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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
92/222

第七話 修行修行そして修行




 咲弥は草地で胡坐(あぐら)をかき、目を閉じていた。

 静寂に満ちた暗闇の中――


「また乱れとる!」


 ラルカフの発言と同時に、バチンッと弾かれた音が鳴る。

 木の棒を叩き込まれ、咲弥の肩と背に激痛が走った。


「あんぎゃぁっ!」

「ほれ、とっとと姿勢を正さんか!」

「は、はい!」


 必死に痛みを(こら)え、咲弥はオドの訓練を再開する。

 湧くオドの流れを読み、練り込み、そして流した。


「ばかもん! まだ乱れとるわ!」

「ほんぎゃぁっ!」


 咲弥は、また木の棒でぶたれた。

 肩と背に、じんじんとした痛みが広がる。


 最初の三日間は、ずっとこれの繰り返しであった。

 叩かれ過ぎたせいで、体の形が正常かどうか不安になる。

 最初は紅羽に、傷の治癒(ちゆ)をしてもらおうと考えた。しかしそんな思惑は、ラルカフによってあえなく(はば)まれてしまう。


 しばらくの間、紅羽とネイは出入り禁止となった。

 咲弥は孤児院に戻ることも、ラルカフに禁じられている。

 通信機もネイが持ったままのため、連絡すらもできない。


 そんな事情を抱えたまま、修行は四日目に入る。

 オドの訓練は継続(けいぞく)しつつ、(くい)の上を渡る修行が始まった。

 ただ全身に重しをつけられており、杭の下には無数の刃が突き立てられている。杭の絶妙な間隔(かんかく)に、歩くのも難しい。


 咲弥は必死に踏ん張り、だらだらと冷や汗が流れ落ちる。

 一歩を踏み出そうにも、次の杭が果てしなく遠く思えた。


「し、師匠ぉー! ちょっと限界です!」

「カッシャッシャッ。そう言い始めてからが、本番じゃよ」

「いや! ほんと! もう無理です!」

「まだ口をきけるなら安心じゃろて」

「ふ……足を踏み外したら! 僕、死んじゃいます!」

「なら落ちないよう、気をつけて進めばええじゃろうが」


 草地に寝ころび、ラルカフは大きな欠伸(あくび)を漏らした。

 咲弥は一歩一歩、丁寧(ていねい)に杭を渡り続ける。


 杭渡りを終えるや、今度は付近にある山道を訪れていた。やや遠めに、現在いる場所と似た広場が下のほうにもある。

 ラルカフが背後から、咲弥へと声をかけてきた。


「よし。下の広場まで行ってから、こっちまで帰ってこい」

「え? それだけですか? 重しもなしに、ですか?」

「うむ。ただ、できる限り早くな」


 咲弥は言われた通り、まずは下の広場を目指した。確かに足場がとても悪く、かなり足腰にくる地形をしている。

 下の広場に辿(たど)り着き、またもとの場所まで走り戻った。

 ただそれだけで、恐ろしいぐらい体力を消耗する。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「何をしとるんじゃ。早く下りて戻ってこい」

