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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第十一話 狂乱の夜想曲




 激しい雨の中――

 懐中電灯の代わりともいえる紋章具、誘光灯(ゆうこうとう)から発生した光球を漂わせながら、咲弥は森の道をひたすら駆け抜ける。

 シェリアを追った紅羽の気配を、必死に探っていた。


 光球があるとはいえ、夜の闇はかなり深い。視界はあまりよろしくないが、そんな状況が今は逆にありがたくもある。

 視界が悪いぶん、オドがわずかに察知しやすいからだ。

 しかし捜索に没頭(ぼっとう)してしまい、豪快に木と正面衝突する。


「がっ……! ったた……」


 師に見られていたら、木の棒が飛んでくる失態であった。

 一か月以上もの記憶が、咲弥の脳裏によみがえる。

 はやる気持ちを抑え込み、また走り出した。


(紅羽……どこにいるんだ……)


 もう間もなく、町のほうへと着いてしまう。

 少し遠くにある樹上から、不意に何かが飛び降りた。

 あちらも咲弥の存在に気づいたのか、互いに寄っていく。


「咲弥様」

「紅……はっ!」


 光球に照らされた紅羽の姿を見て、思わず言葉に詰まる。

 雨で服がぐっしょりと()れ、体に張りついていた。

 シルエットだけを見れば、もはや裸だと錯覚しかねない。魅力的な体の線が浮き彫りとなり、かなり扇情的(せんじょうてき)であった。


(ばかか、僕は……)


 咲弥は何度も首を横に振り、卑猥(ひわい)な妄想をかき消した。

 それから彼女の紅い瞳を、咲弥はまっすぐに見据える。


「紅羽、こんなに濡れて……風邪ひいちゃうよ」

「問題ありません。シェリアは孤児院方面へ向かいました」


 咲弥は目を大きく見開いた。


「えっ! 孤児院って、まったく別の方角じゃないか」

「私の気配が(さと)られないよう、最大限努めました」

「あ、ああ……なるほど」


 至極当然の話だった。

 こちらが可能なら、あちらもまた可能なのだ。


「では、咲弥様。行きましょう」

「う、うん」


 咲弥は紅羽と並び、孤児院の方面を目指した。

 施設からはやや外れ、道なき道を駆け抜ける。

 その先には、古びた小屋らしきものが建っていた。

 物置に使われていたのか、石造りの壁には鉄扉がある。


「おそらく、この先だと思われます」

「こんな、ちっちゃい小屋……?」


 咲弥は(いぶか)しんだ。

 隠れるにしても、もっとほかにあると思える。

 鉄扉に手をかけてみたが、開きそうにはない。


「開かないか……ほかに何か場所は……」


 咲弥は鉄扉から離れ、全体をもう一度よく眺めてみる。

 紅羽が右手を前に伸ばし、途端(とたん)に純白の紋様を浮かべた。


「え……?」

「光の紋章第四節、白熱の波動」


 灼熱の白い光芒(こうぼう)が、勢いよく放たれる。

 激しい音を響かせ、(いびつ)な形で鉄扉は開かれた。


「く、紅羽……?」

「はい?」

「さすがに……ちょっと強引過ぎない?」


 これでは、気配を(さと)られなくした意味がない。

 紅羽はどこか、きょとんとした顔をする。


「今はもう、隠密(おんみつ)をする必要がありません。どちらにしても相手に察知されるのであれば、一刻も早く進むべきです」

「あ、ああ……まあ……」


 それは確かに、一理ある話ではあった。

 とにかく今は、ネイとラルカフの安否(あんぴ)を確かめたい。

 咲弥は小屋の中へ足を踏み入れ、即座に立ち止まった。


(階段……)


 地下へと続く階段以外、この小屋にはないようだ。

 なんの目的で造られたのか、いまひとつよくわからない。

 ゆらゆらとあやしげな炎で、階段は照らされている。


「まだ、もう少し道が続くみたいだね。急ごう」

「了解しました」


 広々とした階段を、咲弥達は駆け下りた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 縛られているネイは、ぼんやりと過去を振り返っていた。


