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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第二話 もう一人の赤髪の女




 咲弥は放心状態となり、夢の可能性について模索する。

 風神龍ヴァルジアの存在は、あまりにも現実味がない。

 咲弥にとって、史上最悪の魔物が脳裏(のうり)に浮かぶ。


 ジャガーノートの背に龍を連想したが、本物は迫力に満ち溢れており、恐ろしいくらい威圧的(いあつてき)な存在感を放っていた。

 おそらくは、ジャガーノートですら歯が立たないだろう。

 むしろ、風神龍にもてあそばれかねないとすら思える。


(……本当の本当に、現実なのか……?)


 咲弥はいまだ、現実を呑み込めないでいた。

 風神龍が飛び去ると、風も徐々に(ゆる)やかに変化する。

 ネイが不敵に笑った。


「初めて見たでしょ? (ごく)まれに、風神龍と遭遇するのよ」

「あ、あんなの……世界には、どれだけいるんですか?」


 咲弥は必死に声を絞り出した。

 ネイが肩を(すく)めながら答える。


「発見されてんのは、属性違いが五体ぐらいだったかなぁ。どの国の調査機関でも、神龍系統の生態は謎だからね。同じ個体が複数存在してんのかもしれないし、一体だけなのかもしれない。二匹同時にって情報がないから」


 咲弥は心の底から震撼した。

 あれほどの生物が複数体、自由に空を泳いでいるらしい。こちらの人にとっては、きっと地球でいえば深海生物に近い存在なのだと思われる。


 冒険者になってから約二か月間――咲弥が得た情報など、ほんのひとつまみしかないと、そう強く思い知らされた。

 知らなければ、思い(いた)らなければ、調べようがないのだ。


(ほんと……恐ろしいな……)


