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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第二章 冒険者への軌跡
82/222

第三十九話 穏やかな眼差し




 クロエの心は、さまざまな感情で入り乱れている。

 上手く心の整理ができない。できるはずなどなかった。


 訳がわからない事態に加え、ライカムが発した言葉の数々――何がどうなっているのか、思考が霧のごとく散らばり、いまだ混乱を余儀(よぎ)なくされている。

 そんな茫然とした状態で、咲弥達の戦いを眺めていた。


 咲弥はどこか調子が悪いのか、素人のクロエから見ても、あまり動きがよくない。しかし赤髪の女のほうは、それこそ見惚(みほ)れるぐらい華麗であった。

 ライカムが苦戦した相手を、まるでものともしていない。


 賊の男は、防戦一方に回るしかない状況へと(おちい)っていた。紋章術を唱えようとするなり、風の(かたまり)に襲われている。

 咲弥と(した)しい間柄だった彼女は、ライカムの発言いわく、中級冒険者らしい。階級に疑わぬ実力は持っているようだ。


(アニキ……)


 また咲弥に、クロエは視線を戻す。

 その瞬間、虎女が赤い紋様を虚空へと描いた。

 咲弥は間髪(かんぱつ)を入れず、素早く白い爪を振るう。すると赤い紋様が裂かれ、ふわりと煙のように溶けて消え去っていく。


 紋様や魔法陣は、描かれたら最後――本人の意識が大きくそれるか、または本人の意志なしでは消すことができない。

 そんな話を、昔どこかで聞いた記憶がある。

 だからそれを裂いたという事実に、クロエは驚かされた。


 これには虎女も驚いたのか、顔がかなり強張(こわば)っている。

 調子が悪そうなものの、咲弥の力はとても不思議だった。


(うた)うだけの実力は、あるらしいな」


 突然、ライカムが弱々しい声を吐いた。

 クロエは思うままに、ライカムに問いかける。


「教えて。なぜ、あなたが母の形見を……?」


 ライカムの力強い金色の瞳が、クロエのほうへ向いた。

 沈黙が、お互いを行き来する。


「……君を、探しだすためだ」

「私を……?」


 クロエは(いぶか)しげに、ライカムを(にら)んだ。

 痛みを(こら)えた表情をして、ライカムは説明してくる。


「君の両親と私は幼馴染だ。()(きら)われる私に対し、二人が声をかけてくれたんだ。聞けば、彼らには両親というものがいなかったらしい。だから孤独に(たたず)む俺を見て、同じ仲間をみつけたと思った……そう言っていた」


 確かに、クロエに祖父母はいない。

 幼い頃に出会った記憶など、一度たりともなかった。


「いつしか一緒にいるのが当然となり、三人で悪さばかりをしていたものだ。だが大人になって……家業のこともあり、二人と会うことも少しずつ減った」

 ライカムはそのまま、ゆっくりと語り続けた。

「しばらくして、二人が縁組みしたと聞いた。そのときにはもう……ティアナのお腹には、新しい命が宿っていた。私は素直に二人を祝福(しゅくふく)した」


 クロエは一瞬、男女間のもつれを疑った。

 つい口を(はさ)みかけたが、ぐっと口を(つぐ)む。

 ライカムが顔に似合わない、優しい笑みを(たた)えたからだ。


「心優しい幼馴染達の幸せを、純粋に喜んだ。だからこそ、それを()に……二人とは、しっかり距離を置くことにした」

「どう……して?」

「私の家業は、世間的には褒められたものではないからな。裏組織の者として、きっちりケジメをつける必要があった。二人には猛反対されたがね」


 腹部の傷みか、はたまた過去によるものか――

 ライカムはどちらとも取れる、つらそうな顔を見せた。


「あるとき――私のミスから、組織に大打撃を与えたことがあってね。それをどこかで(つか)んだティアナとローアが、幼い頃みたいに、手を差し伸べてくれ――ぐっ」


 ライカムは傷のせいか、途端にうめいた。

 その額には、汗がひどく(にじ)んでいる。

 クロエが寄ろうとするや、ライカムは手で制してきた。


「もちろん、私は二人の申し出を拒否した。まだ小さかった君のこともある。二人の幸せを心から祈っていたからこそ、私には構ってほしくなかったんだ」


 ライカムは痛みを(こら)え、必死に声を(つむ)いでいた。

 クロエはただ、黙って話を聞き続ける。


「あのときの決断が、私の人生で最大のミスだった。押しに押され、二人の申し出を受け入れてしまった。その道中――二人は賊に襲われ、命を失ったんだ」


 ライカムはそっと、目もとから涙をこぼした。


「心の底から、私は絶望した。二人の亡骸(なきがら)を前に、自ら命を()とうとも考えたが……しかし君の存在が頭に浮かび、踏みとどまった。そこからすぐに、君を探した。だがどこにも、君の姿はなかったんだ」