「……ふぇ?」


 咲弥は震撼する。またもう一度、やれと言っているのだ。


「ちょ、ちょっと……」

「ほれ、行ってこんかい!」


 木の棒で尻を叩かれ、咲弥はへとへとの状態で走る。

 だが、さすがに体力が持たない。速度が落ちてくると――ラルカフの紋章術と思しき雷の玉が、咲弥に襲いかかった。

 なかば死に物狂いで、ひたすら山道を往復させられる。


 精魂(せいこん)が尽き果てた頃、すでに日が暮れ始めていた。

 ラルカフの家へ戻り、食卓にやってくる。

 そこでなぜか、壁を使っての逆立ちをさせられた。


「あ、あのぉ……」

「わしが飯を作るまでの間、そのままの状態でいろ」

「……え、えぇえ……?」


 咲弥は驚倒する。料理など五分や十分ではできない。

 最低でも一時間は、逆立ちをしたままの状態になるのだ。

 にやりと、ラルカフが不敵な笑みを見せる。


「もし倒れたら、晩飯は抜きじゃからな?」

「いやいやいやっ! 絶対に無理ですって! もう体力が、きつきつですよ!」

「なら今日の晩飯は、諦めればええんじゃないか?」


 そう言い、ラルカフは軽快な足取りでキッチンへ向かう。

 心の底から、咲弥は理解に苦しんだ。


 オドの訓練はまだわかるが、いったい本日の訓練が咲弥に何をもたらしてくれるのか、まるで想像ができない。

 戦い方を教えてくれたほうが、遥かに有意義(ゆういぎ)だと感じる。

 しばらくの間、咲弥は己の肉体をいじめる結果となった。


 修行を開始してから、一週間弱が過ぎ去る――

 咲弥は完璧に視界を閉ざされ、聴覚すらも奪われていた。

 そんな状況下、ラルカフにしこたま殴られ続けている。


「しそぉ! まっへくあはい!」


 聴覚を奪われると、信じられないほど喋りづらい。

 咲弥は今の今に(いた)るまで、知りもしなかった。

 唐突(とうとつ)に、性能のいい耳栓(みみせん)が抜かれる。


「だから、オドをもっと敏感に感じろ。オドを感じ取れば、今どこに何があるかぐらい、すぐにわかるじゃろうてに!」

「無茶言わないでください! 音もない暗闇ですよ!」

「ばかたれぃ! それが修行じゃい!」

「はぎゃあっ!」


 再び耳栓を突っ込まれ、闇の静寂に包み込まれる。

 ラルカフは木の棒に、自身のオドを(まと)わせていた。

 感覚的には理解している。確かに気配も感じ取れていた。だからといって、即座に対処などできるはずもない。


 目で見るのとは、わけが違うのだ。

 停止しているならまだしも、攻撃のために移動している。

 ここにあると気づいたときには、すでに殴られていた。


「がっ……は……」


 腹部に強烈な痛みを覚え、咲弥は自然と(ひざ)を落とした。

 しばらくして、耳栓が引き抜かれる。


「まったく……これからまた、オドの訓練に戻るとするか」


 いまだかつて味わった覚えのない、最大級の苦痛だった。肉体も精神も、これ以上ないぐらい酷使(こくし)し続けている。

 心の底から逃げ出したいと、初めてそんな気持ちを抱く。

 その思いもむなしく、咲弥はずるずると引きずられた。


 修行開始から二週間が過ぎ、また新しい朝を迎える――

 これまでは、ただ(おのれ)(きた)えるための訓練であった。

 本日からは、紋章術を扱った訓練が取り込まれる。


「それでは、始めるぞ」

「はい。よろしくお願いします」


 咲弥は構え、じっと神経を()()ました。

 後方から物音が聞こえ、素早く空色の紋様を描く。


「水の紋章第一節、螺旋(らせん)水弾(すいだん)


 カッと輝いた紋様が砕け、暗い水の(うず)が生まれる。

 水弾が放たれ、後方から打ち上がる石に直撃した。

 その直後、背後から嫌なオドの気配を察知する。

 とっさに身を()らし、雷球が咲弥の(わき)を横切った。


「ふむ。不意打ちは、くらわぬようになったか」


 珍しく、ラルカフが()めてきた。

 咲弥は心から(うれ)しく思い、感謝の言葉を述べる。


「はい! ありが――」


 言い切るその前に、別の場所から雷球が飛んでくる。

 気配を探るのを、つい(おろそ)かにしてしまった。

 わざと褒め、気を散らしたのだと瞬間的に(さと)る。


「ふぎゃぎゃぁ――っ!」


 ビリビリと(しび)れ、咲弥は痙攣(けいれん)しながら地に()す。

 呆れ声で、ラルカフは(なげ)いた。


「やれやれ……まだまだ修行不足じゃなぁ……」


 実際にやってみて、ようやく理解できるものがある。

 周囲の警戒を続けるのは、並大抵の努力では済まない。


 咲弥の脳裏(のうり)に、銀髪の少女が浮かぶ。彼女は町の中でも、こんな途方(とほう)もない状態を、ずっと維持し続けていたようだ。

 疲労が溜まらないわけがない。

 本当の意味で、ネイの心配を呑み込めた気がした。


(紅羽だって、頑張ってたんだから……僕だって……)


