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第二十二章 灰かぶり姫・憧憬


「あの王子の目的が、この国での会談を有利にすることなら、私が出ます」

「わかった」

「え……?」

 あっさりと返った言葉に、ぽかんと口を開く。まさかこんな簡単に、了承のお返事をもらえるとは思っていなかった。遠ざけようとしてくださったレスト様の気遣いを無にする無礼な行為であるのと同時に、ただの小娘である私を、国家会談に出させるなんて非常識なまねを許すような真似を。

 けれど、レスト様は瞳を小さく眇めて笑う。軽く肩に手を置かれて、据え置かれたソファに腰掛けることになる。

「あ…」

「座りなよ。全く、君は絶対安静だと聞いていたのだけれどね?痛む?」

「い、いいえ。大丈夫です。ありがとうございます。あの、よろしいのです…」

「教授家として立つ危険や意味は、レイ・カークランドがもう聞いている筈だ。……なら、反対する理由はない。僕にとって、君は都合の良い駒だから、せいぜい利用させてもらうよ」

 そっけなく肩をすくめて言われた言葉で、嬉しさが弾けた。じんわりとあたたかくなる胸元をおさえて、深く頷いて返事をする。

「はい!」

「……そこで元気いっぱいに返事をする訳だ……。……あーもう、いい」

「え?」

「君の前で色々と考えても、何か無駄な気がするってだけの話。ただ、一つだけ聞いてもいいかな?」

 呆れたように苦笑して、そして、レスト様は静かにこちらを覗きこんできた。紅茶色の目が、穏やかな、澄んだ色を宿す。

「……何ごとでしょうか?」

「どうして、立とうと思った?君にとって無二の、兄の意思に背いてまで?」

「それは……」

「兄の役に立ちたかったのは、わかる。だけど、それだけなら、今までにも機会はあった。何故、吹っ切った?」

 吹っ切った。吹っ切れた。それは、

「私は兄様に追いつきたかった。1人で立たないでほしくて、1人で傷つかないでほしくて…。でも、レスト様には、憧れたんです」

「憧れた…?」

「はい」

「レスト様は、この国のために在る方です。沢山の、御自身ができたことを犠牲にして、ただ、国を…民である私たちを守ろうとしてくださる方です。私は、まともな知識もありませんが、ほんの短い間、お傍で見ていただけでも、それはわかりました」

 それは、レスト・ファリシアン・リュファス・アレクサンドル様という方の、この国の皇太子殿下の在り方。その毅然とした立ち姿に、憧れた。

「なのに」

 それなのに、レスト様は、私に逃げ道を与えようとしてくれた。

「レスト様は、その信念を曲げてまで、私はそこに引き込まないようにしてくださろうとしました。…多分、ご自身がその重みをご存知だから」 

 国のためにある重荷を。

 それは、レスト様のなかの、「レスト様」の部分で決めてくださったこと。その行動は一見矛盾しているようだけれど、同じだ。ただ、自分の選んだ道を信じて、その行動に伴う全てを背負う覚悟を持った人の姿だ。

「嬉しかった」

自分でその手を振り払った私が言っていいことなのかは、わからないけれど。けれど、だけど、嬉しかった。自分に何かが出来ると信じられたのは、レスト様が私が見たことのなかった在り方を見せてくれたから。

だからこそ、自分自身の全てを賭けてつかえることになっても、この方なら、いいと思えた。

「レスト様は私の憧れです。貴方のように、強くて、優しい人になりたいと思ったんです。

私が前を向けたのは、兄様やアナマリア様、沢山の大切な人たちと、それからレスト様がいてくださったからです。だから…レスト様のためだったら何でもします。私は大したことは出来ないけれど、それでも今は、確かに出来ることがあるから。だから、お手伝いをさせてください」

