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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第十三話 殺意の旋律




 シェリアの亡骸(なきがら)を抱え、ネイは魔人を見据えていた。

 胸に激痛と悲しさが混じり合い、心が壊れそうになる。


 カイトと同様、家族がまた自分の腕の中で息絶えた。

 自分には悲しむ暇すら、与えてはくれないのだろうか――そんな思いが漠然と広がり、ネイの心をいたく傷つける。


 両親が亡くなった日は、力尽きるまで魔物から逃げ(まど)い、カイトを(うしな)った日は、激昂(げっこう)したシェリアに殴られ続けた。

 そして、シェリアが()った本日――不意に現れた魔人が、(わら)いながら家族をゴミだと(けな)したうえに、孤児院の子供達を魔物に変え、虫けらだと吐き捨てたのだ。


 あの頃よりも深く激しく、胸に憎悪(ぞうお)が湧き上がる。

 そもそも最初から、反魂(はんごん)など存在しない。天上の神々でも無理らしく、魔人が遊びで書き(つづ)っただけの偽物のようだ。


 きっと、シェリアはわかっていた。わかっていてもなお、反魂を試さずにはいられなかったのだと思われる。

 魔に魅入(みい)られる隙を与えたのは、ネイにほかならない。

 理由はどうあれ、ネイの思惑が原因でカイトは死んだ。


(……どうして……?)


