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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
84/222

第?話 漆黒に満ちた渇望




 一定のリズムで、一人の足音が響き渡る。

 (みが)かれた石の床はとても滑らかで、差し込む陽光を受けて反射していた。普通に歩くだけでも、かなりの足音が鳴る。


 黒衣を身に(まと)い、漆黒の長髪をなびかせる女――ルニス・アニマは皇帝の間へ、自分なりのペースで向かっていた。

 話の内容は、おおかた予想がついている。

 自然と持ち上がりかけた口角を、そっと自制しておいた。


(予定よりも、やや早く実ったわね)


 廊下の中央に、豪華絢爛(ごうかけんらん)な鉄扉がある。

 両脇に立つ衛兵の一人が、よく通る声を吐いた。


「ルニス様、皇帝陛下がお待ちです! お急ぎください!」


 緊張感の宿った一人の衛兵は、その顔を強張(こわば)らせていた。

 ルニスは慌てない。清らかな振る舞いで、まずは応じる。


 衛兵二人の顔は(とろ)け、うっとり見惚(みほ)れる眼差しへ転じた。

 生まれもった美貌(びぼう)蠱惑的(こわくてき)な肉体――男の視線を釘づける容姿だと、ルニスはしっかり自覚している。そのうえ磨きをかけており、日々の努力は(おこた)っていない。


 だが、そこで甘んじているようでは、そこらの醜女(しこめ)と何も変わらないのだ。人の心を(とろ)かすのであれば、それこそ指先一つにすら気を使わなければならない。

 声、視線、振る舞い、肉の揺れ、衣服の流れ――

 そのすべてをもって、ルニスは(つや)のある声を(つむ)いだ。


「お待たせしては、大変ね。通してくださる?」

「は、はいっ!」


 二人の衛兵によって、大きな鉄扉が(ゆる)やかに開かれる。

 皇帝の間には規律正しく並ぶ、主要部隊の兵達がいた。

 その最前列には、各将軍達が横に列をなしている。


 広い空間のはずだが、今はとても(せま)く感じられた。

 皇帝陛下は片足を上げ、肘をついて玉座で(くつろ)いでいる。

 尊大(そんだい)に構えた陛下を、ルニスは前にした。


 赤と黒を基調とした戦闘用の衣装を身に(まと)う陛下は、まだ(よわい)二十五と若い。だが、歴戦の老兵を思わせる威厳(いげん)を放つ。

 雄々(おお)しい美顔は気迫に溢れ、常人なら怖気(おじけ)づくほどだ。

 ルニスは自身の胸に手を添え、一礼してから告げる。


「陛下――お呼びでしょうか」

「正式に、お前の処遇(しょぐう)が下る」


 今はまだ、陛下を(とろ)かせない。

 彼もまた、(おのれ)に絶対的な自信を抱いているからだ。

 陛下の近くにいる真面目そうな臣下(しんか)が、静かに歩み出た。


「ルニス・アニマ――本日付けで、貴公を皇帝陛下直属の、紋章兵団第八将軍に任命する。()いては部隊の――」


 臣下の言葉を、陛下が手で制した。


「先の戦いも実に見事だった。約束通り――褒美として俺の側近になれることを喜べ。これからの働きに期待している」

「はっ……!」


 心の内側で、ルニスはほくそ笑む。

 これでまた一歩、己の描いた未来へ近づいた。


(もうそろそろかしらね。三、二、一――)

「お待ちください! 陛下!」


 予想通り、男の荒々しい声が飛ぶ。

 紋章兵団第七将軍のマグルド――(よわい)五十八の老兵ながら、戦ともなれば第一線に(おもむ)く、気概に満ち溢れた男だった。

 それゆえ、ルニスからすれば扱いやすい存在でもある。


「素性も知れぬ(やから)を、本気で陛下の側近――我々と同様なる将軍になさるおつもりですか? 少々、納得しかねますぞ」

「といってもまあ……陛下が約束しちゃったから。ねぇ?」


 紋章兵団第二将軍の少年が、(つぶや)くように口を(はさ)む。

 史上最年少で第二将軍まで上り詰めた、いわゆる天才だ。子供さながらの無礼(ぶれい)な物言いも、彼のみが許されている。


「陛下! 今一度――」


 陛下は静かに、まずは手でマグルドを黙らせた。


「力こそがすべて――力無き者に語る資格などない。それが俺の国であり、帝国の方針だ。マグルドよ、己の信念を貫き通したいのであれば、己の力で示せ」

「よろしいのですな?」

「構わん。だが、忘れるな。力無き者に権利はない。もしも負ければ、お前が第八、ルニスが第七へ繰り上がるぞ」


 皇帝陛下の言葉に、皇帝の間に慌ただしい音が(とどろ)いた。

 整列していた兵達が、一斉(いっせい)に端のほうへと詰め寄る。

 (せま)く見えた空間も、こうなればとても広く感じられた。


「ルニス。もしも負ければ、今回の件は白紙だ。いいな?」

「陛下は、何をご所望でございます?」

「無論、圧倒だ」

「かしこまりました」


 マグルドが待つ中央へ、ルニスは悠々(ゆうゆう)と移動する。

 優雅(ゆうが)闊歩(かっぽ)を見せつけ、相手に精神的負荷を与えるのだ。

 (ごう)()やしたマグルドが剣を抜き、切っ先を向けてくる。

 本当に扱いやすい男だと、ルニスは心の内側で微笑む。


異邦(いほう)の魔女め! 私は貴様を、断じて認めぬ!」

「ふふっ……マグルド様。お手柔らかにお願いいたします」

「紋章兵団将軍マグルド・ゴレアムス――全力で(まい)る!」


 黄土色の紋様を二つ同時に浮かべ、マグルドは声を張る。


「土の紋章第二十七節、大地の加護。土龍の慧眼(けいがん)