 咲弥は気力を振り絞って体を起こし、その場に座り込む。

 ラルカフが腕を組み、(つぶや)くように言ってくる。


「とはいえ、まあ……だいぶましにはなってきたかの」

「……そうでしょうか?」


 ラルカフは鷹揚(おうよう)(うなず)いた。


「問題点の一つとして、人は紋様を浮かべて唱えなければ、紋章術と固有能力を発動できぬ。つまり、その分ロスする」

「そうですね。このロスが、本当に厄介(やっかい)(かせ)ですね。状況を把握しながら、とっさに浮かべるのがとても難しいです」

「ここはもう、慣れていくしかない」

「はい!」


 咲弥は元気よく、気合を込めて返事をした。


「あとな、紋章術もまだまだ改良の余地(よち)が残っとる。そこも(あわ)せ、訓練でしっかりと学び、成長させていくんじゃぞ」

「わかりました!」


 力強く返事をしてから、ふと咲弥に疑問が生まれる。


「あの、師匠……?」

「なんじゃい」

「紋章術って、どうやったら増やせるんでしょうか?」

「……は?」

「実は僕、一つ……いや、二つ? しか、扱えません」


 ラルカフがぽかんとした表情になる。

 咲弥は苦笑まじりに告げる。


「最初から扱える紋章術以外に、ほかは何も使えません」

「お主、第一節とか言っとらんかったか?」

「ああ……その……それは……形だけ真似た……です」


 これ以上ないぐらいに、ラルカフはげっそりとした。

 咲弥は愛想笑(あいそわら)いで誤魔化すしかない。


「仲間に()いても……なんというか……難しいというか……結局できずじまいに、終わってしまいまして……はい」

「まずは、お前さんの紋章術の知識を聞かせてみい」


 知っているだけの情報を、咲弥は並べ連ねた。

 するとラルカフは、ふんふんと相槌(あいづち)を打つ。


「そこまで知っとるんなら、もうできるじゃろ」

「……え?」

「紋章石にこういう術にしたい。ああいう術にしたい。と、深く念じて伝え、己の術を完成へと導くほかないんじゃ」


 咲弥は腕を組み、深く(うな)った。


「それが、かなり難しくて……どれだけイメージをしても、なんだか上手く……そもそも発動すらしてくれないんです」

「それは単純に、お主のイメージが曖昧(あいまい)じゃからじゃろ」

「曖昧……」


 咲弥は(あご)に手をあて、曖昧だった部分を模索する。

 ラルカフが重ねて説明してきた。


「それはこうなんですぅ。ああなんですぅ。そうなんですぅ――今のワシのこの言葉で、何が言いたいか伝わるか?」


 咲弥はつい苦笑する。


「いいえ……全然……」

「たとえるなら、そういうことじゃ。イメージをはっきりと最初から最後まで伝える。そうして初めて術に(いた)るんじゃ」

「……なるほど……」

「例えば水の幕なんかどうじゃ? 不純物のない水は雷撃を通さず、(よど)みなく流れさせれば火も通さぬ。その状態なら、物理であっても威力(いりょく)は殺せる」


 紅羽の第五節の紋章術が、咲弥の脳裏によみがえった。

 光の幕が張られ、あらゆる紋章術や魔法を弾ける。

 思えば水の精霊も、似たようなことをやっていた。


(そうか……いや、そうなのか……)


 ラルカフに言いそびれたが、紋章石と精霊は繋がっている――曖昧さと同様、向き合いが足りないのかもしれない。

 咲弥はどこか、胸のつかえが取れた気分になる。


「わかったようじゃな?」

「はい! なんとか、新たな術を創り出してみせます!」

「うむ。では、一週間やる。一つも生み出せなかった場合、お主に(ばつ)を与える」

「……えっ?」


 咲弥は大きく()()り、低い声で驚いた。

 ラルカフはにやにやと、何かよからぬことを(たくら)んでいる。

 なにげない質問のせいで、とんだ事態を(まね)いた。


「死ぬ気でやれよ?」

「う……あ、う……はい!」


 これまでの訓練に、紋章術での訓練も追加される。

 そこからさらに、一週間の時が流れる――


「さて、いよいよ対人訓練を始めようか。全力で()んさい」


 ラルカフの発言を聞き、咲弥の緊張が一気に高まる。

 三週間前と今現在――何がどう変わったのか、あまりよくわからない。どう成長したのかを知る、いい機会に思えた。

 咲弥は深呼吸をしてから、ラルカフに告げる。


「よろしく、お願いします!」

「では、始め!」


 ラルカフがまっすぐ、咲弥のほうへ向かってくる。

 咲弥は瞬時に、空色の紋様を宙に描いた。

 ラルカフが中断させようと、小石を拾って投げる。

 咲弥は回避しながら唱える。


()()()()()()


