第八章 灰かぶり姫・再会(強制的)
物語の都合上、実在する言語に特殊な設定を与えています。これは、作者が(多少は)文法を知っている英語以外の言語がその言語しかなかったためであり、特に何らかの意味を持たせたものではありませんが、ご注意くださいませ。
あと今回、少し短めかもです。
寄せられた情報に、差し出された報告に、何の感慨も無かった。ただ、面倒なことになったと思い、そして部下に当然のように指示を出した。
(ただ…)
そう、ただ、一週間ほど前に思い描いた未来をそのまま実行している自分を嗤い、その時に抱いた、妙に鮮やかな感傷を嘲笑する。
「やっぱり僕は、君を利用するよ。それも一瞬の躊躇無くね」
冷めたような声が口の端からもれて、そうして、僕は小さく瞳を閉ざした。
「わざわざ来てもらって済まないね。馬車は揺れなかったかな?」
「…はい。お優しいお心遣い、胸に染む思いです。皇太子殿下」
(………いったい何だってこんなことに…)
香り高い紅茶の湯気と、飾られた薔薇のアレンジメントの向こうで穏やかに微笑む皇太子殿下を前に、私は心の中で思いっきりため息をついた。
日課通りお母様とクローディア姉さまと兄様(ただしショッキングピンクなネグリジェで寝ていたので実質お姉さま)を起こして朝食を食べてもらい、掃除を済ませて昼食を作り終えた途端、玄関のベルが鳴った。
何の気はなく玄関を出た私は、見知った顔を見て固まった。大柄な体躯。優しい、ほわほわとした笑顔。
「―――オーベールさん…?」
「はいー。こんにちは、カークランドさんの妹さん。今日はぁ、わが主の命で、あなたをお迎えにきましたー」
「…お迎え…?我が主って…」
「ああ、わたしこれでも…」
そして言われた名前に完璧に凍結した私は、あれよあれよと言う間に馬車に乗せられてそれに揺られ、気づけば最高級のテーブルセットとお茶菓子をはさんで、オーベールさんの主である人―――つまりはこの国の皇太子殿下と向かい合って座っていたと言う訳だ。…頭が凍り付いて抵抗出来なかった自分が憎い。……まぁ、皇太子殿下の命に、一般人が逆らえるわけないのだけれど。
……実を言うと、多少嫌な予感はしていた。城の奥部に、貴族の儀礼服でもない格好で、しかも、まるで自分の部屋にいるような自然さでいた、私よりも年下であろう男の子。その衣服が最上級のものであったこと、兄様がわざわざ「城」へ報告に行っていたこと。そして、紅茶色の目と赤銅色の髪と、兄様の書類にあった“紅の人”の呼び名。
そして、この国で、“紅玉の君”と称される方がいることは、噂に疎い私でも知っていた。紅玉のように鮮やかな色合いと、完璧な人格と美貌を併せ持つ、年頃の少女達の憧れである方。
帰ってきてからようやく符合に気付き、「不敬罪で処刑とかされたらどうしよう…。まぁ怒ってなかったみたいだし、ぎりぎり平気…?ぎりぎりぎりぎりくらいは平気…の、はず」とか思ったりもしていた。けれど、
『ああ、わたしこれでも一様、皇太子殿下つきの近衛隊隊長でしてねぇ。なので、わが主は、レスト様です。レスト・ファリシアン・リュファス・アレクサンドル皇太子殿下ですよぉ』
ほわほわにこにこと、“嫌な予感”が“信じたくない現実”だと言われた時の衝撃はすさまじかった。もう何と言うか…気絶したくなった。
とは言え、残念ながらそんな繊細さはなかった私は気絶も出来ず凝固したまま、たまたま来ていたおかみさんたちに心配そうに見送られてここに来てしまっていた。
…ちなみにオーベールさんは仕事があるとのことで、ほわほわ笑って出て行った後であり、だだっ広い客間にいるのは、私と皇太子殿下の二人だけだ。(まぁ、柱の影に近衛の方や従者の方の2人や3人はいるのだろうけど)空気がきつい。…理不尽とわかりつつも微妙に恨めしいですオーベールさん。
「オレンジのパイは料理長の自信作なんだ。遠慮せずにどうぞ。そうだ、お茶はエミルスのものなんだけれど、口にあうかな?」
「……はい。とても美味しいです。わたくしなどがいただくには、もったいないお味です、皇太子殿下」
――――できることなら遠い目をして現実から逃げていたいところだけれど、皇太子殿下の前でそんなことすればそれこそ不敬罪だ。
正直緊張と不安で味などわからないけれど、顔面を引きつらせないように努力して答えれば、ふわり、と皇太子殿下が穏やかに微笑した。
「かしこまる必要はないよ。レイ・カークランド殿にはいつも助けてもらっている。君の話もよく聞かせてもらっているんだ。美しく、聡明な女性だとね。…前回はわざわざ資料を届けてくれたのに、お茶も出せないままだったから気になっていたんだ」
「そのようなお気遣いをいただけくなど…」
「想像していた通りの可愛らしい人だったから、私個人としてももう一度お会いしたくなってしまってね」
……ところで、入室したときから薄々感じていたが、微妙にこの皇太子殿下の性格がちがわないだろうか?