 風が吹き抜ける、夕日に(いろど)られた草原での記憶――

 ネイは草地に座り込んで、ただ夕日を眺めている。隣には両手を枕代わりにし、大きく寝ころんだカイトがいた。


『なあ? ネイ』

『なによ』


 唐突(とうとつ)に呼ばれ、ネイはカイトを横目で(にら)む。

 茶色の髪に指を通し、カイトはぽりぽりとかいた。


『お前さ、好きな奴とかいんの?』

『はあ? そんなの、いるわけないでしょ』


 カイトは大袈裟(おおげさ)なため息を漏らした。

 寝そべったまま、カイトは草地に頬杖(ほおづえ)をつく。


『なんだ。てっきり……それは、あなたよ。って言うのかと期待したのに』

『はあ? ばか? そんなわけあるか』


 カイトはにっこりと笑った。


『俺は、お前が好きなんだけどな』


 ほんの少しだけ、胸がちくりと痛んだのを覚えている。

 ネイは(おのれ)(りっ)してから、カイトに伝えた。


『私なんかよりも、シェリアをちゃんと見てあげなさい』

『シェリアも好きだぞ』

『家族としてじゃなくてさ、真面目に向き合いなってこと』


 カイトは、照れくさそうに頬をかく。


『女としてってんなら……俺は、お前のほうが好きなんだ』

『だから、興味ないつってんでしょ。ばか?』


 正直に言えば、とても(うれ)しかったと記憶している。しかしカイトへの()()よりも、ネイはシェリアとの()()を選んだ。

 さらにその頃は、果たさなければならない目的もある。


 家族を奪った、憎き魔物を討つ――

 復讐の念に、ネイはひどく(とら)われていたのだ。

 ネイはそっと、よみがえらした記憶を打ち消す。


 かすんだ視界で、静かに前を向いた。

 今現在、使われなくなった古い貯蔵庫にいる。小さい頃に何度か遊びにきたが、まるで別の場所のように感じられた。


 奇妙な道具が並べられており、中央には美しい(つぼ)がある。その壺の付近に、シェリアは書物を片手に立っていた。

 疑問は尽きないが、今回の騒動はシェリアが原因らしい。


 今現在、ネイの左隣にはマザーがいる。孤児院での惨劇で(うしな)ったと諦めていたが、シェリアに幽閉(ゆうへい)されていたようだ。

 そして反対側には、あとから連れてこられた老師がいる。

 全員オドを(みだ)す縄で縛りつけられ、身動き一つ取れない。


「準備は、整った……」


 シェリアが(つぶや)き、ネイ達を振り返った。

 その黒い瞳は、明らかに常人のものではない。


「さあ……始めましょうか」

「あんた……なに考えてんのよ……」

「カイトを……生き返らせるの」


 ネイは一瞬、呼吸するのも忘れた。

 死人を(よみがえ)らせる――

 そのために、あれほどの犠牲者を生んだようだ。


「ある遺跡調査でね、こっそり一冊の書物を手に入れたの。そこには死者を蘇らせる秘術が、克明(こくめい)に記されていたわ」

「そんなの……」


 ネイの言葉を(さえぎ)り、遠くのほうで爆発音が(とどろ)く。

 出入口のほうへ、シェリアが素早く振り向いた。


「追ってきちゃったのか……」


 シェリアが鷹揚(おうよう)に、ネイ達のほうへ向かってくる。

 そして、マザーの腕を(つか)んだ。


「シェリア。今からでも遅くないわ。もうやめなさい」


 マザーは(さと)すように、シェリアに告げた。

 シェリアは気味の悪い笑みを浮かべる。


「マザー……ごめんね。私はもう許されないほど、罪を犯し過ぎた。もう振り返ることも、立ち止まることもできない」

「シェリア! マザーとラルカフを解放して!」


 ネイは声を張って、シェリアを止める。


「私が……私が、あなたの言う通りにしてあげるから」

「記憶の残滓(ざんし)が、この秘術には必要なのよ。カイトの記憶を色濃く持つのは、マザー、老師、ネイ……そして、私なの」


 シェリアの言葉が終わるや――

 出入口の扉が、まるで破裂したかのように開かれた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 視界に広がる光景に、咲弥は驚きを隠せない。

