ラストシーンでヒロインが、チョウチンアンコウのコスプレでポールダンスする演出のある話〈二次創作〉
作者:間咲正樹 様 の異世界恋愛短編『当て馬キャラ推しの私は、当て馬になってしまった侯爵令息を全力で慰めます!』 https://ncode.syosetu.com/n1693ia/ の二次創作作品です。
お読みくださる場合には、作者:間咲正樹 様 の作品から先にお読みください(_ _)
「あれ!? もしかして、木葉田さんもチョウチンアンコウが好きなんだ?」
大学の講義室で私に声を掛けてくれたのは、同じ学部で人気者の可愛い系イケメン、宗田くんだった。
驚きと嬉しさが入り混じったような声色で、その表情は親しみやすく、とてもにこやかだ。
宗田くんが突然、スマホを持つ手をグイッと私の眼前に突き出すので何事かと思えば、小さなぷくりとしたストラップがゆらゆらと揺れていた。
空中を泳ぐこのチョウチンアンコウには見覚えがあって、でも私のスマホに付いているものとは色違いだ。
「え、え? ええ~!? もしかして宗田くんも?」
「うん、俺も大好きなんだ。チョウチンアンコウ」
換気のために開けられた大きな窓の外から、お昼前の暖かな陽光が差し込んでくる。
ニカッと爽やかな笑顔を見せる宗田くんの周りには、心地良いエアコンの微風が吹いているようだった。
オープンキャンパスの準備で今日の講義は午前だけとなっていて、中には手伝いを頼まれている人もいるが、私も宗田くんも午後はフリーだった。
宗田くんは助教授からの誘いもイケ女な理系女からの誘いもチョウチンアンコウを理由に断ったのだという。
流石は宗田くん、出汁のように滲み出るふんわりとまろやかな優しい人柄が皆を惹きつけるのだろう。
女子には少し粘られたそうだが、チョウチンアンコウの好きな点を5つ挙げてみて?と言うとあっさり引いてくれたのだという。
理系女は理系女でも、深海魚は専門外だったようだ。
そんな宗田くんが、まさか私みたいなジミ女を昼食に誘ってくれるとは思わなかった。
チョウチンアンコウの頭から生える誘引突起の先端部からの発光みたいに眩しい宗田くんの笑顔に私はやや気遅れしながらも、チョウチンアンコウについて語り合える仲間はたまたま砂浜に打ち上げられたチョウチンアンコウ並みに貴重だと思い、私は謹んでその誘いを受けることにした。
「でさ、メスの巨体に噛み付くチョウチンアンコウのオスが……」
宗田くんの喋りが止まらない。
口を開けば溢れ出す、並々ならぬチョウチンアンコウ愛、宗田節が止まらない。
それが例えチョウチンアンコウの交尾行動の話であっても、宗田くんによる宗田節は止まらない。
そうだよね、うんうんと、私も楽しくテンポ良く相槌を打つ。
食事中も、食後のデザートとドリンクになっても、宗田くんはずっと喋り続けている。
宗田くんは器用にも蜆ラーメンを貝殻の中の貝柱まで見事完食している。
餡ころ餅が乗っていた豆皿も、コーヒーが入っていたアンティークのカップも既に空にしていた。
「俺、こんなに人とチョウチンアンコウの話が出来たのは生まれて初めてだ」
宗田くんがチョウチンアンコウへの愛に満ち満ちた甘い顔で私を見つめてくる。
溶けたメロンクリームソーダを飲む私も一緒にとけてしまうくらいの甘い瞳に、勘違いしそうになる。
(宗田くんが好きなのはチョウチンアンコウであって、私じゃないんだから)
自分に言い聞かせるのに胸がチクンと痛んだけれど、その後に続いた宗田くんの言葉で痛みが瞬時にかき消えた。