 紋様が砕け、輝く光の(つぶ)が黒白の籠手を生んだ。

 すぐ獣の手に変え、咲弥もラルカフへと進む。

 金色の紋様を浮かべ、ラルカフは詠唱した。


「雷の紋章第三節、雷帝の(ころも)


 ラルカフが雷を(まと)うや、一瞬にして姿が消える。

 咲弥は少し驚いたが、すぐに気を取り直した。

 身体能力を強化する術に違いない。

 オドを感じ取り、目でもラルカフの動向を探る。


 あまりにも素早い移動を、何度も繰り返していた。

 ラルカフのオドの流れを読み、右側へと白い爪を振る。


「ほう?」


 タイミングは最高のはずであった。

 ラルカフからは、余裕の笑みがうかがえる。

 白い手を蹴られ、爪の軌道をずらされた。

 ふっ――と、ラルカフの姿が再び、煙のごとく消える。


「雷の紋章第二節、雷鳴の狙撃」


 どこかで、ラルカフの詠唱が飛んだ。

 咲弥は気配を探りながら、空色の紋様を浮かべる。


「清水の紋章第二節、澄み切る盾」


 複数の青白い光の(つぶ)が互いを(つな)ぎ合い、水の幕を生む。

 飛来してきた雷の矢を、(なめ)らかな水の幕が弾き飛ばした。


 まるでシルクみたいな質感がある水の幕は、ゴムに等しい弾力性を持っている。水の精霊と同じとまでは言えないが、紋章術も物理も弾けるのだ。

 咲弥は不意の気配を、背後に(とら)える。


 ラルカフが雷を(まと)う手を、咲弥のほうへと伸ばしていた。

 胸に触れられる寸前、咲弥はラルカフの腕を、かろうじて黒い手で(つか)んだ。そのまま力の流れには逆らわず、後ろへと素早く飛び退()いた。


 謎だった(くい)での訓練の意味を、このとき初めて理解する。

 体感が恐ろしいぐらい(きた)えられていた。

 少々のことでは、まるで崩れなくなっている。


「師匠。僕の勝ちです」

「ぐっ……」


 咲弥は言いながらに、白い爪でラルカフを裂いた。

 オドを裂かれ、ラルカフが(まと)っていた雷も消える。

 そのままラルカフは、ぱたりと地に()した。


「はあ……はあ……」


 ラルカフと出会った頃から、明らかな成長をしていた。

 血の(にじ)む訓練が、実を結んでいると強く実感する。

 声にならない喜びを上げ、咲弥は拳を硬くした。

 ふと、異変を察知する。


 地に伏したまま、ラルカフが動かない。

 オドが消滅するまでは、引き裂いていないはずであった。だが、よく考えてもみれば、ラルカフはかなりの高齢だ。

 咲弥はじわじわと恐怖を覚え、素早くラルカフに寄る。


「し、師匠……? 師匠!」

「雷の紋章第四節、雷王の右手」


 瞬時に金色の紋様が浮かぶや、詠唱が飛ぶ。

 膝に手を置かれた直後、バチバチッと放電の音が(とどろ)いた。

 咲弥は(すさ)まじい電撃を浴びせられる。


「あじゃばじゃじゃばゃあ――っ!」


 そのまま仰向(あおむ)けに倒れ、残る電流に体をビクつかせる。

 ラルカフが上から、覗き込んできた。


「まったく……こんな古典的な(だま)し討ちをくらいおって」

「ひ、ひきょ……ひきょおです。しそぉー……」

「ばかたれ! 魔物にですら、死んだふりをするのもおる。完全に息の根を止めるまで、気を(ゆる)めるんじゃないわい!」


 ラルカフは重いため息を漏らした。

 ずるく思ったが、しかし正しい言葉だとも思える。

 もし魔物や悪人であれば、大惨事に至っていた。

 咲弥は認識の甘さを(いまし)める。


「ほれ、さっさと起きんかい。このまま何度も、対人訓練を続けるぞ。気の(ゆる)みそうなとこは、全部突いてくからの!」


 ラルカフの発言を聞き、咲弥はぬか喜びしていたと知る。おそらくは、わざとこちらの攻撃を受けたに違いない。

 (くや)しさが半分、残りの半分はため息に変わるものだった。

 咲弥は、ゆっくりと立ち上がる。


「は、はい……よろしくお願いします」


 そうして、ラルカフの修行が始まってから――

 あっという間に、一か月以上の時が流れたのだ。




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