 風神龍が自然死してしまい、空から降ってくる――

 咲弥はそんな、ばかげた想像ばかり働かせた。とはいえ、絶対にないとは言いきれない。可能性は充分にあるだろう。

 ふと、紅羽に興味本位から()いてみた。


「紅羽なら、風神龍に勝てたりする?」

「冗談ですか? 私には不可能です」


 紅羽が無表情のまま、紅い瞳でじっと(にら)んでくる。

 咲弥は苦笑を送って、誤魔化しておいた。


「その昔、風神龍に攻撃したばかがいるらしいんだけれど」


 ネイの発言に、咲弥は驚きを隠せなかった。

 さすがに、その者の神経を疑わざるを得ない。


「攻撃事態が通じなかったどころか、まるで虫を払う感じで瞬殺されたみたいよ。どこの国でも、ばかはいるみたいね」


 笑えない情報に、咲弥はなんとも言えなかった。

 もとの世界でも、猛獣(もうじゅう)を相手にした事件を見た気がする。国どころか、惑星単位で似たような人はいるらしい。


 風神龍の見学を終えた人達が、徐々に船内へ戻っていた。

 咲弥は、不意の疑問が浮かび上がる。


「あら……? あの、ネイさん」

「ん?」

「どうして、荷物なんかも持って来たんですか?」

「もう少ししたら、私の故郷の真上を通るからね」


 もうじき、飛行船から解放されそうであった。

 咲弥はほっと安堵(あんど)する。


「じゃあ、もうそろそろ飛行船が停泊するんですね」

「うんん。そんなわけないじゃない」

「へ?」


 ネイの否定を(いぶか)しく思い、咲弥は首を(ひね)る。


「飛行船は私の故郷を飛び越して、アルキネンラっていう、領地の中じゃ一番大きな町にしか停泊しないのよ」

「へぇ……ネイさんの故郷から、その町は近いんですか?」


 ネイは首を横に振った。


「うんん。滅茶苦茶に遠い。馬車で一週間ぐらいかしら」

「あ、結構かかりますね」

「そっ。だから、これが役に立つわ」


 ネイは言いながら、無色透明の玉を差し出した。

 玉の中には、紋章らしき刻印が施されている。ぱっと見は紋章石だと思えたが、よく見ればそうではなさそうだった。

 ある種、紋章石の模造品だと感じられる。


 咲弥は恐る恐る、片手を縄から外して玉を受け取った。

 紅羽にも、同じ物が配られている。


「あの……なんですか、これ? 紋章石っぽいですが……」

「うぅーん? ただの生命保護具かな?」


 咲弥はようやく、ネイの思惑に気づいた。

 まさかとは思いつつも、おずおずと(たず)ねる。


「……え? ま、まさ、か……ですよね?」

「さあ。もうそろそろ、荒療治といこうじゃないか」


 腰に両手を置き、ネイは大きく笑った。

 咲弥は柱にある縄を、さらに強く(つか)んだ。

 激しく首を横に振り、声を張って抗議(こうぎ)する。


「む、無理です! 不可能です! 絶対だめです!」

「大丈夫だって。慣れれば平気だから」

「慣れません! ショック死しますよ!」

「紅羽にだけプレゼントして、私にはなかった(ばつ)よ」

「すぐ渡します! 降りたら、そうすぐにでも!」

「じゃあ、さっさと降りようか」

「無理です! 降りられません!」

「飛行船の着陸地からじゃ、本当に遠くて面倒なの」

「歩きましょう! 馬車を利用しましょう! 健全です!」


 ネイが薄目をして(にら)みながら、そっと近づいてくる。

 ネイは腰に帯びた短剣を抜き、縄を素早く切り裂いた。

 咲弥はぎょっとする。ネイは若草色の紋様を浮かべた。


「風の紋章第四節、自在の旋風」


 紋様が砕け、突然に風が吹き荒れる。

 咲弥の体がふわりと、風の力で持ち上げられた。

 上空から落とされた紋章術と、よく似た術に思える。


「わ、わわ、わわわわっ!」


 試験開始前と同じ展開に、咲弥は錯乱(さくらん)状態に(おちい)る。落下の光景が何度もフラッシュバックし、ひどい吐き気を覚えた。

 そんな咲弥をよそに、ネイが(さわ)やかな声音で言った。


「さっ。紅羽も行くわよ。その玉、落とさないでね」

「了解しました」

「使い方とかはないから、安心していいわよ」

(ぞん)じております」


 まるで雑談でも楽しむように、二人は言葉を交わした。

 紅羽であれば、しっかりと止めてくれる――心のどこかで期待していたが、そんな気配は何一つとして感じられない。

