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第二十章 灰かぶり姫・揺籃

 静かに開けた扉の先、広すぎる部屋に置かれた一つのベッドに眠るのは、一人の少女。そこに差し込むのは半ば欠けた、けれど白々とした月の光。漂白されたような白さのシーツは、夜闇と光を交えて蒼色に沈み、シーツに散った灰色の髪と、伏せられた睫毛が影を落とす頬、細い首もと鎖骨の透けるような白さの肌を、薄紺の中に浸している。

 ただ、肩口を覆う包帯が、酷く、ひどく、しろい。

「―――――――――――」

 そして、ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛け、少女の枕元に両肘をついて、少女の左手に額に付けたまま動かない青年の髪色は、夜闇に紛れてなお眩い黄金色。

 人の気配無きその空間は、漂白されたように静謐だった。





スィリスの傷口を診た宮廷医師は、一瞬で顔を強張らせた。

 傷そのものは、命に関わるものではなかった。右肩から背をざっくりと裂いたそれは勿論重傷の部類だが、焦りの明確なそれは筋が甘くて、致命傷を負わせるには至っていない。むしろ、彼女の体を蝕んだは、刃に仕込まれた毒。

 傷口に強烈な程の熱を持たせ、同時に、流れ出す血を止まらなくさせる成分をもっていたらしいそれは、ソルフィアには存在しない類の毒。当然、医師にはそれを解する薬をすぐさま処方することは出来ない。その報告を受けたとき、スィリスの死は確定したかに思われた。

 けれど、スィリスの受けた毒は中和され、彼女は今、蒼褪めきった顔で眠ってはいるが、峠は越えたとの報告を受けていた。それは、血に塗れて倒れこんでいた彼女の前に置かれていた、薄青の小瓶に入っていた解毒薬によって。

 誰が置いたのかはわからない。けれど、この国には無い毒の解毒薬を持つのならば、十中八九敵方のものに違いは無い、得体の知れない人間。だが、その人間のお陰で、スィリスは一命を取りとめた。未だ意識は回復せず、後遺症の有無は確認しようがないが、一刻を争う容態では、もはやない。

 明け方の帰国と同時に報せを受け、医務室に入室したレイ・カークランドは、蒼褪めた顔で横たわるスィリスを一瞥し、「報告を」と冷静な声で一言告げた。そしてその時の状況、残された手がかりから明確な「敵」、そしてスィリスのそうした容態を聞くと、彼はすぐさま部屋を出て行こうとした。

「……なっ、お待ち下さいっ。妹君を…」

「何をしに行く気かな、レイ・カークランド?」

「―――勿論、王城内に図々しく入り込んだお馬鹿さんに対する対応をしにですよ?それが俺のお仕事ですから」

「――――今は命を解く。彼女の元に留まることを許可するよ、レイ・カークランド」

「必要ありません」

「カークランド……!」

「―――俺は、俺のすべきことを成します」

 それは、一切の感情を含まない、けれど屹然とした声であり、言葉だった。

 返す言葉を失う僕と、気圧される医師たちを前にレイ・カークランドは一度目を伏せ、そして、にこりと明るく笑う。

「そうだ、殿下。クローディアに、……俺の妹にだけ、この子のこと伝えてもらえますか」

「妹に、だけ?」

「ええ。母は本気で半狂乱になるでしょうし、父は……恐らくもう知っていますから」

お願いします、と僕に続け、医師長に無言で深く頭を下げて、そうして、レイ・カークランドは出て行った。自分の感情を、一切口にはしなかった。怒りも苛立ちも苦痛も、何も感じていないかのように。

 対称的に、激昂を露わにしたのはレイ・カークランドの妹のほうだった。

 報せを受け、黒の寝巻きに黒のショールを羽織っただけの姿で駆けつけたクローディア・カークランドは、兄によく似た紫電の瞳を炎のように燃え上がらせて、思い切り僕の頬を張った。

「…あの子が死んだら、ころしてやる。あの子を傷つけた人間も、お前も」

 怒りの声と共に腕を掴み拘束しようとした近衛を制止し、退室を命じる間にも、クローディア・カークランドは彼らを視界に入れることすらせず、横たわるスィリスを覆いかぶさるように抱いたままだった。こちらを睨み据えた目は、瞬きすらしなかった。

