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第十五章 灰かぶり姫・襲撃


本当は入ってはいけないと言われていた書斎の、壁いっぱいに広がる本棚の一番奥。隠れるように置かれた濃いカメリア色の表紙に惹かれて開いたページの中で見知らぬことばを見つけた私は、宝物の地図を見つけたように興奮した。見慣れたアルファベットが違う並びになるだけで、違う意味合いを与えられていることが、当時の私には魔法のように思えた。そうして、時間を忘れてその本を眺めていた私は、当然のように父様に見つかった。

 しかられる、と俯いた私に、父様はその本を読み上げてみなさい。と優しく言って、おずおずと、半分あてずっぽうで読んだ私を前に、目をいっぱいに見開いて固まった。何時になく怖い顔で、真剣な表情でこちらを見る父様に、やっぱり怒られると、私は身をかたくした。

けれど父様は数拍の沈黙のあと、静かに、これを読みたいのかい?と聞いたのだ。反射的に頷いた私に、父様はもう一度沈黙し、そして、深く頷いてくれた。

『この言葉は、色々な国の言葉をスィリスに教えてくれる、魔法の言葉だよ』

『まほうのことばっ…!?』

『そう。でも、人に話すと、その力は無くなってしまう。わたしもスィリスも、罰として二度と話すことが出来ない呪いをかけられてしまう。だからスィリスは、この言葉のことを誰にもはなしてはいけない。例えお友達でもね。―――約束できるかい?』

『――――はい。スィリスはやくそくできます。父さまとの約束を、まもりります』

 そうして教えてもらった言葉を、私はむさぼるように読み、覚え、そして約束を守って誰にも…父様以外の誰にも話さないままでいた。

それは母が家を出た後も、新しくお母様が来てからも続き、母が家から消えてから、落ち込むことの多かった父様も、私が「まほうのことば」を使うときは優しく、嬉しそうにしてくれたので、それが嬉しくて、幸せで。…そうしている間は、父様の傍にいてもいい気がして。

 けれど、ある日、それは崩れた。

『これは“魔法の言葉”なんかじゃないでしょう?スィリスを騙すのはいい加減にして下さい』

 何時でも優しい人の、聞いたことがないくらい冷たい言葉によって。

あの時、あれほど冷たく父様が責められる理由がわからなかった。どうして?そう、思っていた。

『その言葉は、“魔法の言葉”じゃなくて呪いの言葉だ。だから二度と使わないで』 


 どうして、忘れていたのだろう。怖いほど真剣な目をして言われた言葉を。


『忘れて』


 そう、言われていたのに。忘れられなくても、忘れたふりをしなくてはいけないのだと。


『何故、あなたの勝手な感傷にあの子を巻き込んだんです!』


『あなたなら、他にやり様はあった筈だ!』


『俺が卑怯だから、こうするのかな』


『ごめんね。…今度は、守るから…っ』



 泣いてるの?泣かないで。ごめんなさい、泣かないで、なかないで。お願い、


「…いさま…」

(ニイサマ…)

 自分の声に目を覚ました。それは、ある遠い日の、いつだかも忘れてしまった、朝のきおく。








 ぱた、ぱた、と、断続的に滴る水音。そして、真っ黒なシャツから滴る、真紅。

 小さな舌打ちと、ばたばたと駆け出して行く人の足音。

「兄…さま…?」

「――――――あっぶないなぁ。……シンデレラちゃん」

「は…い」

「ケガないよね?俺はちょっと様子を見てくるから。動かないで待ってて」

「…っ…!」

 反射的に、背を向けかけた兄様の服の裾を掴んでいた。

「――――理由はちょっと言えないけど、ここに居てくれたら安全だから。不安だと思うけど、少しだけ待ってて、ね?」

「ちが…っ」

「え…?」

「兄様…兄様、怪我を」

「ああ…」

 私の言葉に、兄様ははじめて気付いた、とでも言いたげに、真っ赤に染まった腕を見下ろした。

「大丈夫。だばだば血が出てるっぽくみえるけど、意外と浅いから。平気平気」

「でも…っ」

「すぐ戻るから」

 そうじゃなくて、怪我が重傷でなくても、そうじゃなくて。

「兄様、私大丈夫ですから」

「え?」

「大丈夫だから、だからお願いです兄様っ」

 何が言いたかったのか、自分でもわからない。けれど、言いつのろうとした私を見つめて、兄様の空気が一瞬だけ、はりつめて。そして、

「大丈夫だよ、シンデレラちゃん」

 にこっと、気配で微笑んだのがわかる。けれど、見えない。暗い路地裏から見上げた光で逆光になった兄様の顔が、見えない。

 そして、優しく私の頭を撫でて、踵返して駆け出していく兄様を、私は呼び止めることも出来ずに見送った。






「きみ、何処のひと?」

「………」

「ああ、間違えた。誰に言われてきた人?」

「………」

「だんまり?まぁ、いいんだけどね」

「………くそっ!」

 一般市民というにはいささかガラの悪い男が切りかかってくるのを軽くいなして、ナイフと共に突き出された腕を掴んで、それを軸に地面に叩きつける。ひねりあげた腕を容赦なく引くと、ばきっと、何かがコワレル音がして、男が苦悶に絶叫した。

「…ぐぁああっ!」

「あの時俺が気が付かなければ、きみの刃は間違いなくあの子を突き刺してた」

「……ぅ…あ…い…」

「俺の責任かな。まさか、他国の人間を傷つけるほど愚かだとは思わなかった。しかも、俺が駄目なら周りを無差別なんてね」

「…は…はなし…」

「俺が気に入らない?目障り?…それで周囲を狙うんだね。ほんっとうに、苛立つな。…一度は冗談ですませた。二度目はないよ。―――お仲間の命が大事なら、きみ達も出てきなよ」