 咲弥は必死に、紅羽に内情を察してもらおうと(うった)える。


「く、紅羽……っ?」

「安心してください。今度こそは、私が(そば)にいますから」

「ちょ……ちがっ!」


 ネイが進むと同時に、咲弥の体も風に移動させられる。


「待って、待ってください! 本当に無理ですってば!」

「問答無用じゃい!」


 そう言ってネイは、飛行船のへりを軽々と飛び越えた。

 紅羽も飛び越え、そして咲弥は風に振り落とされる。


「ぎにゃああああ――っ!」


 まるで、()まれた猫みたいな悲鳴が漏れた。

 地上へと向かい、もの凄い速度で落下する。


「あっははっ! きっもちぃー!」

「あばばばば――っ!」


 風を縦に切って、咲弥の目もとから涙がこぼれる。

 咲弥のほうを見て、ネイが満面の笑みを見せた。

 咲弥はパニック状態のさなか――最悪の出来事が起きる。激しい風圧のせいか、命綱(いのちづな)の玉が手からすっぽ抜けた。


「あっ……!」


 咲弥は不意の死を覚悟する。

 ネイは(りん)とした顔を、ひどく青ざめさせた。


「ば、ばかぁああああ――っ!」


 そんな悲鳴じみた叫びが、わずかに聞こえた気がした。

 ネイが風を自由に操り、咲弥が手放した玉を拾う。

 先に、紅羽が咲弥を目指してきた。


「咲弥様!」


 紅羽に(つか)まれ、ほどなくしてネイにも掴まれた。

 その瞬間、ネイ達の持つ紋章具が重なって発動する。


 まるでシャボン玉みたいな、二層の球体に包み込まれた。するとずっしりとした重力を、途端に全身から感じられる。

 どさっと落ちてから、咲弥は大きく息を切らした。


「はぁ……は、はぁ……はぁ……」


 錯乱が静まるにつれ、咲弥はふと気づいた。

 左頬には紅羽の胸が、右頬にはネイの胸が当たっている。

 激しい恥を覚え、すぐ抜け出そうと試みた。だが、体中が(しび)れたような状態となっており、何もいうことを()かない。


「やっぱり、ちょっと無茶だったかぁ」

「咲弥様、大丈夫ですか?」

「……うっ」


 紅羽の問いに、応える余裕すらもない。

 背にある荷物も重ければ、二人の胸に顔を埋めている。

 もういっそのこと、気絶でもしたい気分であった。


 しばらくして、落下が止まった気がする。とはいえ、まだ体を動かせない状態が続き、状況の確認まではできない。

 紅羽達も動かないため、まだ落下中だろうと予想する。


「……たまにはこういうのも、悪くないでしょ?」

「私は試験のときに、同じ体験をしましたから」

「いい経験じゃない。風になれるのなんて、そう何度もあるわけじゃないわよ」


 もう二度と味わいたくないと、咲弥は(せつ)に願った。

 むしろ、飛行船そのものに二度と乗りたくない。


「咲弥様。少し重たいです」

「ほんと、いつまで抱き着いてんの?」


 咲弥は愕然(がくぜん)とした。やはり、すでに着地していたらしい。

 気力を振り絞り、なかば無理矢理に上半身を起こした。

 草原を思わせる景色が、咲弥の視界いっぱいに広がる。


 痺れも消え去るや、手に妙な違和感を覚える。

 草地とは異なる、何か(やわ)らかいものに触れていた。

 視線を落としてから、咲弥はぎょっとする。


 まるで紅羽とネイを、押し倒しているかのような姿勢――咲弥は二人を(また)いだ形で座っていた。そしてたわわに実った彼女達の胸に、ぽんっと両手を乗せている。

 どこかじっとりとした女二人の目を漠然と見つめ、咲弥は途端の恐怖を覚えた。


「わわわっ! す、すみません! わざとじゃないです!」


 大慌(おおあわ)てで謝罪しながら、咲弥は素早く立ち上がった。

 荷物が重いという理由もあったが、そもそもまだ体に力が上手く入らない。そのまま後ろへ、豪快に倒れ込んだ。


 紅羽とネイが、すっと咲弥を覗き込んでくる。

 咲弥は訳もわからないまま、ただただ恥じ入った。


「まったく! 情けないわね」

「大丈夫ですか?」


 差し出された二人の手を、咲弥は呆然と見つめる。

 深呼吸で気を取り直し、二人の手を握り締めた。

 立ち上がった瞬間に、咲弥は深く頭を下げる。


「ほ、本当に、すみませんでした……」

「ほら、見てみなさい」


 ネイの指示に、咲弥は顔を上げる。

 さきほどとは逆の方向に、町並みが見えた。

 王都と同じく、中央には大きな城壁もある。


