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空前の婚約破棄ブーム!!!俺は王子になった。

作者: 天岸日影

「は?俺が王子?」

貴族としては最下級、男爵の爵位を持つメンドー家。

そのボロ屋敷に響いたのは、次男であるアルス・トテモ・メンドーの声だった。

「そうだ。お前がタォレッソー王国の……いやタォレッソー侯国の王子だ。継承順位第二位のな。」

「待ーった。待った、待った親父。」

「口が悪くなっておるの。冒険者なんぞ……」

「いやいやいや、俺、継承順位千位くらいだったよな?」

タォレッソー王国は、理論上継承権のある全ての貴族を順位付けしている。いや、そんな弱小男爵にまで継承順位が何位だのやってても使う機会は無ぇだろって話だが、王宮の奥の儀典院様々々方はそういう事がたいそう重要な仕事と思っているらしい。

「正確にはお前が冒険者になる直前は千二百四十一位だった。」

「そんなこと言ってる場合かよ。王国の……いや侯国の……は?侯国?」

母国が三階級も下がってるじゃん。

「知らなかったのか?アルス。」

「知るワケねーよ。一体何やったら国王が大公、公爵すっとばして侯爵まで降格になってるんだよ。」

親父は手で胃を押さえながら、絞り出すように答える。

「婚約破棄ブームだ……」

「は?」

「いいか、よく聞け、アルス。婚約破棄ブームだ……」

「……」

「……」

「だーっはっはっは。親父も冗談言うんだな!見直したぜ!」

「冗談であればどれほどよい事か!!!」

メンドー家当主、イガイテーの声がボロ屋敷に響く。

「……マジなのか?」

「本当の事なのだ。」

「いやでも親父、婚約破棄ったって、そんな……俺より国王継承順位が高い奴はみんなどうしたんだよ!」

爵位と継承権が必ず一致するわけではないにしろ、高い国王継承順位をもつ貴族というのは大抵が雲上人で、とても直接口を利く機会もない。

「婚約破棄ブームの影響でな……国王継承順位の降格……爵位の返上……領地の切り売り……平民になった者も多い……」

「は?冒険者の俺より冒険してんじゃん。」

男爵の次男という立場ともなると、準貴族階級でももらって糊口をしのぐか、平民のように商人にでもなるか、とにかく生活というやつを考える羽目になる。俺は剣は好きだが堅苦しい騎士社会など御免だった。だから生きるために親父の苦々しい顔を無視して冒険者になったが、楽であったことは一度もない。それにしても、お偉いさんが平民とは……

「そうなのだ……ナイスも……」

ナイス……兄貴の名前を聞いて思い出した。どう考えても俺より兄貴の方が継承順位は高い。

「そうだよ。兄貴だよ。兄貴がなりゃいいじゃんかよ!」

「ナイスは……駆け落ちした……」

「は?」

「唐突に屋敷へ戻ってきたと思えば、『俺はこの子と結婚する。婚約は破棄させていただこう!』とか叫んで出て行ってしまった。」

「あの領地経営にしか興味なかった真面目馬鹿兄貴が?」

「出ていったのだ。」

「領地の経営は?」

「私が何とかしている。」

頼りの兄貴が居なくなったとあっては、仕事も倍増だろう。

「……」

「……」

「わははははは。」

「笑い事ではない!」

「……」

「お前は、我がメンドー家の持つレグゼ・ヴァリス領男爵の称号を受け継ぐことになる。」

「わかった。わかったよ親父。領地は受け継ぐ。でもさ、王子ってことは無いだろ?御本家様はどうしたのさ。俺より継承順位高い奴大勢いただろ?」

メンドー家は、何代か前にボトリング伯爵家の分家が領地の隅っこの一部を与えられたことから始まった。まあ、体のいい厄介払いと辺境開発を兼ねたものだったらしい。

「ボトリング伯爵家は……だめだった……」

「は?」

「ボトリング伯の長男、タンサーン・シュワシュワ・ボトリング様はテッポー子爵家のレンシャ・ガトリング・テッポーお嬢様と婚約していたのは知っているな?」

「流石に俺だって覚えている。」

テッポー子爵家は何やら新兵器とやらを作っているらしい。魔物の掃討で辺境開発を狙ってるなんてことは、まあ流石に俺でも知っている。上手くすれば辺境伯。一応身内である俺にだって優先的に実入りのいい冒険者の仕事を回してくれるかもしれない。俺は私利私欲からその結婚を大いに応援していた。