「俺、午後からは江ノ島にある水族館に行くつもりだったんだけど、もし良かったらこの後、木葉田さんも一緒に行かない?」
「でも、今は標本の展示はしていないんじゃなかったっけ?」
「うん、そうなんだけど、チョウチンアンコウの位置に少しでも近付きたくて」
宗田くんがまさか私みたいなジミ女を水族館デートに誘ってくれるとは思わなかった。
電車での移動中も宗田節は止まらない。
そうだよね、うんうんと、私も相槌を打ち続け、達人にまた一歩近付いた。
チョウチンアンコウ不在の水族館は私には少し物足りなかったけれど、隣にずっと宗田くんがいてくれて、ずっと宗田節を披露してくれていたから寂しくはなかった。
彼女でもない私が奢ってもらうのは悪いと思い、昼食代も入館料もそれぞれで別々に支払ったけれど、脱皮するタカアシガニの縫いぐるみは宗田くんが今日の記念に是非に贈りたいからと言って、私に買ってくれた。
私も何か宗田くんにお礼がしたいと伝えると、宗田くんは照れたように、ここだけの秘密なんだけどと言い、回遊魚も実は好きなのだと、不意打ちの耳打ちで教えてくれた。
季節は巡り、ついに待ちに待った学祭の日がやって来た。
(宗田くん、貴方のために回る私を、どうか見ていてください)
舞台袖で、脱皮するタカアシガニの縫いぐるみを抱き、緊張に震える心を鎮める。
(私はジミで陰気な深海魚。でも……貴方に恋する回遊魚)
遮光カーテンをした暗い室内に、懐中電灯のLEDライトで照らされた銀色のポールが怪しく光る。
そこはさながら深海。
波の音さえもはるか遠い、静謐な空間。
濃いグレーの衣装にはヒレを再現したヒラヒラのフリルレースを取り付け、長く伸ばした髪はおでこの上で夜光タスキと一緒にゴムで1つに括り、それを毛先まで夜光タスキごと三つ編みして1本の束にしている。
チョウチンアンコウがポールを中心に宙を舞う。
ポールダンス同好会に入り体幹を鍛えに鍛え、タコかイカの如く柔軟運動に精を出した苦節半年。
客席の最前列中央に陣取る宗田くんの熱い視線を一身に浴びた私は、足の爪先をピンと伸ばし、ポールを支えにくるくると回る。
ダンス終了後すぐに宗田くんが駆け寄ってきてくれて、片膝を床につけた体勢で、赤いリボンを巻いたヒイラギの花束とイワシの干物をセットでプレゼントしてくれた。
なんだか気恥ずかしくて肌がむず痒く、トゲが痛い。
「頭の上で揺れる誘引突起の髪の毛が光を放っているみたいで、神秘的でとても美しかった。俺が今までに図鑑やネットで見たどのチョウチンアンコウよりも、ずっとずっと綺麗だった」
ダンスの衣装製作(特にヒレ部分)は宗田くんに何度も相談したけれど、当日の髪型は内緒にしておいて正解だった。
「宗田くんが応援してくれるから、見てくれるから、私、ここまで頑張れたんだよ」
「木葉田さん……」
「宗田くん……」
LED懐中電灯の光に照らされ、頭の夜光タスキが細く光る。
「木葉田さん、俺は……」
宗田くんに抱き寄せられる。
(あぁ……宗田くんの匂いがする。胸がドキドキして、トゲが痛い)
「俺は……木葉田さんに噛み付きたい」
チョウチンアンコウであればプロポーズとも言える宗田くんの言葉に、嬉しさが込み上げ私の目からは涙が零れる。
「ずっと私と居てくれる?」
「ああ。君がどれだけポールを回転しようとも、俺は木葉田さんに喰らいついて、もう一生離さない」
二人は顔を寄せ合い、そして……。
大きな歓声と拍手が会場を包む。
私はスタンディングオベーションの客席に向かい、ヒレを広げ持ち、深々とお辞儀をした。