間章・とある近衛の日常
最近、徹夜が辛くなってきた。数年前までは、1日や2日は徹夜をしようが何をしようが何ともなかったのに、今は思いっきり体がだるい。年?五月蝿いですよ、私はまだぎりぎりぎりぎり20代です。…来月には30代ですが…。
それはともかく。
ほんっとうにもう、「お前はいつまでたっても顔が辛気臭いのぅー。わしの愛しいロザモンドに顔はそっくりじゃと言うのに、不幸臭滲み出てるせいで台無しじゃしなー。よし、その辛気臭さを取るためには、徹夜で鍛錬じゃあっ!!」じゃないでしょうあの人はっ。
あの人はもう少し自分の化け物並みの体力を自覚するべきだと思います。しかも不幸臭ってなんですか不幸臭って。自分の息子に向かって。
「あーたいちょーっ!カークランド殿の妹さんが御用ですってーっ!!」
…………繰り返すようですが、私は今絶好調で気分が悪いんですよ。そんなときに、馬鹿みたいに高いテンションの叫び声なんて聞きたくないんですけどねっ?
それはともかく、スィリス嬢?今日はもうお帰りになったはずなのに、もう一度いらっしゃたのでしょうか。
そう思う間に、扉の影から、遠慮がちに顔を覗かせたスィリス嬢が小さく、けれど丁寧に頭を下げた。
「お仕事中に、申し訳ありません」
「いいえ、とんでもない。どうかなさいましたか?」
「あの、出来ればこれを、レスト様にお渡しいただけますか?」
「…これは…」
差し出されたバスケットを開く。
「あー、これ、城下で流行っているお菓子ですよねー」
「っ…オーベール!人が話をしているのに、わいて出るんじゃありません!」
「柑橘系のゼリー…なんでしたっけー、珍しい感じのぉ」
「聞きなさい。―――柑橘系?オレンジとかのですか…?何か黄緑色なのですが…」
「え、ええと…、ライム、です。西国の果物で、確かに、城下で流行っていますが…」
……若い女性の間で、と、ぽそっと付け加えられたスィリス嬢の言葉にこめかみを押さえる。
何故に知ってるのでしょうかこの同僚は。
「あー、当たってましたー。ライム、でしたねー」
むっ。何ですかその嬉しそうな口調は。
「……何ですかそんなに自慢そうに。大体きみは一度城下に行くとお土産がーとかお菓子がーとか言って全く戻ってこなくて…っ」
「あれー?でも、こっちのきれーなライトグリーンのゼリーは見たことないですねー。もしかしてー、手作りですかー?」
「そうですよねきみほんとうにそれでも悪気無いんですよね本当にもう…」
あれれー、とか首をかしげている。……もういいです。きみはずっとそうでしたし。ええ、私は全く全然ほんの少しも気にしていませんとも。
「あ……はい。ミントゼリーです」
返事をしながらも、スィリス嬢が気遣わしげな表情でこちらを見ていてくれる。……ああ、何て良く出来たお嬢さんであることか。彼女のような妹か娘がいれば、きっと物凄く心癒されるのでしょうね、毎日。
……と言うより、以前も思いましたが、何故にこんなまともなお嬢さんがカークランド殿の妹なのでしょうか…。
「ほんとうにきれーな色ですねー。スィリスお嬢さんの目みたいな色で。きっとレスト様も、喜ぶでしょうねー」
……何ですか、そのどこぞのカークラ……いえ。軟派男のような台詞は。しかも、バスケットをがっちり抱え込むんじゃありません。せっかくのゼリーがぬるくなります。
「そのリボンも、ほんとうに似合ってますよねー。珍しい色で。どこで売っているんですかー?」
「え……?」
きょとん、と目を瞬いたスィリス嬢に、レスト様へのプレゼントにはそれでラッピングしようかとー、と同僚が笑う。……まさかまたピンクな花束買ってくるわけじゃないでしょうね?止めてください。本気で怖いんですよ、不機嫌なレスト様。紐無しバンジーを城の最上階からやってみようか?とか、きらきらの笑顔で言われると胃がきりきりきりきりと。
微妙に胃に手をあてる私の前で、スィリス嬢の顔が戸惑ったようにゆれて、半ば無意識だろうか、髪を結わえたリボンに手を触れた。
同僚…オーベールの言ったとおり、それは、酷く珍しい、綺麗な色のリボンだ。緑でも、黄緑でもなく、…淡緑色、とでも言うような、澄んだ色合は、確かに、スィリス嬢の目の色と全く同じに見える。
「……こ、れは…お店では、売っていないと思います」
「えー?」
「にい…兄、が、私の誕生日に、作らせてくれたようなので…」
ああ……カークランド殿のプレゼント、ですか。
リボンそのものは、刺繍やレースなどはないシンプルなものだけれど、光沢からして、かなり高級なものだと察せられる。相変わらず、そつが無さ過ぎて微妙に恨めしいのですがカークランド殿。あの人欠点何処ですか。
けれど、ふっと横で空気が静かになったのを感じて顔を上げると、同僚…オーベールが、珍しいほど真剣な顔をしていた。そして、落ち着いた声が聞く。
「―――――スィリスお嬢さんは、カークランドさんが、お好きなんですか?」
当たり前でしょう。ご家族なのですから。
けれど、スィリス嬢は即答はしなかった。ふっと、瞳を伏せ、それから、毅然と背筋が伸びる。
