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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第五話 本日の方針




 それはまだ、ネイが幼かった時代の記憶――

 魔物に家族を奪われ、世界にぽつんと独り取り残された。


 ネイの瞳には、ただ暗い景色しか映らない。

 自分も家族と一緒に、この世から旅立てればよかった。

 そんな思いだけが、ぐるぐると胸の内側を巡り巡る。


 初めて孤児院を訪れた日は天候の悪い、寒い季節だった。

 はらはらと流れ落ちる雪の世界に(いろど)りはない。

 出迎えてくれた孤児院の責任者――マザーは聖母のような微笑みをもって、温かく家族として迎え入れてくれた。


 しかし、ネイの心はずっと闇の中を漂い続ける。

 暗い世界に、感情など湧くはずもない。

 そんなネイの前に、少女と少年が歩み寄った。

 二人の年頃は、自分とさほど変わらない。


 同じ赤髪だからか、少女は妙なぐらい突っかかってくる。どれほど無視をしても、事あるごとに首を突っ込んできた。

 少年のほうは、未来を語るのがとても好きらしい。一言も話さないネイに、いつも見据えた未来について語っていた。


 しばらくの時が流れ――

 孤児院での生活を経て、世界に明るさを取り戻していた。


 相変わらず、少女のシェリアとは()りが合わない。いつも喧嘩ばかりしていたせいで、そのたびにマザーに(しか)られた。

 少年のカイトは、飽きもせず冒険者の話ばかりしている。


 ネイにすら運動で(おと)る者が、なれる職業だとは思えない。だが前向きな性格をしたカイトは、決して諦めなかった。

 孤児院付近に、少し変わり者の老爺(ろうや)が一人暮らしている。

 カイトはその老爺から、オドの指南(しなん)を受け始めたのだ。


 ひたむきなカイトに、感化されたのは(いな)めない。

 いつからか、ネイ達もカイトに付き合うようになった。

 最初はただ、なんとなくの付き合い程度でしかない。

 日が経つにつれ、自分でも知らなかった事実を知る。


 二人に比べ、ネイは紋章者としての素質があったらしい。めきめきと才能が伸び――ネイの心に、不穏(ふおん)な影が宿る。

 失っていた世界の明かりを、ようやく完全に取り戻した。


 家族を奪った憎き魔物を、必ず自分の手で討ち取りたい。だからどれほど厳しい訓練でも、必死に耐え(しの)んだ。

 血反吐(ちへど)を吐くことも、一度や二度では済まない。

 ネイはいつしか、カイト以上に訓練にのめり込んだ。


 もし復讐心を(さと)られれば、止められるかもしれない。そう思い、ネイは悟られぬようにも努め始めだした。

 お調子者として、普段からおどけることにしたのだ。


 少しずつ、しかし着実に、復讐への道を歩み続ける。

 もはや町の大男ですら、ネイに勝てる者はいなくなった。

 ある日、ある事件をきっかけに――


 ネイの復讐は、道半(みちなか)ばに跡形もなく消え去る。

 家族を失ったときと同じぐらい、喪失感(そうしつかん)だけが残った。


(ん……)


 不意に、ネイの意識は覚醒へと(いた)った。

 目もとの付近に、妙な違和感を覚える。

 そっと手の(こう)(ぬぐ)うと、何やら湿(しめ)った感触があった。


 故郷に帰ってくると、たまに昔の夢を見る。

 普段はとりとめがない夢も、このときだけは少し違う。

 ネイは静かにため息をつき、ゆっくり上半身を起こした。


 窓から朝日が差し込み、すっと目を細める。

 しばらくの間、(まぶ)しい光を呆然と見つめ続けた。

 ふと――黒髪の少年の姿を頭に思い描く。


(そっか……そういうことか……)


 ネイは漠然と、自分の中だけで納得した。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 孤児院を訪れてから、三日目の朝を迎えていた。