 魔の存在が自分から家族、または大切な人を奪っていく。愛せば愛すほど、失ったときのつらさが計り知れなくなる。

 そんな心の隙間を、何で()めればいいのか――


 憎悪以外に、空っぽの心に埋めるものなどない。

 ネイは音を立てるぐらい、ガリッと強く歯を()み締めた。

 その瞬間、途端におぞましい気配を察知する。


「何が……そんなに、おかしい……?」


 咲弥へ視線を向け、ネイは少し恐怖で愕然となる。普段の優しい彼からは、想像もつかないほど低い声をしていた。

 目をカッと見開き、魔人のほうをじっと(にら)みつけている。

 彼のオドは激しく(たぎ)り、それはひどく(にご)(よど)んでいる。


「なあに?」

「人の気持ちを踏みにじって……何が、そんなに面白い」


 黒白の籠手が、漆黒と純白の不吉な光に覆われた。

 おそらくは、咲弥の怒りに呼応しているに違いない。


 これまでは、肘先(ひじさき)までしかなかった。しかし今は、咲弥の腕を飲み込み、禍々(まがまが)しい右腕と神々しい左腕へと変化する。

 咲弥は歯を()き出し、両腕を前にだらんと垂らした。

 憎悪を込めた眼差しで(にら)む。それはまるで、どこか――


「死んだ人に、また会いたいって想う気持ちが……そんなにおかしいことか? 何も変じゃない。へらへらと(わら)うな」

「なんだ、虫けら? お前ら虫けらの存在なんか、僕ら魔の(なぐさ)みものでしかないって理解しな? ほぉら、見てごらん」


 魔人が片手を虚空に舞い踊らせるや、影がまた(うごめ)いた。

 色濃い影から、魔物と化した人々が浮かび上がってくる。


「僕の創った秘術は傑作(けっさく)だろう? 虫けらが、虫型の魔物に変わるんだ」

 魔人はそう言い、肩を(すく)めた。

「しかし、こいつらも(あわ)れだね。そこのゴミが秘術の過程で生み出したのに、用済みとなるや自害を命じたんだから」


 シェリアの家族だからこそ、わかってあげられた。反魂(はんごん)魅了(みりょう)されていたとはいえ、好んでやっていたはずがない。

 きっとこれ以上、被害を出さないためなのだと思われる。


「だから、優しい僕が救って強化してあげたんだ。虫けらはしっかり蠢いてこそ、虫けらだろ? こんなふうに、ね?」


 言葉終わりに、魔人は指を弾き鳴らした。

 数体の魔物が、恐ろしい勢いで咲弥へと詰め寄っていく。


「……取り消せ」


 咲弥がふっと、まるで煙のごとく消えた。

 向かい来る魔物を瞬時に漆黒の爪で裂き、あっという間に魔人の(そば)にまで達している。それは進化か、また生命の宿る宝具の力は激増していた。

 間合いに入るや、咲弥は空色の紋様を浮かべて唱える。


「黒爪限界突破」

「やるね。でも虫けらの攻撃は、僕ら魔人には効かな――」


 魔人は不可解な表情で、即座に身を(ひね)った。

 魔人の胴体に向け、漆黒の爪が振るわれる。

 ほんのわずかに、かすった程度のはずであった。

 だが少し遅れ、強烈な爪跡が広がっている。


「なっ……んだっ?」

「僕のことは、どうだっていい。みんなの分は、取り消せ」


 咲弥はそのまま、純白の爪を()いだ。

 魔人は素早く後退するが、またかすっている。


「おいおい……なんだ、これ……なんなんだ、お前……」


 魔人が(おお)っていたものが、目に見えて消滅していた。

 咲弥の唐突(とうとつ)な変化に、ネイは漠然とした不安を抱く。だが同時に――本当に優しい人なのだと、改めてそう思えた。


 家族のシェリアが起点となった惨劇(さんげき)に、ネイは戦うことはおろか、逃げることすらしていない。ただ茫然と心が痛み、現実を受け止め、今も眺め続けている。

 本当であれば、ネイが立ち上がらなければならないのだ。


 それなのに、出会ってから間もないはずの彼が、ここまでネイの家族のために激昂(げっこう)してくれている。優しい彼が町人のために心を殺し、血を流して戦っていた。

 憎悪に満ちたはずのネイの心が、徐々に(やわ)らいでいく。

 とめどなく涙が溢れ、ネイは唇を()み締めた。


「魔物化とはいえ、虫けらを殺したのはお前なのになぁ?」

「そんなこと……言われなくてもわかってる。(ゆる)されない。だからどんな罰だって、僕は素直に受ける。でも――」


 再び、咲弥は高速移動をした。

 深手を負った魔人は、回避に専念している。そんな魔人の行動を先読みし、紅羽が魔物を討ちつつ蹴りを繰り出した。

 そのあとで、老師ラルカフが雷の紋章術を放つ。


 人の攻撃は効かない――魔人はそう言いかけていた。

 確かに魔人は、紅羽達をまるで気に()めていない。むしろ存在として認識しているのか、あやしいくらいであった。


 それをオドと呼んでいいのかわからないが、オドに近しい何かが、紅羽と老師の攻撃を弾いているという印象がある。

 紅羽と老師は、即座に魔物の駆逐(くちく)へと切り替えていた。


 おそらく、咲弥が戦いやすい環境を作るために違いない。

 咲弥が魔人の眼前へと迫り、また重い声を(つむ)いだ。


「お前を――お前達を、絶対に野放しにはできない」

「虫けらごときが、調子に乗んな!」


 魔人が漆黒の手を針に変え、咲弥に突きを繰り出した。

 頬と左脚をかすめ、腹と肩を刺されていてもなお、咲弥はその足を止めない。

 その猛進(もうしん)に、魔人の顔は震撼している。


「……(ひる)まない……?」

「お前らがいるから、こんな悲しいことが起きる。だから、僕がお前達を殲滅(せんめつ)してやる。二度と、誰も悲しませない」


 漆黒の鋭い爪が、魔人に振り下ろされる。

 魔人が()けた瞬間、死角から純白の爪が飛んだ。


「なんだ、その武器。僕に攻撃が通じるなんておかしい」

「僕は――()()()()()()。そのために、やってきたんだ」

「はっ。笑わせるな、虫けらが! 本気で相手してやる」


 魔人が素早く飛び退()き、無数の魔法陣を描いた。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 紅羽が白い光芒(こうぼう)を放つが、やはりまったく効いていない。唯一、咲弥のみが、魔人に対して傷を負わせている。

