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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第零話 ネイのお誘い




 冒険者資格取得試験から、二か月ほどの月日が流れた。

 赤いシャツの上に黒革のジャケット、紺色のズボンに黒いブーツと、少し似合わない装いをした黒髪の少年――咲弥は冒険者ギルドへと、足を向かわせていた。

 ふっと吐息をつき、こぼれるように(つぶや)く。


「……やっと、ここまで帰ってこられたね」


 王都を初めて訪れたときは、右も左もわからなかった。

 それが今や、王都の景色に安心感すら覚えているのだ。

 この二か月間の間に、王都を巡る交通機関のほか、近隣の村や町へ行く馬車に関しても、人に教えられるくらいにまで成長している。


 当初は、文明が無茶苦茶といった印象を抱いたものだが、やはりその理由の大多数は、魔物の存在が大きいようだ。

 害虫を根絶できないのと同様、魔物もまた根絶できない。


 そこかしこで、いつの間にか魔物の群れが巣食い始める。

 ただ害虫とは違い、一般人には脅威(きょうい)でしかない。そのため冒険者ギルドでは、新鮮な依頼がほぼ毎日舞い込んでいた。


(ほんと……世界って、上手く回ってるんだなぁ)


 咲弥は、そんな感想をもった。

 ふと隣を歩く、銀髪の少女に視線を移す。


 彼女の清楚感に溢れた衣服は、白と黒を基調としており、どこか神秘さが際立(きわだ)っていた。そのせいか――今回の仕事でついた汚れが、やや目立ってしまっている。

 それでも、彼女の神々しい美しさまでは(そこ)なっていない。


 身長は咲弥とあまり変わらない、一六〇台半ばだ。整った顔立ちに加え、すらりとした体の線は、きっと同じ女性から見ても()れ込むぐらい綺麗だと思える。

 事実、ある女性は、異常なほど紅羽に惚れ込んでいた。

 そんな美貌(びぼう)の少女が、いきなり紅い瞳を向けてくる。


「咲弥様」

「え? ん?」

「ギルドに戻る前に、一度宿舎に戻りませんか?」


 紅羽の意図を、咲弥はぼんやりと呑み込んだ。


「ああ……お風呂に入って着替えたいんだね」

「はい。このままでは、また例の人に捕まりますから」

「ははは……」


 つい最近の出来事が、咲弥の脳裏(のうり)にぼんやりと浮かぶ。

 冒険者ギルドの受付嬢が、泥まみれになった紅羽を見て、即座に大浴場へと連れ去った。帰ってきたころには、まるでお姫様みたいな格好をさせられていたのだ。

 それが面倒な展開だと、彼女は考えているに違いない。


「わかった。宿舎に戻ろうか。僕もさっぱりしたいし」

「はい。ありがとうございます」


 進行方向を変えてから、咲弥は今後について思案する。

 この二か月間――本当に、あっという間に時間が過ぎた。

 基本は情報収集に(いそ)しんだ。


 当然、それだけでは飯も食えなければ、生活もできない。そのうえ、一人では理解が困難な情報は、お抱えにも等しい情報屋の少女を頼っている。

 スラムの隠れ家にいる子供達に、少しでも安定した生活を送ってもらうため、情報料はきっちり支払っていた。


 だから度々、冒険者ギルドが管理する依頼を請負(うけおい)ながら、魔物から素材を入手して売り、お金を稼いで暮らしている。

 さらに戦闘とオドの訓練もしており、やることは多い。


 それなりに進展はしているが――たった二か月程度では、まだまだ情報不足に加え、勉強不足なのは(いな)めなかった。

 自分が育った世界ですら、知らないことは無数にある。

 ほかの世界ともなれば、至極当然の話ではあった。


(あれ……こんなところに、あんなのあったかな?)


 ある露店(ろてん)に、咲弥の視線が奪われる。

 どんな品が(そろ)えられているのか、少し興味をそそられた。

 隣を歩く紅羽を向き、咲弥は許可を求める。


「ごめん、紅羽。あの露店、少し覗いてみてもいいかな?」

「はい。問題ありません」

「ありがとう!」


 咲弥は紅羽と一緒に、露店へと向かった。


「あら、いらっしゃい」

「あっ。どう、も……」


 咲弥は思わず、言葉に詰まる。

 出店の奥に、耳の長い空色の髪をした女が座っていた。


 民族的な印象のある白い衣装は、もはや水着にも等しい。スカートとは呼べない長い布が前後にあり、すらりと伸びた脚があらわとなっていた。

 どこか妖艶(ようえん)な美しさが漂い、つい視線が釘づけになる。


(だめだ、だめだ……)