前回私が会った人は、穏やかだけれど少し皮肉っぽく、硬質な感じがする人だった。けれど、今の皇太子殿下は優しく柔らかく甘やかで、完全無欠な“王子様”そのものだ。それに、
(何だかばかにされている気がする…)
“可愛らしい”という言葉も、“聡明”だという口調も、どこかこちらを揶揄の響きを含んでいる気がする。イメージとしては…蜜を吸わせた真綿でくるんだ、針のような“嫌な感じ”。
そう、それに、…観察されているような気がする。もしくは、試されている気が。
「…本当にかしこまらないで欲しいんだけど…。強引な男だと、嫌われてしまったかな?」
「いいえ。そのようなことは。…皇太子殿下は、わたくしにとっては、高嶺にあらせられる方ですし、素敵な方ですから、緊張してしまって…。失礼の無いようにと気を張っていたのが、かえって見苦しかったようです。申し訳ありません」
「見苦しくなどありませんよ。あなたは本当に素晴らしい女性だ」
今の質問にしてもそうだ。軽い戯れに見せかけながら答えにくい質問を投げかけ、こちらの受け答えを冷徹に見極めている。
そして何より不愉快なのは、この皇太子殿下は多分、私が彼の「軽んじている」、「観察している」といった意図を感じ取っているのに気が付いている、という点だ。愉しそうな目が、こちらの困惑や苛立ちを正確に感じ取っていて、その上で笑っていることだ。
(…っ、感じ悪い…)
いくら身分の差がある人だろうと、兄様の仕事依頼主だろうと、こんな風にいつまでも遊ばれていなければならない理由はない。顔面に貼り付けていた笑顔を外し、私はこの部屋に入ってはじめて、心のままに強く皇太子殿下を見据えた。
「皇太子殿下、わたくしをお呼びなられたのは、どのようなご用向きからなのでしょうか」
「え?だから、君に会いたかったからだよ。聡明で美しい、レイ・カークランドの妹君?」
「わたくし如きに、気高き皇太子殿下がお会いになりたいとお思いになる理由はないと存じますが…。もし、皇太子殿下がわたくしにお会いになりたいと思っていらっしゃり、それだけがこの呼び出しの理由ならば、何故わたくしの兄はここにいないのでしょうか?」
「彼にも声をかけようとしたのだけれど、生憎仕事でいなかったのだと聞いたよ?」
「はい。仕事で家を出ておりました。…お城からの、組合会幹部、緊急召集によって」
兄様を呼び出したのが王城の命令だと言うのなら、皇太子殿下が知らないはずがない。つまりこの方は、兄様が家に居ないときを狙って、私を家から連れ出した。…「会ってみたい」、なんて、無邪気で頭の軽い理由のわけは、ない。
きつく見据える目線の先で、戸惑ったように、善良そうな顔を曇らせていた皇太子殿下が、一拍置いて口の端を吊り上げた。
空気が、変わる。紅茶色の目が、一瞬で濃さを増して煌く。
「――――へえ、意外と頭が良いみたいだね」
(…っ…。やっぱり馬鹿にしていた…っ)
先日の物言いに近い…けれど心なしか3割増性格悪そうな表情と口調になった皇太子殿下は、思わず不快感を目にあらわにした私を一瞥して、軽く肩をすくめて見せた。
「ああ、誤解しないで欲しい。“頭脳”の良さはレイ・カークランドから聞いてもとから知ってる。敢えて言うなら…“人の言葉の裏を読む力”、あるみたいだねってこと」
「――――…そうですか」
「ついでに言うと、さっきまでの口調表情は、対外的な僕の素顔だから、君を騙そうとしただけじゃないよ。僕は、“聡明で穏やで心優しい、理想の王子様”だそうだから」