「飛び降りたおかげで、一週間ほど短縮できたわ」

「あそこが、ネイの故郷ですか?」


 紅羽の問いに、ネイは微笑んだ。


「そっ。それじゃあ、二人とも行きましょうか」


 ネイは颯爽(さっそう)と、町へ向かって歩き始める。

 咲弥が動くのを、紅羽はじっと待っていた。

 なんとも言えない気持ちを抱え、咲弥は紅羽に告げる。


「ほ、本当に、ごめんね」

「何がでしょうか?」

「いや……その……ほら……」

「ほらぁ! 置いていくわよ!」


 口ごもっていると、ネイが拳を(かか)げながら声を張った。

 いろいろと諦め、咲弥は重いため息をつく。


「それじゃあ、行こうか」

「はい」


 紅羽と一緒に、やや遠くにいるネイを急いで追った。

 ネイの隣に並び、咲弥は疑問をぶつける。


「あの……あんな降り方して、本当にいいんですか?」

「冒険者ならね。下降玉は、一般では販売されてないし」

「ああ、あれ、下降玉って名前なんですね」

「ええ。といっても、船長にはちゃんと許可を取らなきゃ、罰則(ばっそく)くらうわよ」


 そんな日は訪れないと、咲弥はそう思いたかった。

 ネイはいたずらな笑みを浮かべる。


「帰りも、王都の上空でやろっか」

「か、勘弁してくださいよ……」

「冗談よ。王都じゃ絶対に許されないから」


 そう言って、ネイはからからと大きく笑った。

 咲弥は嘆息(たんそく)してから、前を向き直る。

 中央にある壁には、窓の役割を(にな)った穴が随所(ずいしょ)にあった。遠目ではあるものの、そこに人の姿がちらほらと見える。


 王都と同じぐらい、厳重(げんじゅう)に警戒されているようだ。

 おそらく(へい)の内側には、身分の高い者達が暮らしている。王都のほうでも、庶民は強固そうな塀の外側が普通だった。


 路地裏じみた場所を、咲弥達は何度も通り抜ける。

 そして、ついに大通りへと出られた。


「うわぁ……ここが、ネイさんの故郷……」

「ふふ。ルートゥミレス町へ、ようこそ」


 水と緑がとても豊かな――石造りの町には、大勢の人達で(にぎ)わっていた。中には、楽器の演奏をしている人もいる。

 王都とは、また違った活気溢れる町であった。


「とりあえず身軽になりたいし、先に孤児院に向かおうか」

「あ、はい!」

「了解しました」


 咲弥は周囲を眺めながら、ネイの後を歩いた。


「あ……」


 ネイが短い声を漏らし、立ち止まった。

 ネイの向いている方角に、咲弥も視線を向ける。


 噴水広場がある方面には、それこそ多種多様の目的を持つ人達で溢れかえっていた。ネイの焦点がどこにあるのか――情報量の多い景色からではよくわからない。

 少ししてから、ネイはすっと歩きだした。


 紅羽と顔を見合わせてから、咲弥も前へと進む。

 ネイが再び、不意に立ち止まる。その先に――ネイと同じ赤髪の女が、目を閉じたままギターを弾いて歌っていた。

 一瞬、ネイの姉妹を疑ったが、顔はあまり似ていない。


 咲弥は観察しながら、流れる演奏に耳を(かたむ)けた。

 赤髪の女は修道士、または魔術士みたいな服を着ている。二十歳前後の彼女からは、独特な雰囲気が(にじ)み出ていた。

 少し気の強そうな気配が、端整な顔から感じられる。


 そんな美人が歌う歌は、どこか別の国のものらしい。聞き慣れない言葉のせいか、翻訳(ほんやく)されなかった部分があるのだ。

 歌詞の内容は、どうやら悲恋を題材としている。

 胸に多くの想いを巡らせ、ともに過ごした記憶を抱く――そんな歌であった。


 (かな)でられた音色は悲しく、(せつ)なさに溢れている。

 赤髪の女が演奏を終えるや、観客達から拍手が送られた。

 誰もがもの悲しげな表情を浮かべ、ギターケースの中へとお金が投げ飛ばしていく。その前からすでに、小銭やお札が溜まっている様子であった。


 来る前から、何曲か歌っていたに違いない。

 咲弥も観客達を真似て、お金を少し投げ込んでおいた。

 赤髪の女が目を開き、黒い瞳を咲弥達へ向けてくる。


「久しぶりね。ネイ」

「シェリア――あんたも、故郷に帰って来てたのね」


 お互いに呆れ顔をして、ネイ達は顔を見合わせていた。




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