 咲弥は、わずかに首を横に振りかぶる。

 ふと不安に思い、紅羽の様子を恐る恐るうかがった。

 彼女は無表情のまま、店の品々をじっと眺めている。


 咲弥はほっと安堵(あんど)し、改めて商品に目を配らせた。

 店に並んでいるのは、装飾品がとても多い。目を()らして見れば、紋章効果が付加された品々ばかり揃えられていた。


「プレゼント、する?」

「へ?」


 (つや)やかな女の声音で問われ、つい間の抜けた返事をした。

 女は頬に綺麗な手を添え、小首を(かし)げる。


「隣の可愛い恋人へ、プレゼントするかなって」


 咲弥はどきりと心臓が()ねた。

 あたふたとしながら訂正する。


「恋、え、あ、いいえ……彼女は、冒険者仲間です」

「あら、そうなの? ふふっ」


 女は(あや)しく笑った。

 咲弥は心臓の鼓動を、静めるよう(つと)める。

 冷や汗をかきつつ、女に質問を投げた。


「ここにある品は、どういった紋章効果なんですか?」

「いろいろあるけれど……そうね。これとかどうかしら?」


 女が手に取ったのは、小さな髪飾りだった。

 紅い花の模様が、緻密(ちみつ)に刻印されている。

 間違いなく、紅羽に似合いそうな品が選ばれていた。

 紅い髪飾りは、確かに銀髪の彼女には()えるに違いない。


「刻印されているのは、ルクアネラと呼ばれる花なの。紋章効果は、オドの回復をほんの少し、早めることができるわ」

(似合うかどうかは別としても……)


 オドの回復を早める紋章効果は、とてもいい品ではある。

 紅羽は案外、紋章術を乱発する傾向があった。とはいえ、咲弥とは比べ物にならないほど、オドの扱いにたけている。


 彼女の口から、オドがたりないと聞いた記憶がない。

 完璧なまでに、計算され尽くされているからなのだろう。

 ただオドの回復が早まれば、より効果的だと思える。


「ここにある品々は、ほかでは手に入らないかもね。すべて私の自作だから」

「じ、自作……この繊細(せんさい)な装飾も……ですか?」

「ええ」


 咲弥は面食(めんく)らう。おそらく、並大抵の努力では済まない。

 しかもオドの回復を早めるなど、王都の紋章ギルドですら見たことがなかった。かなり特殊な細工だと考えられる。


「もしプレゼントするなら、安くしてあげてもいいわよ」

「紅羽、どうする? 買ったらつけてくれる?」

「いいえ。自分の物は、自分で買えます」


 紅羽のそっけない返答に、咲弥は苦笑する。

 実際のところ、紅羽の言う通りではあった。

 咲弥は決して裕福とはいえない。なんらかの手段でお金を稼がなければ、あっという間に文無(もんな)しに転落してしまう。


 しかし紅羽は、咲弥とは真逆の存在だといえる。

 冒険者資格取得試験のとき、彼女は一六〇〇万もの大金を荒稼(あらかせ)ぎしていた。

 試験で獲得したお金は、(ぜい)としていくらか徴収(ちょうしゅう)されたが、残りはそのまま各個人へ、しっかりと支給されている。


 紅羽は物欲があまりない。ただ最低限には(そろ)えていた。

 それでもまだ、一〇〇〇万以上の財力があると思われる。

 金持ちの紅羽に対して、咲弥の全財産は――今回の依頼で多少なりお金が手に入るものの、一〇万にも満たなかった。


(ほんと……情けない話だな……)


