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間章・とある王子様の会話(王子視点)



「で、何を口実にいらっしゃるんですか?ロワナの第一王子様は」

 珍しいほど穏やかで落ち着いた目をしていたレイ・カークランドは、一つ目を瞬いて、軽やかに雰囲気を入れ替えた。あっさりと変わった空気に応えて、こちらも軽く肩をすくめて見せる。

「うちの国との友好を深めるため。それと、30年前から見直しがなされていない、ロワナとうちとの貿易条件の見直しをしたいそうだ。会談は順調にいって一月後。それより3日ほど前から、うちの国に滞在することになるだろうね」

「自分で国交破壊まがいのことやっておいて、随分と厚い面の皮ですねー」

 レイ・カークランドにだけは向こうも言われたくないだろうが、向こうの意図が何であれ、他国の第一王位継承者直々の訪問を断るわけにもいかない。

「まぁね。―――それにしても、あそこの王は温厚な人柄だったと記憶しているけど、間違いだったか?」

 ロワナ王国現国王、アルトル・ソエカラ・アビガイルの名は、隣国ということもあって、それなりに聞き知っていた。2年前の即位式には父について出席もしたが、覇気や迫力とは遠いが、穏やかな、物腰の柔らかい人物だと記憶している。若干気弱そうな、流されやすそうな雰囲気があったのは事実だが、少なくとも、他国にいきなり圧力をかけてくるような過剰な自信家にも、考えなしにも見えなかったのが。

「いえ、国主は確かに温厚な人柄ですよ。果断な処置は苦手でも、圧政は好まず、税もほどほど。名君ではなくても良君ではある。ついでに言うと、即位して2年しか経っていない王に、他国にちょっかいを出す暇がないのも事実です」

「なら何故…?」

「なんですけどね。その良君も、子育てにだけは激しく失敗をなされたようで」

 マルス・カドクエル・アビガイル。と、レイ・カークランドは、ロワナの第一王子の名前を口にした。

「今回いらっしゃるらしいその王子サマ。野心溢れかえっちゃってるゴセーカクのようなんですよねー。まぁ、“自分の力を試したい”っていうのは、子どもの成長過程の必須項目なので、しょうがないと言えばしょうがないんですけど」

「―――――マルス・カドクエル・アビガイル第一王子は、22、3歳だったと記憶しているけど?」

「あ、惜しいです殿下。正確には、当年とって24歳ですよ」

「……………」

 …年齢詐称してるんじゃなければ、君は今年で21歳だったと記憶してるんだけどね?他人事ながら、年長の王族を「子ども」扱いするのはどうかと思うが。…まぁ、関係ないから言いといえばいいのだけれど、もし言われたのが自分なら即時抹殺したくなる。

「ともかく、今回の件は恐らく、その第一王子のほぼ独断です。圧力も、訪問もね。まぁ、王も止めきれなかった時点で同罪ですが、押し切られた感が強いですから」

 聞こえてきた言葉に、微妙に方向性のずれた思考を引き戻し、無意識に眉根を寄せる。王子の独断…?

「じゃあ本当に第一王子が圧力をかけていた張本人? 」

「ええ。小麦の値段が思うとおりに上昇しなかったから、むかっとしたんじゃないですか?」

 オーベールの持ってきた報告書で、小麦に関する圧力と、その値上がりを知ってすぐに、小麦の値段の上昇は止まった。…正しく言えば、僕の命に応じたレイ・カークランドが止めた。

「…それはまた」

 今回、うちの国への会談と訪問を希望したロワナの第一王位継承者。マルス・カドクエル・アビガイル王子。外交に通じ、積極性に富み、多くのものに支持を受ける聡明な王子。ロワナ現国王とは違い、体技に優れた男らしい美形と言うことで、国内は勿論他国でも人気が高いと聞く一方で、才気が過ぎて攻撃的な性格の傾向があるとは聞いていたが。