 その咲弥もまた、瞬時に空色の紋様を浮かべていた。


白爪(はくそう)空裂(からさ)き限界突破」


 咲弥の紋様が砕け、純白の爪が宙を()でる。

 魔法が放たれる寸前、まるで蝋燭(ろうそく)の火のごとく吹き飛ぶ。また同時に、魔人が(まと)っているオドに似た何かも薄れる。

 魔人が(けわ)しい顔をして、激しく驚倒していた。


「はっ……? な、なんだ……と?」

「お前を()()、残りの魔人も()()、魔神も()()()()()()()


 咲弥は言いながら、魔人へと詰め寄った。

 魔人はくっと息を詰め、(よど)んだ影の中へ身を沈めていく。


「虫けらめ! 覚えてろよ! 目覚めたばかりじゃなきゃ、お前ら虫けらなんぞ、一瞬で八つ裂きにしてやれたんだ」


 魔人が沈んだ影に、咲弥が漆黒の手を突っ込んだ。

 少しずつ、魔人が引っ張り出される。


「ぐっ、ぐぁっ……あぁあああ……!」


 魔人は漆黒の爪で、肩をえぐるようにして(つか)まれていた。

 咲弥が純白の爪を影に()わせるや、影が大きく弾け飛ぶ。

 すると一気に、魔人が再びその姿をあらわにした。


「ぐっ――!」

「逃がすわけ、ないだろ」

「なっ……んでっ?」

「もう訂正も何もいらない」

「ま、待っ――」

「この世から消え去れ、()()()


 魔人の体が斜めに、漆黒の爪で大きく切り裂かれる。

 純白の爪で追撃すると同時に、空色の紋様が描かれた。

 咲弥は漆黒の爪を高く(かか)げ、憎悪のこもった声で唱える。


「黒爪限界突破」

「っ――」


 漆黒の爪が頭上から落ち、魔人の体を縦に走り抜ける。


「お前、まさ……か、て……ん……」


 言い切る前に、魔人は(ちり)も残さずに消滅する。

 ほぼ同じ頃合いで、紅羽達も魔物化した人を討ち終えた。

 沈黙が広がる空間で、ネイはただ茫然となる。


 もし咲弥がいなければ、魔人に(わら)いながら殺されていたに違いない。紅羽と老師の攻撃が、まるで通じていなかった。

 むしろ本当に勝てたのか、今でも夢現な心境を抱える。


 咲弥がふらふらと揺れ始め、ばたりと地に倒れた。

 オドを使い果たしたのか、さきほどまでの禍々(まがまが)しい気配が完全に消え去る。黒白の籠手も、ふっとその姿を消した。


 邪悪な神を討たなければならない――

 初めて聞いたとき、ネイははなはだ疑問だった。しかし、なぜ咲弥が選ばれたのか、ほんの少しわかった気がする。

 奇妙な運命を背負った彼は、ただ進み続けるに違いない。


 たとえその身が、()()()()()へと落ちようとも――


 紅羽が颯爽(さっそう)と、倒れた咲弥のほうへ寄った。

 純白の紋様が浮かび上がり、そして砕け散る。

 咲弥の全身が、(ほの)かな光に包まれた。


「……ぇ?」


 紅羽から、(ごく)わずかな声が漏れる。

 治癒(ちゆ)の紋章術を、なぜか途中で放棄した。


 咲弥に外傷がないはずなどない。魔物と化したシェリアに加え、魔人に針みたいな指の攻撃を受けていたからだ。

 まるで全身の力が抜けたかのように、紅羽が崩れ落ちる。

 へたり込んだ姿勢で、咲弥のほうを呆然と見つめていた。


「いやぁ……嫌です……」


 紅羽は消え入りそうなくらい、(はかな)い声を(つむ)いだ。

 咲弥の上半身をゆっくり起こして、紅羽が抱き締めた。

 すすり泣くような声が、次第に耳へと届き始める。


「嘘つき……約束……しました……」


 ネイは、やっと気づいた。

 咲弥の心臓もまた――シェリアと同様に止まっている。

 オドの消耗が激しい固有能力を、何度も連発していた。

 おそらく死因は、オドの枯渇(こかつ)によるものに違いない。


 治癒の紋章術をかけたときに、紅羽は気づいたのだろう。

 ネイは立て続けにまた一人、身近な存在を失った。


(あんたも……やっぱり、カイトと同じじゃない。ほら……だから仲間なんか……もう作りたく、なかったのに……)