 あの日、クロエは母の言葉に従って行動していた。

 必ず迎えに行くから――

 そう言って、母は必死になって逃がしてくれたのだ。


 まだ幼いクロエには、何が起こったのかよくわからない。気がつけば、どろまみれの状態で王都へと戻ってきていた。

 王都の外側で、両親の帰りを待ち続ける。

 ただひたすら、ずっと――


 とはいえ、子供が一人で待ち続けるのには限界があった。

 餓死(がし)寸前まできたクロエを、スラムに住んでいた子供達が救ってくれたのだ。

 ふわっと、そのときの光景が脳裏によみがえる。


「賊に(さら)われたと(にら)み、二人を殺した賊を探しだした。誰を拷問しても、そんな子供は知らないの一点張りだったよ――そのとき、ネックレスも取り返したんだ」

「……私は、ずっと王都のスラムにいたわ」

「そうか……そんな、近くに……見つかりはしなかったが、私は君がどこかで、生きてくれていると、そう信じていた」


 ライカムは、紅真珠のネックレスのほうを見た。

 クロエもつられて、手にある母の形見に目を向ける。


「それは、二人と距離を置く少し前……私とローアで作ったネックレスだ。久々に再会した頃も、ティアナはずっと身につけてくれていたみたいで、(うれ)しかったよ」


 幼い頃の記憶――

 この世でただ一つの代物だと、そう言って母は微笑んだ。

 クロエは母の言葉を、今になってようやく理解する。


「だから、私は考えた。そのネックレスをつけていれば……いつかきっと、それに気がついてくれた君に巡り会えると」


 ライカムは首を左右へ振り、苦笑いをこぼした。


「たとえ期待が薄くとも、それに賭けるしかなかったんだ」

「私を探して、どうするつもりだったの?」

「二人に代わり、私の一生をかけて援助するつもりだった。普通の生活、普通の教育、普通の幸せ――全部何もかもだ。それが二人への、贖罪(しょくざい)になると思った」


 クロエは、何も応えられない。

 かたきである可能性について考えていた。自分から大切な家族を奪った存在だと――彼も自分と同じで、奪われた側の人間だったのだ。


 しかもクロエを探しだすために、男では絶対に似合わないネックレスを、ずっと身につけていてくれたのだと知る。

 事の真相が明かされ、事情もすべて呑み込めた。


 その瞬間、クロエの目もとからぼろぼろと涙がこぼれる。

 母の形見を抱きしめ、クロエはその場にうずくまった。

 きつく胸が締めつけられ、涙がとめどなくこぼれ落ちる。


「それにしても……まさかこんな、警戒態勢が()かれている建物へ侵入してくるとは……血は、争えないものだな……」


 ライカムはぽつりと、そう(つぶや)いていた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 不意の泣き声が聞こえ、咲弥の意識が一瞬だけ奪われた。


「隙ありぃ!」


 虎女の嬉々(きき)とした声が飛んだ。

 気づいた頃には、虎女の爪は咲弥の喉元(のどもと)をめがけている。


「しまっ――!」


 咲弥は不意の死を予感し、全身の肌がぞっと粟立(あわだ)った。

 回避が間に合わない。

 それでも咲弥は、死に(あらが)う努力をした。


「死にぇ――っ?」


 虎女の爪先が、咲弥の喉元に触れる瞬間の出来事だった。突然、銀髪の少女が瞬間移動のごとく現れ、虎女の(あご)を蹴り上げている。

 虎女が、ふわりと上空を舞った。

 一呼吸の間もなく、虎女の腹に紅羽が掌底(しょうてい)を叩き込む。


「おげぇっ!」


 血反吐(ちへど)をまき散らしながら、虎女が壁に激突した。

 紅羽の右手付近に、純白の紋様が瞬時に浮かぶ。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 ずるりと地に崩れ落ちた虎女へ、白い光芒(こうぼう)が放たれた。

