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第十六章 灰かぶり姫・亀裂【中】

 遅れて申し訳ありません全て私が(作者が)悪いのです遅筆でごめんなさいカメ以下でごめんなさいすみませんでしたーっ!!

 初等学校の授業を終えてディアと一緒に道をたどり、カークランドの「家」の扉をあける。家政婦さんたちは夕飯の支度に追われているらしく、彼らからの出迎えはない。

 けれどすぐに、誰かがぱたぱたっと階段を駆け下りてくる音が響いた。そして顔をのぞかせたのは、淡いレモンイエローの、フリルのたっぷりついたワンピースを着て髪をリボンで二つに結わえた可愛らしい女の子だった。

「お兄様、クローディア姉さま、お帰りなさいっ」

「ただいまスィリス」

「…ただ、いま」

 俺たちの返事に、顔をほころばせ、ぱぁっと翠緑の目を輝かせて「はいっ」とこたえて笑う4つ年下の女の子。スィリス・カークランド。

 新しく俺の「妹」になった子、スィリスは、すぐに俺たちに懐いてくれた。明るく無邪気で、心底から俺たちを大事に思ってくれる。

 横で、微妙にディアの空気が和む。解りにくいけど、ディアは自分の黒ずくめの格好や、俺が面白がってする女装にもひくことなく、真っ直ぐに慕ってくれる「妹」を、大切に思っているようだった。貴族として、権謀の中で育ったディアにとって、混じりけのない好意は心癒すものだったのだと思う。

 勿論俺も、スィリスを可愛く思っている。素直に懐いてくれる小さな女の子を、かわいく思わないはずも無い。そもそも、懐きながらもけして我儘は言わず、無邪気に明るく、かしこいスィリスを嫌える人も少ないだろう。…本当に、いい子だ。出来すぎているほどに。

 そして、その「出来すぎた」部分は多分、スィリスの母親が、スィリスをおいていったことによっているのだろう。俺はまだ子どもに過ぎないけど、スィリスの母には、こんないい子をおいてまで、追いかけたいものがあったのだろうか。

「クローディア姉さま、後で一緒にご本を読んでくれますか?」

「―――――別に、いい。おいで」

「はいっ」

 微妙に物思いに沈んでいる俺の前で、ディアの言葉にスィリスがものすごく嬉しそうに頷いている。なんか、尻尾があったらぶんぶん振ってそうな感じだ。かわいいなぁ。

「ねーえ、ディア、スィリス。俺も仲間に入れてよ。仲間はずれは寂しいからさ?」

「あ、はいっ。もちろんです、お兄様!」

「…こなくていいのに」

「酷いなディア」

「くっ、クローディア姉さま…っ」

 俺にとって最も大事なのは母さんとディアで、そこは変えられないけれど、でも、穏やかで有能なカークランド会長も、そして、この子も、幸せでいてくれればいいのに。

「何を読むの?」

「あ、えと、図書館で冒険物語を…」

 呆れるくらい穏やかで、かわりばえのない日常。でも、母さんもディアも幸せで、だから普通に俺も幸せで、このままの「日常」が続いていくのだと、そう思っていた。

「あっ、そうだ、お兄様あてに、お手紙が届いてましたよ。はい、どうぞ」

「俺に?ありがと。…これ…」

その手紙の封蝋は、もう見ることもないだろうと思っていた紋章をうつしていた。即座に開いた中にあったのは、ノワール侯爵家からの連絡。

「お兄様?」

「…これ、は…」

先代ノワール侯爵…叔父上を暗殺した人間と、その共犯者の2人が親族の訴えを受け…、即日、破格とも言えるはやさで処刑されたという報せだった。

 処刑された人間の名前は…俺の叔母。叔父上の妻だった人のものと、マエル・カマエス。

(…マエル・カマエス…?)

