第十六章 灰かぶり姫・亀裂【上】
兄様の回想が主です。…というかそれしかありません
ノワール侯爵家侯子。レイ・ジ・ラ・ノワール。それが俺の生まれてから十数年来の名前。
ノワール侯爵家、次期当主。それが俺に用意された、望む望まざるに関わらない、義務であり役割であり未来。
それは疑う余地すらない、確定したもののはずだった。あの、時までは。
父であるボードワン・ドゥ・ラ・ノワール侯爵のことは、けして嫌ってはいなかった。談笑をしたり、懐いたりするような親子関係ではなかったが、厳格で正しい父のことは尊敬していたし、侯爵家の誇りとなりうる自分になりたといも願っていた。
けれど、
容色を売りに侯爵家の嫁に収まった、身の程知らずの尻軽女。それが、父の死んだ後に明確になった、母の“父の実家での評価”で、俺とクローディアはその“尻軽女の子ども”だった。
誰よりも愛おしい家族を侮辱される屈辱。そして、徐々に牙を剥いた親族と言う名の毒蛇の群れ。
本来彼らが食べるはずだった食事を食べた召使が死んだとき、彼は明確に、毒蛇共を敵として定めた。
「あの尻軽女は殺せ。このまま侯爵家に居つかれてはかなわん。だが、あの娘…クローディアは殺さずわしのもとへ連れて来い」
「…ロザリア夫人の娘ですか?」
「ああそうだ。あの娘、陰気な性格だが見目は極上だ。わしのもとで可愛がってやろう」
「息子のほうは?」
「男に用はない。殺せ。…まったく、女子であれば、クローディアと共に可愛がってやったものを」
「………了解しました」
本邸の、人気のない“いかにも”な室から聞こえてきたそれは、父にかわって当主となった、父の弟である叔父の声だった。
(――――へぇ?)
あの糞じじい、どうもディアを見る目がねちっこいと思ったら、やっぱりそういうことだった訳だ。…滅べばいいのにあの幼女趣味。
「あまり急にあの女が死ぬと疑われるからな…。そうだな、三月後に、実行しろ」
「報酬は?」
「お前達のような下賎なものは、報酬だけ得て逃げ出しかねんからな。直前に渡す」
「……了解した」
そこまで聞いて、そろそろ本気でばれそうだったので、扉から離れた。
ほんとに、亡き兄の妻とその子どもを殺して、あまつ姪を手篭めにしようなんて、ほとんど悪魔みたいだよね。その内天罰でもあたって、貧しい頭頂部に雷でもくらって死ぬんじゃないかな。
「だけど俺は、カミサマが天罰を下すのを待つほど、優しくはないんだよねぇ」
叔父上サマはわかってなかったが、暗殺組合は一度請け負い、報酬を得た依頼主の依頼は完璧にこなす。そうしなければ、信用に関わるからだ。
ならば、その魔手から逃れるにはどうすればいいのか?
…決まってる。
「報酬を受け取る前に、依頼主が死ねばいい。…ねぇ、叔父上?」
叔父の屋敷、侍女の控えの間から持ち出した侍女服を身につけ、鏡に姿をうつした俺は、無意識に眉根を寄せた。
「やばいな…」
俺ってば女装が似合いすぎている。地味な侍女の格好なのに、我ながらまばゆいほど可愛い。これでは侍女たちに紛れたとき、目立ってしまいかねない。
「まぁ、前髪でも下ろしておいて、オジウエの前でちらっと上げるか何かすればいいか」
かねてから幼女趣味の疑いを囁かれ、そしてその疑いが確信に変わった我が叔父上サマは、屋敷で可愛らしい少女がいると、声をかけて部屋に引きずり込むと有名だった。
と、言うわけでの服装なわけだけど、まぁ、これだけ可愛ければあの叔父上サマは引っかかること確実だからいいかな。
などと思っている間にも、着々と侍女に混じって掃除をこなす。窓枠にかかった埃を払い落とし、床を磨いてつやをつける。…ホコリ溜まりすぎなんだけど、いいのかなコレ。
見る間に真っ黒になる雑巾を見下ろして、この屋敷の掃除レベルについて微妙に心配していると、ばんと扉の開く音。そして、耳障りながなり声が響いた。
「おいっ!全く、主が帰ったというのに出迎えもなしかっ?この役立たずが!」
「も、申し訳ありません…。お帰りなさいませ、旦那様…」
返るのは、少し怯えたような…メイド長?の声。
「まったく、どいつもこいつも愚鈍な輩ばかりでイライラするわ。…おい、アレはどうした!」
「お、奥様でしたら…その、あの、夜会に…」
「ふんっ、あの尻軽女め」
…まぁ確かに叔母上は、夜会に出ては、お金をちらつかせて得た若い愛人をはべらせるのが好きだけれど、幼女を寝室に引き込むあなたが言えたことじゃないでしょ叔父上。まぁ(どうでも)いいんだけど。
胸の中で呟きつつ、そ知らぬふりで床を磨く。がっがっがっ、と優美さとは無縁の足音が近づいてくるのを見計らって、手にした雑巾をバケツの中に落とす。派手に散った水しぶきが、真横を通行中だった叔父上のズボンを直撃した。
「あっ…」