「事実だとすれば、随分と軽率だね」

「ねー、気が短いですよねー」

 ………ともあれ。

 いくら攻撃的な傾向があるとは言え、一国を担うものが、「小麦の値段を止められた」。つまりは計画を止められた程度のことで、直接敵地に乗り込んでくるとは考えにくい。そう、ただ、計画が邪魔された程度では。

 余程「上手く」、挑発されたのでなければ。

「―――――何か嫌がらせをした?」

「嫌だな殿下」

 ―――――よっぽど相手をおちょくることやったんだなこいつ。と言うかせめて口先だけでも否定をしろ否定を。

 小麦の値段の安定に関しては一任しているし、その際に、王都組合会幹部レイ・カークランドとしての名前を出すことは許可していたが、

「何をやったんだか知らないけどね、――――国交問題になったらどうしてくれる?」

「えー?向こうが先なのにー。…なんて、嘘です。俺がやったとは表面上、わからないようにはしましたから」

「へぇ?」

「まぁ5分調べればわかりますが」

 要するに、体裁だけ整えて実質ばればれか。…一番腹が立つやり方だな。

「いつか刺されるよ、君」

 半ば本気での言葉に、レイ・カークランドは肩をすくめただけだった。それは、「そんな訳がない」、と言う表情ではなく、「でしょうね」という表情。そして、不意にその瞳が色を濃くした。

「―――ただ、気が短いのもやりかたが多少横暴なのも事実ですけど、有能ですよ」

「確かにね」

単純に小麦に圧力をかけただけでは、パンなどの生活必需、加工製品がすぐさま値上がりする。そうすれば、生活に直結する民衆は、例えそれが僅かな額でも、間を置かずそれに気が付く。けれど、小麦加工製品の値段に変化がなければ。生活に直接関係のないのない小麦の値段には、民衆は無頓着なままだ。

「組合会幹部を裏切らせた上での、小麦に的を絞った圧力」

都組合会幹部のうち、小麦加工製品に関わるものたちを抱き込んで、パンなどの値段は変化させないように重石をさせる。

「そのまま小麦の値段だけを小額ずつ上げつづけ、そして頃合を見計らい、もう取り返しがなくなった段階で、その重石を外す。すると起こることは?」

「一気に物価全体が跳ね上がる」

 そうなれば、例え王都組合会であろうと、王族であろうと、上がりきった物価を下げることは容易ではない。この上なく、周到なカタチ。

 無能な自信家に構想でき、また、実行できる計画ではない。相当の話術と財力、そして統率力が不可欠なはずだ。甘く見ていい相手では、けして、ない。

「はじめは、そこを狙って、値段の安い小麦を大量に売り込んでくるつもりだと思ってたんですけどねー」

「恐らく、違う。あそこは、うちの国から早急に小麦を輸入しなければならないほど小麦に困っていないし、逆に、こちらに輸出をしたがるほど莫大な量の小麦がとれるわけでもない。小麦の値段そのものが目的とは考えにくいね」

「物価そのものが上がってこちらがあたふたしてる時に、何を言ってくるか、ですね」

 そしてそれは、順調にいけば一月後、…会談の時期とぴたりと重なるのだろう。値段の上昇をとどめたとは言え、今までに上がってしまった部分はそのままなのだから、やり様はいくらでもある。けれど、

(思い通りにさせるほど、僕は甘くはないからね?)

 この国に訪れたその瞬間から、罠を張り、言葉で絡め、必ず真意を割り出して…そうして、叩き潰してみせる。

「そこを見極めるのが、僕の仕事だ」

「ええ。…頼りにしてます、殿下」

 何気なく言った言葉に、レイ・カークランドは器用に肩眉を引き上げ、そして、冗談めかして軽く敬礼をして見せた。





「…レスト様、お休みになられては…」

 近衛のきづかわしげな声に顔をあげると、レイ・カークランドが出て行ったのは昼過ぎだったというのに、部屋は夕陽色に染まっていた。何時の間にか、政務に集中しすぎていたらしい。