 ああ、そうだろうね。

「残念ながら、僕は殺される訳にはいかないのですよ。この国の王子であるのですから」

「そんなの、私に関係ない」

「そうでしょうね。明らかに、僕の失態です。僕が貴女でも、僕を許しはしないでしょう」

 淡々と答えた言葉に、クローディア・カークランドはく、と顔を顰め、そして、実に嫌そうに言った。

「―――お前…貴方、兄さんに似ている」

「え?」

「兄さんも、同じ。自分が全部悪いと認めて、引き受ける。いさぎよくて、ずるい」

 潔く、ずるい。

「―――――もう、いい。この子が死んでも、ころさない」

 ふと、クローディア・カークランドの目から、殺意にも似た怒りが掻き消えた。ふい、と目線が逸らされ、彼女の「妹」を見下ろして、指先がぎこちなく、けれど大切そうにライトグレイの髪を梳く。

「この子から聞いてる。あなたはこの子の、トクベツ」

「――――――」

「だから、ころしたら、この子が泣くから。でも、この子は、私の、トクベツ」

 そこで、クローディア・カークランドはゆっくりと顔を上げる。その目は、先程の激昂が嘘のように凪いで、鏡のように僕を映した。

「私はこの子みたいに、貴方の立場や気持ちを量れるほど頭がよくないし、兄さんみたいに国がどーしたこーした考えられるほど頭よくない。だから難しいことは解らないしどうでもいい。この子は私にとって数少ない大切な子。だから傷つけるのは許せない。――――――私のトクベツ、泣かせないで」

「――――僕に言われるのも業腹でしょうが、良い女、とは、あなたのような女性を言うんでしょうね……それに、女性にしておくには惜しい程に、凛々しい」

「私もそう思う。とても残念。私が男なら、兄さんやどこぞの馬の骨にあの子は渡さなかった」

 堂々と言い放ったクローディア・カークランドはその後、無言でスィリスの横に付き添い続けた。僕が他の執務のために部屋を出た後もそれは続き、スィリスの容態がはっきりと安定し、彼女を引き取りに来た家令に腕をとられ、いかにもしぶしぶと言った様子で帰っていった。

 反対に、部屋を出て行ったレイ・カークランドはそれから一度も義理妹のもとに戻ることはなく、医師達はスィリスが峠を越した喜びで気が緩んだのか、酷いー、だの、冷血漢ー、だの、これだから美形はーだの、ワシがあと30年若ければー(それでも40過ぎな訳だよね君は?)だの文句たらたらだったけれど……良く考えなくても緊張感が無さ過ぎるよね。何でアレで腕だけは良いのかな彼等は。まぁ、それはともかく、



 その当の本人は、白月の差し込む医務室の中で、スィリスの手を掴み、それを額にあてたまま、今もまだ動かない。



「殿下のせいじゃないですからね」

 化け物じみた感覚野を誇るこの相手に、入室を気付かれていないとは思っていない。だけど、顔を上げないままに言われた言葉に、無意識に眉根が寄った。

「僕は、何も言っていないのだけれどね?」

 けれど、常とは別人のように静謐な響きで、レイ・カークランドは繰り返した。

「貴方の所為じゃない。…この子も、そんなこと言わなかったでしょう?」

「―――――ごめんなさい、って、言われたよ」

 報せを受け、スィリスの運び込まれた部屋に駆けつけた僕の前で、スィリスは一度目を覚ました。解毒薬はまだ見つかっておらず、自身の身を蝕む激痛と熱、そして体から刻一刻と血が流れ出ていく感覚の中で、顔や体に脂汗を浮かべ、目を真っ赤にしたしたスィリスは誰の気遣いの声にも耳を貸さず、「紙とペンを」と掠れきった声で呟いた。そうして、制止する声を振り切って、鬼気迫る形相で、賊の持っていたという短剣に刻まれた紋章を描き終え、襲われたときの経緯と様子を事細かに語ったスィリスは、新緑の瞳をゆがめて僕に謝罪した。