「―――――そうですか」
自分で言わないで欲しい。
だけじゃないと言うことは、騙す気もしっかりあったんですね、やっぱり。
「そうですか、だけだね。まぁ、いいよ。先ほどの質問に答えてあげる。端的に言うとね、僕は君が欲しいんだ」
「……………………どーゆー意味でしょーか」
端的過ぎる。
あっさりと質問に答えてくれたはいいが、訳がわからない、という意味をこめた半眼に、皇太子殿下はくつ、と喉をならし、そして、
『君の年齢は?』
質問に帰ってきたのは、妙な質問。
「…………」
前回会話したときに、皇太子殿下は私の年齢を、兄様から聞いていたようだった。わざわざ聞き返す必要はもちろんないし、それ以前にこの方は何故今…。まるで、
(…そうまるで、試験のような聞き方をするの…?)
おかしい、と思った。頭の中で警鐘が鳴っていた。
けれど、王子殿下に下問されて、国民が無言を貫くなど、とんでもない程の無礼だ。そして、高位の方からの質問には、正確に答えるのが最低限の礼儀。だから、警戒しながらも、紅茶色の目を見つめて私は、答えた。答えるしか、なかった。
『…17歳です。皇太子殿下』
「ああ、そうそれだよ」
「え?」
「繰り返して」
「…え?」
「今の言葉、繰り返して?」
突然上機嫌に、まるで子どもがお菓子をねだるような口調で言われた言葉に面食らい、せわしなく目を瞬いて、自分の答えを反芻する。
言った、言葉。
「今の…J’ai dix-sept ans.Le prince de la couronne(私は17歳です。皇太子殿下)…?」
繰り返したとたんに返った、無邪気な程に楽しそうな笑みに、なぜか、ぞわりと身体が総毛だった。
「そう。完全無欠なツェトラウス古語」
「ツェトラウス…古語…?」
「今、僕が使って、君が完璧に発音した言葉のことだよ。現存する中で最も美しく、そして最も難解な文法と発音を誇る言語。王族間…国家間の取引にのみ用いられる国家機密とも言える言語のこと」
意味が、解らない。何を言われているのか、理解出来ない。解らないのに、膝に置いた指先が無意識にかたかたと震えだす。
「……なに、を…?」
「君は嘘だと思ってたみたいだけど、僕は君に本当に会いたかったんだ。―――益と成りうる知識を持つ、聡明なお嬢さん?」
いっぱいに見開いた目に映るのは、紅玉と称される完璧な美貌に、“理想の王子様”の完璧な微笑。そうして、とろけるような甘い声で成された“告白”に、私はただ、声もなく身を強張らせた。
はい、わかりにくい前書きですみません。つっこんで書くとネタバレになってしまうのであんな感じに…っ。申し訳ありませんでした!
実在する言語=フランス語。ツェトラウス古語=フランス語です!
主人公が公用語とは違う言葉を習得していることを書きたくて、それを強調するためには、やっぱり原文を使いたくて…ですね…。不快に思われたらすみません。そして多分文法無茶苦茶です重ねてごめんなさいっ!
そして、内容ですが…王子、悪役じゃないですよ!?大丈夫です味方です多分!すみません書いてる内になんだかどんどん悪役めいてしまいましたがメインヒーロー二人の内の1人です多分!前回の躊躇いはどこに消えた、とか作者も思いますけど…あの、嫌わないでやっていただけると、…嬉しかったり…。
よろしければ、次回も読んでくださると嬉しいです。