「なっ…!何と言うことをしてくれるのだこの小むす…」
「もっ…もうしわけありません…」
前髪をさり気なくよけつつ、うる、と涙で目を潤ませて上目遣いに謝罪をすると、叔父上の顔が引きつり、皿のように見開かれた目がこちらを上から下まで眺め回す。そのままま、三往復。
「…ほ、ほんとに、すみません。わたし…っ」
「――――あ、ああ、まぁよい。次からは注意せよ」
「…はっ、はい…」
急に緩んだ顔でもう一度こちらを眺める叔父上に、後ろからついてきていたメイド長が、痛ましそうに顔をしかめた。
そうして、メイド長がつらそうに顔を歪ませて、「主様のお部屋に行って…お相手をなさい」、と言いに来たのは、その日の夕飯が終わった直後のことだった。
「…あ、あの…しつれいします…」
「おお、よい入れ」
ノックするとすぐに、叔父の抑えきれず厭らしさのにじんだ声で返事があった。
……しかけた俺が言うのもなんだけど、こんなにちょろくて良く今まで生きてこれたよね、あの人。
そんな内心などおくびにも出さず、俯きがちに扉を開け、後ろ手に扉を閉めて、胸の前でぎゅっと両手を固く握り締める。…うわー麝香臭い。
「…あ…あの、メイド長様が、お相手をしろ、と…」
「おお、おお、怯えておるのか。よいよい、わしが良きように…」
「…まぁ、…なんて、お優しいお言葉なのでしょう…」
「そうとも、わしは優しい男だ。さぁ、こちらに」
好色丸出しで、寝台の前に立ったド紫のバスローブ姿の叔父がこちらに手を差し伸べる。それに一瞬びくりと肩を震わせて、躊躇いがちに一歩踏み出す。震える手を、差し出された脂ぎった掌に伸ばして、そして…、
「ほんとに、おめでたいですねぇ、叔父上?」
「なっ…きさま…っ」
叫ぼうとした口を押さえつけ、そのまま思いっきりベッドの上に叩きつけた。
くぐもった悲鳴と、不満を宿した目が、掲げた銀刃をうつして驚愕に見開かれる。
「…ぅっ…」
「静かに。…って、ああ、これですか?キレイですよね、父上が異国を訪ねたときの、アナタへのお土産ですよ」
「…っ…」
「別に自殺に見せかける気もないんですけど、下手なもの使って、持ち主が罪に問われると可哀そうですしね?」
「…っ……な、ぜ…ぐぅっ!!」
ぐりっと、拳で喉仏を押すと、空気の塊を飲み込むような苦悶の声が漏れる。
「話さないで下さいってば。で、何故って、俺は降りかかる火の粉は容赦なくはらう主義なんですよ。…ひとの妹を、妾扱いする相手には、特に」
「…っ…っ!?」
ざっと、叔父の顔が、灯火のもとでも明らかなほど蒼ざめる。そして、やっと状況を理解したのか、こちらにむける目が、恐怖と懇願を宿すのがわかった。
「…っぅ……っ…」
「命乞いだか罵倒だか知りませんけど、聞く耳が今日は留守なんですよ。すみません」
ゆっくりと、相手にもわかるように刃を振り上げる。絶望に染まる目を見下ろして、俺はにこりと、艶やかに笑った。
「さようなら、叔父上。どうぞ、いい悪夢を」
叔父が死んで、邸内は騒然となった。けれど、父とは違い、清廉潔白とは程遠かった叔父を恨むものは多く、15歳にも満たない俺は、犯人の候補にすら挙げられることはなかった。
そして、叔父の死から3週間ほど過ぎたある日、母さんがいつも通り高らかに、けれどほんの少し不安そうに、「アベル・カークランドという商人のもとに嫁ぎたい」と、俺とディアに相談にきた。
その顔は、完璧にその相手に恋をしていて、俺たちのことは心から愛してくれてはいても、それ以外には基本的に愛情=お金精神の母さんの新しい一面に驚いたけれど、勿論、反論する理由はなかった。ディアはそっけなく「いいんじゃない」と言っただけだったけど、内心元気になった母さんに安堵していたのを知っていた。
母さんが嫁ぐ先がどこであれ、母さんとディアのことを守る覚悟は決めていたから、正直どこに行こうと構わなかった。ただ、母さんの再婚相手が、母さんの期待と裏切らない相手であればそれでいいと、ただ、それだけを思って、俺はカークランドの家の扉をくぐった。そうして…そう、そうして俺は、あの子に、会った。
「はじめまして、お母様、お兄様、お姉様。スィリスです。お会いできて嬉しいです!」
はいすみません書いてなかったー!!
そして遅筆です!もう、これはどなたにどう言って頂こうが遅筆ですごめんなさい!…もう、このごろ駄目です。…自分で書いてて、あまりの話のぐだぐださにへこみますごめんなさい…。
そして内容が暗くてすみません。アレですアレな感じです!…アレってなんだ…。
【下】では、どうして兄さんが主人公を大事にしてるのか。…というかあなたのそれ親愛の情ですか?恋ですか?…といったところに触れていきたいと思ってます。
よ、よろしくお願いします!