『…レス…トさま…』

『スィリス、無理を…』

『申しわけ、ありませ……。ごめっ…なさい私』

『…何の…』

『私、アナマリア様を、お守り、できなかった…っ』

 自分自身が、斬られた激痛と毒の吐き気、熱と恐怖を抱きながら、掠れきった声で申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、ごめんなさい、ごめんなさい…っ、と深く深く頭を下げて、そしてそのまま、力尽きたように意識を絶った。

 毒薬によって、まさに自分が命を削り取られよとしながら、一言も恨み言も弱音も、苦痛の声さえもらさずに。

「大したものだと、ダールトンが褒めていたよ」

 医師達も、スィリスの無理を制止し、怒りながらも、彼女を治療しようとする手には、心からの敬意がこもっていた。

「――――――そうでしょう?俺の、自慢の妹なんです」

 告げた言葉に、静かに落ち着いた声が返る。そこには、一切の感情の揺れは無い。ただ、凪いでいる。凪いで、そしてその水面に、スィリスだけを映している。

「どうでもいいけど、眠りなよ?睡眠不足の輩は深刻に使い物にならない」

「あはは、同感です、殿下。でも」

 そこで一度、切られた言葉。そうして、続いた言葉には強い決意があった。

「俺がいないと、ダメなんですよ」

「―――そう」

 解りきった事実は一つ。

(彼女が起きる時、傍に在るべきは僕じゃない)

 す、と目線を逸らして、口調を切り替えた。

「さて、やるべきことはやってきたんだろう?報告書は?」

「殿下の執務室にお邪魔して置いてきました」

「――――本気で不法侵入も大概にしなよ?…まぁせいぜい、君は彼女が起きるまで付いているんだね」

「あれ?殿下はいないんですか?」

「これでも僕は家族思いでね。妹代わりの探索を、他人に任せきれる程豪胆じゃない。……と言うか、他人を巻き込もうとするな、変態女装男」

「うわぁ、厳しいですね殿下」

 くすくすと笑う声に、レイ・カークランド自身の癖を真似るように肩をすくめてみせ、部屋を出て扉を閉める。

 僕が厳しい?……まさか?

 君にだけは言われたくないよ、レイ・カークランド。






 す、と、部屋に差し込む色が変わる。紺碧の空が、限りなく白に近い淡い水色に。それは、夜が明けた証。

 上げた目線の先で、明けの白い陽光が、横たわる子の頬にまで伸びていた。……4時、ってところかな。

「傍にいなければ、守れると思ってた」

 放っておけば危険が及びかねない場所に放り出すことで、彼等の目をこの子から逸らそうとした。危険から遠ざけるために置く護衛の数すら最小限にして。

「―――痩せた、かな」

 真っ白な頬の上、落ちかかったライトグレイの髪をゆっくりと払うと、かすかに、伏せられた瞼が震える。

「―――起きてよ、シンデレラちゃん」

 目覚めたこの子が、どんな反応をするかは解らない。自分を否定した俺を嫌悪して、拒むかもしれない。事実、俺はそれだけのことをして、そうしてこの子を巻き込んだ。そうされて当たり前だって自覚は流石にある。

 だけど、それでも。

「起きなよ。―――きみを、待ってる」

 淡緑色の目が、ゆっくりと、開く。




 …………もはや遅刻がデフォルトになっている支倉ですこんばんはすみませんごめんなさい本当に申し訳…本当に、謝るならするなよ自分…っ。


 内容…うーじうーじ。そして起きない(というか起きられない)主人公。ぶっちゃけディアが1番男前な気がします。


 ちなみに書いてませんが、兄さんが出て行って戻ってくるまでの間に、襲撃手引きをした数人が叩きのめされた上でしょっぴかれてます。ちなみにやったのは兄さんなので、多分その人たちは、重くトラウマになるような方法で事情を吐かされました。冷めきった笑顔で色々やりました兄さん。……もう嫌だ、誰がつくったんでしょうねこんなヒーロー。


 右を見ても左を見ても常識人がいないのですが、これは一体どうしたことでせうか…。


 閲覧、お気に入り登録、そして感想・コメントありがとうございます!皆様天使です本気で生きる糧です!感想くださった方、後日返信しますので、申し訳ありませんが少々お待ちくださいませ!

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