 赤黒い魔法陣が描かれ、そこかしこに蝋燭(ろうそく)が立ち並ぶ。

 その部屋の状態は、黒魔術的なものを強く連想させた。


「マザーさん!」


 先に呼んだのは、シェリアに(つか)まれているマザーだった。

 孤児院の火事で死亡したと思っていたが、まだ生きていた事実に安堵感(あんどかん)が芽生える。だが、シェリアに捕らわれている様子から、同時に危機感も覚える。


「動かないで」


 シェリアは力強く言葉を発した。

 マザーの首筋に、銀色に光るナイフが添えられる。


「咲弥。あなたには、本当に感謝してる。どれほど調べてもわからない文字を、あなたはいとも簡単に翻訳(ほんやく)してみせた。そのお(かげ)で、私はやっと前に進める」


 翻訳が引き金になったと知り、咲弥は愕然とする。

 ただシェリアの力に、なってあげたかっただけであった。

 咲弥は激しい罪悪感を抱え込む。


「そ、そんな……僕は……」

「念のために……ばれないようにするために、どうでもいい古代語も混ぜたの。とても重要だったのは――記憶の残滓、天使の(うつわ)。これだけだった」


 まさかとは思い、中央にある(つぼ)に視線が向いた。神秘的な壺に見えるが、それは天使らしからぬ気配を漂わせている。

 天使と直接対面した咲弥だからこそ、違いがわかった。


「待ってください! それは、天使の器ではありません!」

「何を……」

「わかるんです。僕には! それは天使とは、まったく別の気配がします!」

「もう……止まれないのよ!」


 シェリアは叫ぶように言った。


「いったい、どれほど人を殺したと思ってんの。私のせいで――なぜか孤児院の子供達まで、巻き込んじゃったのよ!」


 孤児院の子供達は、故意(こい)ではなかったようだ。

 シェリアは言いながらに、壺へと歩み寄っていく。


「もう止まれない。もう止まれない。マザー達を(ささ)げた後、私は私自身も捧げる。そうして、カイトを生き返らせる!」

「シェリアさん!」

「シェリア!」

「ごめんね……」


 ネイの悲痛な叫びからか、シェリアはそっと涙を流した。

 そのとき、壺がまばゆい光を放つ。

 咲弥と紅羽を除く全員から、オドを吸い上げていた。


「な、なんだ……」

「カイトの遺骨(いこつ)が……」


 シェリアが(つぶや)いた直後、壺はさらに輝きを強める。

 光の玉が壺の中から飛び出し、シェリアに直撃した。

 シェリアの全身が、禍々(まがまが)しい光に包み込まれる。


「私に、力を貸してくれるの……? ありがとう、カイト」


 カッと光が輝きを強め、激しい爆風にも似た風が起こる。

 咲弥はとっさに、腕で目を(おお)い隠した。

 すぐに光と風は収まり、ゆっくり腕を下ろしていく。


 そこにいたのは――

 シェリアの容姿の変化に、咲弥の目もとが大きく(ゆが)んだ。


「なんなんだ……これは……」


 瞬間的に連想したのは、シェリアの形を残した()だった。

 ただの蛾ではない。シェリアの胴体から下は、無数の紅い茨が(つど)い合い、まるで大樹を彷彿とさせた。太い(いばら)は、根を張るように伸び続けている。


「さあ、儀式(ぎしき)を始めましょう」


 魔物と化したシェリアが、鷹揚(おうよう)な口調で言った。

 茨がうねうねと動き、ネイ、ラルカフ、マザーを(つか)んだ。

 咲弥は即座に、黒白の籠手を解放する。


「紅羽!」

「了解しました」


 咲弥の短い呼びかけに、紅羽は即座に応えてくれた。

 二人で同時に駆け、まずは三人の救出を優先する。

 茨が触手のごとく伸び、咲弥に襲いかかってきた。

 咲弥は黒爪(こくそう)で引っかき、茨を切り裂く。


 近くで見れば、(とげ)がまるで刃物みたいになっている。

 (つか)まれた者達へ、素早く視線を滑らせた。

 全員が苦痛に顔を(ゆが)め、体中から血を流している。

 茨に掴まれるだけでも、鋭利な棘で斬られてしまう。


 とはいえ、茨の本数は数えきれない。

 紅羽は茨での攻撃をすべて、軽やかに()けている。

 そんな芸当は、咲弥には不可能であった。

 咲弥は右手を前に伸ばし、空色の紋様を顕現(けんげん)する。


「水の紋章第三節、精霊の水晶!」


 紋様が砕け散り、蒼い球体が右手の前に生まれる。

 激しい音を立てて回転し、蒼い水晶は勢いよく放たれた。

 茨の隙間を(くぐ)り抜け、深く(から)み合った場所で爆発する。


 ネイの影響を受けて生まれた紋章術は、まるで手榴弾にも等しい威力があった。だが、捕らえられている者達の茨は、上手く回避されてしまっている。

 しかも最悪なことに、ちぎれた端から再生をしていた。


(くそ……こんなの……どうすれば……)