 紋様が一斉(いっせい)に砕けると、マグルドの周囲に岩石が浮かぶ。

 防御系統の紋章術、あるいは反撃属性かもしれない。

 それに加え、なんらかの固有能力も発動している。


「大事に(いた)る前に、我がこの場で討ち取ってくれるわ!」


 マグルドは、巨体に似合わぬ素早さを見せた。

 長年(つちか)われた戦での戦闘技術も、ばかにはできない。

 流れる水のごとく、それでいて力強い一閃だった。


(まあ、それほど悪くはないわね)


 ルニスは瞬間的な速さで、マグルドの後方に移動した。

 瞬間、マグルドの周囲に浮く岩石が、粉々に砕け散る。

 マグルドの顔が、驚愕の色に染まった。

 その顔が実に滑稽(こっけい)に思い、つい忍び笑いが漏れる。


「ふふっ」

「貴様ぁあああ――っ!」


 マグルドの顔がみるみる紅潮(こうちょう)し、激しい怒りの色が宿る。

 マグルドを見据え、ルニスは純白の紋様を浮かべた。


「無限召喚」


 輝く紋様が砕け、無数の紋章陣を床に描く。

 ()使()()()()()()()()固有能力、無限召喚――最初に込めたオドの総量に応じて、召喚する対象が多種多様に変化する。


 以後、際限なく召喚が可能な、まさに()()()()であった。

 今回は見せ場のため、オドを六割ほど消耗している。

 白い羽衣を着た黒い人型が、光輪(こうりん)を背に(たずさ)えて生まれた。


「幻影、か……おぞましき魔女め!」

「いいえ。これらは、実体を持つ光の乙女達」


 ルニスに連動して、光の乙女達も純白の紋様を浮かべる。


「光の紋章第十一節、天女の舞踏(ぶとう)


 ルニスと同じ紋章術を、光の乙女達も発動した。

 光の乙女もオドを宿しており、なくなれば消滅する。

 連動するかどうかは、ルニス側で調整が可能だった。


(さあ、行きなさい)


 紋章術で強化した身体能力で、マグルドを翻弄(ほんろう)する。

 マグルドは素早い。さらに柔軟さまで()(そな)えている。

 とはいえ、補助術を身に浴びたルニス達以上ではない。

 ルニスは光の乙女達にまぎれ、好機をうかがった。


 近接戦闘では、無理だと判断したのだろう。

 マグルドが新たに、黄土色の紋様を浮かべた。

 その刹那(せつな)――


 光の乙女が伸ばした爪を、マグルドへ一斉(いっせい)に突きつける。

 ルニスもまた、マグルドの背後へと忍び寄っていた。

 老将軍の喉元(のどもと)に、太ももに忍ばせていたナイフを添える。


「マグルド様、紋様をどうかお収めくださいませ」

「ぐっ……」

「大切な仲間を失うのは、とてもとても心苦しいですから」

「く、そぉ……心にもないことを……」


 諦めたように、マグルドは紋様を抹消した。

 それが意味するのは、たった一つしかない。


「見事だ。ルニス、お前を第七へ昇格してやる」


 至極当然の結末ではあるが、陛下の期待には応えられた。

 ルニスは陛下を振り返り、優美(ゆうび)な一礼を送る。


「感謝いたします。陛下」

「マグルド。さらなる力をつけ、もっと精進しろ」

「はっ……」


 玉座から離れ、陛下はルニスのほうへ闊歩(かっぽ)する。

 陛下はルニスの(あご)に指で触れ、力任せに顔を上げさせた。


「ルニス。お前は、この帝国に何をもたらす?」


 (たくま)しい肉体、力強い瞳、他者を圧倒(あっとう)する雄々(おお)しい美顔――並大抵の女であれば、おそらく逆らえないほど、心の中枢(ちゅうすう)を射止められているに違いない。

 そんな感想を抱きつつ、陛下の赤黒い瞳に視線を据えた。

 陛下の問いの意図を瞬時に呑み込み、ルニスは答える。


「まずはアレガニス大陸を我らが帝国のものとし、()いては全世界を、陛下の手中に落としてご覧に入れましょう」

「この大陸の外側は、(おろ)かにも大国が結集し合って作られた冒険者ギルドのほか、地の()を生かし生まれた頑強な国々、魔物と絶え間ない戦争を続ける国も多い。それらすべてを、我が手中に落とし込むと?」