 今、私が言える全てをこめて、

「………そう、ありがとう。それじゃあ遠慮なく、あの変態女装男共々、こき使わせてもらうことにするよ」

「はい!ではロワナの国の資料をいただければ……って、あの、レスト様兄様がおきらいですか…?」

 事務処理に移ろうとして、変態女装男、の呼び方におそるおそる聞くと、きらきらしい笑顔が返ってきた。

「勿論」

 しかも即答だった。

「ええと、どこがでしょうか…?」

「存在が。あと、思考回路が似ているのに、絶対に僕が許容できないことをやらかす所かな?」

「ああ、いわゆるキャラがかぶっていると言う…」

「紐なしバンジーがしたいなら止めないから今すぐそこから挑戦してみようか?」

「いえここ3階…っ。レスト様、目が本気なんですが…っ!?」

「本気だからね。さぁ、行っておいで」

「ひぃいいいいいい!!」

 部屋に戻ってきた近衛隊長のもう1人の方が、思わずと言うように口を滑らせ、それには背後に花弁の散るような甘やかな声がかえる。

(キャラ…かぶる…?)

 疑問符を飛ばしている私の前で、蒼白になった近衛の方に、レスト様がきらきらしい笑顔を向けている。そして、ふと思いついたように、私のほうを振り返った。

「……ああそうだ、あともう一つ」

「ひとつ?」

 兄様のことがきらいな、理由。気になって聞き返した言葉に、レスト様は私を見据えて、静かに一度私の名前を呼んだ。

「…………スィリス」

「…はい」

 小さく、息を呑んでいた。

きれいな、きれいな紅茶色の瞳。それが、深い、深い、熱のような色を孕んで…そして、瞬きと共に再び開いたとき、それは幻のように消えた。そして向けられる、少し皮肉げで、けれど楽しそうな何時もの笑み。

「僕も君が好きだよ。普通より、ほんの少しはね」

「……はい。ありがとうございます」

 明るい笑み。穏やかな言葉。その意味をたどるように目を細めかけるのと同時に、レスト様は何気なく目線を外し、呆れたように、扉に向かって声をかけた。

「さてと、じゃあ今すぐそこから出て来いレイ・カークラド?」

「えっ…兄様…!?」

「嫌だな殿下、ばれてました?」

 くすくすと笑って、あっさりと兄様は扉を開け、レスト様も当然のようにそれを受ける。

「ばれたくないのなら、もっと本腰を入れて隠れるんだね? 」

「嫌だなぁ、俺はいつでも一生懸命なのに」

「一生懸命…偏執的の間違いじゃない?」

 ……えーっと…。

「勿論まちがってませんよ。俺は健気で頑張り屋さんですから。あーそれと殿下、さっきの人達ぎゃーぎゃー騒いでうるさいんですけどどうしましょうか」

「君が誠意を込めて対応してくればいいんじゃないかな?」

「嫌ですよあんなのの相手なんて」

「順当にいけば、その“あんなの”の相手をするのは僕なんだど、それがわかってて言っている訳?」

「えぇぇっ、嫌だぁ気がつきませんでしたぁ」

「…………語尾を伸ばすな気色悪い。消えろ」

「あはははは」

 それは、状況からすれば緊張感に欠ける言葉の応酬。けれど、変わらない、やっといつも通りのやりとりにほっとした。だって、私は知っている。

(この二人がいれば、大丈夫)

 何があっても、決して負けない。

 その安心感に身を任せて、私の意識は静かに途切れた。





「―――眠っていない?」

「寝てますね。と言うか、血も足りない、睡眠も足りない、栄養も足りない、ないない尽くしで急に動いたから意識失ってます。あーあ、だから起きちゃだめだって言ったのに。血も足りてないんだから」

「寝かせておくしかないね」

「ああでも、多分一時間くらいしたら根性で起きてくるので、今のうちに資料用意しておいたほうがいいですよ殿下」

「……根性で体力低下と出血を補えるわけ?」

「補っちゃうんですよ、この子は。頑固なので」

「頑固……まぁ、いいけれどね。それで、一言言いたいんだけど」

「なんですか?」

「羨ましいだろう?」

「ええはい。物凄く。ずるいですよ殿下。この子、俺の前でも泣いてくれたことないのに」

「こういうの、市井の言葉でなんて言うのだったかな。…ああ、ざまあみろ?」

「口悪くなりましたねー」

「君に言われる筋合はないよ、レイ・カークランド」

「でも俺そっちのが好きですよ、殿下」

「―――――それはどーも?」

 肩を竦めて一瞥した顔は、こちらを見下ろして嬉しそうに笑っていた。恐らく当人さえ自覚していないであろう表情。常の優美な微笑とは違う、口の端をにっとつり上げた、誇らしそうな笑顔。