「だがな、タンサーン様がパーティーの席でレンシャお嬢様に婚約破棄を突き付けなさった結果、レンシャお嬢様が暴走し、テッポー家の新兵器である連射機構小砲を持ち出して出席者と会場を蜂の巣にした。そして逃亡したのだ。なのでボトリング伯爵家の継承者は私とお前しかいない。」

「……」

「テッポー子爵家は娘の暴走の責任をとって男爵位にまで降格だ。新兵器の散逸を恐れて潰されなかったが……事実上は厳しい監視下に置かれている……」

「まさか、ボトリング伯の地位は……」

「そうだ。私がボトリング本家の有するボトリング領伯爵、レグゼ・キュステン領男爵、ヘルミホン領子爵、アルミナ山領男爵の称号をを継承することになる。他の分家の称号も色々と受け継ぐ。」

「親父……これ凄く面倒なやつじゃない?」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「……」

「メンドー家にそのような統治能力はない……ボロ屋……古い屋敷と小さな町の経営だけで手一杯なのだ……広大なボトリング領伯爵など受け継いでもとてもとても経営など……」

「……」

「お前の成長だけが頼りだ。」

「無理だ!冒険者の才能しかねぇんだ俺は!親父よりもっと向いてないだろ!」

「そんなことは私だって分かってる!だが他にどんな手があるというのだ……」

「……」

「……」

「親父、夜逃げしていいか?」

「地獄の底からでも連れ戻す。」

もはや幽鬼のような目。本気だ。間違いなくこれは本気だ。

「……」

「……」

「もう諦めてるけどさ、王太子殿下様々方はどうしたのさ……」

「王太子殿下……いや元王太子殿も、隣国ツヨイ王国の御令嬢と婚約なさっていたが……まさに同盟を結ばんという段階になって『真実の愛に目覚めたのだ。申し訳ないが婚約破棄させていただろう。』などと言い出した。ツヨイ王国……いや公国の激怒を鎮めるために廃嫡、貴族の地位を剥奪され平民となった。」

