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トイレの花子さん vs LGBT④

(こっちよ! 早く!)


 ぼくらは大勢の人々や妖怪たちでひしめき合った廊下を、小さくなった体でするりと駆け抜けて行った。


(えぇと、右が和式トイレで、左が洋式トイレで、真っ直ぐ行くと……)

(全部トイレじゃない! とにかくどこかに隠れましょう)


 さすがトイレ博物館(ミュージアム)、どこに行ってもトイレに突き当たる。とりあえず『古代エジプト風男子トイレ』に駆け込むと、中は砂場になっていて、中央にツタンカーメンのレプリカがドン! と置かれていた。別に古代エジプト人だって、わざわざツタンカーメン王の前でおしっこしなかったと思うが。


(はぁ……はぁ……!)

(これだけ建物が入り組んでたら、巻いたんじゃないかしら?)


 古代エジプトの外では輪入道や蛇女が周囲を嗅ぎ回っていた。見つからないよう、必死に息を潜める。


(あれ? 何かしら?)

(どうしたの?)

(見て……やっぱり! ツタンカーメンが! 動いてるわ!)

(そんなバカな……)


 何とか一息ついたのも束の間、今度は中央に飾られていたツタンカーメンがギギギ……と軋んだ音を立てて動き始めたではないか。ぼくは驚きのあまり、もう少しで漏らしてしまうところだった。


『ひひひ……!』

(その声! 花子さんね!)

『ご名答……!』

 ツタンカーメンが金色のお面を脱ぐと、中から体に包帯を巻いた花子さんが顔を現した。ちなみにぼくらはさっきから(キツネ語)でしゃべっている。どうして花子さんに通じているかは、よく分からない。


(ちょっと! ここは男子トイレよ!)

『だから何だよ? 私はトイレの花子さん! 世界中のトイレは、この私の領域なんだよッ! そこにトイレがある限り、私はLにもGにもBにもTにも、男にも女にもなれるのだッ』

(ズ……ズルイ……)

『獣に化けてるテメーらには言われたくねー!』


 釘付きの金属バットをズルズルと引きずりながら、花子さんが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 万事休す。

 そう思った瞬間、入り口から何だか物々しい音が迫ってきた。地鳴りのような。雷鳴のような。


『なんだ……?』


 あまりの鳴動に、花子さんも思わず動きを止めた。ぼくはキツネのままぽかんと口を開けた。一体何の音だろう? はじめは妖怪たちが入り口に殺到しているのかと思った。だが違った。キツネだった。


 建物を揺らすほどの激しい振動の中、ぼくらが固唾を飲んで見守っていると、入り口から一匹のキツネが顔を出して、砂場に駆け込んできた。続いてもう一匹……さらにもう一匹……みるみるうちにキツネは増えていって、あっという間に砂場は数百匹のキツネで一杯になった。


『こ……コイツぁ……!』

()()()()()! 『木を隠すなら森の中』よ! chatGPTもそう言っとるわ」

(コックリさん!)

(ニコリちゃん!)

『テメー! ××ギツネ! 出やがったな!』


 大勢のキツネの大群に担がれ、巫女姿のコックリさんが左うちわを仰いでいる。何だかんだ言いながら助けに来てくれたのだ。ぼくらは思わず歓声を上げた。


『邪魔すんじゃねぇーッ!』

 花子さんが金属バットを振り回し、青筋を立てて激昂した。

『ソイツらは私が見つけた(オモチャ)だ! 今から死刑にするんだッ』

「莫迦め。こやつらはもはやワシの眷属よ。これから神社再建にエアコンの設置工事、光回線の開通と、こき使ってやらねばならぬ!」

『ぬぁにをぉ!?』


 前言撤回、どうやら純粋に助けに来たわけではないらしい。ここで死刑になるか、キツネの召使になるか、しかし考えるまでもなかった。コックリさんが花子さんとやり合っている間に、ぼくらはキツネの大群に紛れて、どうにか博物館を後にすることができた。


『逃さねーぞクソガキ共!』

 博物館から出る途中、仄暗い廊下の奥から、花子さんの絶叫が響いてきた。


『正義のタコ殴りにしてやる! 世界中どこに至って追い詰めてやるからな! 便所に行く時は気をつけなぁ! 緋緋緋緋緋(ひひひひひ)……!』

(何か怖いこと言ってる……!)

(早く!)


(暗転)


 それから数時間後。


 命からがら稲荷神社に逃げ帰ったぼくらは、コックリさんが用意してくれた薬(花子さんの髪の毛を煎じたものらしい)を飲み、何とか元の姿……元の性別……へと戻ることができた。ぼくもいるかちゃんも、疲れがどっと押し寄せてきて、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「はぁ……ひどい目にあった……」

「花子さん、追ってくるかしら?」

「なぁに、アイツは生粋の正義中毒者よ。世の中のありとあらゆる悪が気に食わんと言って、いつも世界中のトイレを飛び回っとるから、こんな辺鄙なところまでやってこんじゃろ」


 是非そうあって欲しいものだ。しばらくはトイレに行きたくない……とも言ってられない。


()緋緋緋緋緋(ひひひひひ)……!』


 どこからともなくあの不気味な嗤い声が聞こえた気がして、ぼくは思わず身を縮こまらせた。やれやれ。コックリさんの次は、トイレの花子さんか。ぼくは深いため息をついた。


 これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。大体ぼく自身は、chatGPTにもLGBTにも何の恨みもない。もちろん妖怪や幽霊の類にもだ。そんなに戦うのが好きなのなら、どこか遠くの方で、誰にも迷惑かけずに勝手に争ってて欲しい。ぼくはただ、平穏無事に小学生生活を送りたいだけなのに……。


 しかし嫌な予感という奴は、どういうわけか当たって欲しくない時に当たるものである。ぼくはまだ気がついていなかった。静かに、だが確実に、次の新たな黒い影がぼくらに近づいて来ていた……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >神社再建にエアコンの設置工事、光回線の開通 どれも本当に大切。 数百匹のキツネの大群にまぎれこむという絵のもふもふ天国ぶりが最高!
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