人間 vs 妖怪⑦
日本が戦場になって数ヶ月が経った。
『空襲警報!』
夕刻。橙色に染まった空に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
『空襲警報発令! 空襲警報発令! 四時四十四分ニナリマシタ! 皆様、襲撃ニ備エテクダサイ! 繰リ返シマス、四時四十四分ニナリマシタ、空襲警報発令……』
とはいえ道行く人々は、誰も慌てる様子もなかった。もはや何処にも逃げ場がないことを悟っているのだ。街の景色もすっかり様変わりしていた。かつては事細かに情景描写が必要だった街並みも、今や瓦礫、瓦礫、焼け野原、瓦礫……とこれだけで済む。白黒になった路上を、ぼくはとぼとぼと、行くあてもなくさまよっていた。
今やいるかちゃんとも、他の友だちとも離れ離れになってしまった。逃げられるものは出来るだけ遠くに逃げるよう、集団疎開が始まったのだ。とはいえ全員が逃げたわけではない。ぼくの家のように、地元に残る人も少なくなかった。どうせ奴らが暴れ出したら、地球上のどこにいようが関係ないのだ。生まれ育った土地で死ぬか、見知らぬ土地で死ぬかだけの違いである。だったら無理して動きたくない……と言う人の気持ちも、まぁ分からなくはなかった。
逢魔時。
毎日4時44分になると、『蓋』を通じて、奴らが異界からやって来る。どうやら他の時間帯では、まだ思うように活動できないらしく、今のところ被害はその時間帯だけに限られている。それでも世界は、ほとんど壊滅的であった。
『戦争ハ一日一時間!』
まるでゲームみたいに、いとも容易くぼくらは殺されて行った。
今日はあっちで何十人死んだとか、今日はこっちの街が全滅だったとか、だんだんそれが当たり前になってきて、皆感覚が麻痺して行った。数字は命ではないが、命は数字だった。たまに犠牲者の数が少なかったりすると、皆思わずホッとしたり、何なら歓声を上げたものだった。良かった、今日は6人しか死ななかった……。
最新鋭の兵器も、科学技術の結晶も、数千年来の人類の叡智も、勇気も友情も愛も正義も絆も縁も努力も才能も明るさも元気も、大人が押し付けてくる前向きな何とやらも全て、奴らの前にはまるで歯が立たなかった。なんせ物理攻撃が効かないのだからどうしようもない。人間の中には、奴らが見えるものと見えないものがいて、今や世界は二つに分断され、意見は真っ向から対立していた。
ある者は云う。
あれは神の怒りだ、呪いだ祟りだ……と。
人類は道を間違ったのだ、今回ばかりは負けたのだと。
またある者は云う。
あれはただの災害だ、自然現象に過ぎない……と。
人類は絶対に正しい、今回も必ず打ち勝つと。
そのどちらもが、結局、戦争に巻き込まれて死んで行った。
間違っていようが正しかろうが、勝者だろうが敗者だろうが、みんな平等に殺されて行った。
奴らの……妖怪の大戦争に巻き込まれて。
「よぉ」
「あ……」
瓦礫の合間を縫って歩いていると、不意に見知った顔に声をかけられた。なまはげのオッサンだった。今やカツラを被ってハゲを隠そうともしない。何だか清々しい顔をしたオッサンは、瓦礫の隅に腰掛け、ひらひらとぼくに向かって手を振った。
「今までどこに行ってたの?」
「あん? 閉じ込められてたんだよ。あの『蓋』とか言う奴の中に。俺の妖気だとか霊力だとかは、全部そこで吸い取られちまった……」
オッサンが少し寂しそうに笑った。どうやらオッサンは、あの『蓋』の中で妖怪を育てるための養分にされていたようだ。
「それで俺ァお役御免ってワケだ。まァ、世の中がこんななッちまったら……もう良い子とか悪い子とか関係なく、みんな殺されッちまうもんな」
「なまはげさん……」
「もう終わりだよこの国は」
オッサンが短いタバコに火を点けて嗤った。
「そんな……ぼく、まだ生まれたばっかりなのに」
「知るかよ。俺ァ、もう1000年くらいいるからなァ。別に終わろうがどうなろうが知ったこっちゃねぇや……もう十分愉しんだし」
「ずるい……自分だけ……どうにかならないの?」
「なるもんか」
空に轟音が響き渡る。遠く向こうで、ダイダラボッチとキュクロプスが殴り合っていた。
「同じ人間同士でも分かり合えないのに、あんな化け物同士の戦争、止められる訳ないだろ」
「コックリさんは何処に行ったの?」
ぼくはずっと気になっていたことを尋ねた。オッサンは肩をすくめた。
「アイツなら、まだ『蓋』の中だよ」
「え?」
「アイツは元々妖気が強かったからな。今も、新たな妖怪を生み出すために、『蓋』の奥深くに閉じ込められてんのさ」
「そんな……!」
気がつくと、ぼくらの周りにいつもの面々が集まってきていた。トイレの花子さん、死神のこいしさん……。
『※※が! 正義棒さえ取り返せばなあ! アイツら全員殴り※してやるのに!』
『私たちも、あのたぬきさんに霊力を取られてしまいました……死神の鎌を奪われて、私も今ではただの神に過ぎません……』
「ただの神」
「グレードアップしてるじゃねぇか」
「でも……じゃあ、もしコックリさんを助け出したら、これ以上妖怪は……!?」
「やめとけ、悠介」
ぞろぞろと、蠍人間と、蛇男も姿を現した。
「助けに行こうだなんて考えるな。あの中は危険だ。普通の人間なら耐えられねえ……」
「そうだよ。ぼくらでさえこんなになっちゃったのに、悠介ごときにどうこうできるワケないだろ」
「力も弱いくせに」
「頭も悪い」
「怠けものだし」
「すぐ逃げるじゃん」
「良いところないよ」
「ちょっと待って……言い過ぎじゃない? それが主人公にかける言葉か」
「それに……仮にアイツを助けたって、戦争が止まるとも限らねえ」
オッサンが紫煙を燻らせながら天を仰いだ。
「今まで殺された奴が生き返る訳でもなし……それどころか、逆に俺たちが殺されちまうかもしれねえ。それでも行くのか?」
「…………」
「万が一今回の戦争が終わってもだ」
オッサンが嗤った。
「どうせまた始めるぜ……断言しても良い。妖怪なんていなくなっても、人間同士で勝手に、な。ケケケ」
「…………」
『悠介さん……』
「悠介……」
「悠介……」
ぼくはみんなを見渡した。ハゲのオッサン。正義中毒者。ただの神。蠍人間。蛇男。確かに世界を救いに行くには少々心許ないメンバーであった。力も弱い。頭も悪い。だけど、仮にぼくらに戦争が止める力がなかったとしても、未来永劫戦争がなくならなかったとしても、戦争と戦争の間に、戦争をしている場合ではない。
「行くよ」
こうしてぼくらはコックリさんを助けに、『蓋』の中に行くことになった。