「ああ、父上への報告書もそろえたし、もう少しすれば休むさ。だがまだ、客がいてね」

「国王陛下のお加減は…?」

「――変化はないよ」

 未だ成年である18歳に満たない…はっきり言えば若造である僕が政務の大部分を任されているのは、現国王陛下の体調不良によるところが大きい。

 国王陛下…父は、アルトル陛下と同じく、他人の前に立ち、人を指揮する性格ではない。生来の体の弱さもあって、頼りなげな印象を他人にも与えがちだ。

 けれど、穏やかな人柄と、何より他者の能力を素直に認める力に優れていた。なにせ父の口癖は、『あなたのおかげですね。本当にありがとう』だ。裏を叩こうが面を叩こうが明後日方向叩こうが、何一つの黒さすら湧き出でて来ない驚異の人であり、そのため、多くの良臣に恵まれた。

 1年半ほど前から、父は元々弱っていたからだを過労のため痛め、それからは寝台からおきあがれない日々が続いている。とは言っても、すぐさま命に関わるものではない。当人もほけほけとして、見舞いに行ったら「大きくなりましたねー。前はこのくらいだったのに」と、掌で卵大の丸を作られ、かつ、「おとーさまに抱っこはさせてくれませんか?」と微笑まれてこめかみが引きつった。…ちなみに、嫌味でも嫌がらせでもない。あの人は本気だ。

 ともあれ、父の多くの良臣は、父の意に従って僕の補佐を行ってくれている。彼等の支えがあればこそ、政を勤めていられる自覚はあるため、彼等を従えた父のことは心から尊敬しているし、良臣達にも感謝している。

 …だが、

「おぉおおおおおおぅうううううじぃぃぃいいいいいい!!じぃが来ましたぞぉぅぅうううううう!!!!!!」

「っ…」

 ばぎゃっと、何だか見たくない音を立てて執務室の扉を蹴り開けた男に突進されてがっきと組み付かれて、一瞬殺意が芽生えかけた。

「お呼びいただけるなぞ無上のこうえいですぞぉおおお!」

「―――――ダールトン将軍、重いので離れ…」

「おぉう、これはまた大きくなられましたな1センチほど!!」

 ぴしっと、こめかみから青筋が立つ音がする。多分幻聴だが怒りは本物だ。

 成長期真っ只中で、身長は伸び続けていることに加え、身長で苦労した覚えもないので別段気にしてはいないのだが…いざ言われるといらっとくる。

「―――離してもらえるか。ダールトン将軍」

「むふふふ、しかもわしはお聞きしてしまいましたのじゃ、王子の一大事を!!」

 聞け。脳が死滅してるのでなければせめて聞け。そして声がでか…大きい。自重してくれないと耳が痛い。

 けれど、そんな不満は続いた言葉に掻き消された。

「ついにっ、ついに王子が奥方をお決めになられたとぉおおおおおあああ!!」

 …………………。

「は?」

「王子は陛下に似て美形だというのに女ッけがなくて、心配しておりましたですじゃ!その王子がついにっ、可愛らしく聡明で控え目でしとやかな女性をお茶目に脅して、会いにくるように強要したと噂の渦中にあるとはっ!!権力を行使して女性に言い寄るとはっ、立派に成長なされてじぃは嬉しいですぞぉ!!!」

 相手の女性像が妙に細かいとか、そもそもそれのどこが立派に成長したのかとか、色々言いたいことと聞きたいことがあるけど一先ず置くとして。

「噂。―――――――――――――どこから?」

「今さっき入れ替わりにお会いしたカークランドの若主にですぞぃ。『わーあ、お久しぶりですね、コルクナ大将軍閣下。相変わらず素敵な筋肉とお名前で。ところで知ってますか?実は殿下に…』と、親切に教えてくれたのですじゃ」

「――――そう」

 口調まで忠実に再現された言葉に、ぐしゃっと、手元にあったインク拭き用の紙を握りつぶしながら、顔面に笑顔を張り付かせた。

 …死ね消えろあの変態女装男。アホにも程があるだろうが自分から暴露するな。何より、自分に直接被害がないとわかっているからこそやる神経が腹立たしい。

 しかも「素敵なお名前」とか言いながら、確か以前、長妹の飼ってるコウモリと同じ名前だとか言っていなかったかだろうか?