 どこか麻痺したように呆けた頭で、二つ目の名前を反復する。


『主様のお部屋に行って…お相手をなさい』


「…ああ、そうか…」

 マエル・カマエス。それは、叔父の家につかえていた、メイド長の名前だった。

 その二つは二つとも、あの夜「殺人」という罪を犯しているはずもない人間の、名前だった。








 夜。真夜中を過ぎた時間になっても眠気は訪れてくれなくて、顔にかかる鬱陶しい前髪をかきあげて、俺はベッドから降り、扉を開けて廊下に出た。シン、と音一つない暗闇を歩き、廊下と広間を区切る扉を開けて、閉める。

 玄関から続く広間。その真ん中を占める白石づくりの階段を幾段か下りて、途中で二手に分かれる階段の、踊り場の部分に腰を下ろす。そうして、そこにつくられた大きなガラス窓を振り仰いだ。

さえぎるものなく降り注ぐ月光。星の無い紺碧の空の中、独り白く、白く、凍えるような色をした月。

「眠れない理由は、わかってるんだけどね」

 叔母上。叔父と一緒に、先頭に立って母さんの悪口大会をしていた人だ。口癖は、「身の程知らず」。好意や好感とは程遠い相手だった。けれど、…俺が、彼女を。

 そして、もう1人。叔父上の屋敷のメイド長。叔父上に怒鳴られていた、そして、顔をゆがめて、俺に「寝所に行け」と言った女性。真実、何もしていなかっただろう人。叔父上の行動を止めようとはしなくても…止められなくても、差し出される少女オレを哀れんでいた人。

 俺の犯した罪を着せられ、殺されたという人たち。

(俺が…。…?)

 かたん、扉を開く音が響いたのは、その時。ゆっくりと振り返った先で、渡り廊下の戸を半ばまで開けたままで立つ女の子の姿に、俺はかすかに目を見開いた。

「…スィリス…」

 すとんとした、くるぶしまで届く木綿の寝巻きを着て、まっすぐな髪を肩に落として。春先とは言え、まだ肌寒さを感じる空気の中、酷く寒そうな裸足のままで立つ姿は、幻のように存在感が稀薄で。…半ば本当に幻かな、と思ったまま名前を呼んだ先で、すぅと見開かれた大きな目が、月光を通してより微妙な、神秘的な淡緑色に染まる。

「…っ…スィリス?」

 まだ起きてたの、とか、眠れないの、とか。言わなきゃいけない言葉を俺が探し出すより早く、小走りに駆け寄ってきたスィリスはぺたりと膝をつき、俺の右手を両手で握り締め、俺の手を額につけたまま、しずかにしずかに目を閉じた。

 珍しく本気で戸惑ってかけた言葉に、返る言葉は無い。それから幾度呼んでも、それは同じで。ただ、一拍置いてその頬を、さら、と毀れた髪が覆う。

「…スィリス…」

 結局その夜、夜が明けてしまい、半ば寝ているようなスィリスを抱き上げて部屋につれていくまで。…一晩中、スィリスは何も言わなくて、だけど、俺のそばから離れなかった。

 





 蒼ざめたような月の光。中途半端に欠けた月を見上げる。

 投げ出した足の下の冷え切った白石の感触と、色の無い空気と暗闇と、そして、右手にだけある、あたたかな感触。手首に落ちかかる、まっすぐな灰色の髪。

「……」

 あれから俺は、幾度も夜中眠れずに、または、悪夢に目覚めて月を見上げて夜を明かし、そして…スィリスはいつも、俺のそばに来た。

 言葉は、音は、ない。この真夜中の邂逅が、片手では足りない回数になった今日まで、スィリスは一度も俺に、何をしているのかとも、大丈夫かとも聞かなかった。一言も口をきかず、ただ、俺の手を両の掌で握り締めて、瞳をふせて。そうしてずっとそばにいた。…そばにいて、くれた。

 透るような月あかりの下で、淡い灰色のスィリスの髪が銀色にすきとおる。

(…ああ、そうか…)

 ふぅ、と、喉の奥に溜まっていた息が、こぼれた。

 やっと、わかった。俺がどうしてこんなにも、あの人たちの死に沈むのか。

 認めたくない。認めたくないけれど、あのときの俺は焦っていて、…そしてそれ以上に、怖かった。大切な母と大切な妹。無二の家族を奪われることが、どうしようもなく怖かった。だから、他のありえた選択肢を考慮することなく、一番安易で、そして俺が一番楽な道を選んだ。その結果が、これだ。