「なあ、親父。さりげなくツヨイ王国も降格してないか?」

「婚約破棄ブームでガタガタなのはツヨイ王国も例外ではないのだ。」

「婚約破棄ブーム、強すぎない?」

「儀典院も外務院も相次ぐ婚約破棄に対応に追われている。外務長官のクチグルマ宮中伯もとうとう過労で御倒れになった。」

「……」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「……」

「次に倒れるのは私だ。その次はお前だ。」

「夜逃……」

「ゆるさん。」

「……」

「……」

「第二王子は?」

「婚約破棄時に婚約者を罵りすぎて、王国が大公国になった。」

「……」

「……」

「第三王子は?」

「真実の愛とやらのために使い込んだ挙句出奔した。財政難で大公国が公国になった。」

「……」

「……」

「第四王子!」

「婚約破棄とは関係なく逃げた。『過労死は嫌だからね』という書置きが見つかっている。」

「……」

「……」

「第五!」

「決闘で重要人物が大量に大怪我。事後処理に耐えられず公国が侯国になった」

「……」

「……」

「王家の他の奴らは?」

「御子息と言いなさい。」

「御子息様々々方々々は?」

「あの、有名な貴公子三人組を知ってるな?」

「あー、王子と同じくらい人気だったな。顔で。」

「顔だけではない。極めて有能であった。」

「で、奴らは?」

「いまは、スゲーヤベー王国の王女の守護騎士三人衆をやっておる。」

「敵国じゃん。」

「そうだ。」

「……」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「……」

「もう国の中枢はボロボロだ……」

「……」

「もっとも、バカ……いや守護騎士三人衆は王女を事実上の国王に据えた。闘争に次ぐ闘争でスゲーヤベー国もボロボロだ。」

「……」

「……」

「親父、周辺でまともな国って残ってるのか?」

「どの国も婚約破棄ブームでボロボロだ……と言いたいところだが、一つだけ勢力を拡大しつつある国がある。」

「へぇ、やるじゃん。」

「ガトリング王国だ」

「そんな国あったっけ?」

「新しい国だ……極めて強力な。」

「嫌な予感しかしないんだが。」

てか、この固有名詞一回出てきてる。

「アルス、南部辺境に行ったことはあるか?」

「ああ、一時期はそこが拠点だった。王国直轄とかいっても放任だから色々困ったよ。魔物と無法者の宝庫だったね。」

「やはりそのような状態であったか。南部辺境はツヨイ王国もスゲーヤベー王国も半ば放置状態だ。名目的には、きちんと国境線が引かれているがな……」

「まさが、南部辺境が……」

「南部辺境の町で旗揚げしたガトリング王国女王は『おーっほっほっほ。ワタクシのガトリング砲にかなう者などおりませんわぁあああ!銃弾を、もっと銃弾を、おほほほほほ、逆らう者にはもーっと銃弾を!鉄血こそが王国ですわ~~~』などと叫びつつ女王が先頭を切って南部を制圧。」

「いや、その女王様、ボトリング伯爵家全滅させてたよね!?」

「……」

「……」

「わははははは」

「親父が笑うんかよ!」

「新兵器による圧倒的戦力差だ。ガタガタになった三国まとめて蹴散らされてもおかしくない。もっとも、ガトリング女王は南部だけで満足らしいが……」

「……」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「笑うしかないじゃないか!」

「……その通りだ。」

「……」

「まだまだ色々細かい事はあるが、概ねこんなところだ。頑張ってくれアルス王太子。」





よく考えれば、俺が継承順位二位ということは、一位は俺の親父だ。とはいっても、親父は国王より歳上。事実上、次代は俺ということになる。

俺は冒険者稼業ばかりやってて恋人も婚約者も居ない。

『真実の愛』とか『婚約破棄』とかそんなことが起こり得ない俺は、混乱するタォレッソー王国……いや大公国の中で不本意ながら安定した地位にいる。

とはいえ、いつまでも独身というわけにはいかない。

「で、お見合いをしろっていうのか?親父。」

「そうだ。」

「婚約するのはいいけどさ、俺が婚約破棄しちゃったらどうするんだよ。」

「困る。」

「……」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「……」

「そうなったら、もう……どうしようもない。タォレッソー大公国は崩壊してよくわからない小さな国が数多く出来るだろう。」

「……」

「……」

「わははははは」

「笑い事ではない!」

「笑うしかないじゃないか!」

「……その通りだ。」

「……」

「慎重に頼む。お見合いしても、婚約しなければならないということではない。婚約破棄になるくらいだったら、お見合いも『無かった』ことにして婚約しないという手もあるのだ。」





