第一章 灰かぶり姫・起床
「シンデレラ」を原作にしていますが、基本とんでも設定です。一歩踏み出すと床が抜ける感じです。コメディで、時々シリアスが入るかも…?
読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!
とある時代、とある国、とある町で、とある男が、とても美しい女性と結婚しました。周りが羨むほど美しい妻をもち、二人のあいだには可愛らしい女の子も生まれ、男はとても幸せでした。…ですがある日、悲劇がおこります。なんと、美しい妻が病で突然亡くなってしまったのです!そういうことなのです。妻は病でなくなったのです。例えある日男が起きてきたら、部屋に妻がいなく、机の上に「好きな人ができました。コイのヤマイには逆らえないのっ!ごめんなさいアナタ…っ弱いわたしを許して…っ!!」という書置きがのっていたのだとしても……。妄想じゃありません。現実逃避じゃありません。可哀そうな人にトドメを刺さないように。
そして、最愛の妻を病でなくした(まぁある意味病気です。コイの)男は悲しみに沈み、娘と一緒に家から出てこなくなってしまいました。男と娘の将来を心配した周囲の人々は、男に再婚の話をもちかけます。相手は男と同じ年の未亡人で、娘を二人もっていましたが、とても美しい人でした。男は周囲のすすめを邪険にもできず、その女性と結婚し、けれど、家のことは全て任せて、自分の部屋に引きこもってしまいました。…そう、可愛い自分の一人娘が、どんな酷い目にあっているのかも気づかずに…。
家を征服した継母は、美しい前妻に良く似た娘をねたみ、シンデレラ(灰かぶり)という酷いあだ名をつけて、綺麗な服も着せずにこき使っていたのです。義理の姉達二人も彼女に無茶ばかり言い、可哀そうなシンデレラは、涙に濡れて日々をすごしていました。
「ああ、どうしてこんなに辛いことばかり起こるの?天国にいるお母様、私もおそばにいきたい…っ。ああでも、可哀そうなお父様。お父様を置いてはいけないわ。お母様なき今、私だけでもお父様のおそばにいて差し上げなくては」
健気にひたむきに頑張るシンデレラには、そう、この先に運命の出会いが待ち受けていたのです。
「…ってカンジでどーかしらっ!アタシの最新作にして最高傑作、その名も、『灰かぶり姫の物語』!どーお?どーお?ときめきとロマンスの香りがしてこない、シンデレラちゃん!」
「……おはよーございますお姉さま。それはともかくあなたは何故私のベッドのうえにいらっしゃるんでしょうか」
「いやん!そんなクールなお返事はイヤよっ、これはまさしくアナタのためのラブ・ロマンスなのに!」
クールなんじゃない。寝起きで頭が動いてないだけだ。
そんな私の恨みのこもった半眼を綺麗サッパリ無視し、目の前の人は朝っぱらからテンション高く、びしりと顔前に人差し指を付きたてた。
「今回のお話のラブ・ロマンスは、普通の恋とは一味違うのよ。まさしく恋の中の恋!乙女の憧れ、永遠の夢!そう、王子様との恋なのよ!アナタも乙女なら、もちろんこのときめきがわかるわよね!?」
わかるわよねときかれても、正直わかりませんとしか答えようが無い。どうでもいいからとっとと私のベッドの上…というか私の上から退いてもらえないだろうか。物理的に重い声が響くショッキングピンクのネグリジェが目に痛い。確実に人体有害物質が含まれていそうだ。致死量で。
ぼーっと現実逃避をする私の前で、私の上にのったピンクなネグリジェの人は、ああもちろん王子様っていっても第2王子とか第3王子とか中途半端なかんじじゃなくてばりっばりの第1王子つまりは王様になっちゃったりなんかする人よ、とかなんとか熱弁を繰り広げている。朝っぱらから。大声で。近所の迷惑も考えずに。
(あー…なんかやっと目が覚めてきた)
このピンクのネグリジェの人は、朝っぱらから、熱弁を繰り広げている。大声で。近所の迷惑も考えずに。私の上で。
(…復唱)
このピンクのネグリジェの人は、朝っぱらから、熱弁を繰り広げている。大声で。近所の迷惑も考えずに。私の上で。
(確認…)
このピンクのネグリジェの人は、朝っぱらから、熱弁を繰り広げている。大声で。近所の迷惑も考えずに。私の上で。
「…私の上から、どいてくださいお姉さま」
「えー!?今はそれどころじゃないのよシンデレラちゃ…」
「…お兄様って呼ばれたくなかったとっとと降りろこの脳内花畑―!!!」