 だがここで引いては、男としてかなり情けない気がする。

 咲弥は思いきって、紅羽に伝えた。


「いつもお世話になってる、そのお礼ってことでどう?」

「ですが……」

「ほんと、気にしなくても大丈夫だから」

「……了解しました。ありがとうございます」


 咲弥は(うなず)いて応え、露店にいる女を向いた。


「じゃあ、それをください。プレゼントします」

「ええ。それじゃあ、八〇〇〇〇スフィアね」

「ひぇっ……?」


 咲弥はあまりの金額に驚倒して、奇妙な声が漏れ出た。

 想像の五倍は高額の商品に、内心(おだ)やかではいられない。

 女はくすりと笑った。


「ふふ。ウ、ソ。ちゃんとサービスするわ。一五〇〇〇ね」

「あ、ありがとうございます!」


 咲弥はお礼を告げ、品物の料金を女に支払った。

 痛い出費ではあるが、性能を考慮すれば決して悪くない。

 女は商品を手にしたまま、紅羽へと歩み寄った。


「少しだけ、失礼するわね」


 紅羽に髪飾りをつけながら、女は(ゆる)やかな声を(つむ)いだ。


「想いは形となり、やがて想いの中へ()けていく。あなたにとってこれが、()()()()()になれることを祈っているわ」


 詩的であり、難しい言葉に感じられた。

 大事にしてほしい――そういう話だと、咲弥は解釈(かいしゃく)する。


「はい。とてもよく似合っているわよ」

「どうですか? 咲弥様」


 紅い瞳の色とも合っており、銀髪という理由もある。

 咲弥が想像した以上に、本当によく似合っていた。

 ほんの少し見惚(みほ)れてから、咲弥は我を取り戻す。


「あ、う、うん。ばっちりだよ」

「ふふっ。よかったわね」


 女は腰をくねらせて歩き、露店の中へ戻った。


「しばらくは、ここでお店を出すから、またよろしくね」

「あ、はい――それじゃあ、そろそろ宿舎に戻ろうか」

「了解しました」


 女に見送られながら、咲弥達は歩きだした。

 宿舎へ向かっている最中、何度か紅羽を横目に覗き見る。一つ変化があるだけで、(かも)される雰囲気は激変していた。

 可憐(かれん)という言葉が、ここまで似合う人もそう多くはない。


 紅羽と二人で買い物をするのは、これまでも多々とある。だから別に、珍しい行為でもなんでもないはずだった。

 だがしかし、今回に限っては別の感情が湧いてくる。


 デートをした経験など人生で一度もないが、今回はまるでそんなことをした気分となり、途端に恥ずかしさを覚えた。

 露店にいた女の言葉が、咲弥の胸をぎゅっと絞めつける。


(こういうのは、考えちゃだめだな……)


 きつく自身を(いまし)めてから、咲弥は前を向き直った。

 しばらく歩いた先に、冒険者専用の宿舎へと(つな)がる豪勢な正門が見えてくる。

 さすが王都なだけあってか、石造りの正門は壮観(そうかん)だった。


 当然、建物や部屋も、かなりいい造りをしている。しかも部屋に関しては、最低限の家具が最初から(そろ)えられていた。

 目の前の正門から先は、すべて冒険者達の居住区となる。


 実は冒険者宿舎へ移れたのは、一か月ほど前の話だった。

 仲間のゼイドから、数名分の空きが出たと教えてもらい、咲弥は素早く、紅羽と一緒に宿舎での入居申請(しんせい)をしたのだ。

 その結果、偶然にも仲間達と同じ建物へ入居となった。


(はあ……やっと帰ってこられたんだなぁ……)


 咲弥は心の内側でため息をつき、正門を突き進んだ。

 宿舎の玄関口付近で、赤髪を後頭部のほうで綺麗に整えた――(りん)とした美人ともいえる、年齢以上に大人っぽい容姿のネイを発見する。

 こちらに気づいたのか、咲弥達に彼女の顔が振り向いた。


「あら?」

「ネイさん?」


 お互いに、距離を縮める。

 仕事に出かけるにしては、荷物の量がとにかく(すさ)まじい。それこそ、大柄な男でも簡単に詰められそうなほどだった。

 ネイもまた、咲弥達の様子をうかがっている。


「あんた達、帰ってきたばかりなのね」

「はい。ギルドでの仕事を()けてきました」

「そっ。お疲れさん」

「あの、どこかへ行かれるんですか?」

「ええ。ちょっと――」


 ネイが不自然に言葉を止めた。

 すっと(あご)に指を添え、ネイは虚空を見上げる。

 それから、何かを思いついたような顔をした。


「ちょうどいいわ。あんた達も、ちょっと息抜きしない?」

「息抜き……ですか?」

「ここ最近、情報収集か依頼の請負ばかりでしょ?」


 ネイの問いに、咲弥はこくりと(うなず)いた。


「そうですね。あとは戦闘とオドの訓練ぐらいですかね」

「あまり(こん)を詰め過ぎても、仕方がないでしょうよ」


 咲弥は苦笑で誤魔化した。

 咲弥本人としては、新しい発見ばかりだから苦ではない。しかしのんびりとしている日は、確かになかった気もした。


 ある種、情報収集のみの日が休日ともいえる。

 ネイは両手を、ぱたりと重ね合わせた。


「というわけで、たまにはのんびりするのも悪くないわ」

「そうですね。ところで、息抜きって何をするんですか?」

「ふっふっふっ。私の故郷(こきょう)に、準備ができ次第向かうわよ」


 咲弥は小さく肩が()ねる。

 ネイの故郷――おそらくは、孤児院に違いない。


「久々に、ちょっと帰ってみようかなってね」


 折角のお誘いだった。

 咲弥は紅羽に目を向ける。


「はい。問題ありません」


 目で察したのか、紅羽は問わずして了承した。

 ネイはにこやかな顔になる。

 咲弥は(うなず)き、手短に伝えた。


「身支度を整えたあと、冒険者ギルドに寄りたいんですが、いいですか?」

「ああ。報酬まだ受け取ってないのね」

「先にお風呂に入って、綺麗にしたかったので」

「了解。それじゃあ、準備ができたら声をかけて」

「わかりました。できるだけ急ぎますね」

「はあい」


 咲弥は紅羽と顔を見合わせ、自室へと戻る。

 身支度を整えながら、ネイの故郷を勝手に妄想(もうそう)した。

 どこにあるのかは知らないが、久々の新天地ではある。

 咲弥はほんの少し、胸をわくわくと高鳴らせた。



 このときはまだ、未来の出来事など知る(よし)もない。

 心を砕くほどの惨劇(さんげき)が、静かに歩み寄ってきていたのだ。




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