 朝の清掃の手伝いを終え、咲弥は大広間にいる。

 孤児院内からは、本日も元気な声が響いていた。


「おーい、咲弥! 今度は、こっちので遊ぼうぜ!」

「そんなのより、こっちのほうがいいってば!」


 おもちゃを片手に、男の子達が言い合いを始めた。

 咲弥は苦笑まじりに告げる。


「一つより二つ。一緒に遊ぼう。時間はたっぷりとあるし」


 目をキラキラと輝かせ、子供達は納得してくれた。

 咲弥は意識して、部屋の(すみ)へと視線を移す。

 ぬいぐるみを抱えた女の子が、膝を抱えて座っている。

 咲弥は歩み寄り、女の子と目線の高さを合わせた。


「ロナちゃんも、一緒に遊ばない? きっと、楽しいよ」


 声音を優しくして伝えるが、やはり本日も無反応だった。

 ロナはまるで、出会った頃の紅羽とよく似ている。感情が表に出ることもなく、口を開いてくれるわけでもないのだ。


 孤児院にいる経緯(けいい)から、それとなく事情は察している。

 きっとつらい何かが、彼女をこうさせたに違いない。


「もし遊びたくなったら、いつでも遠慮なく言ってね。僕でよかったら、ロナちゃんの遊び相手になるから。気が向いたときにでも、声をかけて」


 無反応のロナに向け、そう伝えておいた。

 いつか声をかけてくれると信じて、咲弥は立ち上がった。


「咲弥! はーやーく!」

「うん。今、行くよ」


 遊んでいると、次第にほかの子達も集まり始める。

 もとの世界では、こうして幼い子と遊ぶ経験はなかった。


(兄弟がいたら、こんな感じだったのかな……)


 一人っ子の咲弥は、そんな感想を抱く。

 家族に連想が働くが、すぐにそっと思考を打ち消した。

 寂しさを募らせるだけ、胸が苦しくなるとわかっている。


(にしても、この子達……毎日、ほんと元気だな)