 陛下はさらに、その眼力を強めた。

 たとえ別世界といえども、人の()り方までに大差はない。それを既知(きち)しているルニスからすれば、()()()()()()()()は可能だと判断している。

 ルニスは応えない。代わりに、眼をもって(さと)らせた。


「ほう。期待してよいのだな?」

「もちろんでございます。そのために、私がおりますから」

「では、楽しみにしているとしよう」


 陛下は不敵に笑い、皇帝の間の出入口のほうを目指した。

 光の乙女を消そうとした――そのときであった。


 陛下が通った道にいる光の乙女達が、次々に崩れ落ちる。

 いつの間にか、胸部を何かで貫かれていた。

 ルニスはつい、眉間に力がこもりかける。


(あらあら……とっても、悪くはないわね)


 皇帝となれるだけの実力を、彼は確かに保持(ほじ)している。

 正直に言えば、今のルニスでは勝てるかどうかあやしい。


 さらにこの帝国には、まだ実力のある猛者(もさ)が数多くいる。

 出会ってきた猛者達の中で、たった一人だけ――ルニスの本能が、激しく警鐘(けいしょう)を叩き鳴らし続けている人物がいた。


 腰まである長い銀髪をふわりとなびかせて、ルニスの前を女が悠然(ゆうぜん)と通り過ぎ去る。後頭部にある紅い花の髪飾りに、つい視線を奪われた。

 鮮やかな深紅(しんく)の瞳をした彼女は、神々しいまでに美しい。同性のルニスですら、つい見惚(みほ)れてしまうくらいであった。


 黒衣に身を包む紋章兵団第一将軍、一號(いちごう)という名の女だ。

 身長と大差がない細身の剣を、背に(たずさ)えている彼女には、もう一つ別の呼び名がある。白銀の戦姫(せんき)ルナミリス――

 感情の大部分を()いでいるのか、起伏が見て取れない。


 そんな鉄面皮(てつめんぴ)の彼女だが、まるで深淵(しんえん)を彷彿とさせる暗き闇を感じさせた。放たれる雰囲気からも、おぞましいぐらい力量の差を気取らされているのだ。

 誰に対しても尊大(そんだい)に応じている陛下ですら、彼女にだけはそんな態度を()()()()――否、おそらくは()()()()のだ。


 力がすべての帝国に()いて、彼女はまさに神にも等しい。

 数々の伝説が、彼女をまさに神格化へと導いているのだ。その中の一つ――奇怪な魔物で溢れる空白の領域を、単身で制覇したなど夢物語にしか聞こえない。


 そんな彼女だが、玉座にはまったくの興味がないようだ。何を考えているのか、誰も理解ができないに違いない。

 人心掌握(じんしんしょうあく)にたけたルニスとて、それは例外ではなかった。


(彼女が一番……とっても悪くないわね)


 この惑星を訪れ、帝国の近辺だったのは僥倖(ぎょうこう)だと思えた。

 退屈な自分の世界よりも、遥かに刺激に満ち溢れている。


 邪悪な神の存在は、いまだ像を結ばない。しかしほうっておいても、いずれ相対する日が勝手にやってくるだろう。

 その前にもっと力をつけ、戦力を蓄えておく必要がある。


(ほかの使徒達は、どうしているのかしらね……ふふっ)


 使徒とはまだ、誰一人として邂逅(かいこう)していない。

 ほんの噂ですら聞いた記憶はないが、至極当然ではある。

 この広大な世界に、たった十人しか送られていない。

 奇跡による邂逅など、そうそうあるはずもなかった。


(まあ、それでも……)


 今現在、最低限の地位は入手できた。まずは姿なき邪悪な神よりも、どこかにいるはずの使徒を片づけておきたい。

 願いを叶えるのは、ただ一人――ほかの使徒の存在など、ルニスにとっては、単純に目障(めざわ)り以外の何物でもなかった。


 欲を言えば、使徒がこの世界の力を吸収してしまう前に、命を()み取りたい。とはいえ、さすがに何も手がかりがない状態で、探しだせる能力まではない。


(遅いか早いか……ただ、それだけの違い)


 ルニスは天使に、心から感謝する。

 刺激に満ちた世界へ招き、面白い力も与えてくれた。

 自分の世界にあった力と、この世界にある力を(あわ)せれば、天使から受けた使命を果たせると確信している。


 もとの世界でルニスは、漆黒の魔女と恐れられていた。

 ある日は、国同士を戦争に発展させて遊んだ。

 ある月は、世界に混沌(こんとん)をもたらした。

 ある年は、復興する国々を根底から叩き潰した。

 この世の生命体など、ただ自分のおもちゃに過ぎない。


 ルニスは疑わなかった。

 自分こそが、真の使徒に違いない。

 ルニスは信じている。

 世界を支配するのは、自分にこそふさわしい。

 ルニスは願っていた。

 未来永劫(みらいえいごう)愉悦(ゆえつ)(きわ)まる人生を送りたい。


 その闇に染まった意思は、(とど)まることをしらなかった。

 漆黒に満ちた渇望(かつぼう)は、やがて――




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