 壁をも砕く閃光に焼かれ、虎女の昇華(しょうか)が解かれる。

 一瞬の出来事に、咲弥は茫然となるしかない。

 紅羽はきっと、固有能力――魔女の悪戯(あくぎ)を使い、この場へやってきたのだろう。


「咲弥様! ご無事ですか?」


 紅羽がぐいっと、咲弥との距離を縮めてくる。

 咲弥ははっと我に返り、ふと紅羽の様子に気づいた。全身血まみれとなっており、服がかなりぼろぼろになっている。

 心配されておきながら、咲弥は逆に紅羽を心配した。


「いやいや! 紅羽こそ大丈夫っ? どこも怪我ない?」


 紅羽は少し、きょとんとした空気を(かも)した。


「はい。問題ありません。ただの返り血ですから」

「返り血って……」

「建物の外で、数名の賊を()()()しましたので」


 その情報は、プリムからも聞いている。

 咲弥は何度か(うなず)いてから、とりあえず安堵(あんど)した。


「とにかく、紅羽が無事で本当によかった」

「それは、こちらの言葉です。私があと少し遅れていたら、咲弥様は殺されていました。もっと注意してください!」


 紅羽の言葉には、珍しく感情が込められていた。

 至極当然の叱咤(しった)に、咲弥は苦笑で誤魔化すほかない。

 紅羽への対応に困っていると、背後からネイの声が飛ぶ。


「注意もそうだけれど、もっと練度(れんど)を高めるべきね」


 ネイは眼鏡の男の腕を(つか)み、ずりずりと引きずってくる。

 男の眼鏡は割れており、完全に気絶しているようだ。


「あんたさ、なんか調子悪すぎじゃない?」


 予想外の事態に加え、戦う相手が人だったのだ。

 咲弥からすれば、無理もない話ではある。

 しかし説明したところで、ただの言い訳に過ぎない。


「……うっ……すみませんでした」


 咲弥は素直に謝罪する。

 ネイは男の腕を離し、やれやれとため息を漏らした。


「ところでさ、紅羽」

「はい」


 ネイが、クロエ達のほうへ指を差した。


「私の(やと)(ぬし)を、ちょっと治癒(ちゆ)してあげてくんない?」

「了解しました」


 ネイの頼みを、紅羽は(こころよ)く受け入れた。

 顔に傷をもつ男へと歩む。

 道中――クロエはネックレスを抱き、泣き崩れていた。


 何がどうなったのか、咲弥にはさっぱりとわからない。

 ただ目的の品は、どうやら無事に入手できたようだ。

 紅羽は純白の紋様を浮かべ、可憐な声で唱える。


「光の紋章第三節、光粒(こうりゅう)の陽だまり」


 傷を負った男の体が、ぼやっとした光に包み込まれる。

 少しつらそうな声で、男はぼそりと(つぶや)いた。


「ほう。治癒術(ちゆじゅつ)……か」

「そっ。この二人は、私の仲間。ちなみに、この子のほうは私と同じ中級冒険者で、しかもなんと外にいた賊の退治も、きっちりとしたみたいなのよねぇ……?」

「ふっ……」


 男は鼻を鳴らし、ネイへと金色の瞳が揺れ動いた。


「汚名返上……と、言ったところか?」


 ネイは男の前でしゃがみ込んだ。

 そして、(りん)とした顔に笑みを(たた)える。


「話が早いわね。お釣りがくるくらいだと思うけれど?」

「結果的には、だな」

「必要とあれば、ほかの賊も片づけるわよ? まだ賊の(かしら)もどこかにいるでしょうから、ぱぱっと退治するけれど?」


 男は首を小さく横に振り、苦笑を漏らした。


「その必要はない。君が倒した男が、賊の頭だからな」

「あっ……そう。()()が、そうだったの」

「賊の頭も、そのほかも――君の前では、大差ないか?」


 男の問いに、ネイは少し困り顔で(うな)った。


「それは、人によるけれど……この程度なら、まあ? 私が普段、何を相手にしてると思ってんの? 魔法を使ってくる魔物の集団のほうが、もっと手強(てごわ)いわよ」


 男はくっくっと笑った。

 治癒術で回復してきたのか、顔色がよくなってきている。


「今後、何かあれば……君達を頼ることにしよう」

「ご指名? だったら、高くつくわよ?」


 ネイは、不敵な笑みをもって応えた。

 男のほうも、不敵な笑みを見せている。

 咲弥は隙を狙い、ずっと抱えている疑問を(てい)した。


「あ、あの……すみません」

「なんだ?」


 男の金色の瞳が、さっと咲弥を向いた。


「クロエさんがなぜ泣いてるのか……事情を少し、説明してくれませんか?」

「回復までは、もう少しかかりそうか……いいだろう」


 裏組織の首領――男の名は、ライカム・ハーンといった。

 その声は低く、(おごそ)かではある。

 ただ彼の瞳はとても(おだ)やかで、優しい色を宿していた。


 真相を聞き終え、咲弥はなんとも言えない気分に(おちい)る。

 話を聞いたから、そう感じただけなのかもしれないが――まるで()き物でも落ちたかのように、ライカムの顔はとても晴れやかであった。


 きっと、ライカムにとっての暗く長い夜に、ようやく陽が射し込んだからなのだろう。(かたわ)らで泣き続けるクロエを見る目は、どこか親に近しい眼差しだった。

 予想外の連続ではあったが、最後の最後に――

 いい意味から、予想外の事態で幕を閉じた。




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