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太陽の歌声 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふいー、ただいまっと。

 今日みたいに、いい具合の気温と天気の日が、いつも続いてくれるといいんだがなあ。

 明日からまた、天気が崩れるんだってよ。恵みの雨というけれど、そこまでここらは乾期が致命的ってわけじゃないしなあ。迷惑に思う分、心が肥えちまっているのかもしれねえな。

 その逆の太陽も、ほどよい加減なら構いやしないが、ちょっと熱くなれば、とたんに不満が出てくるのが人間。

 恒温動物の宿命か、体温を極端に変化させうる環境には、敏感になるように機能がそなわっているんだろうな。


 物事はすべてが毒になりうる。それを毒にしない方法は、適量を守ること。

 何かで見た言葉なんだが、実感するときがないとなかなか納得できないかもな。

 俺はそうかもしんないと思っている。どうにも過剰な影響が出ていると思った経験があってな。そのときのこと、聞いてみないか?



 合唱の経験は、学校で誰もが何度かしているはずだ。

 コンクールに向けてのものばかりとは限らず、普段の音楽の授業なんかでもな。

 よその学校の授業はどうか知らんが、俺はやたら合わせて歌うことが多いなと感じていたよ。

 ある程度は先生が曲の背景を説明したり、映像による鑑賞とかはするんだぜ? それらがないと、授業時間いっぱいに曲を歌い続けて終了、などということもままあった。

 俺は歌を歌うこと自体は嫌いじゃないし、声を出すことも恥ずかしくはない。ただ音の量が大きいらしくて、周りから自重するように、顔で訴えられることがあった。


 クラスメートに煙たがられても、音楽の先生からは「その個性を大事にしなさい」とむしろ歓迎されたよ。

 かといって、元気が良すぎるときには先生自ら、抑えるように言われることもあるけれどな。そのレベルに至るまで、俺は気兼ねなく声を響かせていたんだ。

 やがて時期は卒業式を一カ月前に控えるころを迎える。

 この時の先生は、少し妙だった。上旬までは、俺にガンガン歌うように諭していたのが、中旬に入ると、これ見よがしに口へ人差し指を立てて、声をおさえるようにとのお達しが増える。

 指揮を取ったりしながらだから、直接注意の声をかけられたわけじゃないが、そのたびにみんなからはちらちらと「ほれ見たことか」みたいなまなざしを送られるのは、思春期の子供には、特におもしろくないわけだ。

 あまりにも回数が重なるものだから、授業終わりにちょっと先生に意図をうかがったわけさ。


「君の歌声は、まぶしすぎるからだ。さながら太陽のごとくだな」


 いきなりべた褒めを返されると、嬉しいよりも気持ち悪さが先立つ。

 少なくとも、周りのみんなにとっては迷惑なシロモノ、という反応だ。決していい歌声とは言えないだろう、という自覚はうすうすあった。

 それが、先生によると確かに影響を与えるものがあるらしい。その証拠として、いまなお風にはためく、背後のカーテン。そのなびくクリーム色の生地を、ひといきにどかしたんだ。


 音楽室のベランダへ、あわやせりかけるかという、長い枝が一本伸びている。

 学校の庭に生えている、大きな桜の木だ。校舎に匹敵するほどの立派な背丈をほこり、春になると門出と入学を、同時におおいに祝う傑物といえる。

 その目の前の枝に、見慣れない色のつぼみがくっついていたんだ。

 タケノコの先端を切り取り、枝へくっつけたかのような形だが、その色は全体的にまっ黄色に染まっている。

 桜のつぼみは、これほどの色になるだろうかと、俺は先生の顔を見やる。


「今年、君を含めて太陽のごとき歌声を持つ子が多い。そのためか、このつぼみがここまで大きく育つようになっちゃったのさ。

 何が花開くかは、そのときにならないと分からない。他の桜とそん色ない花びらかもしれないし、もっと別のものかもしれない。

 ただ、何事もやりすぎはよくないこと。健康によいことでも過ぎれば毒になりかねないんだ。できることなら、その太陽の歌声を控えてもらった方がいいかもしれない」



 なんとも、不思議な頼みであったさ。

 俺としても、先生の機嫌を損ねて成績その他に響いても、親からいわれるお小言が増えかねない。

 声は抑える。その代わり、例のつぼみの様子は毎回確かめさせてもらった。

 俺以外にも、その太陽の歌声の持ち主はいると聞く。実際には触れず、定規を顔の前に盾ての測りだったが、ほんのミリに及ぶかどうかといった幅で、つぼみは膨らみを続けているらしかった。

 不安の種なら取っ払いたいところだが、桜は下手に枝を折ると、そこから木全体傷む事態に発展しかねないとも聞く。つぼみの件においてもまたしかりだ。

 先生としても、こいつが他の桜たちより早く花開くのは避けたいらしく、とうとう俺には口パク依頼さえ出される始末だったよ。

 ここまで来ると、俺としてもいささか承服しかねる。この授業中、ずっと歌うふりをするとか、今度は別な意味で気づいた誰かにからかわれそうだ。

 表向きは口パクのように見せかけて、その実、息だけの声は出していたんだよ。

 

 それが直接の原因だったかは分からん。

 結果的に、その太陽の歌声を受けるつぼみは、一足早く咲いてしまった。

 俺が見たところ、形こそ他の桜と似ているんだがな。風もないのに、自分のついている枝ごと揺さぶるように、しきりと上下動をしていたんだ。

 まるで人が肩で息をするかのような仕草に、俺は目をぱちくりする。先生も頭に手をやり、力なく左右へ振る。

 ちょっと育ちすぎた、とね。

 

 その年。卒業を祝うはずの、他の桜の木々はいずれも花を開かせることはなかった。

 代わりに、くだんの桜の木は枝々にあふれんばかりの花をつけて、完全に周りのお株を奪ってしまっていたよ。

 数年後に、また母校の前を通りかかったんだが、桜はその木以外に残っていなかったんだ。

 ひょっとしたら、あの早く咲いた花は、周りの桜から命を吸い取ってしまったのかもな。


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