 背後からの怯えたような空気と、隠し切れない濁った殺気を撒き散らす奴らを振り仰いで、そして小さく首をかしげた。

「殺しちゃうよ?」






 人通りのない裏路地の角を曲がった途端、鼻をついたむっとした鉄の臭いに思いっきり眉をひそめる。

 あーやだなー臭いってうつるのにぃー、とか思いつつも、こちらに横顔を向け、無防備に空を見上げている人に声をかけた。

「若」

「ロワザアリア。あの子の護衛は?」

「屋敷におくりましたよ。問題ありません…ってゆーか血臭すごいんですけどぉ」

「うん、そうだね」

 にこり、と鮮やかに、自分自身の血と、誰とも知れない人間の血をまとわせて、カークランドの若は笑った。そして、その笑顔のまま、手に持っていたナイフを一閃すると、びっと、灰色の壁に血糊が散る。

 ―――ああ何度見ても寒気がするってゆーのに。

 …でも、彼の足元に、“当然”あるべき死体がなかった。

「逃がしたんですかぁ?」

「どうみても、お金で雇われただけっぽいし、そこらの働かない稼がない職に就く気もない人だと思うから、捕らえても無駄だしね」

「…殺さなかったんですねぇ」

 殺人を望みはしなくても、「必要だから」殺せる人間。それが、この若だ。それをあたしは、この若様に雇われた数年前に既に知っている。なのに、

(やっぱりあの子かなぁ)

 他国の人間である自分に、誠意を持って接してくれる、あの誠実な女の子。あの子は、人が傷つくのは望まないだろうな、と思う。たとえ、自分のことを傷つけようとした相手だろうと。

 「兄様」におくってあげてと頼まれたからと、そう声をかけたときにも、怖い思いをしただろうに、ひたすらにこの若のことばかり気にしていた子だから。

「…あの子は平気だった?」

「えー。何の怪我もなく。でもぉ、“おにーさま”が帰ってくるの、待ってたみたいでしたけどぉ。すーっごく心配してましたよぉっ」

「―――そう」

 若干、「あんなまともな子に泣きそうな顔させるんじゃないっつーのこのボケ」的な気持ちがあったため強調した言葉に、のらりくらりと笑顔で流すはずの若は、少し頷いただけだった。

 …正直、きしょい。

「落ち込まないでくださいよー、きしょいですからぁ」

「あはは、酷いなロザさん」

 あたしが知る限り(まぁ所詮あたしが知ってる部分は僅かで、正直これ以上知りたいとも思わないけど)、化け物じみたこの若様が、こうして「人間」になるのは、あの子に関するときだけだ。

「前から聞きたかったんですけどぉ、何であの子にそんなに執着するんですか?」

「え?嫌だなロザさん、嫉妬?」

「えー?えー?いやーん。あたしに嫉妬してほしかったら、性別反転させて出直してきてくださいぃ」

 お互い有り得ないと思っている軽口に軽口で返す。くすくすと笑っていた若は何気なく下を向く。ひとつ、不自然な間を置いて、若の金色をした髪から、ぽつ、と真紅の雫が落ちた。

「…そうだね、あの子は、俺が落ち込んでたりすると、必ずそばにきてくれるんだよ」

 言葉が、続くのかと思った。だけど、カークランドの若はそれ以上何も言うことはなく、じゃあ、帰ろうかな、と明るく笑った。

「いーですけどー。お嬢さんに会う前に、その赤いの、洗い流してくださいねぇ」

 ああ、この人は、あの子にどんな顔をして会うのだろうか。そう思っても口には出さず、あたしは変わらない軽口を叩く。

『ロザ姐さん』

 優しいあの子に見せないために、笑ってみせるのだろうか。そして、嘘をつくのだろうか。それが悪いとも、間違ってるとも思わないけれど。


『ロザ姐さん…っ、にい、様がっ!怪我を…』

『へーきだぁって。あたしにお嬢さん頼む余裕あったんだもん。すーぐ帰ってくるって』

『…っでも…』

『ここで出てったら、カークランドの若、ますます心配するからさ。ね?』

『………はい…』


 うつむいた顔を思い出す。

 あの子は、きっと聞くだろう。あたまのいい子だから、若がどうしてこんなふうになってるのかに気付いて。それでも、女の子が泣くのは見たくないなぁ、とも、ほんの少し思う。

(…まー、あたしには関係ないけどぉ)

 ひらひらと手を振って歩いていく若を見送って、あたしは肩をすくめて、若とは反対方向に歩き出す。足元でぴしゃっと血がはぜて、あーこれはじめて発見した人カワイソウだわー、とかは思わないこともナイけど、別にわざわざ拭く気もおきない。だって相手死んでないらしいし。死んでても拭かないけど。

 角を曲がり、道を抜け、夕陽に照らされた大通りの明るさに少し目を細めて、そしてあたしはさわがしい雑踏に紛れていった。




 うふふあはは…嫌わないでやってくださいーっ!!!腕ばきっとかやってますけど出来れば、出来れば嫌わないでやっていただけると嬉しかったりしますぅぅうう!…そして今回は(も?)ちょっと短いです。


 次回は、兄様が主人公のところに…いや、その前に黒々した過去、&なんで兄様が主人公を大事なのかが出る予定です。よろしくお願いします!



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