 それはまるで、ジャガーノートを思わせる再生力だった。

 背に生えた龍とは違い、茨は縦横無尽に動き続ける。


「火の紋章第二節、(ほむら)の襲撃」


 咲弥の視界の端で、赤い光が入る。

 紅羽が右手から火炎を放つ。まるで火炎放射器であった。

 茨が炎に包み込まれ、連鎖的に焼き尽くされる。


「きゃあああああああ――っ!」


 シェリアが叫びを上げた。

 紅羽の火が、本体にまで到達したからだ。

 シェリアが見せた一瞬の(ゆる)みを、咲弥は見逃さない。

 咲弥は胸の内側から湧くオドを、一時的に()き止める。


「黒爪空裂(からさ)き、限界突破」


 やや遠くから狙いを定め、黒爪で空を切り裂く。

 その衝撃は連鎖していき、ネイ達を(つか)む茨をも分断した。


 通常の空裂きは、距離が遠くなるほどに威力は激減する。しかし限界突破を(あわ)せれば、逆に離れれば離れるほど、その威力は何倍にも大きく膨れ上がるのだ。

 空裂きと名づけたのにも、ちゃんとした理由があった。


 戦闘の最中はとにかく、膨大な思考や判断が求められる。技を使うたびに、じっと念じるなど正気の沙汰(さた)ではない。

 だから紋章術の発動と同様、言葉にすれば発動するようにしたほうが遥かに効率的で、意識を深くもっていかれない。


 これまでの咲弥は、無駄があまりにも多過ぎた。

 だが修行により、すべて極限(きょくげん)まで無駄が排除(はいじょ)されている。


(よし……)


 咲弥の行動を予想していたのか、紅羽が素早く連携する。

 落ちていく茨を()(くぐ)り、紅羽がネイ達を救出した。

 全員の背の服を(つか)み、茨からの脱出をはかっている。

 しかしシェリアが、不意に耳をつんざく咆哮(ほうこう)を放つ。


「アァ……アァアアアアアア――ッ!」


 シェリアの上空に、虹色の魔法陣が発現した。

 咲弥の記憶が、漠然とよみがえる。


(あれは、ジャガーノートのときの……)


 心の中で(つぶや)きながら、咲弥の体は自然と動く。

 空色の紋様を浮かべ、力強く飛び上がった。

 紅羽の背後に移動し、素早く詠唱する。


「清水の紋章第二節、澄み切る盾」


 いくつもの青白い光の粒が、互いを(つな)ぎ合っていく。

 前方に水の幕を張った瞬間、音魔法が放たれる。凄まじい衝撃が波紋(はもん)のごとく広がり、水の幕ごと吹き飛ばされた。

 同時に無数の茨が(うごめ)き、衝撃波で弱まった水の幕を数本の茨が突き抜ける。咲弥の左肩辺りを、一本の茨が貫いた。


「ぐぁあああっ……」

「咲弥様!」


 さらに複数の茨が咲弥をすり抜け、紅羽のほうへ向かう。

 さすがの紅羽も、この状況下で全員は護りきれない。茨に包囲されてしまい、救出した三人をまた奪い取られた。


 マザー達の悲鳴を聞きながら、無理矢理右腕を動かす。

 黒爪で茨を切り離した直後、背から壁に激突した。


「ぐっ……」


 咲弥は肩と背の痛みを(こら)え、かろうじて地面に着地する。


「すみません。また奪い返されました」

「いや……あんなの、どうしようもないよ」


 咲弥は左肩を黒手(こくしゅ)(こう)で抑えつつ、紅羽に応えた。

 明らかに、茨を扱う精度が増している。

 おそらくは、魔物として馴染(なじ)んできたからに違いない。


(いったい……どうすれば……)


 心の中で(つぶや)いた疑問の答えは、すでに自分の中にある。

 ただそれを、咲弥は認められずにいた。


 シェリア本体を討つ――

 いくら振り払おうとも、行きつく答えは一つしかない。

 咲弥は唇を()み締め、壊れてしまいそうな思いを抱いた。




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