈍痛が1度、2度、3度。穏やかな顔で笑ってくださった先生に小さく会釈をして、襟元を正す。もう休憩時間も終わりのはずだ。急がなければ。
この部屋を出れば、またあのロワナの王子殿下が待っている。急いで衣服を整えて、厚手のベールの位置を直す。
…………今はとりあえず、口を聞く必要はないけれど、国の大事を思えば、ベールに添えた手が震えた。ぐっと握り締めて震えを止めようとして、その手がすくい上げられる。
「え……?」
見上げた先では、レスト様が仰々しく、まるで貴婦人にするように私の手を持っていて、息を呑む。軽く手を引かれ、促されるままに立ち上がった私の目の前で、レスト様がすっと私の手に口付けた。手袋越しに感じる、熱。照れるよりも慌てるよりも、呆然とする。
「レストさま…?」
「レディ、あなたの御手を引く許可を、私にお与えくださいますか?」
「え…?」
馬鹿みたいに口を開いたままの私に、レスト様は馬鹿馬鹿しいだろう、と目を眇めた。
「冗談を口にされたのなら、面白くなくても笑うのが礼儀だろう?」
言葉に、はっとする。
「笑いなよ。この僕の隣に在れる人間は多くない。情けない顔をするものじゃない」
「……はい!」
そして見返した先のレスト様は、立ち上がっても少しだけ、目線が高いところにある。その瞳に向けて、私も笑って返事をした。
「おとーさま、ご機嫌いかがですかっと」
軽やかな声と共に、座っていた椅子がいきなり勢い良くすっぱ抜けた。……と言うより、蹴り飛ばされた。
「うわぁお!?レイ君っ?レイくぅううんっ!?おとーさんは、おとーさんは今床にスライディングをしかけたよ!?床とものすごい勢いで親交を深めるところだったよっ!?」
「あれ?そーゆー趣味でしたか。すみません、用事がすんだら思いっきり床といちゃついてください」
「違うよ!?おとーさんにはそんなアブノーマルな趣味はないよ!?」
「まぁそれはともかく。―――あなたが立ち止まっている理由は、シャルロッテ・カークランド夫人ですね?」
「―――ああ、ヴェンス会長と話をしてきたんだね。…なら、聞いたんだね」
「はい。あなたの元の奥方であるシャルロッテ・カークランドが、何故亡くなったか、そして何故、あなたが彼女を撃ち殺さなければならなかったのかについては」
「そうか。……そうかぁ…」
レイ君が、そんなことを知りたくて来たのではないと流石にわかるし、このことを知ったところで、特に何も思わないのは知っている。けれど、出来ればしられたくなかったなぁ、と、すっぱ抜かれた椅子を持ってきて座りなおし、机にぐにゃりと突っ伏した。
うーあーうー、知られたくなかったなぁ。おとーさんが人を殺してたなんて。
「仕事でしょ。何いつまでもうじうじしてんですか。と言うか、俺も色々やってんのしってますよねあなた」
「いやでもそれとこれとは別…ってレイ君!?僕今口に出してなかったよねなんでわかったのっ!?」
「そんなことはともかく」
…流された…。けれど、またずん、と落ち込む僕に、レイ君は小さく肩をすくめて、机に寄りかかったまま口を開いた。
「……一体どんな方だったんですか?」
しょうがないから、と言う態度に、思わず苦笑が漏れる。本当に、僕は娘にも息子にも恵まれている。
「……そうだなぁ、顔立ちを言うなら、あの子にそっくりだったよ。まるで生き写しだ」
「目の色はあなたにそっくりですけどね。髪の色は奥方の?」
「いや。…僕の母は灰色の髪をしていたから、僕の血だね」
答えて、グレイがかった茶色の自分の髪をかきあげる。平凡な色。平凡な、地味な僕とは違い、彼女は華やかな人だった。
「そうだね、彼女は…華やかで鮮やかな夏の蝶々みたいな人だったよ」
裕福な商人の、末っ子として生まれた人だった。3人いた兄弟たちのなかで、たった一人の女の子として、甘やかされ、溢れんばかりの愛情をそそがれた人だった。
そうして時が流れて、天使のように可愛らしい少女は、輝く金の髪と、エメラルド色に煌めく目を持つ、美しい娘になった。
「そうして彼女は、幼い頃からの知り合いで、当時若手では有能とされていた、ある商人と結婚した。…それが、僕だった」
「わがままでいやーな娘でしたか?」
「そうだね…少し、身勝手な部分もあったけれど…、でも、僕は彼女が好きだったよ」
我が儘で奔放で、けれどいつも生き生きとした目をしていた。華やかに着飾ることが大好きで、お洒落なパーティーを、蝶のように跳ね回る姿が好きだった。
親戚の人々は、家事もまともに出来ないと彼女を非難しても、全く気にならない程度には。けれど、