 子供の体力を、ばかにはできない。

 眠るまで、ずっと活発に動き続けていた。

 この数日間で、気づいたことがある。きっと畑や果樹園は食卓を(うるお)す以外にも、体力を減らす目的もあるのだろう。


「ちょ、ちょっと! たんま!」


 子供達が雪崩(なだれ)かかり、咲弥は押し倒された。

 やんちゃな子も多いため、咲弥はもみくちゃにされる。

 そんなとき、大広間の扉がゆっくりと開いた。


「い――っ?」


 咲弥は思わずうめく。

 もう数か月の付き合いになるが、ネイが髪を下ろしているところを初めて目にした。背の中頃くらいまである赤髪が、右へ左へと激しく乱れている。


 着ているのは、(たけ)の長いシャツ一枚だけであった。しかもかなりはだけており、目のやり場に困る姿となっている。

 そんな状態のネイが、眠たげな顔で入ってきたのだ。


「ネイさん!」

「あら、お早いわね。ご苦労さん」

「そんなことより、ちゃんとした服を着てください!」

「硬いこと言いなさんな。自分ちでくらいゆっくりさせて」

「ほかの子供達もいます!」

「大人の魅惑で(とりこ)にしちゃうわね」


 あくまでおどけるネイに、咲弥はつい頬が引きつる。


「ねぇちゃん、おはよー」


 子供達が次々に、咲弥から離れた。

 それぞれ朝の挨拶をしながら、ネイのほうへと寄る。

 ネイは両膝を床に下ろし、(そば)にいる子の頭を()でた。


「ん……? あれ? 紅羽は」

「ああ……それがですね……」


 咲弥は、昨日の夜の出来事を振り返る。

 それは就寝前の身支度を、整えていたときのことだった。

 マザーと歩く紅羽を見かけ、なにげなく理由を(たず)ねると、何を思ったのか、料理を学ぶのだと意気込んでいたのだ。


 マザーの料理は、王都の酒場に負けないぐらい美味しいが――結局、なぜ料理を覚えようと思ったのかまでは、いまだ教えてもらえないままでいる。

 咲弥は事実をそのまま、ネイに告げた。


「マザーさんと一緒に、料理をしてると思います」

「料理?」


 ネイは(いぶか)しげに問い返した。

 咲弥は困り顔を作って答える。


「はい。昨日の夜に、突然そんなことを言い出しまして」

「ふうん。まあ、覚えておいて(そん)なことはないわね」

「ははは……そうですね」

「あいつは?」


 もはや名前を言われずとも、咲弥は察せるようになった。


「シェリアさんは急用だとかで、今朝早くに出ましたよ」

「へぇ。急な話ね」

「なんだか、仕事の用事っぽかったです」

「ふぅん」


 会話の切れ目に、マザーの声が遠くから飛んだ。


「みんな、朝食の用意ができたわよぉ!」

「っしゃ! 腹でも満たしますか!」

「はぁーい!」


 子供達が慌ただしく、ネイと大広間から出て行った。

 咲弥も最後尾で、食堂へと向かう。

 大きなテーブルの上には、さまざまな料理が並んでいた。

 すでに、マザーと紅羽が席に着いている。


 咲弥は、紅羽の隣の席に腰を下ろした。

 マザーは周囲を眺めてから、そっと両手を組んだ。


「それじゃあ……みんな、手を組んで」


 全員が両手を組むと、祈り言葉を唱える。

 すっかり冒険者達の習慣に染まっていたが、初めて訪れた村のほうでも、こうして食事の前には祈りを(ささ)げていた。

 リフィア――神の御使(みつか)いへの祈りだ。


「リフィア様の恵みと加護に感謝し、食事をいただきます」

「いただきます」


 子供達も含め、咲弥は習わしに(のっと)って言葉を発した。

 祈りの時間が終わるや、全員が食事を取り分けていく。

 マザーの手料理はどれも美味しく、しかも健康的だった。

 栄養バランスをきちんと考え、料理が作られている。


 紅羽が身を乗り出して、小皿に料理を取り分けた。

 魚の切り身が乗った小皿を、差し出してくる。


「咲弥様、これを食べてみてください」

「あ、うん。ありがとう」


 野菜と魚を使った料理は、少し酢の物の匂いがした。

 口に入れるや、魚の甘味に酢の味が(から)み合う。

 ()むとさらに混ざり合い、味覚を刺激する味となる。


「うわ。凄く美味しいや」

「ふふ。よかったわね。それは、紅羽さんが作ったのよ」


 マザーの言葉に、咲弥は少し驚かされた。

 とても料理が初めてだとは思えない。

 マザーはにこやかに声を(つむ)いだ。


「やっぱり、冒険者だからかしら。とっても筋がいいのよ。教えれば教えるほど、するすると呑み込んでね。包丁(さば)きも料理人顔負けだったんだから」

「へぇええ……」


 咲弥はマザーに、感嘆(かんたん)の声で応じた。

 おそらくそれは、冒険者だからではない。すべてにおいて万能型の紅羽だからこそだと、心の中だけで思っておいた。

 料理をひとしきり眺めてから、咲弥は紅羽に視線を移す。


「本当に美味しいよ。これからもちょくちょく、紅羽に何か作ってもらおうかな」

「はい」


 紅羽がそっと微笑んだ。

 何度見ても、不意打ちの微笑みにどきりとする。


「なかなかやるじゃない。確かに、こりゃ美味いわ」


 いつの間にか、ネイも同じ料理を食べていた。

 マザーが呆れながらに告げる。


「あんたも少しは、料理の勉強をしたらどう?」

「うぅーん……酒場の飯で充分だからねぇ」

「まったく……で、今日は何をするつもりなの?」


 マザーの問いから、ネイは虚空を見上げた。


「ああ……あのさ、師匠ってまだ生きてんの?」


 師匠と聞き、咲弥は少し興味をそそられる。

 そんな人物がいたのは、初耳だったからだ。

 マザーは大きなため息をついた。


「今もぴんぴんしているわよ」

「そっか……じゃあ、久々に顔でも見せに行くかな」

「あたしは、あんま好きじゃないねぇ。あんたを危険な道に進ませた張本人なわけだし……それに……」


 マザーは言葉を不自然に止め、少し沈黙した。


「とにかく、あんたからの援助は確かにありがたいけれど、あんまり危ないことだけは、しないでおくれよ」

「わかってるって」

「本当にわかってんのかいね。この子は……」


 ネイがフォークの先を向けてくる。


「食べ終わったら、あんた達も準備しなさいよ。私の師匠に会わせてあげるから」

「こらっ。はしたない」


 マザーの叱咤(しった)に、ネイは苦い笑みを浮かべた。

 酒場での癖が、完全には抜けきっていない。


「まったく。だいたい、あんたはね――」


 マザーの小言を聞きながら、咲弥は少し楽しみに思えた。

 ネイの師匠がどんな人なのか、想像は尽きない。


「咲弥様。これも、私が作りました」

「へぇ。それじゃあ、それもいただくよ」

「はい」


 どこか(うれ)しそうな紅羽を、とても新鮮に感じる。

 朝食が終わる頃、咲弥は腹がはち切れそうになっていた。




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