「…事情があって、女性を1人、王宮に定期的に招くのは事実だけれど、奥方云々はレイ・カークランドの悪ふざけだ」

「なんとっ!!?それは残念無念ですじゃ…」

 コルクナ…つまりは光の名を持つ現大将軍、コルクナ・ダールトン将軍は、「がっかり」と顔に書いて肩を落として、やっと組み付いていた腕を離した。…その情けない顔は、とてもではないが軍の最高指令を務め、齢60をすぎながら、未だに衰えを見せない、勇壮無比な軍人とは思えない。

「…やっとじぃも孫の顔が見れるとばかり…」

「自分の息子に頼んで欲しいな」

「だめですじゃ。あいつ小さなことをうじうじうじうじしておるし細っかいことで騒ぎよるから、三十路間近にもなっても女性にもてんで結婚なんて夢のまた夢ですじゃ」

「…容赦ないね」

 仮にも皇太子付きの護衛隊隊長の1人なんだから、女性から声がかからないということもないと思うけど。…まぁ、

「僕が女性でもあれの嫁は御免蒙るけどね」

「ですじゃろー?うたれ弱いですしなー」

 哀しげにため息をつくダールトン将軍に、執務机の脇に控えていた近衛隊長の肩がわなわなと震えている。色々不満はあるらししいが、公務中のため、口に出せないらしく、結局胃のあたりを押さえてうじうじしだした。確かに打たれ弱い。

「…まぁ、冗談はともかく、急に呼び出して悪かったね」

「いやいや、王子のお呼びとあらば、このじぃはいつでも駆けつけますぞぉ」

「―――――貴方が先ほど言った娘のことで、頼みがある」

 頼み、と口にした途端、ダールトン将軍が驚いたような顔をして、そして背筋を正してしっかりと向き直った。

「ほう?なんでしょうな」

「僕が呼ぶ娘は、理由は言えないが、大きな意味を持っている。ダールトン大将軍…その娘を、守ってやってほしい」

「そこの近衛達はわしの部下共ですじゃ。ご信用いただけませんかのぅ?」

 眉を八の字にするダールトン将軍の目には、レイ・カークランドや、他の多くの宮人達が見せる、こちらを探ろうとする色はない。ただ、困っているだけだとわかるそれを解くために、言葉を重ねる。

「信用はしている。だが、他者から見て、“彼女は傷つけてはならないものだ”という目に見える証が欲しい」

 巻き込んだのならば、せめて最大限の庇護を。

「そのために、貴方の名前をお借りしたい」

 打ちうる全てを、打っておきたい。

 そう告げた言葉に、ダールトン将軍は一拍おいて、深く深く頷いた。

「…わかりましたぞ。こんなじじぃでよろしければ、喜んで姫君をお守りいたしましょうぞ」

「―――感謝する」

「なんのなんの。他ならぬ王子の御ためですからの」

 本当に、孫でも見るかのような裏のない目で、親しみで笑う老将軍を前に、僕はかなわないな、と小さく苦笑した。



はい、前書きが鬱陶しいことに気が付いたので、今回からは前書き無しです。


 お話…新キャラ…爺様、ですね。誰が喜ぶんでしょうね彼が出て。じいさま好きの作者しか嬉しくないですねきっと。そしてこの将軍は、何度も登場してるのに、未だに名前が出てない薄幸の近衛さんその1のお父様です。キャラが濃いです。はっきり言えば暑苦しい感じです。だからこの先多分あんまり出ません。…なら何故出したのかと聞かれれば―――わかりません。すみません勝手にでちゃいました。


 ロワナの王子サマは、もう何話かしたら出てきます…その予定です。頑張ります!


 そして、次回は主人公視点で、「主人公お城に行く!ただし仕事です!&ワガママお嬢様との遭遇!」の回です。自分で書いててなんですが、ちょっといらっとくる感じの女の子がでる予定です。


 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!



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