「あのねぇ、レイ君。僕は本当はね、彼女が男の人と逃げたとき、ああそうか、としか思わなかったんだよ」
家同士の都合で結婚し、互いにけして嫌いあってはいなかったが、ことに自分にとって、シャルロッテはお転婆で我がままで可愛らしい、妹のような子でしかなかった。
そもそも当時の自分は、恋愛感情と言うものを抱いたことがなく、家族に向けるような親愛の情が、愛情の全てだったから。
だからこそ、スィリスが生まれても彼女が夜遊びを止めないことも「しょうがない子だ」としか思わなかったし、スィリスのことは不思議なほど自然に「愛娘」として愛せても、シャルロッテのことは「従妹」とは思えても、「妻」としては思えなかった。だから、書置き1つ置いてシャルロッテが消えたときもそれほど思う相手が出来たのならばそれでいい、と、ただ、そう思っただけだった。
王命により、彼女を「処分」するために駆けつけた自分を見て、ぱっと顔を輝かせた顔。そして胸を撃ちぬいたときの、自身の身に何が起こったのかわかっていない、不思議そうな顔。その表情が、頭の中から消えなくて。
シャルロッテが求めた愛情を、欠片も渡してやれなかった自分が悪かったのではないか。もしも自分がシャルロッテの望む愛情を与えてやれていれば、彼女はこんなことを計画せず、そして……よりにもよって、ほんの少しも自分のことを、「妻」として愛していない男の手などで、死ななくてよかったのではないだろうか。
「僕がシャルロッテに抱く罪悪感は、彼女を殺してしまったことじゃないんだ。……彼女を殺すその瞬間まで、嫉妬も独占欲も抱けずに、ただ必要だから殺してしまったことに対してなんだよ」
だから、髪と目の色を自分から、そして顔立ちをシャルロッテからそっくりそのまま受け継いだスィリスの顔を見ることが出来なくなってしまった。年齢を重ねるごとに、瓜二つになっていくから、尚更。シャルロッテが付けた木陰という名前さえも、呼ぶことが出来なくなって。
「それに、スィリスを…僕は、あの子をどんなにか傷つけてしまっただろう」
優しく聡い娘は、事情を知らなくても、僕の恐れや罪悪感を悟り、自分から、僕の前に姿を見せることを避けるようになった。それどころか自分のことを「シンデレラ」と名乗って、自分自身の名前にすら蓋をして。
「確かに、貴方のそれは罪でしょう。……でも俺は、そんなことを言うために今ここに来たわけじゃないんですよ」
糾弾を待つように頭を垂れていた僕の上に響いた声は、静かだった。
「え?」
「過去は何をしても変わらない。あなたの罪も過ちも後悔も、みんなあなた自身のものです。俺の罪も過ちも、俺自身のものであるのと同じように。―――だけど、未来は変えられます。あなたの大切な娘さんと向き合うことは、今からいくらでも」
それは、強い声音。
実の父親に拒まれて、傷つかないはずもなかっただろうに。一言も、スィリスは自分の父親を責めなかった。気遣い、心配し、そして……愛してくれた。その大切な娘と向き合うことは、まだ?
半ば呆然と見上げた先で、毅然と立った青年が、呆れたように肩をすくめた。
「あなたは、あの子を愛してるでしょう?父さん」
それなら、
「立ち、力をふるってください。このままでは、実力なき王都の商家は近いうちに没落します。それを留める術となるため。それから友人のために動いているあの子を助けるために」
「―――何故、レイ君本人は動かないのかな?」
「ベアール会長があなたの許可なしに動くなと」
「本当に、それだけ?」
「落ち込むのはあなたの問題です。うじうじキノコ栽培してる暇があるのなら、動けってことですよ」
「……はは、あははははっ。……レイ君は、レイ君だね。強くて、つよい」
「…それに、俺は所詮若輩です。組合会の頑固オヤジ共を説得するには相応の時間がかかる。けど、今はその時が惜しい。あなたの過去や傷を暴いてでも、俺は今すべきことをします」
「……それで、僕かい?」
「はい。脅してすかしてゴリ押しするのがお得意だと聞いたので」
「……何処で聞いたのかとかは…?」
「秘密」
「やっぱりぃ……」
……うう、大事な息子に変なこと吹き込まれた。多分ヴェンスだけどむかしっから彼には頭上がらないから怒れないしなぁ…。僕はそんなことやったことも…………まぁ、うん、あったかもしれないこともないかもしれないけれど。
「うん。でも、引き受けたよ。君も、スィリスも、僕の大事な子どもだからね」
「感謝します。あ、ところで」
「え?何かな?」
「うちのおかー様が好きなら、腹を決めて迫ったほうがいいですよ」
「ぶふおっ!!」
ちょっと今器官に何か入った!むせた。…いやいやいや、そうじゃなくて!