 年下の子ども、例えば弟を「良くやった」と褒めるような、兄の顔だった。

 





 今は伏せられた翠緑の瞳と、敵を見据えた紫電の瞳。淡緑色と菫色。色合を違えた瞳に宿る、同じ意志。

 スィリス。君とレイ・カークランドは似ている。そして、僕とレイ・カークランドも、また。君が彼を追って、傷ついても前を見て強くなってきたように、僕もまた、彼を追って、その姿を目指して歩こうとしてきたから。

 それでも、唯一つ違った部分は、惹かれた先。

 君はレイ・カークランドに。そして僕は、スィリス・カークランドに。前に立つ背中を追いかけて、拒絶されても傷つけられても、ただ真摯に歩む姿にこそ、惹かれた。焦がれた。

妙な所で鈍感な君は、はっきりとは自覚していないけれど、それでも、もう間もなく君も気がつくだろう。自分の中に在るものの意味を。










 謁見室に近衛たちを招集したとき、集まったのは、先程あの場にいた近衛だけではなく、その全てがそろっていた。そして彼等は1人残らず、正式な儀式で着る儀仗服に身を包んでいた。…まったく、生真面目だよね、君達は。

 そして、一歩、近衛隊隊長の任にある男が、歩を進める。

「我らの内から御身に仇なす者が現れてしまったこと、そして、御身を守る盾としての責を果たせなかったことを、心よりお詫びいたします。ですが、我らの主は、御身御1人」

 響いた声と共に、部屋に居並ぶ近衛達が、一斉にその場に膝を付く。

「我が剣、我が盾、我が血、我が名、我が命にかけ、これより二度と弛むことなき忠誠を、レスト・ファリシアン・リュファス・アレクサンドル皇太子殿下に。どうか、お受け取り下さいますよう、お願い申し上げます」

頭を垂れた多くの近衛たちの中には、包帯を巻いたままの、トルク・ローファーの姿もあった。全く、君は治療に専念しろ、と言ったのにね。

 小さく笑って、そして、口を開く。

「その忠誠に応えよう。キーツ・ダールトン、トルク・ローファー、ドルバス・エルス、カマル・エルザス、ソルタス・リーバー、リオン・ザルクス、トエル・コマット、サイラス・ヴァルガス、マイセン・トゥラッド、ジェス・ソルマル、カーティス・リュヌ…」

 1人、1人と、近衛の名前を呼んでいくごとに、彼等の顔が驚愕に染まっていく。そして、83人の近衛の最後の1人を呼び終えた時、彼等の顔には、何か、強い感情があった。……感動、というのが、1番近いのかな。

「君達が、今ここにいてくれたことに感謝する」

「…はっ!」

 幾重にも重なる応えと共に、彼等は一様に剣を抜き放ち、刃の先を上に、胸元に引きつける。それは、唯一の主に向ける、騎士としての最高礼。謁見室を揺らす剣を構える音に、小さく笑う。

 そして、鷹揚に頷くと、近衛たちの顔がほっとしたように緩んだ。中でもあからさまにほっとしている近衛隊長…ダールトン将軍の息子である、キーツ・ダールトンに笑いかけると、その足が動いて、玉傍の座すぐ前まできて改めてその首が項垂れる。

「すみませんでした、レスト様」

 私は近衛隊長なのに。何があってもまず最初に、あなたをお守りすべきだったのに。そう、相変わらずうじうじした言葉に、笑う。

「馬鹿だね、君は」

「…………はい」

 放置したら自分で穴掘って埋まりそうだよね君は?