(後悔してるわけじゃ、ないんだけど…いや、後悔してるのかな)

 人を殺したことではなく、もっと上手い方法を選べなかったことに。そうとしか思えない自分に。

(覚悟、甘いなぁ。俺)

 小さく嗤って、鬱陶しい前髪をかきあげようとして、右手を包む、どうしようもないくらいのあたたかさに気付く。

ああ、そうだ。この子が。

「…ねぇ、スィリス」

「……」

 かけた言葉に、やっぱりスィリスは答えない。俺の手に額をつけてうつむいたまま、顔も上げない。だけど、俺は出来るだけ優しい声で、もう一度、スィリス、と呼んだ。

「スィリス、手を離してくれるかな」

「……」

「スィリス」

 俺の手は、汚れてるからさ。

「…いや、です」

「スィリス?」

「お兄さまの、手、は。お兄さまにいたい思いをさせるためにあるのでは、ありません」

「…っ…!」

 スィリスが、どんな気持ちで、どんな意味でそんなことを言ったのかはわからない。

だけど、でも。

「…汚いよ」

「きたなくありません」

「…穢れてるんだ」

「お兄さまの手です!」

 悲鳴のような声。どこか、意識が呆としているような。なのに酷く澄んだ目で。

「お兄様の手です。スィリスの、私の、たいせつな、お兄様の手ですっ」

 泣き出しそうにゆがんだ目。それでも泣かない澄んだ淡緑色の目。ああ、スィリス、きみはなんで。

(なんで、そんなに優しいの)

 彼女達がどんな人間だったかということは、この際関係はない。

 例え彼女達がどれだけ醜悪な人間だったとしても、彼女達が無実の罪で殺されたのは変わらない。俺が本来負うべき罪をなすりつけられて、殺されたということは。

 俺の馬鹿さが、罪無き人を殺したという事実は。

 穏やかに笑いながら、どこか線を引いていた。大切なものを増やす気にはなれなくて、最後まで受け入れようとしていなかった。意気地なしの、卑怯者なんだよ、俺は。なのに。

「いなくならないで下さいっ・・・」

 祈るように、俺の手に額をつけてスィリスは言う。俺を、呼んでくれる。

「…スィリス」

「…はい…」

「ありがと」

「…そうじゃなくて…っ」

「いなくならないよ。ありがとう、スィリス」

「…っ…」

 くしゃり、とスィリスの顔がゆがんで、小さなあたたかい体が俺に抱きついてきた。

(許されるわけはないけれど)

 それでも、もしまだこの手が、意味を持つことを許されるのなら、俺は、生きられる。

 いっぱいのありがとうとごめんねと、そして生まれてはじめての泣きたくなるような想いを込めて、俺は俺の小さな「妹」を、つよくつよく抱き締めた。






 初等学校の授業を終えてディアと一緒に道をたどり、カークランドの家の扉を開ける。家政婦さんたちは夕飯の支度に追われているらしく、彼らからの出迎えはない。これはいつもの事だけど、今日は、階段から駆け下りてくる足音も、いつもならかかる明るい声もなかった。

 スィリス、今日はまだ家に帰っていないんだ。…そういえば、今日は掃除当番だって言ってたっけ。

いつもは笑顔で迎えてくれる小さな「妹」の不在に、横にいたディアの空気がずん、と沈んだ。あーあーあー。

「でぃーあ、元気だしてって。すぐに帰ってくるよ、スィリスは」

「―――――別に何も言ってない」

「掃除当番っていっても15分くらいだから。多分もう少ししたら、かな」

「そんなの知ってる」

 ぶすくれたディアにくすくすと笑いをこぼしていると、背後からぱたぱたぱたっと響く軽やかな足音。ああ。

 いち、に、さん、そして、ぱたんっと扉が開いて、駆け込んできた空色のワンピースの女の子がこぼれるように明るく笑った。

「お兄様、クローディア姉さま、ただいまかえりましたっ。お帰りなさい!」

「お帰りスィリス。それから、ただいま」

「…おかえり。ただいま」

 俺たちの返事に、ぱぁっと顔をほころばせ、「はいっ」と、スィリスは笑った。

 スィリスはたとえ自分が後に帰ってこようと、相手が一時間でも出かけていたら、必ず「お帰りなさい」と言う。それは、その言葉にあるねぎらい…「お疲れさま」の気持ちを伝えたいから。本当に、いい子だ。俺の、妹は。