自分でも制御不能な怒りに押され、私は声の限りに絶叫した。
「んーもぅシンデレラちゃんのいけずぅ」
私の魂の叫びにしぶしぶ上から退いた人は、むぅっと唇をとがらせて見せた。ピンクの地にひらひらのレースをつけたハート型のクッションを抱き締め、ピンクのネグリジェに煌く金髪を散らしたその姿は、天使か女神のように美しい。クッションと同じくレース完全装備のネグリジェが、この人に限っては恐ろしいほど似合っている。似合ってはいる、が、
「無断で寝室に侵入しないで下さいって言ってますよね、お兄様?しかもこんな朝っぱらから」
そう、この人は兄だ。ピンクのネグリジェがどれだけ似合おうと、レースと金髪のコントラストが最高だろうと、紫水晶も顔負けの目が煌いていようと、男は男。
恐ろしいほど女装の似合うこの人は私の義理の兄であり、(何故か)人気小説家。そして、豪商カークランド家の時期当主であるレイ・カークランドその人なのだ。信じたくないが。悪夢だと思いたいが。この人と出会って8年弱、残念ながら夢は未だに覚めていない。
「ベッドに入ったのは昨夜の11時くらいだから大丈夫よっ」
「なにが大丈夫ですかこの大馬鹿兄様」
つまりは昨夜この部屋で寝た訳ですよね。ずーっとこの部屋に居座って私のベッドに転がってた訳ですよね?…早朝に侵入してきたわけじゃなく、ずっと部屋にいたのかこの人は。
「んもぉ!兄って呼ばないで!おねぇさまって呼んで?シンデレラちゃん」
「ではお姉さま、昨夜あなたがベッドに入ってしたことは?」
「シンデレラちゃんの顔を眺めて小説のインスピレーションを養ったあと、額にキスして頬にキスして首筋にもついでだからキスして、唇は未来のお楽しみのためにとっておいて、シンデレラちゃん抱き締めて眠ったわ」
「出て行ってください」
「ひっどぉーい!!」
何が酷いか正当防衛だ。一般的な「姉」の基準は私には無いが、額にキスして頬にキスして…(以下略)をする人間が、まともな姉だとは断じて認めない。いや、兄ならしていいという問題でもないがなんとなく。
あっさり言い切ったら、半分だけお姉さまな人の眉根が不機嫌そうに寄った。ついでふい、と顔を背けて、身体に毛布を巻きつけてしまう。…むくれてしまった。テンションの変化が大きい人で、めんどくさい人だ、と思う。―――思うけれど、放っておけない。
私は小さくため息をついて、姉の顔を覗き込んだ。…あーあ、ぶすっとしちゃって。
「お姉さま」
「……」
「…私はどっちにしろ朝食の準備がありますから、お姉さまのお相手は出来ません」
「……」
「寝るならお部屋に戻って何か羽織って、ちゃんと暖かくして下さいね。ここは冷えやすいんですから。…大事にしてください、お願いしますから」
言った途端、きょとん、と、姉が目をまたたいた。ついで、なんだかくすぐったいような顔をして微笑う。子どものような、無邪気な顔。万人の心に幸福を与える天使の笑みに、私も思わず小さく笑い返し…次の瞬間、後悔した。
「ありがと。やっぱり起きるよ。大好きだよ、シンデレラちゃん」
「ぎゃぁぁあ!気持悪いぃぃぃぃっ!」
「あはは酷いなぁ」
不意に腕を掴まれ引き寄せられた、そう思った途端、甘く艶やかな声が響く。ついでふっ、と耳元に吐息を吹き込まれ、心の声をだだ漏れで仰け反る。視界の正面には、悪戯っぽく、かつ心の底から楽しげに笑う姉…いや、兄の姿。
そう、この「姉」は時折思い出したように兄になる。スイッチは不明で敢えて言うなら気まぐれだが、「お姉さま」と呼べというなら性格を統一しろといいたい。ちなみに以前本当に言ったら「あらヤダどっちもアタシよどちらにしてもシンデレラちゃんが大好きなのは変わらないから安心して?」と、前半女性口調後半男性口調で言い切られた。嫌な思い出でトップ10には入っている。
ころころと切り替わる「姉」と「兄」はいつもの事ながら、不意にやられると抑えがたくキモチワルイ。どーでもいいが、姉のときと兄のとき、テンションに違いがありすぎじゃないだろうか。妖怪?
「あーなんか酷いこと考えてない?シンデレラちゃん」
「…いえなにも。おはようございます、お兄様」
何なんだこの人、エスパーか、との心を全力で誤魔化すべく「朝の挨拶」をする私に、「姉」兼「兄」は爽やかに笑った。
「おはよう。可愛いシンデレラ」
…い、いかがでしたでしょうか…。感想などいただけたら、泣いて喜びます。