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四月四日

 ······俺の名は鏡太陽。年齢は二十七歳。年収は二百万に届かない何処にでもいる低所得者だ。


 その日の俺は疲れ切っていた。会社名から建物名、部署名、果ては従業員まで全て横文字で統一した会社で俺は働いていた。


 時給千百円、日給八千八百円と引き換えに巨大な倉庫の中で朝から晩まで駆けずり回っている。


 物流拠点であるこの倉庫には、一日に三回外から大量の荷物が運ばれて来る。荷物の内容物は様々だ。


 本。玩具。化粧品。食品。ネット社会全盛のこのご時世、誰かがスマホの画面から指一本動かせば、この倉庫に集められた荷物が一つ出荷される。


 俺達末端の作業員は一人一人に携帯端末が渡される。この端末は血の通わない監視者だ。


 この端末に個人の作業効率が数値化され、効率が悪い者は上司に叱責される。日勤の時間帯を働き終えて倉庫の外に出るともう夕暮れだった。


 バスと電車を乗り継ぎ、住処がある安アパートの駅に降り立ち、近くのスーパーで値引き弁当を選びカゴに入れて夕食の買い物を済ます。


 国道沿いにあるレルタルビデオ屋を通った時、俺はそこに立ち寄るかどうか逡巡した。幸い明日は休みで時間に余裕があった。


 性欲を処理する為に何か借りて行こうかと店に足を傾けかけたが、俺のつま先は安アパートへ自然に向かった。


 疲れ切っていた俺の中で休息が性欲を凌駕したらしい。まだ二十代なのに情けないと思わないでもなかったが、今はひたすら休みたかった。


 築四十年の木造アパートに到着すると、俺は何時も変わらないルーティンをこなす。トレーナーに着替え。手洗いうがいを済ませ、テレビを見ながら弁当を食べる。


 最後にスナック菓子を食べ終わったら、風呂に入り歯を磨き明日の仕事に備えて早く寝る。


 だが、明日は休みだったので俺は風呂にも入らずダラダラと情報を垂れ流すテレビを眺めていた。


 ニュース番組で非正規雇用の問題を取り上げていた。俺が非正規雇用で収入が低いのは政治のせいなのだろうか。それとも俺自身の能力が原因なのだろうか。


 疲れた頭でそんな事を考えていた俺は、テレビをつけたままいつの間にか眠りに落ちていた。


 翌朝、入浴はともかく歯を磨き損ねた事に後悔していた俺は、何時もより念入りに歯を磨いていた。


 そんな時、朝のニュースで昨夜起きた事件が報道される。夜遅く帰宅途中の二十代の女性が暴漢に襲われた内容だった。


 幸い女性は無事だった。男は女性を押し倒した後、突然立ち上がりその場を去ったと言う。


 昨日の四月四日。深夜十二時近くに起きた事件だとキャスターが伝えていたが、俺はうがいをする為にその内容は聞いていなかった。


 俺は毎度の様に貴重な休みを無為に過ごし、また労働に拘束される日々に戻った。


「鏡さん。ちょっといいですか?」


 一ヶ月が経過した頃、三十人程が座れる職場の休憩室で俺は突然女に声をかけられた。椅子に座り紙コップに入ったカフェオレを飲んでいた俺は声の主を見上げる。


 黒い髪を首の後ろで縛った小柄な身体。女の名は横森かなえ。俺と同じ部署で働いている容姿端麗の若い女だ。


 当初俺は彼女の容姿に惹かれ愛想よく挨拶をしていたが、横森の冷たい対応に即時撤退を決めた。


 バイト仲間の情報によると横森の年齢は二十ニ歳。同棲中の恋人有りで性格はクール。仕事は至って真面目で黙々とこなすタイプだった。


 横森に話しかけられる理由など何も思いつかない俺は、怪訝な気持ちで彼女についていく。


 倉庫に程近い人気の居ない通路で、突然彼女は俺の右手を掴んだ。横森は俺の手を引き、自分の胸にそれを押し当てた。

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