「……今は、お答えできません。でも、きらわ……。そばに、いられなくなってしまっても、私に出来る限りのことをしようと、…したいと思います」
それは酷く澄んだ、凛とした、目。神秘的な色合に、見惚れる。
「そうですかぁ。…残念です。…………とても」
―――――――またきみはカークランド殿くさい台詞を。そもそも何言ってるんですかきみ奥方がいるでしょうが。
それでも、スィリス嬢は特に変な顔はせずに「すみません」と頭を下げ、オーベールも穏やかに首を振っている。……え?何ですか?私の感覚がおかしいですか?と、思う間に、スィリす嬢はすっと膝折って礼をした。
「それでは、失礼いたしました」
「はいー。またー」
出て行くスィリス嬢を見送り、るんるんと踵返した同僚に並びながら、注意をこめて聞く。
「なんですか、さっきの軟派な台詞は」
「へー?」
「へ、ではなく。君奥方がいるでしょう。何ですあの思わせぶりな台詞は」
「………あー、なんだか、そういう風にも聞こえるんですねー」
「って君」
ぽんっと掌をこぶしで打って、感心したようにうんうん頷く同僚には、まっったくもって他意はなさそうだった。そして、のんびりと首を横に振られる。
「違いますよー。そういう意味でいったんじゃなくてー」
「なくて?」
「レスト様のそばに、あんな女の子がいてくれたら、レスト様、嬉しいんじゃないかと思ったんですよー」
口紅、だから必要かと思ったんですけどねー、と、よく解らないことを言ってしょんぼりしょんぼり、としょげきっている同僚に、私は一拍置いて、ごほんと咳払いをした。
良く解りませんし、スィリス嬢にもレスト様にもそんな気は無いと思いますけど……まぁ彼なりに、レスト様を思っての行動ですし。
「あー……。気にしすぎるのは良くありませんよ。きみがきみなりに、気遣っていることはレスト様も…」
「わぁー。ほんとうに美味しそうですねー。わたしも食べていいんでしょうかねこれただいまもどりましたレスト様ー」
「って聞きなさい!ほんっとうに空気読めないですねきみはっ!」
「――――――何の話だか知らないけど、何時も仲が良さそうだよね、君達」
微妙に冷たくきらきらしい笑顔で言ったレスト様は、急いで差し出したバスケットと、スィリス嬢のことを伝えると一瞬瞠目し、それから、少し困ったように苦笑したのだった。
Green est une couleur de la prière.
「イエーガーの姫か……。聞いた限り、さしたる論が成せるとも思えないが……切り札は必要か」
「……殿下?」
「高貴な王城を血で汚すのは許さん。無傷でお連れしろ」
「…その、どう…?」
「なに、静かにしていただくだけだ。この取引が、終わるまでな」
「……スィリス・カークランドの件はどのように…」
「スィリス・カークランド…?何だ、それは?」
「はっ?…いえ、あの、…レイ・カークランドの妹のことですが…。父親であるアベル・カークランドと長女は家を出てきませんし、母親も……夜会を飛び回っているから、単なる尻軽女かと思いましたが、意外に豪商連中の支持が固く、傷つければ問題になりかねません。カークランドの血縁者として傷つけるのなら、最も狙いやすくはあるのですが…」
「―――ああ、いたか、そんなものも。…お前たちが失敗したのだったな?」
「…………申し訳ありません。ですが、レイ・カークランド無き今ならっ……」
「アレは放っておいて構わん。レイ・カークランドが何処に行ったのか知らないが、ただ置いていけば、妹に類が及ぶのがわからぬ程レイ・カークランドは愚かではないだろう。にも拘らず、何の対応もなしに置いていったことが答えだ。所詮は義理妹。奴にとって、そこまでの価値はなかったのだろうな」
「……左様でございますか」
「行け」
「御意」
Le noir est une couleur de l'affection.
はい。戻ってまいりました五月蝿い後書きーっ!すみません前回は何か殴り書きみたいなのだけで。…ぶっちゃけ作者の後書きなんぞなくてもいい気もしますが、何となく…。
……あれ?もしかしてむしろ無いほうがいい?……いいんだ、勝手に書くんだ。
もの凄く「間」って感じの話ですみません。明日には、本編のほうを載せるつもりです。読んで下さると作者がマイムマイム踊って喜びます。……何か、主人公が可哀そうな感じになってますがっ。
それはともかく、恋話してる近衛って平和ですよね。書きながら、幸薄いほうの近衛に、「君はそうやって器が小さいから結婚できないんだよっ☆」とアドバイスをしたくなりました。…そんな彼に乾杯。
そしてそして、お気に入り登録を下さった方、読んで下さったかた、感想&コメントを下さったかた、何時も本当にありがとうございますーっ!!へたれであきっぽい支倉が書けているのは皆様のおかげですっ!あーりーがーとぉーおーごーざーいーまーすぅうううう!
これから返信をいたしますので、よろしければお読みください!…ってあれ?今見たら前前回の後書きの「返信」が「変身」になってるよ…?……なんて阿呆な間違い。一体何に変身するつもりでしょうか作者は。でもアホ面白いのでそのままにしますっ!(どーん)