 いったい、どれほど身近な人を失えば気が済むのだろう。

 咲弥の死が涙へと変わり、ネイの頬を何度も通り過ぎる。

 ネイはシェリアの亡骸(なきがら)を、ぎゅっと抱き締め――


 もう何も、考えたくなくなった。

 いっそ自分のつらい人生も、一緒に終わってほしい――

 そんな思いが、漠然とよぎった。


「どけっ!」


 老師ラルカフが途端に、紅羽を大きく突き飛ばした。

 金色の紋様を浮かべ、老師は力強い声で唱える。


「雷の紋章第四節、雷王の右手」


 老師の右手に、激しい電流が(ほとばし)った。

 胸を触れられた咲弥の遺体が、弾かれたように()ねる。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 (いばら)(くさり)を両腕に巻きつけ、咲弥は闇の中を歩いていた。

 一歩進むたびに、茨の(とげ)が肉に深く食い込んでいく。

 傷みを必死に(こら)え、ただ前へと進み続ける。


 しかし光のない闇は、心に大きな不安をもたらした。

 どこまで行こうとも、ただただ孤独だけが広がっている。


 歩く意味など、おそらくどこにもない。

 それなのにまだ、足を止められずにいた。

 茨の鎖は、無数の十字架と(つな)がっている。

 それはきっと、自分が殺めた人達の亡骸(なきがら)に違いない。


 どうしてこうなったのか、よく思いだせなかった。

 深く重い罪悪感だけが、胸をきつく縛りつけている。

 足を止めれば、自分も十字架の一つとなるのだろうか――

 ふと、そんな考えが思い浮かんだ。


 次第に疲れ果て、棘の痛みに耐えられなくなる。

 そっと、進む足を止めてしまう。

 不意に背後から、怨嗟(えんさ)の声が一斉(いっせい)に飛んでくる。


「どうして、助けてくれなかったの……」

「苦しい……お前も……こっちに……」

「なぜ殺した……救えたはずなのに……」

「痛いよ……暗いよ……助けて……」

「お前も……死ねばいい……死ねよ……」

「許さない……許さない……」

「憎い……お前が……憎い……」


 自分なりに、精一杯にやってきたつもりだった。

 これが罰というのであれば、受け入れるほかない。

 身を(ゆだ)ねかけたそのとき、背にほのかな温かみを感じる。


「ほら……みんな、待ってるよ」

「シェリアさん……?」


 声でそう判断したが、なぜか振り返られなかった。

 全身が異常に重たく、まるでいうことを()かない。

 涙で視界が(にじ)み、頬を伝うのがわかった。


「ごめんなさい……シェリアさん……」

「いいの……何をどうしても、私は救われなかったから」

「そんなこと……」

「いいの……でも、その代わり……私のお願いを一つだけ、聞いてくれる?」


 どんな願いであったとしても、自分には聞く責任がある。

 咲弥は閉口して、シェリアのお願いを待った。


「ネイに伝えて。どんなに離れてても、私達は家族だって」


 背を強く押されたような、小さな衝撃が走る。

 いつの間にか、体が自由を取り戻していた。

 両腕に巻きついていた茨の鎖もない。

 咲弥はとっさに、後ろを振り返った。


 微笑むシェリアの隣に、見覚えのない茶髪の男の子がいる――その後ろには、見知らぬ大勢の人達が立ち並んでいた。

 みんな柔らかく微笑んでおり、淡い光に照らされる。


「私を止めてくれて……ありがとう、咲弥」


 シェリアが告げるや、全員が光に溶け込んでいく。


「ま、待ってください」

「さようなら」

「シェリアさん! 皆さん!」


 光は輝きを強め、そして――

 咲弥はふと、その意識を取り戻した。




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