「あれ?セレスじゃん。」

何と、お見合いの相手は知り合いだった。

南部で冒険者をやっているときに、パーティーを組んでいた少女であった。

セレスの『銃』とかいう遠隔攻撃武器と、その戦闘センスはいつだってパーティーの助けになっていた。

あの後、パーティーリーダーのシュバルツが急に故郷へ帰る羽目になって解散してしまったが、あれは本当にいいパーティーだった。

「お~っほっほっほ。セレス様ですわよぉ~。」

懐かしい。

まあ、貴族出身なのだろうが、それを隠すこともないのに、嫌味にならないのはこの子の特権だった。

「懐かしいなぁ……。あれからどうだったのさ?」

「あら、あのときワタクシの誘いを断っておいて気になりますの?」

「それは……あー、悪かった。だけど、恩人に呼ばれちゃな。でも、俺がセレスを誘ったって『辺境を出る気はありませんわぁ~~』って言ってたじゃん。」

駆け出し冒険者の頃に世話になった商家の頼みで、しばらく護衛を引き受けることになった。その後、親父に呼び出され、セレスと再び会うことはなかった。

「ですが、それでもワタクシを選んで欲しかったですわ。」

「いやほんと、ごめんごめん。にしても、セレスとお見合いとはね。どっかのお貴族様だとは思ってたけど。」

実のところ、お見合い相手の詳しい事について全く知らない状態だった。当然、相手がどんな人かってのは親父にも聞いた。だが、答えてくれなかった。どうも先入観なく話合わせたいそうだ。貴族のお見合いとしちゃ、だいぶ異例な話だ。

「実は王族でして……」

「へぇ。なるほどな。そんなに偉かったのか。ま、俺なんて辺境男爵の息子だったけどな。」

「でも、今は王太子。ガトリング女王とも釣り合いますわね。」

「はっはー。爵位不安定のガタガタ国と先進気鋭の強国ガトリング王国とじゃ釣り合わないって。向こうから願い下げでしょ?」

力で併呑してしまったほうが早い。

「そんなことはありませんわよ?」

「お、世辞が上手いねぇ。」

「ワタクシ、ガトリング王国の王女、レンシャ・ガトリング・テッポーは、アルス様を密かにお慕いしておりますのよ?」

「えっ……」

ボトリング伯爵家を水の泡とし、銃弾の雨で南部辺境を制圧して建国した、鉄血の暴力を体現する存在、レンシャ・ガトリング・テッポー。セレスはその名前を名乗った。

「あら、信じてはおりませんの?」

「いや、だって名前……」

「偽名くらい使いますわ。だってワタクシ、タォレッソーでは犯罪者でしたもの。」

「イメージとかさ……」

「あら、ワタクシは銃弾は似合わないと?」

「確かに銃?とか頼りになったけどさ、セレスって、ちょっと偉そうだけどかわいくて優しいじゃん。『鉄血』なんて似合わないっていうかなんというかさ。」

「かわいい……かわいいだなんて……思ってくれていたのですね……」





その後の話。

結局のところ『婚約』はしなかった。

しなかったのだが……

「あら、お出かけですの?」

「あー、ああ。そうだよセレス……いやレンシャ。」

「ならワタクシも御一緒させていただきますわ。おーっほっほっほ。」

今日も快調らしい。だが、どうもやたらゴツい『銃』を携えている。

セレスは婚約しない代わりに、『いついかなる時でも隣に立つ権利』とやらを要求した。

あの見合い以後、レンシャ・ガトリング・テッポーは、誰の許可を得ることもなく、アルス・トテモ・メンドーの

隣に居ることが出来ることとなった。

「今日は領内視察らしいな。」

「おーっほっほっほ。アルスに言い寄る人は蜂の巣ですわぁ~~~。」

そう。

常に隣にいて、鉄血の暴力で排除し続ければ恋愛・結婚相手は自分しかいないという最強理論。

それがセレス……いやレンシャの計画であった。

「ご……誤解で蜂の巣はやめてくれよ本当に。」

実際に隣で発砲なんてことは無かったが、そう言わないと不安でしょうがない。

朝から夜までベッドもトイレも全部俺の隣に立ってる極めてヤバい奴。

しかし、ガトリング王国の仕事を片付けるついでにタォレッソー王国の仕事も高速で片付けてくれるので、大変に助かってもいる。

親父たちは同君連合の準備をしているらしい。

なんか、完全に囲い込まれた気がしなくもないが、まあ、いっかなーと考えている。

「おーっほっほっほ。アルスはワタクシのものでしてよ~~~~!」







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― 新着の感想 ―
[一言] うん。レンシャ嬢が幸せそうで良かった。
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