「れ…レイ君っ!?」
「結婚した当初はともかく、こんだけ長い間一緒にくらしてて手も出さないってのは、ある意味尊敬しますけど、逃げられる前にがんばってください。……どうせうちの母に恋愛感情を持ったから、余計落ち込んで引き篭もったでしょうあなた」
「…………い、いや、ロザリアさん美人だしはっきりした性格だし僕みたいなのは釣りあわな…」
「あっはっは。あんまりうだうだ言ってるとけたくり倒しますよ?」
「けたくりたおす!?けたくりたおすって何!?何か語感が怖いんだけれど!?」
「あ、知ってるとは思いますけど俺はあの子のこと好きなんで。お互いガンバりましょうねー」
「……何!?また何か聞き捨てならないこと言った!?」
あはは、と笑ったレイ君があっさりと出て行く。……窓から。いや、いいんだけどね。運動神経の良い子だから、問題ないのはわかってるんだけどね?…うん。
「息子に喝を入れられたら、逃げてるわけにいかないしなぁ」
愛しい愛しい愛娘とも、女性を「妻」として愛する感覚を教えてくれた奥さんにも、まだ向き合うことが叶うのなら。
「がんばろう、かな」
がちゃり、と戸を鳴らして部屋を出る。と、鮮やかな緋色のドレスが目に飛び込んできた。驚いたように見開かれた鮮やかな菫色の目。赤金色の渦巻く髪。
「ロザリアさん?」
「あ、アベルっ!?どうしたのよ、普段は部屋からも出ていらっしゃらないくせにっ」
「………………」
「な、何よっ!」
じっと見下ろすと、わたわたとロザリアさんの目が泳ぐ。……ああ、可愛いなぁ。
さっき、レイ君が言ったことは本当だった。
正直、ロザリアさんを娶ったのは、最初は罪滅ぼしのつもりだった。昔一度だけ出会った花束みたいな女の子が、夫であった人を亡くして、愛人とされる話が出ていると聞いて、少しでも役に立てればと。何も求めないように、求める居場所を与えてあげることが出来ればと。…けれど、ロザリアさんと長く一緒にいるようになって、そのパワフルな考え方に、いつも真っ直ぐな瞳に、隠しているけれど家族思いで、僕のこともスィリスのことも、一生懸命大事にしてくれるところに、どうしようもなく、惹かれた。1人の女性として、愛しく思えた。
けれど、同時に愕然とした。自分に「異性に対して恋愛感情を感じる心」がはじめから無かったのならともかく、あったのなら、僕は本当に、シャルロッテを殺してしまったことになるんじゃないかって。だから、余計にスィリスにも、ロザリアさんにも会わせる顔がないと思っていた。だけど、
「あのね、ロザリアさん」
「な……なにかしらっ?」
「僕はこれから、少し出かけてきます」
「………………はぁっ!?」
「やらなくちゃいけないことが出来たから。頑張ってみようと思うよ。だから、ロザリアさん。帰ってきたら、話したいことがあるんだけど、聞いてくれるかな」
困惑した顔をしていたロザリアさんは、ぱくぱくぱくぱく、と真っ赤な顔のまま口を開け閉めし、それからふんっと鼻を鳴らした。
「……まぁ、待っていてあげてもよろしくってよっ」
「うん。ありがとう」
感謝を込めて、真っ白な額に小さく挨拶をする。そして廊下を歩いて階段を開け、扉を開けたあたりで、ロザリアさんの声で「人の気持ちも知らないであんっの唐変木おとこぉおおおおおおおおっ!!!」という、にぎやかな声が聞こえてきた。元気だなぁ。
「さぁて、行こうかな」
元気な声に背中を押されるように、僕は日のかなり傾いた街路に向かって、一歩足を踏み出した。
「おっじゃましーす、先生ー」
「レイ君…凄い場所から来たものだね」
前触れなく、窓から2階の書斎に侵入してきた愛弟子に、半ば呆れ、半ば感心する。窓際には木など植えていない上に、窓には鍵がかかっていた筈なのだが、まぁ、いつものことだろう。
「うちの引き篭もりの許可が取れました。ロワナから、ベアール商会の益となる職人を14人。お受け取り下さい」
……ああ、それが、旨味か。確かに、充分だ。
「……それは、有難いな。それで、君は何を望むかね?与えられた対価に見合うものを差し出すよ。それが、我がベアール商会の身上だからね」
「わー、嬉しいです。さすが先生。じゃあ期限内…それもかなり短期に、注文するものを作り上げていただけますか?」