「いいさ。…君があの時いっぱいっぱいだったのは、オーベールのことと…アナマリアが攫われたからだろう?……妹を案じられて、腹を立てる兄はいないさ」

「はい…。……僭越ながら、マーリア様がどのような無茶をし、何を壊し、何を割り、どこに向かって突進していかれているかと思うと胃がきりきりきりきりと……っ」

 ううううう、と胃を押さえて呻くキーツを、玉傍座の肘掛に肘をついたまま横目で一瞥する。そこでアナマリアの身の安全より先に、アナマリアが何をやらかすかに胃が痛くなるんだ君は?

……まぁ、そう言っても、実際にはアナマリア心配で仕方ないんだろうけれど。

 近衛隊隊長となる前から、キーツはダールトン将軍の口ぞえで、良くアナマリアの護衛兼遊び相手を務めていた。その所為か、キーツはアナマリアを目の離せない娘のようにも思っており、今でもこの上なく過保護で口煩い。

 ドレスは胸元の開いたものはいけません、男性と話すときには2歩離れて、風邪を引くから布団は肩までかけること、そんな薄着で表に出るなどもってのほかですよっ、と叫んではアナマリアを追い掛け回していた姿は記憶に新しい。そして、弱気、打たれ弱い、口うるさいと文句を言いながら、アナマリアは彼に酷く懐いていた。

 それは、時とともに恋心に形を変え訳だけれど、鈍感極まるこの部下は、アナマリアの想いには一切気がつかず、アナマリアはキーツに縁談話が来るたびにわかりやすく落ち込み、「どうせわたくしのことなど子どもとしかおもってないのですわっ」、と泣きついてくる。……まぁ、コレの場合自覚してないだけで、押せばおちそうな気はするんだけどね。

「安心していなよ。必ず取り戻すから」

 あの馬鹿共に、自分の大切なものを、これ以上掠り傷ひとつ付けさせはしない。

「……っはい!」

 ……気持ち悪いから、目を潤ませて感動しないでくれるかな?

「殿下、先程の方たちをご案内しました!」

「ああ。……構わないよ、通してくれ」

 従者の声に、ざわついていた近衛が即座に整列し、キーツが静かに玉傍座の脇に控える。そして、最高に鬱陶しくも騒々しい輩が、先を争うように入室してきた。

「殿下っ…カークランド殿があんなことを言うなんて…っ」

「商人ごときが、あのような口をきくなど、思い知らせてやらねば!」

「この近衛たちも、礼儀を知らぬものばかりです!所詮は下級貴族の出の者共、道理をしらぬこやつらなど…」

 ああ、鬱陶しい。……しかも呼びつけておいたはずのレイ・カークランドがいないんだけどやっぱりコレを避けた訳だよねあの変態女装男?

 という本音をちらとも見せず、僕は柔らかく微笑んだ。常ならば全面的に嘘だけれど、今現在に限っては心からの感情を含むそれを。

「ああ、よく来てくれたね、皆。今回は、君達のことで話しがあるんだ」

「今すぐに…っ、…わ、わたくしどもの、ですかな?」

「そう。君達が、こともあろうに王城内に、間諜を潜ませているという報告があってね?」

「なっ…!」

「う、嘘ですっ、わたくしたちがそのようなっ…」

「む、無論です!我らが殿下の許可なくなど…」

 一目瞭然にうろたえる彼らに、僕は慈悲深く微笑みながら頷いてみせる。

「ああ勿論、僕はそんな戯言は信じていないよ?君達は忠実な王家の支え手だ」

「そっ…そうですとも。我等は…っ」

「ええ、解っているよ。例え今、僕の手許に君達が送り込んでいた間諜の身元と、彼等を捕らえ、そして自白した内容の報告書とがあってもね?」

 見る間に顔色を失くしていく彼らに向けて、僕はにこり、と、深い信頼をこめて笑いかけた。

「さぁ、協力してもらえるよね?王家の忠実なげぼくの皆?」




 




 すみませんちょっと本気でお詫びは次の話を掲載したときにいたしますぅうぅううううう!!



 というか謝罪しているのに直らないって最低です作者!!

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