 …って、あれ?リボン、曲がってる。急いで走ってきたのかな。

「スィリ…」

「…リボン、まがってる…」

「え?あ、ごめんなさい。きちんとしてなくて…」

「…いい、私がやる…」

「…でもクローディア姉さま、リボンがお嫌いだって…」

 たしかに、ディアは貴族時代、可愛らしい格好を強要されたせいで、レースやリボンといったものを身に着けるのが大嫌いで、触るのもイヤだ、ときっぱり言っている。…っていうかそれ以前に、ディアの場合はもうちょっと根本的に無理があるんだよね。

 だけど、心配そうにレースの縁取りのあるリボンを押さえるスィリスの手をのけて、ディアはリボンのはしを掴んだ。

「いいよ。…きみは私にとってもトクベツだから」

「…っ…ありがとうございますっ、クローディア姉さま」

 ぱぁっと頬を染めて、スィリスは笑う。

(驚いた…)

 ディアが、誰かを特別だということも。…それに共感できる、俺自身にも。

 俺はあの夜から普通に眠ることが出来るようになり、スィリスは何も言わなくても、夜中に階段にくることは無くなった。そして今も、何も聞かない。聞かないでいてくれるのだと、思う。多分、半分以上無意識だけど。

 …それはともかく、

「…スィリス、髪、俺が結びなおそうか?」

 激しくひん曲がったリボンを見て、こっそり聞く。…不器用なんだよね、ディア。母さんに似て。

 だけど、スィリスは両手でリボンを押さえたまま(でないとほどけて落ちるっぽい)、ぶんぶんと首を振った。

「いいえ。いいんです。わたし、嬉しいから」

「――――いいな」

 照れくさそうな笑顔に、ぽろりと声がこぼれた。

「え?」

「いいな。俺も、スィリスに喜んでほしいのに」

 冗談半分、本音半分の言葉に、面白いほど解りやすくスィリスが慌てた声を出した。

「えっ、わ、わたし、お兄様がいてくださるだけで嬉しいですよ?」

「ありがと。でも、俺は…」

「うれしいんです。大好きです。お兄様も、クローディア姉さまもそれからお母様も、もちろんお父様も」

 いてくれるだけで、嬉しいです、と笑う、顔。春の花のような。木漏れ日のきらめきのような。


『…きみは私にとってもトクベツだから』


(うん、そうだね、ディア)

 ディアが、どういう意味でそれを言ったのかは解らない。だけど、俺にとっても、きみはとてもトクベツで、大切だから。

 俺の手で守りたい。幸せにしてあげたい。そう、思った。




 それが俺の我儘にすぎないんだと、その時の俺はまだ、知らなかった。




 前書きでも叫びましたとおりカメ以下の…いやむしろカメ未満の作者ですごめんさいー!!!ごーめんなさいよー。ごーめんさいーーーっ(以下略)


 すみません。本能の赴くまま書くと、20行くらいこのままなので、切ります。でも本当にすみません…。


 そして、本編です。えーとー、兄さんも今よりは多少可愛げがね、あったようですね。そしてこういう過程で彼は妹大切っこになった模様です…。い、いかがでしょうか…(びくびく)。そしてスィリスは随分素直で無邪気です。でも実は内面あんまり変わってなかったりします。今も、心の中ではお兄様お姉さまお母様(以下略)大好きっ子です。なので、


「ねえ、シンデレラちゃん」

「なんですか、兄様?」

「俺のこと、好き?」

「?はい、大好きです」


 という会話は余裕でします。照れも恥じらいもなく。


 あと一話、過去編が続きます(長くてすみません…っ)。その過去編の最後から、兄様とスィリスの現在の場面に戻ってくるよていなので、もしよろしければ御付き合いください!

 

 ありがとうございました!

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