「心得たよ。―――――何か、吹っ切れたようだね、レイ君」
期間も、注文されるモノ自体も聞かずに頷く。彼の持ち帰った「旨味」には、それだけの価値があった。深く頷くと、何処か張り詰めた顔をしていたはず愛弟子は、にっと口の端をつり上げ、明るく笑った。
(ああ、懐かしいな)
それはこの青年がまだ少年だったとき、何らかの悪戯を思いついたときの笑顔だった。
「ええ。大事な妹みたいな子を攫われて、大事な主君を裏切られて、大事な子に傷を付けられました。俺の人生まれにみる惨敗です。戦う準備は出来ました。後は叩き潰すだけ―――目にもの見せてあげますよ」
閃く刃のような愉しげな、けれど物騒な色合いを宿した弟子に、思わず笑う。
「……君は、負けにこだわる人間ではなかったと記憶しているがね」
「俺を負かしていいのは、俺が認めた人だけですよ、先生。貴方や主君や家族や、最愛の子や、それと友人達以外に負けるなんて論外です」
「それに、アベルにも、かね」
「―――先生が意地悪なんですけど。まぁ、そうですね。天邪鬼なんですよ、俺」
窓枠にかけたままだった足を下ろし、小首をかしげるように笑って彼は付け加えて見せた。
「あの人の、―――アベル・カークランドの息子ですから」
はい、お久しぶりでございます!「灰かぶり姫」を書いていたにも関わらず、今日は母が所用で家にいないため、象なみの胃袋を持った父と兄の夕食に半熟卵のオムライスデミグラスソースがけ&豆腐とトマトと枝豆のミョウガドレッシングがけ冷製サラダ&アスパラガスの温泉卵のせココット風&そら豆とにんじん入り焼きコロッケ&キャベツとベーコンのスープ&紅茶のパンナコッタタルトを作っていた支倉です!…………良く考えなくても作りすぎだよねっ?食べすぎだよねっ?何でそれでも痩せてるんだあの人たち頭かち割ってやりたい!だって品目少ないと「えーさみしいー」とかうだうだ言うんだものいい年こいてああ鬱陶しい!!(……ちなみに支倉は上全部食べると普通に太るので、品目減らしました。むしろなぜ太らないあの人外魔境共!!)
………………という私怨は置いておいて、一週間以上飛んですみませんんんんんんんんん!おうううううう何故にこんなに遅筆なのかーっ!!!!!!?????答え、アホだから☆………ダメダメです。ダメダメですねっ!あい、きゃんと、ふらぁ嗚呼ああああああああいいいいいい!!!!!(紐なしバンジー)
……更新です。内容としてはうん、あっちもこっちも動いてます。そーろそろ佳境です「灰かぶり姫」。今回出てきた「ベアール会長」はテッド君のお父さまです。父親が立派過ぎて息子は多少抜けた子に育ちました。THEダンディ、を意識してます。と言うか、支倉の趣味のストライクは王子でも兄さんでもなくこの人です。ダンディなオジサマ万歳。
そして父様の無駄に重い過去。……本当は、無駄に重いから省こうかともおもっていたのですが、伏線張っておいて回収しないのもアレなので、せっせと回収した結果がこれです。………本当に無駄に重い。息子にお尻を蹴飛ばされないと立てない中年。もうあれですね、THEダメ男ですね。……まぁいいか。もともと「灰かぶり姫」にはダメ男か性格破綻男か人格破綻男かおこちゃま当て馬くんかしかいないもの。
ちなみに、きり様から質問をいただいたので、登場人物の身長なぞのせてみます。きり様ありがとうございました!
スィリス=158cm レイ=174cm レスト=163cm マルス=182cm テッド=175cm キーツ=170cm オーベール=190cm アナマリア=145cm クローディア=169cm アベル170cm ロザリア=165cm
です。適当ですが。兄様はすらりとしてますがそこまで大柄じゃないです。というかじゃないと女装が出来ない。無駄にでかいのはマルスとオーベールです。レストはこれから伸びます。頑張れ成長期。そして意外と大きいのがクローディアさんです。生活習慣最悪なのにスタイルもいいです。
それでは、読んでくださった方、感想を下さった方、ありがとうございました!「灰かぶり姫」も佳境なので、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです!ありがとございました!